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Romom🍙
2024-12-03 02:53:02
8793文字
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鋒に情景を
☣️
RE軸クラレオ
RE:4から少し後、レオン単体。クラレオ要素は後半のみです。
1
2
3
4
躾けられた脳は、休みだと言い聞かせても必ず定刻に覚醒する。
東の空が薄明に染まり始めた頃に目覚め、片手で眉間を解しながら、シャワーを浴びた。足元から生える湯気の中、ふと、湯船に浸かるのもいいかと考えたが、結局考えるだけで終わった。
身を清め、軽食を摂り、普段ならそこから外に出る。何も考えないために、別のことを考える。鍛錬に身をうつして、張り付いた雑念から目を逸らそうとする。
でも、今日は何故かそうしなかった。単に気分じゃなかった、といえばそうなのだが、『気分じゃない気分』になること自体、普段のレオンからするとそれなりに異常なことだ。ルーティンと思考が合致せず、呆然と部屋の真ん中に立ち尽くした。陽の昇りきった部屋に、日時計のような自分の影が背を伸ばすのを見て、レオンは小さく頭を振った。気が向かないなら、大人しく休暇をしよう──休暇をする、だなんて、スクール時代の国語教師が聞いたら卒倒しそうな言い回しだ。
結果として、何をすれば良いのか分からなかったので、趣味の気配すらない部屋に唯一持ち込んだペーパーバックを開くことにした。読書は嫌いではないが、頭の中の世界に集中することになる。僅か百頁あまりの時点で、物語が波に乗ろうとしているのと反比例して、レオンの表情は曇り始めた。悪夢が滲み出てくるのを予感して、二百頁のところで本を閉じた。
悶々とした時間に、短気なきらいがある自分が痺れを切らすのはあっという間だった。躊躇わず、テレビのリモコンを掲げてから、逡巡の後に電源を入れる。本当は、今の自分は見るべきではないし、見たくもないが、電気が通った液晶はあっという間に受信した通りの内容で騒ぎ始めた。
やはりというべきだ。先の迷子探しの報道は、どの局に繋いでも為されておらず、レオンが携わることのなかった惨劇が一つ二つと取り上げられていく。
気が滅入るな
……
。
和らげたつもりの眉間に再び力が入る、陰惨な現実から目を背けるつもりで電源を落とした。束の間の騒がしさも失せる。溜息だけが長く、沈痛に部屋に溶けていく。
鬱屈が溜まり重たくなった頭を片手で支え、徐に視線をやった先──台所のカウンターの上に、あるものが見えた。少々驚いて、目を丸くしながらレオンはそれに吸い寄せられるようにして手を伸ばした。手に取り、思わず失笑する。
「
……
忘れ物か、一晩中の」
拳銃が剥き身で置き放されていたら、誰だって驚くし、自分が置いて忘れていたのなら笑わざるを得ないだろう。休暇中だったから良かったものの、もしも任務の最中だったら? 突然、呼び出されたら。丸腰で、悪意蔓延るワシントンD.C.に駆り出すことになった自身を想像して、レオンは肩を竦めた。そして同時に、本日の自分は随分と気が疎かだということにも気がついた。
この一年で最も激務だった迷子探しが、無事に完結したからだろう。ここまで身が入らないのも珍しいが、無理なものは仕方がない。銃を片手に、レオンは整備道具一式を持ち出すと、カウチ前のテーブルに並べた。
初めから、手入れに勤しんでおくべきだったな。そう思い、今一度、革張りに腰掛け直した。
それから数時間。鈍色の幽霊と銘打たれた、相棒のハンドガンを完璧に仕上げる。次いで、思い入れの深い──ここ数年、出番はそこまでなのだが──マチルダを心ゆくまで手入れし、そのほかの銃もきっちり点検した。それから、次は。
