海兵魂、胸に抱き

FF14の二次創作です。
時間軸は暁月のフィナーレ(6.0)クリア後、パッチ6.1「新たなる冒険」の開始直前を想定。
学者ジョブクエストのネタバレを含みます。


「じゃあアゼル、あとで溺れた海豚亭で! 再会の記念に一杯奢るよ!」
 そう言ってコーラルタワーへ向かうアルカを見送った後、アゼルは宿屋ミズンマストで今宵の寝床を確保した。
 部屋に入り、真っ先に外套を脱いで旅装を解く。服の中は少々汗ばんでいる。体を拭き、鞄から取り出した薄手の上着に袖を通した。
 装いを改め、旅の荷物を片付けていると、急に猛烈な眠気に襲われた。瞼が重く、今にもくっついてしまいそうだ。船旅の疲れが出たのだろうか。
 だめだ、今寝入ったら起きられる自信が無い。
 なんとか眠気を紛らわしながら荷の整理を終わらせた。一息つき、気が付けば窓の外は空に茜色が薄く混ざり始めている。
 少し早いがとりあえず外に出るか。
 アゼルは手荷物を片手に宿を出た。

 溺れた海豚亭。この海都きってのビアホールは、夜になれば飲んだくれた船乗り達の笑い声とジョッキを重ねる音が鳴り止まない。
 今、まだ陽の傾いていない時間の客入りは疎ら。ホール内を見回してみたが、アルカの姿も見えなかった。
 先に店主のバデロンに挨拶しておくか。アゼルは右手のカウンターに視線を移した。
 しかし目当ての人物は、今は酒場の店主ではなく、冒険者ギルドのマスターとしての顔をしていた。バデロンの対面には困り顔をした若い冒険者。どうやら彼の相談事に対応をしているようだ。
「ふむ……
 さて、どうしたものか。右手が無意識に顎髭に触れる。
 二人の邪魔をしては悪い。かと言って、このまま宿に戻ったら眠ってしまいそうだ。
 他に会いたい人物の顔がいくつか浮かんだが、今日のところは時間にそれほど余裕がない。ならば……
「ここからは黒渦団の軍令部が近いか」
 黒渦団には顔馴染みのル・アシャ大甲佐や、終末現象の只中に起きた偽神獣騒動で世話になった者がいる。
 彼らにあの時の礼をしておこう。そう思い、アゼルは軍令部の方へ爪先を向けた。

 ル・アシャは快くアゼルを迎えてくれた。
 元冒険者でもある彼女は比較的気安い相手だ。アゼルが来訪の理由を説明すると、ル・アシャはその団員を呼ぶと言って扉の向こうに姿を消した。
 その場で彼女の戻りを待っていると、ふと、複数の視線が己に向けられているのを感じた。それとなく周囲を探る。すると、若い武官達が遠巻きにアゼルのことを見て何か囁き合っているのを見つけた。
「ほら、あの人が……」「エオルゼアの英雄……!」「この星をも救ったという……
 尊敬、好奇、畏怖。眼差しに思い思いの色を乗せ、自分の名と活躍を讃える声が、嫌でも耳に届いてくる。
 すかさずアゼルは聞こえていない振りをした。
 いつの頃からかこのような場面に遭遇することが増え、その度に何とも言えない居心地の悪さを覚えるのだった。
 エオルゼアの危機もアーテリスの危機も、無事に退けられたのは周囲の尽力があってこそ。決して一人で解決したわけではないのだ。
 自分は、そんな特別な人間じゃない。そう言って回りたい気持ちをぐっと飲み込む。
 アゼルの思いとは裏腹に尚も聞こえてくる声が、澱のように胸の奥底に降り積もっていった。
 しばらくして扉が開き、ル・アシャが件の団員を伴い戻ってきた。
 偽神獣と名付けられた終末の獣がラノシアを襲った騒動。その際に、メルウィブ提督との間を密に繋いでくれた書記官の青年だ。
「アッシィさん! お元気そうで何よりです!」
「ああ、貴方も変わりなさそうで良かった。いつぞやは世話になりました」
 深く腰を折るアゼルに、書記官も踵を鳴らし挙手の敬礼で返した。
「こちらこそ、貴方とメルウィブ提督のお役に立てたのであれば光栄です。提督にはお会いになられましたか?」
「いや、午後の便でこちらに着いたばかりで。また後日、改めて面会申請してから伺うつもりです」
「貴方なら直接訪問するくらいの方が提督も喜ばれると思いますけどね」
 人懐こそうな笑みを浮かべて書記官が言った。横でル・アシャもうんうんと頷いている。
「はは、さすがに恐れ多いですよ」
 右手が頭の後ろで泳ぎそうになるのを堪えて、アゼルは話題を変えた。
 提督や海雄旅団の面々のその後はどうか。最近の黒渦団の活動は順調か。街周辺で何か異常は起きていないか。そんなことを互いの近況も交えながらしばらく話した。
 いつの間にか空の色は薄明の青に変わろうとしている。
 そろそろアルカが溺れた海豚亭に来ているかもしれない。
 アゼルは頃合いを見て会話を切り上げ、書記官とル・アシャに改めて礼を言い、その場から立ち去ろうとした。
 書記官が再び踵を鳴らした。
「アッシィさんのおかげで私たちは今こうして生きているんです。みんな本当に感謝していますし、貴方のことを誇りに思っています。貴方に及ぶためにも、私たちももっと精進しますね」
 屈託のない言葉が胸に沁みる。
 なのに、心の片隅に、何故だかそれを素直に飲み込めない自分もいる。
 アゼルは笑顔がぎこちなくならないように努めながら軍令部を後にした。

