ちよど
2024-12-27 00:00:00
20578文字
Public アシュヨダ
 

世界の終わりにアシュくんがヨダナさんを召喚する話

終わる世界と終わらないアシュヨダの話。pixivより再掲

アシュくんが酷いことをして可哀想な目にあいます。カルジナも少しある。

「一ヶ月後に英霊の座は消滅します!」

 食堂に集められた全サーヴァントに向けてマスターの少年は声を張り上げた。
どういうことだ?」
 思わず呟いた俺に、隣に立っていたケイローンが自らの唇に指を当てる。
「アシュヴァッターマン。お静かに」
 広い食堂のテーブルや椅子は片付けられ、代わりに今までこのカルデアに召喚されたサーヴァントたちがひしめき合っていた。
 俺達からよく見えるように、まだ少年のマスターは天井すれすれの大きな機械武士の肩に座っている。
 そのマスターはサーヴァントからの疑問の視線を受けて人差し指をぴんと立てた。
「簡単に言うと。サービス終了に伴い、以後ローカルのみの稼働になります。温情」
 ほとんどのサーヴァントが理解出来ない言葉に、ひとりの象耳の少女が叫んだ。
「それはっ、まだここに召喚されていない英霊は消滅するってことだよね!?」
 彼女の名前はガネーシャ神だっただろうか。少女の質問にマスターは頷いた。
「少なくとももう二度と会えないと思う」
 誰かが悲鳴を上げた。
 このカルデアはサーヴァントが揃っているとは言い難い。知己がまだ未召喚の者も多かった。
 かくいう俺もそのひとりだ。このカルデアにマハーバーラタ出身は俺ひとりしかいない。
 カルナもドゥリーヨダナもサポートで何度も見かけていた。生き生きと戦う彼らを見て、いつかはこのカルデアにも来るだろうとのんびり構えていたのだ。
 
 ──それが、二度と会えない? 消滅する?

 ぐらりと視界が揺れるのを俺は意思の力だけで支えた。
 マスターが話を続けようとしているのが見えたからだ。
 それは他のサーヴァントも同じだったのだろう。静まり返った食堂にマスターの声が響く。
「これから一ヶ月、サーヴァント全員がそれぞれ召喚を行えるようにします。霊基のID順で。
 縁の品などの触媒の持ち込みも許可するよ。──ただ、聖晶石に限りがあるのでひとり11連1回まで。混乱防止のため召喚回数の譲渡は禁止します。」
 うめき声が聞こえた。
 いつも爆死しているマスターを見ているからこそ、このチャンスがいかに厳しいものか分かってしまう。
 俺は自分の体を見下ろした。
 触媒の持ち込みは許可されると言われても。この鎧は自分の物で特に逸話があるわけでもない。武器のチャクラムはクリシュナの物だ。ヴィシュヌ縁のサーヴァントになら触媒になるかもしれないが──。

「あ、アシュヴァッターマンさ、ん」

 少女の声で名前を呼ばれて俺は顔を上げた。
「あ?なんだァ?」
 人混みをかき分けて、先程声を上げていた象耳の少女が俺に駆け寄ってくる。
 今まで俺とほとんど会話した事がないガネーシャ神は俺の前で止まると、ぎゅっと自分の手を握りしめた。

「あ、あのアシュヴァッターマンさんは。マハーバーラタ出身なんスよね?」

「そうだ」
「──カルナさんと友達?」
「友達っていうか、知り合い程度だな」
 カルナとガネーシャ神には接点は無かったはずだがと、俺は首を傾げた。
 すると、ガネーシャ神は意を決したようにココア色の瞳を引き締める。

「お願いします!カルナさんの触媒を譲ってください!!ワタシが持っているものならなんでもあげるから!!」

 すがるような声に俺は言い淀んだ。
「んなコト言われてもカルナの物なんて
 思いつかない俺に横から落ち着いた声が掛けられる。
「カルナ本人の物だけではなく、一緒に使った物などはないですか?」
 ケイローンの言葉に俺は少し考え込んだが、結局首を振った。
「じゃあ、逸話は!?」
 詰め寄る少女の勢いに俺はわずかに後ずさる。
「あなた自身はカルナさんとの逸話を持っていないッスか!?なんでもいい!なんでもいいの!カルナさんを助けて!!サ終なんて、もう後がないのに!!」
 一番事情を理解しているらしい少女の叫びに、俺は彼女の両肩をそっと抑えた。
わりぃ。俺じゃあ多分カルナを喚べねぇ。カルナを召喚出来るのは、」
「誰?」
「ドゥリーヨダナだ」
 未召喚のサーヴァントの名前に少女の顔が青ざめる。
 各サーヴァントに許された召喚は11連を1回のみ。それはドゥリーヨダナを召喚してカルナの触媒にするには少なすぎた。
 少女が俯く。
分かっていたっス。今まで来なかったという事はカルナさんはここに来るつもりはないってコトだよねー。ローカルもどこまで保つか分からないし、ボクが無理する必要なんてない」
 アーチャーでなくても、床にぽたぽたと染みが出来ているのが見えただろう。
 俺はまわりの視線からかばうように少女を抱き寄せた。

