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ちよど
2024-12-27 00:00:00
20578文字
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アシュヨダ
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世界の終わりにアシュくんがヨダナさんを召喚する話
終わる世界と終わらないアシュヨダの話。pixivより再掲
アシュくんが酷いことをして可哀想な目にあいます。カルジナも少しある。
1
2
3
4
◆
駆け込んだシミュレーターでは旦那が鬱蒼とした森を背にして立っていた。
その隣には怪我ひとつないガネーシャ神だけがいる。
「来たか」
旦那の言葉に背後で気配が動いた。
カルナだ。
挟み撃ちにされた形の俺を旦那の視線が眺め下ろす。
「ふーん。あの符牒を読めるとは。おまえがカウラヴァの者だというのは間違いないようだな」
「符牒?」
何も知らされていなかったらしいカルナに俺は振り向いて。握りしめていたガネーシャ神からの手紙を渡した。
小さなメモ用紙をカルナが開く。その眉がわずかに寄った。
「──ドゥリーヨダナ。この件に関して俺の助力はないものと思え」
「はぁ!?突然なんだ!カルナ!?わし様なにもしとらんぞ!!」
慌てる旦那に構わず、無言でカルナは俺の背後から視界に入る横側へと退いてくれた。
珍しい事にカルナは少し怒っているようだ。ガネーシャ神とそんなに親しかったのだろうか。
旦那が考えたカウラヴァの符牒はいくつかあるが。文末の横棒二本の意味するところはひとつだ。
──人質に価値なし
この中でその意味を知らないガネーシャ神だけが突然始まった仲間割れに視線を左右にうろうろと動かしている。
「
…
、ガネーシャ」
「なんスか?」
そんな少女をカルナが妙なイントネーションで呼ぶ。それに気づいているのかいないのか少女は立ち上がってとことことカルナの所へ来た。
大人しく少女がカルナの傍という安全な場所へ移動するのを見送った旦那が大げさに嘆く。
「これではわし様が悪役のようではないか」
「相違ない」
「カルナぁあ!」
懐かしさを感じるやり取りに俺の口元が緩むのが分かった。
だが、それも旦那の温度の無い眼差しが俺に向けられるまでだ。
「さて、その甲冑を外してもらおうか。ストーカー」
「
…
ストーカーじゃねぇ」
あんまりな言い様に思わず否定すると、旦那は呆れたように眉を動かした。
「いたいけな少女を誑かして、行く先々でわし様を見ている奴はストーカーだろう?わし様間違えておるか?」
旦那に問いかけられたカルナは何も反応しなかったが、その傍のガネーシャ神は顔を引きつらせた。
その肯定に俺はいたたまれない気持ちになる。
誓って邪な気持ちはなかった。ただ見ていただけだ。それでもストーカーなのだろうか。
聖杯に検索をかければ、ストーカー加害者はみんなそう言うのだと返ってきて俺は項垂れた。
「ともかくだ!」
微妙な空気に旦那が手を打ち鳴らした。
紫水晶の瞳が俺を見据える。
「おまえ、何者だ?」
「──────」
俺は答えない。答えられない。
その問いに答えれば、俺が何をしたかも話さなくてはならなくなるのだから。
「顔を見せろ」
「──断る」
俺の額には宝珠がある。その特徴から旦那が『アシュヴァッターマン』に辿り着く可能性は高い。
拒否された旦那はびしっと俺を指差す。
「ならば、力づくだ! ──カルナ!」
「断る」
「カルナぁ??」
間髪入れずに却下されて旦那が情けない顔をカルナに向ける。
「お前はそれほど愚鈍なのか」
「むぐぐぐぐ」