「おお、アゼルじゃねぇか!」
 溺れた海豚亭に戻ると、今度はすぐにカウンターの向こうから声が掛かった。
「久しぶり、バデロン」
「お前さん、やっと顔出しに来たな。活躍はかねがね聞いているぞ。今日はどうした? 仕事か、それとも酒か?」
「酒で。ここでアルカ・ゾルカと飲む予定でね。まだ来ていないようだから、先に一杯やっていようかな」
「ああ、飲みっぷりの良いあいつか。二人でたんまりコレを落としていってもらえるとありがたいねぇ」
 親指と人差し指で円を形作るバデロン。さっそく木製サーバーからエールを注ぎ始める様子に思わず苦笑が漏れた。
 小気味良い音をたてて、木樽型のジョッキがアゼルの眼前に置かれる。
「まぁそれはそれとしてだ。この一杯は、何も言わずに俺に奢らせてくれ」
「ん?」 
 バデロンが誰かに奢るなんて聞いたことがない。冗談か、それとも何か裏があるのか。しかし彼の目はいつになく摯実な色を帯びている。
 どうしたものかと戸惑っていると、バデロンがふっと目元を緩めて言った。
「お前さんがやってのけたことからすれば、その礼と言うにはちょいと安すぎるんだけどな」
……
「まぁ、なんだ。ギルドの勧誘で名前を使わせてもらったりもしているからな。日頃の礼とでも思ってくれや」
……わかった、それなら遠慮なくいただくよ」
 エールを受け取り、その場で呷った。心地の良いコクと豊潤な香りが喉の奥に染み渡る。
 ふう、と一息をつき「人の金で飲む酒は格別に美味いな」にやりと口の端を上げた。
「そりゃそうだろうよ」
 バデロンも笑う。それからカウンターを挟んで世間話をしている内に、にわかに店内が騒がしくなってきた。
「そろそろ忙しくなる時間だな。俺はあっちでアルカを待たせてもらうよ」
「今度は昼間に顔を出しに来い。溜まりに溜まった冒険譚を聞かせてくれや」
 ひらひらと片手を振り厨房へ向かうバデロンを見送ってから、アゼルは空いているテーブルに移動した。
 しばらく一人で酒坏を傾ける。窓の外は既に日が落ち、紺青の空に真円に近い月がぽっかりと顔を覗かせていた。
 続々とやってくる客を給仕の女性が手際よく捌いている。カウンターの奥からはバデロンが忙しそうに声を張るのも聞こえてくる。ぐるりと店内を眺めていると、冒険者ギルドのカウンターの様子に目が留まった。
 そこにはヒューラン族の姿が一つ。昼間にバデロンと話していた青年だ。身に着けている傷みの少ない装備品からして、まだ駆け出しの冒険者といったところだろう。どうやら彼は請け負った仕事の成果を報告しているようだ。
 しかしこの時間、正規の受付は既に終了している。カウンターの前で「遅くなって申し訳無い」と青年が頭を下げて謝る姿に、いつかの己が重なった。討伐対象の魔物を迂闊に深追いしてしまい、焦りながら街へと戻る夕暮れの道。つい先日のことのようにも、ずっと昔のことのようにも思える。
 青年が纏う皮の鎧も、いずれ鍛えた鋼に変わってゆくのだろう。その行く先では、数多の未知が彼に見つけられるのを待っている。
 「頑張れよ」と、胸の内で彼に声援を送るアゼル。そこで、ふと気が付いた。
 かつて自分も、この場所から先達に見守られていたのかもしれない。あの青年よりも輪をかけて垢抜けていなかった自分は、彼らの目にどのように映っていたのだろうか。
 すると急に背中にむず痒さを覚え始めた。いけない、深く考えるのは止めよう。
 そうして、周囲の様子を酒の肴としている内に、ようやく待ち人が現れた。