卓上に上げていた二つの短剣に手を伸ばして、柄に指が触れて、反射的に息が詰まった。
いつの間にか、真上を通り過ぎた陽光が窓から差し込み、二本の剣身に反射している。片方は側面が凸凹として、雑用にも戦闘にも向いた姿をしている、コンバットナイフ。もう片方は、滑らかな剣身で軽微な曲線を描いている──ファイティングナイフだ。
レオンは、二つの短剣に向き合うようにして手繰り寄せた。それから目を伏せる。睫毛が重なる隙間から、ちらと覗いた、薄ぼけた世界は白く光っている。
そのどちらも、幾度となくレオンの命を救ってきた。救われてきた。
コンバットナイフを手に取り──レオンの手に渡って六年。年月以上に使い込まれている様子でも、しっかりと手に馴染む。そういえば、初めてナイフを握りしめた時、その重さに驚いた筈だ。今は全く重さを感じないことに、胸の底から何とも言い難い感傷が込み上げる。
刀身に絡まった埃とを拭い去った。磨くのは後でいい。
こうしていると、七年間、逃げても纏わりついて離れなかった思考が首を擡げる。この重たさに慣れざるを得なかった、あの運命の晩。守るべき人々を置き去りに、救いきれずに終わった過去。もしも、あの日が無かったなら、自分は──どうなっていたのだろう。
命を守るための刃の重さも、命を引き裂く発砲音も知らずに生きられていたなら。
無論、絵空事だ。レオンは理解していた。無駄な空想は止めるべきで、これまでそうして封じてきた。
ただ、今日は、今日だけは、ありもしない世界に想いを馳せてもいいだろう。
レオンは口を開いた、そして閉口して──独言ても聞く者もいないかと、再び口を開いた。「今も、意外と、悪いことばかりではないんだ
……
」瞼の裏で、生き抜く力を託してくれた警部補の姿が想起された。
事件が存在しない世界の彼は、一体どのような指導を、新人の自分に施しただろうか。きっと、苦楽交々の日々だったろう。今よりも、レオンは穏やかで、生意気だっただろうか。今も昔も、自分は変わらず生意気なのだそうだから、きっと冗談じゃない後輩として尊重されていただろう。
程なく口角が弛んだ。御守りのようにコンバットナイフを握りしめながら、横目に、もう一つの短刀を見遣った。先ほど、手が触れて、レオンの息を一拍遅らせたそのものが、静かに寝そべっている。
「それで、そう」口角が下がってしまうつもりだったというのに、想定外に穏やかな心地で言葉が紡がれる。まるで予想外で、昨日の自分が向かいに居たら、咄嗟に両手で覆い隠したくなるだろう。
「あんたと向き合うには、とても素面じゃ耐えられないな──少佐」
不意に見上げた窓の外、時刻は夕方と昼間の間にある。
水分は摂取していたし、疲れたら休憩だって
……
覚えていないが、取っていたつもりだ。だというのに、時間が進みが異様に早く思える。
冬だからだろうか。そんなことを考えながら、レオンは、台所の棚からウイスキーの瓶を引っ張り出し、グラスと共に戻ってくる。既にカウンターで一杯分注いでしまったが、仕方がない。改めて腰掛けたカウチは、半分程度の体温を残して冷えていた。
一杯を流し込めば、食道が熱く焼ける。そしてもう一杯、もう一度。酔いが回り易い体質は、酔いたい時に功を成す。どこからか││脳の奥から、記憶が語りかけ始めたところで手を止めた。
声が聞こえる、「趣のない飲み方だ」
……
レオンは少し灼けた声を燻らせた。「生き急ぐなよ」説教じみた、いつかの呆れ声が脳を灼く。性急に、卓上の目的に手を伸ばした。
ファイティングナイフ──刀身を覗き込む自分と目が合う。目元だけを映し込む鏡面に、歪んでいる唇は果たして笑みを描いたのか、はたまた別の感情を宿しているのか。レオンには己の感情だ、よくわかる。だが、目に見えないことに縋って、震える呼気を肺から押し出した。「思いを押し込めても。何にもならないぞ、新兵」宥めすかす、いつかの声が、揺れないはずの鼓膜を震わす。