先程、カルナに今回の件では助力しないと言われたのを思い出したのだろう。旦那が唸る。
理性は今のうちに逃げろと訴えている。しかし感情はもっと旦那と言葉を交わしたいとわめいていた。
どんな会話でもいい。旦那が俺に話しかけている。それが千年ぶりの雨のようにこの体に染み渡る。
──俺を見て欲しい。声を聴かせて欲しい。
そんな愚かな欲望が俺の足をここに縫い付けていた。
動けない俺に旦那が向き直る。紫水晶の瞳がこちらを窺う。
「──金ならあるが?」
「断る」
口の中に苦いものが広がる感覚。
俺の事を知っている旦那なら、俺を金で買えるなど決して思わないだろう。
──わし様のアシュヴァッターマン
突然。もう二度と聞けない声が脳裏にひらめいて心臓を揺さぶる。
あんたがそう呼んでくれるなら、甲冑を脱ぐどころか、この心臓も喜んで抉り取っただろうに。
だが、それはもう二度とない。無いのだ。
「話がそれだけなら俺の事は諦めてくれ」
そう告げると旦那は片方の眉を跳ね上げた。
「ほーう?わし様に諦めろと?」
とっさに身構えると同時に旦那の手に棍棒が現出する。構えられた棍棒に目を取られた一瞬、視界に何かが飛んできた。
反射的に払いそうになる手を抑えた。
間髪入れずに飛び込んで来た棍棒を両腕で受け止める。
甲冑と棍棒がぶつかる鈍い音が響く。
その衝撃に視界から流れ落ちる土塊。
一撃を入れそこなった旦那が離れた。
俺から少し離れた所で棍棒を構え直す旦那に、俺は止めていた息を吐いた。
「今の、いくらなんでも卑怯じゃないッスか?」
「卑怯で何が悪い!勝てばいいのだ!勝てば!!」
今の攻防を傍で見ていたガネーシャ神と旦那が言い合っている。
先程、旦那は俺の視線を棍棒に引き寄せておいて、足元の土を俺の目にめがけて蹴り飛ばしたのだろう。そしてその隙に攻撃した。相変わらずのセコさに笑いそうになる。
そんな俺の感情を読んだのか、旦那は棍棒をくるくるとまわす。
「カルナほどではないがわし様も強いぞ。降参して顔を見せるなら今のうちだ」
「そんなことは知っている」
きょとんと旦那の目が丸くなる。
旦那はその言動で実力よりも弱く見られがちだ。特に今みたいな事をやらかした後でまともに評価された事などない。
だけど、俺は旦那の強さを知っている。
そんな俺に旦那は表情を引き締めた。
旦那は実際小悪党で小物でどうしようもねぇが、自分がそう見えることすら利用している節がある。それを見破った俺に本気を出すことにしたのだろう。
俺はそれを迎え撃とうと構え──凍りついた。
考えるまでもなく、俺の戦いのスタイルは父のドローナ流だ。そして旦那はドローナ流の事をよく知っている。そんな旦那が俺の戦い方を見れば父の関係者だと分かってしまうだろう。
同じ理由でチャクラムも出せない。あれは本来ならばクリシュナの物だ。旦那もそれを知っている。あれを見れば俺がクルクシェートラの戦いの関係者だとバレてしまう。
「──勝てるとでも思っておるのか?」
どうしていいか分からなくなった俺に棍棒が打ち込まれる。
ぎりぎりで避けた。
遅れて風圧が甲冑に響く。
休むまもなく右から下から左から。変幻自在に動く棍棒をなんとか避け続ける。
それが出来ているのは俺がただ旦那の動きを知り尽くしてるからに過ぎない。
振り回される棍棒を避け続け一向に反撃しない俺に、旦那の顔に怒気が浮かんだ。
「貴様!わし様を愚弄するのか!」
恥をかかされるのが嫌いな旦那にとって、まともに戦おうとしない俺の態度は耐え難いものだろう。
だが、俺は旦那に戦闘スタイルを見せるわけにはいかない。
そして、そもそも。──旦那に向ける拳など持っていないのだ。
いくら旦那が俺の事を忘れようとも、俺が旦那を攻撃出来るはずがない──!
