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残りの夜が来た
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スラダン
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花形と藤真がそれぞれ別の高校出身だったら?というパラレルシリーズ
違う高校出身で同じ大学の花藤 藤真だけバスケをつづけている
花形に彼女がいて藤真は花形をこじらせている
2010年からいろいろなところで4年に1回更新してる 死ぬまでに完結させよう
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親知らず上
自分がそういう性格だということは重々承知していたつもりだったので、なし崩し的に入ったゼミの研究に振り回されて冬の間ろくに就職活動ができず、結局院試を受ける方向にシフトしていても、花形はさしたる危機感を抱いていなかった。単位に不足がなく無事4年に進級していたことも春になってから気づいた。というか、お前ら全員4年になってるんだろうなと教授に言われてからようやく気づいた。
そこまでは自覚していたのだが、次に会ったらそういう話をしようと思いながら、その対象の藤真に未だに会えていないと気づいたのが6月に入ったつい先日のことで、それには花形もさすがにぎょっとしていた。どうりで女の子が薄着になっているわけだ。
電車の通らないこの大学の学生には授業くらいしか共通の時計がなく、そうなると生活リズムは年度ごとにがらりと変わる。同じアパートに住んでいるからといって顔を合わせずに数ヶ月経っていたとしても何ら不思議はないのだが、一度気にしてしまうと小さな口内炎のように常に意識に引っかかってしまう。研究室に泊まり込んだ方が絶対に身体が楽だとわかっているのにアパートに帰り続けているのは、この口内炎が治らないからだ。いや、親知らずかしらん。
どちらでもいいし、やはり今日は帰らずに泊まろうかと考えながら階段を降りていると、大きなバッグを右肩にかけた茶色い頭がのしのしと登ってくるのが見えた。ずいぶんあっさり抜ける親知らずだ。上の歯だったのか。
久しぶりに会った藤真は久しぶりであるという事実を知らないような顔でカーディガン姿の花形を指差し、開口一番「お前暑くないの」と言った。
「高校生半袖だぞ」
「ゼミの人も半袖だった」
「半袖似合わないもんな、お前」
「人並みだよ」
くっくっと笑いながらすれ違う藤真に手を振ってから、花形は首を傾げた。誰かと間違えているのかもしれない。藤真と初めて会ったのは去年の秋だったから、彼の前で半袖になったことはなかったはずだ。
何にせよ口内炎だか親知らずだかはめでたく消えたので、ついに俺も研究室の住人かと腹をくくりかけた花形だったが、日付が変わる直前に舞い込んだ「土産あるんだけど飲まない?」という藤真からのメールで、その決意はあっさり氷解した。そもそも藤真に話したいことがあったからだというのを思い出したのが大きな後押しの一つ、もう一つは、4月から教授の手下のゼミ生が増えているという事実だった。高校の部活以来だったが、後輩というものは素晴らしい。
帰り支度を始めると後輩はあんぐり口を開いた。
「悪い、やっぱり帰る」
「ええ!?」
時間が来たらかき混ぜて計測するだけだから。やり方はノートに書いてあるからと言っても動かない後輩に、同級生の女の子が「花形くんは泊まらないから」と援護射撃をしてくれる。ただし、的を外していた。「彼女いるから」
「余計だめです」
「いないよ」
「いるじゃん」
「別れた」
「は!?」
じゃあなんで毎日帰るんだよと吼える同級生に帰ったらいいよと言うとさらに炎上しそうだったので、代わりに「親知らずが痛くて」とドアを閉める。扉の向こうの「さっさと抜けよ!!」という絶叫には心のなかだけで謝った。今日抜く。
アパートに近づくと藤真の部屋の明かりがついており、階段を登った花形は自分の部屋ではなくそちらのドアノブを捻った。藤真宅は花形宅と同じく鍵をかけないので、というただそれだけの理由で入ってしまった部屋からは、間の悪いことにシャワーの音がした。しまったと思うが、引き返すのも妙な気がしてそのまま中に入る。
冬から出しっぱなしなのか、藤真宅のちゃぶ台はまだこたつの状態だった。半袖でないことを笑われるいわれはないなと思うが、こたつ布団まで勝手に撤去するわけにはいかないので、花形はそれを中途半端にめくってあぐらをかく。細切れの睡眠のせいですぐにでも寝てしまいそうだ。早く出てきて欲しいと思いながら目を閉じた次の瞬間に「花形か!」と声がした。顔を上げると、細く開いたドアの隙間から、濡れた頭の藤真がこちらを伺っていた。
「あ、藤真」
「お前、来るなら言えよ。殴るとこだったろ」
「返信してなかったっけ。すまん。飲む」
「
…
いいけどさ、風呂入ってんの俺じゃなかったらどうするつもりだったの。女だったらどうすんの」
「彼女できたの」
「できてねえよ。ていうか俺全裸なんだけど!?」
「お気遣いなく」
