海の息吹のようなさざ波の音。風に乗って流れてくる潮の匂い。空を仰ぎ見れば、抜けるような青と白い岩礁のコントラスト。そこにかかる鉄橋の黒さえも絵になって美しい。
あちらの路面の店からは景気の良い呼び込みの声。こちらの道端では船乗り達の陽気な笑い声。どこからともなくきこえてくる野太い歌声は少々調子が外れている。喧騒に海鳥の鳴き声も加わって、海の街ならではの音が紡がれる。
ここはリムサ・ロミンサ。ロータノに浮かぶ島、バイルブランド南部に位置する海洋都市。
ラノシアの玄関港でもあるこの街では、そこかしこを人々が忙しなく行き交っている。老若男女、種族を問わず。異国からの来訪者の姿も多い。
路上から聞こえる幾多の言葉。露店に並ぶ珍しい舶来の物品。潮風に混ざる異国の果物の芳香。それらが組み合わさった光景は、この街を訪れる者に何かの始まりを予感させるのだ。
カン、カーン。空高く鳴り響く二点鐘。
下甲板層の西に位置するフェリードックに、午後一の船が定刻通り入港した。
「さぁ仕事の時間だ!」
号鐘の音を合図に、桟橋近くで待ち構えていた海の男達が慌ただしく動き出す。
もやい綱が宙を舞い、着岸した帆船が手早く係留された。舷梯が掛けられると、間もなく、逞しい体躯のルガディン族の男達が大きな木箱を両手で抱えて続々と積荷を下ろしていく。
荷降ろしが終わると乗客達の下船が始まった。
多様な出で立ちの乗客達。それぞれが目的を胸に抱き、この海都へやってきたのだろう。下船した彼らは次々と乗船ゲートの向こうへ消えていく。
最後に舷梯を降りたのは一人の男。
まず目に留まるのは、赤土色の髪からまっすぐに聳える獣のような耳。海からの湿った風が毛先の灰色を揺らしている。
前を見据える双眸は金と紺青の二色。昼と夜の色。
特徴的なその様相は、エオルゼアと呼ばれるこの地に於いて「英雄」として知られているもの。
彼の名はアゼル・アッシィ。ヴィエラ族の冒険者。
先の闘いにて終末現象を解決した後、しばしの休息期間といくつかの旅を経て、久方ぶりに始まりの海都を訪れたところであった。
乗船ゲートを出たアゼルは船着き場を背にして歩き出した。船から降りたばかりの足下には揺れるような感覚が残っているが、巴術士ギルドとメルヴァン税関公社の看板を横目にしながら、慣れ親しんだ道を真っ直ぐに進んでいった。
国際商通りに足を踏み入れると、途端に雑踏の賑わいが増した。
四方八方から商人たちの呼び込み声が聞こえてくる。海都らしい、活気に満ちた市場の光景。他所から来た者は時に圧倒されるそれも、彼にとっては慣れたもの。うっかり店前で足を止めることも無く、人の流れを躱しながら先へと進んだ。
市場を通り抜けると視界が開けた。
そこはリムサ・ロミンサ下甲板層の中心たる八分儀広場。
冴え渡る青空の下、中央ではエーテライトが陽光を浴びて佇んでいる。見上げるほどに大きなそれは、まるで自ら輝いているかのよう。その周囲を数多の人が囲んでいる。
異国からやって来た旅行者。マーケットへ向かう買物客。巡回中のイエロージャケット。見事な演奏を披露するパフォーマー。冒険者達の姿も数多い。多種多様な人々が織り成す、海都のランドマークの風景。潮騒混じりに聞こえてくる声や音が、アゼルの胸の内に懐かしさを生じさせた。
帰ってきた。故郷でもないのにそう思うのは、このリムサ・ロミンサがエオルゼアで初めて降り立った都市だからだろう。
人と人の間を縫うように歩いていると、雑踏の中に見覚えのある小さな姿を見つけた。
引っ詰め髪に丸眼鏡。背中に大斧を背負った、あの鎖帷子姿。
間違いない。アルカ・ゾルカだ。
「アルカ!」