「やあやあ、ちょっと遅くなっちゃったね」
「お疲れ。先に一杯やらせてもらっていたよ」
 アゼルは片手を挙げて給仕を呼んだ。やって来たミコッテ族の女性に、エールを二つとつまみを数品選んで注文する。
 すぐに木樽のジョッキがテーブルに置かれた。
「何に乾杯する?」
「そうだね、それじゃお互いの無事と再会に……
 顔を見合わせ「乾杯!」と、ジョッキを軽くぶつける二人。中身は瞬く間に乾いていった。
 すかさず追加のエールと頼んだ料理がやって来て、テーブルを色とりどりに埋めていく。
 海藻サラダ。芋と白身魚の香草揚げ。肉団子のスープ。今日のおすすめの炙った鰭や烏賊足は、最近海都で密かに流行っている東方由来のつまみだとか。
 それからもちろん漁師風ピザトーストは欠かせない。こんがりと香ばしいパンにとろけるチーズ、魚介にたっぷり絡んだポモドーロソースが堪らない。
 安い、早い、美味いが自慢。溺れた海豚亭の特選料理たち。それらを片手につまみ、エールを喉に流し込み、二人は話に花を咲かせるのだった。
「最後に会ったのは、ガレマルドだったか?」
「そうそう、キャンプ・ブロークングラスで、イルサバード派遣団の作戦行動をしていた時だね」
「そういえば、アラミゴの決起会でアルカを見つけた時は随分驚いたんだ。まさか来ているとは思わなかったからな」
「ふふふ、最強の海兵になるための鍛錬というのもあるけど、久しぶりに君に会えるかもと思ったからね。自分から手を挙げたのさ」
「お、持つべきものは相棒だな。俺も知った顔があってほっとしたよ。あそこで会えたのは本当に嬉しかった」
 終末現象がこの星に顕現する少し前。内乱とテロフォロイの陰謀渦巻くガレマール帝国本土に、「塔」の破壊のための調査と人道的支援を目的に結成されたのがイルサバード派遣団だった。
 そこでアルカと思わぬ再会を果たした事も、今や懐かしさを伴うものとなっている。
「あの時は、いろいろ立て込んでいて……結局、別れの挨拶もできないままだったな」
 魂すらも凍てつきそうなガレマルドの寒夜。あの時の出来事を思い出して、アゼルは背筋が震えそうになるのを堪えた。
「聞いているよ。あの異形の魔導城に暁の血盟が攻め入って、その後も大活躍だったらしいじゃないか。なんでも月まで行ったんだって?」
「月にウサギがいるってのは本当だったのかい?」と前のめりになって尋ねるアルカ・ゾルカに、「ああいたよ」真顔で自分を指差すアゼル。
「違うよ、そうじゃなくってさあ!」
 笑いながら言うアルカの声に、アゼルも堪らず吹き出した。
 ひとしきり笑ってから、居住まいを正してアルカが言った。
「よかったら、君が見てきたものをもっと教えてくれないかな」
「できる範囲でいいからさ」と小さく加えられたのは、彼なりの気遣いだろう。
 知ることこそ力なり。互いが根幹としているそれは、時に諸刃となることがある。知らなければよかった。言わなければよかった。そうやって後悔したことも少なくない。
 『終末』を巡り、遥か空の彼方にまで及んだ旅路。誰かに話すことを禁じられているわけではないが、すべてを晒すには少々覚悟がいる。話す相手にも、余計な重荷を背負わせてしまうかもしれない。
 わかっていて「キミに全て委ねる」と、まっすぐにこちらを見るアルカの瞳が言っている。
 ――決めた。
「少し長い話になる。食べながら聞いてくれ」
 酒と料理の追加を注文して、アゼルは長い旅の話を始めた。