海兵魂、胸に抱き

FF14の二次創作です。
時間軸は暁月のフィナーレ(6.0)クリア後、パッチ6.1「新たなる冒険」の開始直前を想定。
学者ジョブクエストのネタバレを含みます。


「こうして、何とかみんな揃ってアーテリスへ帰ってこれたんだ」
 アゼルが語り終えた頃には、すっかり夜も深まっていた。窓から覗いていた月は姿を消し、居場所をもっと高い所に移したようだ。
 周囲のテーブルはちらほらと空きが出てきているが、店内の騒がしさはまだ続いている。
 結局、アゼルは全ての出来事をアルカに話した。
 ガレマルドで別れた後、月でゾディアークと対峙したこと。ラザハンを覆った赤い空。エルピスでの出会い。ハイデリンとの決着。魔導船の建造。そして、天の果ての旅路。
 何を見て、聞いて、どんなことを考えたのか。時間をかけて、一つずつ、物語を紡ぐように語っていった。
 初めの内はアルカも「それってこういうことかい?」と質問や合いの手を入れていたが、話が核心に迫るにつれて口数は減り、ただじっとアゼルのことを見つめるだけになった。
 アゼルが話を結んだ後も、二人の間にはしばし張り詰めたものが漂っていた。内容が内容だ。咀嚼するのにも時間がかかる。
 水分を欲したアルカがジョッキに手を伸ばしたが、中身はすっかり空になっていた。
 近くの給仕に水をもらう。
 ごくごくと飲んで、大きく息を吐いた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。キミの方こそ、たくさん話して疲れたんじゃない?」
「まぁな。でも前にも同じように話したことがあるから、少しは整理して話せたと思うんだが」
 水を口にしながら、その時のことを思い出していると、眼前のアルカがいつになく神妙な面持ちをしていることに気が付いた。
「ん、どうかしたか?」
 アゼルの問いに「あ、いや……」と、もぞもぞと体を動かすアルカだったが、やがて意を決したように口を開いた。
「なんというか……君ってば、本当に凄い人なんだなぁって」
……
「君は、エオルゼアの英雄というだけではなくて、この星の英雄にもなったんだ」
 やんわりと微笑むアルカ。若草色の瞳が、アゼルではなく別の何かを見つめているように感じられた。
 駄目だ、彼にだけはそんな目で、そんな風に言ってもらいたくはない。
 見えない壁が、二人の位相をずらしている。近くにいるはずのアルカをどんどん遠ざけていく。手を伸ばせども届かず、次第に己のいる場所すら覚束なくなっていく。
 錯覚だ。なのに、アルカがとても遠い。眼の前も色褪せていく。
 「やめてくれ、俺は……。俺は、そんな大層な人間じゃない!」
 堪らず頭を振って否定した。意識の外で、膝の上に置いた拳に力が入る。
 アゼルは続けた。
 あの結末に至ることができたのは、決して自分一人の力ではないのだ。
 この星に住む生命の、終わりたくないという切なる願い。変わらぬ明日を迎えるのだという、たゆまぬ祈り。そして、関わった全ての人々の、果てしのない想いの力。
 その一つ一つが、僅かな可能性の隙間を縫って、束になり、紡がれた道の先で、幕引き役がたまたま自分に回ってきたというだけだ。時に流され、抗い、ただがむしゃらに、己に出来ることを成すだけで精一杯だった。
 混迷の時代に英雄という存在が必要なことは理解している。自分をそう呼んでもらえることを誇らしいと思う時もある。その肩書きが必要とされる時は利用もする。相応しい振る舞いを務めるようにもしている。
 しかし、英雄という仮面を被り続けるほどに、本来の自分が失われていくようにも感じている。
 本当に、自分はそんな大層な人間ではないのだ。背伸びして、虚栄を張ったところで、きっといつか襤褸が出る。あいつはろくでもない奴だと、後ろ指を指される日が来るのを恐れている。
 外から定められた「英雄アゼル・アッシィ」