「分を弁えろ!」
棍棒が振り抜かれる。
きらきらと紫水晶の瞳が怒りに煌めいている。
いつも横で見ていたその輝きを、俺は初めて真正面で受け止めていた。
──あの半神を、羨ましく思う。
この美しさをもう少し眺めていたい。
いつまでも旦那の攻撃を避け続けられるわけはないと分かっていたが、そんな誘惑に駆られてしまう。
「おまえ──」
何かを言いかけて旦那が棍棒を構え直した。
俺も動きを止める。
旦那はくるりと棍棒をまわして、俺に突きつけた。厚めの唇の端が釣り上がる。
「おまえ、本当にドローナ師の息子か?」
「っ!!!」
心臓が跳ね上がった。
今の俺と父を結びつけるものは何も見せていないはずだ。だと言うのに。
「
……
なんで、そう思う?」
苦し紛れの問いに旦那は呆れたように目を細めた。
「プトレマイオスの図書館にはマハーバーラタがある。わし様が現界してすぐにカルナに突きつけられたのだ。──俺が忘れている者がいる、と。あとはカルデアの霊基一覧で再臨姿をチェックすればおまえが誰かなど明らかだ」
旦那の言葉に俺はカルナを見た。
俺が無為に自室で転がっている間、カルナは俺のために動いていてくれたのだ。
ガネーシャ神からの最初の手紙。あの図書館で旦那が読んでいたのがマハーバーラタだったのだろう。
俺の視線を受けてカルナは首を振った。
「無駄なことだった」
そうカルナは言うが、感謝してもしきれない。
「ドローナの息子、アシュヴァッターマン」
旦那が俺の名前を読み上げる。その他人行儀な響きに胸が詰まった。
そんな俺に構わず旦那は言葉を続ける。
「カウラヴァ軍、5人目の司令官らしいが。──わし様、そんなものを任命した記憶はない」
息が止まった。
真っ向からの否定に体中の熱が凍りつく。
霞む視界に旦那の背後にある森が映る。──そこはあの森によく似ていた。
ビーマとの一騎打ちで敗れた旦那が捨て置かれていたあの森に。
思い出すのは、たった3人のカウラヴァ軍司令官に任命された時の喜び。夜襲の猛り。そしてそれが失敗したと知った時の旦那の嘆き。その嘆きのまま命を手放してしまった旦那の重み。
──その出来事はもう旦那の中には存在しないのだ。
「──だんな、」
俺の呼びかけに旦那は不愉快そうに眉を上げる。
──この人の中に、俺は居ない。
分かっていたはずの事実に体中を切り刻まれる。
不可視の傷口から血を流したまま、俺は旦那に手を伸ばし──。
突如響いた咆哮に旦那を抱き込んだ。
地面に転がる。
降り注いだ魔力弾が甲冑を焼いた。
少女の悲鳴が聞こえる。
腕の中の旦那をかばいながら顔を上げる。
森から巨大魔猪が一頭出現していた。
シミュレーターには時折バグが発生する。
それは設定環境とは異なる風景だったり、未召喚のはずのサーヴァントがいたり、出来るはずのスキルが発動しなかったりと様々だが、最も多いのは居ないはずのエネミーの出現だ。
巨大魔猪が大きな牙がある頭を振るう度に、魔力弾が辺り一面に降り注ぐ。
ヤツの属性は確かバーサーカーだ。
「どけっ! おまえはアーチャーだろう!!」
得体のしれない者に借りをつくるのが嫌なのだろう。覆いかぶさった俺を退かそうとする旦那を抑え込む。
バーサーカーの攻撃は同じバーサーカーの旦那ならば1.5倍だが。アーチャーに対しては2倍になる。
そんなことはどうだっていい!
「俺はもう二度と!あんたを眼の前で死なせたくねぇんだよ!!!」
叫んで。
俺は背面を焼く衝撃に唇を噛み締める。
魔力弾の塊が後頭部を撃ち、甲冑がひび割れた。
真っ二つに割れた甲冑が俺の頭から転がり落ちていく。
新鮮な空気に息を吐くと、旦那が目を丸くして俺を見上げていた。
「
…
おまえのそれ、生まれつきか?」
呑気な質問に俺は痛みを堪えながら笑う。
「額の宝珠のことなら、生まれつきだぜ」
面白いものを見つけたと言わんばかりに旦那の目が輝く。
相変わらず子どもみてぇな人だ。
俺はちらりと辺りに視線を巡らせた。
頭を抱えて丸くなっているガネーシャ神の傍にカルナはいない。
代わりに空から声が響いた。
「神々の王の慈悲を知れ。絶滅とは是この一刺し。──インドラよ、刮目しろ。焼き尽くせ!『ヴァサヴィ・シャクティ』!!!」
カルナの宝具が巨大魔猪を焼き尽くす。
吹き上がった爆炎が俺の背中を焼いた。
土埃が舞い、すぐに収まる。
地上に降り立ったカルナに少女が駆け寄ったのが見えた。
俺は体を起こした。旦那も起き上がる。
衣装から汚れを払いながら旦那がぼやく。
「えらい目にあった。わし様、獣に喰われるのは二度はごめんだ」
──獣に、喰われる?