なぜ、今思い出す声が、憎悪に満ちた罵倒ではないのだろう。そうであれば、どれだけ気が楽か。それとも、なんだ。笑ってしまうほどに、彼の存在が、ジャック・クラウザーがレオンの深い部分にあるとでも言うのだろうか。
「ああ、畜生
……
」
否定のしようがないのが悔しかった。
合衆国からすれば、雛鳥に実戦的な力を身につけさせるための軍役。レオンからすれば、変貌した世界からの逃避。嫌というほど、糧になった日々。
二年前、コンドルの名を背負って初めての任務に出たあの日。あの日が、忌々しい杭になり、四年の歳月に終止符を打った。当然、クラウザーとの関係も、そこで終わった。つもりでいた、レオンだけは。
生々しい感触がナイフの鋒から指先に、腕を伝って背骨をなぞり上げる。
先の事件、秋めいた寒空すら二人の身体を冷やさない。レオンが思うより、クラウザーは闇に堕ち、クラウザーが願うほど、レオンは強かった。
忘れられないのだ。寄生された肉体を頽れて、自らの胸に刃を突き立てるよう命じた彼の声音も。「それでいい」と言った時の、憑き物が落ちたような笑みも。忘れられない、ナイフの鋒から伝わる、心臓を膜から内臓まで貫いた生々しいざらついた感触も、最期の言葉も、何もかもがこびりついている。
地に落ちた彼を見て、天に昇った彼に向けて「やり遂げる」と誓った。そして、レオンは実際にやり遂げた。
今になってようやく、クラウザーの気持ちが分かったような気がしていた。力を求めた割に、レオンが反撃できる隙を与え続け、剰え対等な舞台で戦うことを望んだ心理。クラウザーは、レオンに勝ってほしかった──己の価値観を狂わせた生物兵器よりも、磨き上げられた人の力が勝るその瞬間を。クラウザーは待ち望んでいたのだろう。
今更思い出す。「碌に、弔いもしなかったな」頸から垂らした小粒の鎖の先で揺れる、小ぶりのプレートを爪で引っ掻く。温くて冷たい。
今一度、酒をグラスに注ぎ入れる。飴色の液体が波打って止まる。外は既に夜闇に支配されており、冬のせっかちさがレオンは好きだった。
壁にかけられた時計が、起床から十時間は過ぎたことを告げる。事件直後の休暇にしては、有意義な気分で満ちている。部屋の明かりを付けるべきかと悩んだが、やめておいた。暗闇は恐怖を彷彿とさせるが、今は思い出していたかった──生き抜き、生きていることを。
掌に凭れこんだグラスの中で、酒が揺らされ緩慢に踊る。どこからともなく忍び込んだ街灯の灯りが僅かに反射して、それが美しく見えた。
「本当、あんたには色々教え込まれたよ。自分でも腹が立つほど」
ナイフの振るい方も、身の守り方も。人の殺し方も、人を助けるために教わった。
その間に、彼の口癖をレオンは見出し、覚えた。彼の体癖に気がつき、裏かくために真似をした。クラウザーからの教えは、一つとして取りこぼさぬよう必死に受け止めたつもりでいるし、取り違えた日には徹底的に直される。
「この野郎
……
」レオンが憤る、すると「良い顔をするじゃないか」などと言ってクラウザーは簡単に彼をいなしてしまう。
悪態を吐き捨てては鼻で笑われて、その時だけは直情的な怒りのまま、真っ直ぐでいられた。まるで暖簾に腕押しの応酬は、忍び寄る昏い記憶から意識を逸らしてくれた。
空いた手で、ファイティングナイフを持ち直すと、手慰みに自由にさせてみる。あっという間に、器用に、手はナイフを弄び始めた。これも少佐の真似だった、自分の手癖。
己の中に宿った師の姿を一つ一つ辿っていく。そして、ある記憶に辿り着いて、今までよく忘れてこられたと一人で面食らった。
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