 ──今まで来なかったということはここに来るつもりはないということ。

 それはドゥリーヨダナも同じだろう。あれほどのお調子者が度重なる召喚に応じなかった理由は他に思いつかない。
 それでも、英霊の座が消滅するというならば、なんとしてでも引っ張り出さなければ。

 ガネーシャ神が言う通り、狙った英霊を喚び出すには必要なものがある。
 その英霊の縁の品や生き物。
 ドゥリーヨダナを召喚するには、括られて語られる事が多いカルナなら触媒足り得るだろうが。アシュヴァッターマンではどうだろうか。
 チャンスは1度しかない。
 過信は禁物だった。
 俺達のやり取りを見て、他のサーヴァントたちにさざ波のように騒ぎが広がっていく。
「まずいですね」
 ケイローンがあたりを見回して呟いた。
 俺もそうだが、待ち望んでいたサーヴァントの触媒になれる者ばかりではない。
 なら、どうするか。
 物品だの人物だの他に触媒になるようなものを用意するか。それとも──。

 俺は少女の頭に手を乗せた。
 ふわふわのピンクの帽子は片方の牙が欠けた象の形をしている。そこに守られた頭は小さく、柔らかそうだった。
 ガネーシャ神の眷属だろうか、お揃いの帽子を被ったねずみが、少女の肩から俺を見つめている。
 そのつぶらな瞳に耐えきれず俺は顔を上げた。
 まわりでは、サーヴァント達が騒ぎを起こし始めていた。
 円卓の騎士達が狂ランスロットを抑え込んでいた。武器を抱えたマンドリカルドを数人のサーヴァントが追いかけている。その横をアキレウスが駆け抜けて行った。イアソンを白い少女達が囲んでいる。
 誰も彼もが自分の喚びたい英霊の触媒となる存在を確保しようとしている。

 ──縁がある存在

 縁とはなんだろうか。
 逸話の集合体である英霊にとって縁を強化するにはどうすればいいか。

 ──俺はすでにその答えを思いついている。

 手の中の少女の頭はひどく無防備だった。
 俺は腕の中で小刻みに震えている少女に声をかける。

「あんたは、この世で一番、罪のない者は誰だと思う?」

 突然の質問に少女は動きを止めた。
 素直な性質なのだろう、少し考え込んで少女は答えを口にする。

「無辜の民じゃないかとガネーシャさんは言っているっス。ボクはそれにはちょっと否定的だけど」

「そうか」
 俺は少女の頭から手を退かした。
「召喚は霊基のID順だったよな?代わってくれないか?」
ちょっとしか早くならないけどいいんスか?」
 ガネーシャ神のIDの数字はわずかにアシュヴァッターマンより小さい。順番を交代してもそう差はないが。
「構わない」
 そう答えた俺を少女は見上げる。
 ドゥリーヨダナさえ召喚出来れば、カルナも召喚に応じるだろう。
 だが、俺はそれを伝える事はしなかった。
「──アシュヴァッターマン、何を考えているのです?」
 表情を険しくしたケイローンに俺は笑いかけた。
 
 ──俺が考えている事なんて、旦那を召喚する方法しかない。

 俺に何を見たのか。ふたりは何故か黙り込んだ。
 少女が俺から後ずさる。その肩にケイローンが手を置いた。
「マスターにレイシフトの申請をしてくる」
「──後悔すると思いますよ」
「それだけはねぇよ」
 俺の返事に目を伏せたケイローンの顔を最後まで見ず、俺は人混みをかき分けてマスターの元へと向かった。




 ──あ、あああ。ドゥリーヨダナ。ドゥリーヨダナ。ドゥリーヨダナ!!




「アシュヴァッターマンさんはいつレイシフトから帰ってくるんスか!?もう召喚の順番なのに!」
 召喚室の前でマスターに問いかけているガネーシャ神に俺は間に合ったのだと胸を撫で下ろした。
 数週間にも及ぶレイシフトの間ずっとカルデアとの連絡を断っていたため、どのくらい時間が経っていたか分からなかったのだ。
 召喚室の前は召喚の順番待ちのサーヴァントと彼らに触媒として連れてこられた者たちでごった返している。
 そのうち何人かが俺に気づいて顔を強張らせた。それはあっという間に伝播し、俺の前に道が出来る。
「アシュヴァッターマンさん?それ、」
 振り向いたガネーシャ神が俺を見て言葉を失ったようだった。
 彼女はこういった事に慣れていないのだろう。
 まあ、血なまぐさい事に慣れたサーヴァントでも今は知己を召喚する前だ。頭から血を被ったような俺に触れて汚れたくはねぇだろうな。
 俺が歩くと足甲の金属が床に触れる硬質な音ではなく、滴り落ちる血の粘着質な音が静まり返った廊下に響く。
 べたついた前髪が邪魔でかき上げる。
 クリアになった視界でマスターが顔を歪ませているのが分かった。
「アシュヴァッターマン。その格好で召喚するの?」