 それを求められ続ける内に、自分という存在が、どこにも行き場を無くしてしまいそうで……
「だから、親しい友人にまでそんな風に言われるのは、つらいんだ……
 それは、今までアゼルが心の内に鍵をかけて閉じ込めていたもの。その存在に気付いていながら、目を背ける振りをしてきたもの。
 心の隙間から零れ落ちたのは、海都の強めの酒のせいだろうか。
「アゼル」
 気まずい沈黙を先に破ったのはアルカだった。
 理知的な若草色が、アゼルの二色を正面から見据えている。
「僕を見て」まるで語りかけるように。
「アルカ……?」
「君は、困っている人を放っておけなくて、その内にいろんな人を助けるようになって。いつしか君の足跡に、英雄という呼び名がついた。その名前は、今もきっとたくさんの人の心の支えになっている。純粋に凄いなぁって思うし……
 少しだけ視線を逸らし「正直に言うとね、活躍を聞く度に敵わなくて悔しいなぁと思うこともあるよ」自嘲するように言う。
 そして、アゼルが目を伏せるよりも先に、もう一度正面を向き、
「だけどね、君は君だ」
 はっきりと口にした。
 アゼルは息を呑んだ。唇が震える。雷に打たれたかのような衝撃に、目の前がちかちかと明滅している。
「俺は、俺……?」
 アルカの瞳に映る己の姿を見ながら、一語一語を確かめるように反芻する。
「そう。腕利き冒険者の君。英雄と呼ばれ、多くの人と絆を結んだ君。それから、こうやって酒場でくだを巻いている君。自分と周囲の関係が変わっていくことに戸惑い嘆く君も。全部ひっくるめて君なんだ」
……
「僕の中の君は、ずっと変わっていないよ」
 眦を下げ、彼は続ける。
「だって君は、新生海兵団一の軍学者で、僕の相棒で、大切な友人のアゼル・アッシィだから」
「違うかい?」問いかける優しい声音が胸に響いた。
 アゼルの中から零れ落ちたものを掬い上げたのは、屈託の無い友の笑顔。
 己の深いところで蟠っていたものが、さらさらと綻ぶように解けていく。
 花咲くように、世界が色を帯びていく。
……ああ、『理詰めの』アルカ・ゾルカ先生が言うんだ。間違いないな」
「もう、その呼び名は止めてくれよぅ!」
 噴き出したのはどちらが先だったか。額を寄せて笑う二人。互いの眼鏡の下には光るものが垣間見える。笑いすぎたのか、それとも――
「とにかく、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ、アゼル! 今夜はとことん飲もう、僕が奢るから!」
「バデロン、おかわり二つ!」木樽の酒杯を高く掲げる明るい声。
 早速やってきた給仕に手早く料理の注文をしているアルカを見ながら、アゼルは思いを巡らせる。
 新生海兵団一の海兵で、俺の相棒で、かけがえのない友のアルカ・ゾルカ。
 彼は誰にも負けない知恵と、ここぞという時の勇気、そして、人を思いやる心をもっている。まるで初夏に額を撫でていく風のような、一緒にいて気持ちの良い奴なのだ。
 勝手に壁を作って、彼のことを遠ざけていたのは自分だった。己の中の昏いものに囚われて、曇った目で周りのことを見るようになっていたのは自分だったのだ。
 先ほどの友の言葉を、もう一度心の内で繰り返す。

 俺は俺、か。

 隙間の空いた胸に、いつか無くした欠片がぴたりと音を立てて収まった。
 灯火のように温かなそれは、アゼルの長い生において、いついかなる時も隣に寄り添い彼を支えるものとなる。どんな向かい風にも揺るがない確固たる礎。友からもらった道しるべ。
 今の彼はまだ、知る由も無い。
「よし、飲むぞ! もう一度乾杯だ!」
 二つのジョッキが高く掲げられた。
 交わされるのは「おかえり」と「ただいま」そして、声を揃えて「我らが海兵魂に!」
 木材が鳴らす乾いた音を皮切りに、美味い料理と気安い会話を肴にして、アゼルとアルカ、二人の宴は続くのだった。
 店内はまだまだ賑やか。酔っ払い達が振りまく声が、陽気な音楽のようにいつまでも鳴り響いていた。