考えるよりも先にアゼルは声を発していた
それに気付いたララフェル族の青年は、周囲を見回し、声の主を見つけると大きな目を丸くした。
「アゼル!? 来てたのか〜!」
人混みをよいしょと掻き分けやって来たアルカ。アゼルの対面に立ち「久しぶり!」と両手を挙げた。喜びの色が満面に浮かんでいる。
「久しぶりだな、アルカ」
アゼルも目元を綻ばせて片手を挙げた。
「ホント、久しぶりだよ! わあ、会えて嬉しいな!」
再会の挨拶を交わすと、アゼルの出で立ちを見てアルカが言った。
「その格好は、今着いたばかりといった感じだね。北洋製の外套だと、ここじゃちょっと暑いんじゃない?」
アゼルが纏っているのは学士の意匠が施された外套。実用性と装飾性を凝らした、タタル特製の逸品だ。天の果てへ赴く前に誂えられたそれは、守りの力を高めるためにしっかりとした厚手の素材で作られている。
北洋諸島の寒さはもとより、外宇宙に於いても我が身を守ってくれた大事な装備ではあるが、ここリムサ・ロミンサの陽射しの中では、たしかに少々暑いと感じていた。
「海の上ではこれで丁度よかったんだけどなぁ」
肩を竦めて「仕方ない、まずは宿で着替えるか」そう決めた。ならば行き先はミズンマストだ。
「じゃあこのまま一緒に上甲板へ行こうか。僕もコーラルタワーに向かうところだったんだ。ここは人通りも多い。立ち話もなんだしね」
二人は並んで歩き出し、上甲板層に続く緩やかな螺旋を登りながら、互いの近況の説明や他愛もない世間話に興じた。積もる話はあるが、それはじっくり腰を据えて話すべきだろう。
アルカによると、彼はイルサバード派遣団としての役目を終え、現在は斧術士ギルドの任務でラノシア各地を飛び回っているのだそうだ。リムサ・ロミンサにもつい先日戻って来たばかりらしい。
「じゃあ今日ここでアルカに会えたのは相当運が良かったのか」
「そうだね。明日は非番だけど、明後日にはまた外に出ることになっているし」
「なら、これも旅神の思し召しってやつか」
「うんうん、オシュオンに感謝だね!」
旅神オシュオンは山岳と放浪を司る神にして古代都市ニームの守護神だ。つまり「新生海兵団」を標榜するアゼルとアルカにとっては、己の守護神に並んで崇敬している存在である。
一説によると、彼の神は人の姿で世俗に紛れてエオルゼアを見守っているという。もし本当だとしたら、そうとは知らずにどこかで出会うこともあるのだろうか。
話している内に、二人は溺れた海豚亭の入口までやって来た。
アルカはコーラルタワーへ行くと言っていた。斧術士ギルドでやることがあるのだろう。まだまだ話し足りないが、今はいったんここでお開きか。
そこでアゼルは思い至った。そうだ、まだ「いつものアレ」をやっていない。
ぴたと足を止めたアゼル。訝しげに振り返るアルカに向けて、右の拳を突き出した。瞳に宿るのは不敵な笑み。
それを見て、我が意を得たりとアルカも口の端を上げる。ひょいと隣の冊に飛び乗って同じく拳を差し出した。
コツ、と両の拳がぶつかる。
それから二人は拳を縦に構え、前腕を十字に交差してひとつ。位置を入れ替えもうひとつ。トン、トンと合わせた最後はハイタッチの音も高らかに。
「海兵!」「魂!!」
ニームの時代に本当にあったかどうかは分からないが、これが彼ら新生海兵団式挨拶の型。
なんだなんだと通行人が彼らに注目するが、そんな視線など意にも留めず、肩を組んで笑い合う。
二人の朗らかな笑い声が、無窮の空に吸い込まれていった。
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