旦那を地面に叩きつけた。
胸ぐらを掴む。
「──もう一度言ってくれ。誰が、何だって?」
苦しそうな旦那の顔が沸騰した脳みそに上手く伝わらない。
ぐつぐつと煮えたぎる思考が分かり切っていたはずの答えを導きだす。
──旦那ほどの貴人が獣に襲われることなどそうない。
あるとすれば、それは。ビーマとの一騎打ちに敗れてひとり捨て置かれていたあの森でしかないだろう。
俺を含むカウラヴァ軍の生き残り3人が見つけた時も旦那は獣に襲われそうになっていた。
あの時、もし『アシュヴァッターマン』がいなければ、夜襲が行われなければ。常道通りに朝になってから戦おうと言っていた俺以外のふたりの帰りはいつになっていただろうか。
その間にひとり残されていた瀕死の旦那は飢えた獣から身を守り抜けただろうか。
「獣なんかに、」
喰われた、だなんて。
そんな惨たらしい、戦士でも貴人でもない死に方をしたなど!!
俺は拳を地面に打ち付けた。
「あんたはっ!そんな死に方はしていねぇ!!!」
血を吐くような叫びに旦那の目が見開かれる。
「──あんたの最期は俺が見届けたんだっ!!」
再度打ち付けた拳は誰かの手に掴まれた。
顔を上げる。
「──カルナ」
困惑したような顔でカルナは俺を旦那から引きはがす。
途端、旦那が咳き込んで。俺はずっとその首を締めていたのだと気づいた。
「よく分かんないッスが。落ち着いて」
少女が俺の顔を覗き込む。
その心配そうな表情に俺は意識して息を整えた。
「──わりぃ」
「俺には不要だ」
カルナの言葉に俺は旦那を見る。旦那はよろよろと上半身を起こしたところだった。
視線が合った。
旦那が、少しだけ視線を落とす。
「──おまえの記憶ではわし様はどう死んだのだ?」
俺は覚悟を決めて息を吸った。
「俺がパーンダヴァに夜襲をしたと報告した後に、」
「なに!パーンダヴァの連中に一矢報いたのか!?」
顔を輝かせた旦那に俺は言い淀んだ。
「いや、失敗しちまって。五王子とかは取り逃がして
…
」
「他は?」
「他はほとんど──殺し尽くした」
「やったぁああ!!!わし様の勝利ー!!!わし様を森に置き去りにした報いだ!!!ざまあみろ!!!」
飛び上がって喜んでいる旦那に頭が痛い。ろくでなし過ぎる。
だが、パーンダヴァの連中に瀕死のまま森に捨て置かれて獣に襲われたのなら、この恨みも理解できなくはない。
喜色満面の旦那は俺の肩をばしばしと叩いた。
「気味が悪いストーカーなどと言って悪かった。おまえはえらい!!名誉カウラヴァとして我が陣営に加えてやろう」
いろいろ引っかかる所はあるが、旦那が嬉しそうなのはなによりだ。
俺を再び仲間に入れてくれると言ってくれた。
それだけで充分だから。──今、罪を告白しよう。
「旦那」
「ん?旦那とはわし様のことか?」
上機嫌の旦那が俺に視線を向ける。そこにわずかな親しさが乗せられているのを感じて、俺は泣きたくなった。
「俺は、ドゥリーヨダナを召喚するために逸話を再現したんだ」
「どの逸話だ?」
俺が何を言い出したのか分からないと言いたげに旦那は首を傾ける。
「わし様の華麗な逸話は山のようにあるぞ。ビーマの奴に毒を盛って河に流した話か?それともサイコロ賭博でパーンダヴァの連中の身ぐるみを剥いでやった話か?それとも心の友カルナと出会った話か?」
俺は首を振った。
「あんたの逸話じゃねぇ。俺の逸話だ」
カルナの手が俺の肩に置かれる。やめろ、という言外の優しさを俺は振り切った。
「再現したのは、──俺がパーンダヴァに夜襲をかけた逸話だ」
旦那が動きを止める。
ゆっくりと紫水晶の瞳が巡らされ、考え込むように顎に手が当てられた。
あの戦いで夜襲は禁じられていた。
戦士たちが夜休んでいた天幕には、彼らの世話をする罪もない女たちも、ただ着いてきただけの従者たちもいたのだ。
俺がそのことごとくを殺し尽くした事を、決して頭が悪いわけではないこの人は理解しているだろう。
旦那が口を開く。
「──そもそも。お前の夜襲とわし様がどう結びつくのだ?」
記憶が、記憶が無いということは。それに伴う感情も分からないということだ。
いつまで経っても慣れない痛みがまた俺を刻む。
そんな俺の顔を見て、旦那が顔をしかめた。
「辛気くさい顔をするな。ドローナの息子」
慌てて顔に手をやれば自分の頰に触れる。忘れかけていた頭部の甲冑の残骸は地面に転がっていた。
旦那が指でこめかみを押さえる。
「わし様の記憶では、あの戦いでドローナ師はパーンダヴァについた。なのに何故その息子のお前がパーンダヴァに夜襲を行うのだ?」
確かに。俺がいなければ父はパーンダヴァ側についただろう。
俺という存在がいない旦那の記憶は、まるで異聞帯のように正史からねじ曲がっている。
そのねじれの果てが、あんな惨たらしい死に方だ。
それが正史ではなくとも、それを経験したという記憶を持つ旦那にはそれは真実なのだ。
旦那が記憶を失ったのは俺の召喚方法が原因だろう。
自分の罪深さにめまいがしそうだ。
俺が忘れ去られるだけなら耐えられた。耐えてみせた。
だが、歪んだ記憶に旦那が苦しめられることには我慢がならねぇ。
甲冑に覆われた手を握りしめるとぎちぎちと悲鳴が上がる。
──俺が犯した罪だ。俺にだけ罰を与えてくれ!!