「気遣えよ」
嘆息こそしたものの、結局藤真はドアを開けた。巻いたタオルから伸びた脚がバスケ部だなあと思って眺めていると、
「
…
着替えづらいんですけど」
「やっぱ体育会は鍛え方が違うなと思って」
「俺筋肉ついてないほうだよ。ていうか、お、」
言葉が止まる。促す理由もないので黙っていると、「冷蔵庫にタッパー入ってるから温めといて」と、「お」の続きではない言葉が返ってきた。
何だったのかと考えながら冷蔵庫を開けると、大量のタッパーが積み上げられている。手前の一つの中身は里芋の煮物に見えた。
「どうしたのこれ」
「土産。うちのお袋の味」
「ああ、帰ってたんだ」
「うん。それ全部煮物だから」
「何で帰ってたの?」
「実習行ってて」
「え?」
「きょう・いく・じっ・しゅう」
やりとりに既視感を覚えながら藤真を見る。Tシャツに隠れて顔が見えない。
花形は唐突にえも言われぬ不安に襲われたが、そんなものに襲われる理由など何一つない。電子レンジにタッパーごと入れてあたためボタンを押すと、皿の回転する音の向こうから「高校生、若かった」と続いた。「大して変わらんかと思ったけどちがうのな、あいつら」
「教職取ってたんだ」
「体育学部なんて教職とるくらいしかないもん」
「え
…
プロとか」
「
……
」
藤真は答えず大股で花形の隣に並んだ。皿を取る仕草と連動して、汗とは違う、入浴後の湿気がほんのり伝わってくる。自分のものではないシャンプーの匂いをかぐのを久しぶりだとちらりと思う。
こちらの顔を見ないまま、彼は箸とビールを持ってちゃぶ台に戻った。
「煮物なんか食うの久しぶりって言ったらものすごい量持たされた。食いきれないから頼むぞ、花形くん」
「よほど褒めたんじゃないの」
「ていうか暇なんだろうな」
「藤真、地元どこなの」
「げっ」
あふれたビールにあわてて口をつけた藤真は、発泡が収まってからも花形の質問に答えなかった。事故を見て慎重にプルタブを起こしたが、花形のビールには何事も起きない。
じわじわと積み重なる違和感にどう対処していいかわからなくなった花形は、無事に開いたビールを半分一気に飲んだ。
睡眠不足と空きっ腹にアルコールはてきめんに効いた。この春の間抜けな自分のことをつらつらと語り、爆笑してくれると思った藤真が鼻で笑うだけでも、花形は一人ではははと声を出して笑っていた。濃い目の味付けの煮物が手伝って酒はするすると体内に染みこんでいく。タッパーをいくつか空にして、冷蔵庫からビールが消え、それでもだらだらしていると、いつもは花形よりたくさん飲んで花形より先に寝る藤真が、空き缶を片付け始めた。
「珍しい」
「自分ちだから」
「酒買ってこようか」
「いいよ。お前もう寝るだろ」
藤真は全ての空き缶を仇のようにペシャンコにしていたので、ゴミ袋は意外なほどかさがない。自分一人が酔っ払っているような気分になるが、実際にそうだったとしてももう手遅れだった。早く部屋に戻るしかない。藤真も実習で疲れているのかもしないと今更思い当たる。
戻りがてら捨てるためにゴミ袋を受け取ろうと手を出すと、藤真はこちらを見上げて一言、「お前、将来どうするの」と言う。
「院
…
」
「の後は」
友人に将来を心配されているという事実が面白くて笑いそうになりながら、花形は考えられる就職先をいくつか思い描いたが、そのどれもがしっくりこないことを改めて実感するだけだった。それで、ぼんやりしながら「農業やりたいな」と言う。
「はあ?」
「農学部だった、俺。やってることがミクロすぎて忘れてた」
「
…
どこで?」
「北海道」
「農家とか就活生とかに夜道で刺されても文句言うなよ」
「言わん」
「花形ってホントに黙って刺されそうだよ」
ため息か苦笑いが返ってくると思ったが、藤真は無表情だ。無表情。
先ほどの既視感と重なって、別れた彼女の無表情と大きな目が唐突に蘇った。なぜ自分は似ていない二人を混同するのだろう。彼女と別れてからも藤真と会ってからも、もう半年も経ったのに。アルコールでかすむ頭では理由が特定できず、しかし正体不明の不安感だけがぶり返して、やっぱり酒買ってこようかなとつぶやいたが、藤真はもう眠いようで、部屋で一人で飲みなさいと玄関に押しやられた。
「煮物うまかったって言っておいて」
「まだあるから持ってけば」
「いや、いい」
「そういうやつだよお前は。知ってたけど」
会った頃からそんなことを言われていた気がする。そう言うと、藤真は鼻で笑った。「いや、もっと前だから」
首を傾げると、藤真は
「俺の地元な、お前と一緒だよ」
と言った。
「
…
え?」
「俺はお前のこと高校んときから知ってるから。でっかくて動けるすげーセンターだなあって思ってたのに、バスケ部にいないからさ、もう諦めてたけど。地元帰ったらぶり返した」
「
……
え?」
「じゃ、おやすみ」
律儀に挨拶をして、藤真はドアを閉めた。聞き返す言葉を宙ぶらりんにしたまま、ゴミを手にした花形は廊下に立ちすくむ。親知らずが新たに生えてきた。今度は下の歯かもしれなかった。
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