Romom🍙
2024-12-03 02:53:02
8793文字
Public ☣️
 

鋒に情景を

☣️
RE軸クラレオ 
RE:4から少し後、レオン単体。クラレオ要素は後半のみです。



 クラウザー率いる軍隊に属してから、一年が経とうとした、蒸し暑い夏の夜の記憶。
 海馬の底に押し込めた思い出の頁を捲る、一行一行を目で追って、か細い情景の糸をたぐり寄せる。
 その日の鍛錬は、二人にとって史上最悪の結果であった──八月の最中、真夜中にレオンはクラウザーの部屋の前に立ち尽くしていた。
 不躾だと思われたくなくて、振り翳した拳が影を落として止まり、一瞬、踵を返そうかとも考えた。でも、上官の厚意を無下にすることは、当時のレオンには難しい。結局観念して二、三回扉を叩く。
 レオンは招かれるまま、彼の部屋に踏み込んだ。初めは、鍛錬中の不手際を謝罪して、早々に抜け出してしまおうと考えていた──その日のレオンは精神状態が芳しくなかった。一年前の光景が夢となって脳髄を揺さぶって目を覚まさせてくれたお陰で、必死に無視していた病状が間欠泉が如く噴き出していた。
 精神からくる不調は、コンディションにも影響を及ぼす。通常の鍛錬も、少佐と二人で行う特別教練も、全くと言っていいほど身が入らなかった。そのせいで、本来なら避けられた筈の傷を右頬に負ってしまい、クラウザーに迷惑をかけてしまったことを悔いていた。
 彼の前に立ち、渋々と口を開きかけたレオンに、クラウザーは徐に言った。
「俺は残った仕事を片付ける。お前はそこに腰掛けていろ……俺は何も関与しない」
……申し訳ないのですが、意図するところがわかりません。少佐」
 想定外の言葉にへどもどとすることしかできないでいると、既に書面にペンを走らせ始めたクラウザーは、こちらを見ることもなく鼻を鳴らした。
「ラクーン唯一の生き残りであるお前が、何故、入隊を志したかは知らない。興味もない。だが、お前は時折──帰還兵と同じ表情をする。気がついてなかったか? 新兵」
 心的外傷後ストレスは、戦争から帰還した兵士が起こす病的な様子を示すために診断されるようになった病だそうだ。
 新兵である筈のレオンがPTSDに似た症状を起こしていることに、クラウザーは目敏く気がついていた。指摘されたことで、レオンが見ないふりしていた心の亀裂に木漏れ日があたる。当たってしまう。
 クラウザーはもう何も言わない。視線を卓上に落とし、ペンを走らせる音が響く。
 レオンは、糸を引かれるままに先程指し示されたカウチに座る。
 ──頃合いを見たら、出て行こう。
 彼が自分を呼び出したのは叱るためでも、注意するためでもないのか。一体何のために? 
 一目瞭然だった。
 レオンたち兵隊の部屋は相部屋になっており、心休まる時間は殆どない。日々の厳しい鍛錬への鬱屈からか、汚らしい言葉が飛び交い、支離滅裂で卑猥な妄言で騒ぐルームメイトたちに、レオンの繊細な情緒を尊重してやれる訳がない。クラウザーは重々承知していただろう。
 一目瞭然だ、クラウザーが呼び出した理由は、レオンを気遣ってのことだ。そのことに辿り着いた途端、一気に居た堪れなくなり、背骨から汗が噴き出す。彼に優しくされたことが嫌なのではない、寧ろ嬉しい。
 嬉しいからこそ、駄目だと感じる。ここでクラウザーの優しさに甘えてしまったら、今後一生甘えてしまう。一過性の優しさなのだ、常に許されるわけでも、気遣ってもらえるわけでもない。
 早くこの場を去らねば。一刻も早く彼の領域から飛び出して、どこでもいい、どこか一人になれる影を探そう──そう思うのに、体はカウチに縛り付けられたかのように動かない。まるで石になる魔法でもかけられたかと錯覚するほど、体が重い。
 レオンは、とうとう身体を震わせ、短く切った息を吐き出していった。ラクーン事件の悪夢が、恐怖が胸に染み込んでいく。止められない、雨の音が聴こえる、足音が聴こえる、銃声が聴こえる、唸り声が聴こえる。さっきまで話していたあの人の呻き声が聴こえる。
 体が細かく痙攣している。心臓が飛び出そうと胸板を強く殴り付けるから、レオンは必死に上から押さえ込んだ。死にたくない──ストレスの発作が食い潰す時、決まって死への恐怖がレオンの中で泡を立てる。
「新兵」……クラウザーが不意に声を投げかけた。はっとして、鈍く痛む頭をなんとか向ける。クラウザーは、手を止め、ただ静かにこちらを見つめていた。
 一拍、言葉を選んだような間を置いて、クラウザーは続けた。
「抑圧するな」
 震えて噛み合わない奥歯を打ち鳴らすことしかできない。クラウザーは、なおもゆったりとした低い声音で言い聞かせる。
「思いを押し込めても。何にもならないぞ、新兵」
……そ、そんなこと」レオンの喉が引き攣る。
 一年前から降り止まない雨を堰き止めていた防波堤が、壊れていった音が遠くに聞こえる。身を乗り出し、苦痛と悲しみに顔面が歪んだ。
「そんなこと、言われなくてもわかってる……!」
 歪んだ瞳を薄い膜が覆い、端から崩れては眦が濡れていく。頬が濡れ、顎を伝い、硬く握りしめた拳に落ち、ズボンに染みをつけていく。
 目元を腕で拭い、足りずにもう片方の腕でも拭う。それでも悲しみは鳴り止まない。透明な血は、両目の小さな穴から溢れて落ち続ける。レオンは声を殺して、顔を覆って泣いた。
 今まで堪えてきたものが壊れてしまう、弱い己を見られてしまう。でも、クラウザーは何も言わずにレオンを見ていた。あれ以上の慰めもしなかった。
 ただ、泣き噦るレオンの積年が枯れるまで、見届けていた。