天に叫びたい俺を旦那の声が引き止める。
「アシュヴァッターマン?」
いつも聞いていた声とよく似た響きに俺は強いてゆっくりと息を吐いた。
「俺は旦那の臣下だ。──何があっても」
納得いかなさそうに旦那がまた首を傾けた。
「そしてお前の友でもある」
俺の背後から静かに口添えしたのはカルナだった。
旦那が子どものように唇を尖らせる。
「カルナが言うならそうかもしれんが。
…
わし様、本当にこいつに覚えがないのだ」
「カルナさんは嘘をついたりしないッス!」
「知っておるわ!」
子どものように言い合う旦那と少女に空気が緩む。
旦那がじろじろと俺を見下ろした。にたり、と笑う。
「まさか、おぬし。わし様が連中に殺されたから夜襲を行ったのか?」
「それ以外にねぇよ」
冗談交じりの旦那の言葉を切り落とすと、旦那は俺を見つめた。
ややあって紫水晶の瞳が揺らぐ。
「そうか。──それで。俺の召喚にそれを再現したのか」
旦那の脳裏には召喚の時に見た、頭から血を被ったような俺の姿が浮かんでいるだろう。
断罪を待つ俺の前で、──旦那は口元に笑みを浮かべた。
「わし様の召喚に必要な事だったのだろう?ならばよし!必要経費というものだ!」
からりとした口調に、視界の端で血相を変えたガネーシャ神が口を開き、カルナの手でそれを塞がれていた。
責められて当然の旦那の言葉に俺は言い募る。
「あんたの霊基異常も俺のした事が原因だ」
「──わし様は霊基異常などなっておらん。世界の方が間違っておるのだ!」
尊大に言い張った旦那は、俺を見て、そして視線を泳がせた。
「だが、まあ。おまえの夜襲の話は面白い。わし様の記憶ではどいつもこいつも逃げ出しおったからな。──おまえのような者がおれば、」
途中で切られた言葉の続きはなんだろうか。
俺への賛美のような言葉は、反転してこの人の最期の寂しさを物語っていた。
「──俺は、あんたを看取ったんだ。ドゥリーヨダナ」
本当はひとりで逝ったのではないとくり返し告げると、旦那の顔が歪んだ。
旦那だって分かってはいるだろう。自分の記憶の方がおかしいのだと。だけどそれを素直に認める人ではない。
俺は旦那をじっと見つめた。
「信じてくれ。──我が王」
俺の訴えに旦那は紫水晶の瞳を巡らせた。
俺の背後にいるカルナに、横にいるガネーシャ神に。──そして森に。
むにょむにょと何か言いたげに唇が動く。
悩んでいるようなその動きはすぐに止まり。旦那は俺を見た。
「おまえ、ドローナ師の息子ならバラモンだな?」
「そうだ」
俺が頷くと旦那は俺に手を伸ばした。
「ならば語る事は慣れたものだろう? ──わし様に献上せよ」
「俺の記憶をか?」
「そうだ」
旦那は俺の記憶を物語として語れと言っている。聞く耳を持ってくれるだけでもかなりの譲歩だろう。
──そしてそれは旦那の傍に仕えられるという事でもあった。
正直、英雄譚などの口誦は学んだが、一から物語を語ったことなどない。
それでも俺が旦那の望む事を叶えないはずがないのだ。
俺はうやうやしく旦那の手を取った。
「我が王よ。私の全てを献上いたします」
旦那が笑った気配がした。
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読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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