「これでなければならないんだ」

 俺が断言すると静かに召喚室のドアが開けられる。設置された円卓の盾の前に俺は跪いた。
 ドアが閉ざされ、ふたりきりとなったマスターが無言で聖晶石を焚べる。
 召喚陣に光が回り始めた。

 ──アシュヴァッターマンに有名な逸話はひとつしかない。

 光の中、礼装が浮かび上がる。
 1枚、2枚。

 ──端的に言えばそれは、『ドゥリーヨダナのために禁じられた夜襲を行い、その罪によって三千年彷徨った』だろう。

 サーヴァントが光の中に浮かび上がる。違う。次は礼装。ライダー。アサシン。礼装。キャスター。礼装。ランサー。

 ──逸話を強化するなら、同じ状況を再現すればよい。今から三千年彷徨っていては間に合わないのだから。答えはひとつだ。

 ついにバーサーカーの金のカードが光芒の中に浮かび上がる。
 俺は笑ったのだろう。



 ──────俺が貴方を引き寄せるには夜襲の再現 許されない事をすればよい



 カードが人の形と成る。
 ふわりとした紫の髪。大柄な体に棍棒を持ち。精悍な顔立ちに愛嬌を滲ませてその人は口上を述べる。

「我が名はドゥリーヨダナ!
 ドリタラーシュトラの息子にして百王子の長兄、すなわち、わし様こそが正統なるクル族の王である!」

 心臓が震えた。

「──我が王」

 思わず漏れた声に旦那が俺を見る。その紫水晶の瞳が瞬いた。

「──誰だお前は?」

 冗談ではありえない表情に俺の喉がヒュッと悲鳴をあげる。
 旦那はそれに気づかなかったのか、棍棒を自分の肩にとんとんと当てた。
 不愉快だと言わんばかりに。

「見たところ戦士のようだが。王の前でその格好は不敬にすぎんか?」

「──申し訳ありません」

 血まみれの俺はただの他人のように頭を下げた。
 どくどくとこめかみで音が鳴り響く。視界が暗くなりそうなのをなんとか意志の力だけで抑え込んだ。
 先程の言葉、そして表情から導かれる状態はひとつだ。


 ──旦那は俺のことを忘れている。


 今も、旦那は俺の名前を呼ばず、温度のない眼差しで跪いたままの俺を見ていた。
 生きたまま。──生きたまま、胸を裂かれる方がどれほど楽だろうか。
 これが犯した罪に対する罰ならば。世界は天秤のように公平なのだろう。
 だが、今は。そんな痛みに構っていられない。
 俺の事を忘れている旦那は、不審者に見える俺の返答を待っている。
 考える。考える。正しい対応はなんだ?旦那にとって最も良い対応は──。
 俺は顔を上げた。

「ドゥリーヨダナ様。カルナを召喚するために御身の力をお借りしたいと願っている者がおります。私はそれを伝えに馳せ参じました」

「カルナが!! 召喚されるのか?」

 思った通り旦那はカルナの事で頭がいっぱいになったのだろう。さっきの不機嫌を忘れて血まみれの俺に近づいた。その旦那を召喚室のドアの外に誘導する。
 ドアを開ければ、思った通り。一番前にガネーシャ神が立っていた。
「彼女がカルナの召喚を希望する者です」
 突然の紹介に目を丸くしている象耳の少女に、旦那は腕を組んだ。
「うむ。わし様の片腕であるカルナに目をつけるとは、なかなか見所がある小娘だ。名を何と言う?」
「ジガネーシャ、っス」
「ガネーシャ?ガネーシャ神と同じ名前だな?まあよい、カルナを召喚するぞ」
 少女を召喚室に引き込もうとする旦那にマスターが叫んだ。
「ドゥリーヨダナ!ちょっと待って!順番厳守!」
 その何もなかったかのような態度に救われる。
「ちょっとって、どのくらいだー?わし様待ちくたびれたのだが?」
 少しも待ってねぇだろ!といつものように突っ込みたくなる舌を噛み締めた。血の味が口の中に広がる。
「あと5人もないッスよー」
 少女が旦那を宥めながら待機列の向こうへ連れて行く。
 ちらりとこちらを見たココア色の視線に首を振って、俺は遠巻きにされながら自室へと向かった。

 ──ああ、これが罰ならば。なんて相応しい

 血の道を引きずって俺は旦那から遠ざかる。病苦に苛まれ三千年彷徨ったよりも、体中が痛かった。
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