花形と藤真がそれぞれ別の高校出身だったら?というパラレルシリーズ

違う高校出身で同じ大学の花藤 藤真だけバスケをつづけている
花形に彼女がいて藤真は花形をこじらせている
2010年からいろいろなところで4年に1回更新してる 死ぬまでに完結させよう


バレンタインごっこ

 曇った空が真っ白だった。花形はマフラーに顎を沈めて鍵をかけた。鼻先まで覆いたかったが、そうすると眼鏡がくもってしまう。逡巡していると、かんかんと登ってくる足音と共に女の子の声がして、花形の思考はそちらにそれた。最近このアパートでは女の子を見かけたことがなかった。
 越してきたのかな、かわいいかな、階段下りるときにすれ違ったら顔が見えるな、とぼんやり考えながら踏み出すと、
「花形」
 藤真と女の子だった。
「はよ」
「おはよ、って、昼じゃん」
「さっき起きたから俺にとっては朝」
「怠惰だなー」
 現在、6時間おきに研究室で菌をかき回さなければならない花形にとっては昼も夜もないのだが、普通は13時まで寝ていたら怠惰ということになるのだろう。花形は何も言い返さずに肩をすくめた。それから藤真の隣の女の子をちらりと見る。女の子がちょっと頭を下げたので、花形も頭を下げた。藤真はなぜか少しだけ居心地が悪そうな顔をして、「授業?」と言った。
「いや、研究室」
「何してんの」
菌混ぜてる」
「なんだそれ」
一言で説明できるほどにはわかってないんだよな」
ふーん」
 じゃ、と言って階段を下りた。
 見上げると、ちょうど二人が藤真の家に入るところだった。藤真だったらもーちょっとかわいい子と付き合えるんじゃないの、と失礼なことを思い、花形は自転車に跨った。

 帰りは雨になっていて、自転車で大学に来てしまったことを激しく後悔する。とはいえこれを置いていくと明日の移動がまた面倒なので、花形は仕方なく濡れたサドルに腰掛けた。寒さに内心ひいひい言いながらアパートの駐輪場に乗りつけ、冷えて固まってしまったような足を持ち上げる。冷たい指先でポケットの鍵を探す。何とかドアを開けると、暗闇の中で携帯がぴかぴか光っていた。置いていってしまっていたらしい。
 彼女には振られてしまったし、そのほか急遽携帯を見なければいけないような状況も思い浮かばなかったので、花形は先にコタツのスイッチを入れ、その中にもぐりこんだ。早くあったまれと念じながら、伸ばした両足の間に両手も挟み込む。何もできないのでそのままじっとしている。
 10分後、ようやくじんわりと温まってきて、花形はやっと携帯に手を伸ばす気になった。冷え切った携帯を開くと、中からほんのちょっとだけ冷気が出てくるような気がする。新着メール1件。藤真からだった。2時間ほど前だ。
『後で行くから』
 絵文字も何もないところが以前の彼女と似ている。花形も実は句読点すら打ちたくない人間なので、そういうメールを打ってくる人間はありがたい存在だった。世の中にはなぜか、絵文字をつかわないとマナーに反すると考えている人間が結構な数いる。
『ごめん今帰った 何?』
ぶぶぶ。
『今すき屋 20分後』
『了解』
 すき屋という文字を見て猛烈に豚丼が食いたくなり、花形は追いかけて『ねぎ玉豚丼買ってきて!大盛り』と送った。返信は来ない。信じて待とう。
 どうしようもない恋愛相談、というか恋愛なのかどうかすら微妙な相談をして以来、藤真とはなんとなく親しくなった。学部も部活もサークルも違う人間と親しくなることは貴重だと思う。アパートが同じ友人というのは便利でもあり、いや決して利便性で親しくしているわけではないのだが、なんというか、藤真は花形にとって心地の良い存在だ。
 ドアノブががちゃがちゃいう音ではっとする。居眠りをしていたみたいだ。勝手に入ってきた藤真は袋を二つぶら下げている。「さっむ!!」と言いながらばたんと乱暴にドアを閉めた。
「藤真、うち、チャイム壊れてないよ」
「いーじゃん別に」
「うん」
 別に気にしていない。そもそも鍵をかけていないのは花形だ。
「あ、豚丼。サンキュ」
「パシリに使うなよ」
「寒いから」
「あーもう」
 手を差し出される。何かと思って見上げると、「金」
「480円ね」
「食ってからでいい」
「いーよ」
 ありがたい。いただきまーすと手を合わせ、花形は黄身だけをねぎの上に落とすべく、慎重に黄身のキャッチボールを始めた。
「それさー、白身も入れたほうがうまくね」
「俺、生の白身だめ」
「セレブか」
「そうかな」
 この会話を彼女ともした気がする。豚丼はすこしだけ冷えていた。
 食べ終わり、コタツにおさまっている藤真にうやうやしく480円を差し出すと、彼は着たままのダウンのポケットに小銭をつっこむ。
「今日練習ないの」
「休みー」
 藤真は勝手にテレビをつけた。何しに来たのだろうとぼんやり思いながら、芸人らが必死な顔でクイズを解いている番組をふたりして眺める。時折藤真が芸人の代わりに答えるので、花形も分かる問題だけ参加した。
「さっきのさー、」
 CM中、藤真はテレビに顔を向けたまま言った。
「友達なんだけど」
 さっきとは昼で、「の」は女の子らしい。
「え、彼女かと思った」
「ちげーよ。女バスの子」
「へえ」
「あいつ台所ないアパート住んでてさー」
「そんなのあんの、いまどき」
「あるらしいよ。2万5000円だって」
「やっす」
「なんだけど、どーしても彼氏にケーキ焼きたいんだって。バレンタインの」
「あ、それで台所を貸せと」
「そう。一生懸命作って帰ったよ」
「え、藤真んちってオーブンあんの」
「レンジについてる」
「料理すんの」
「姉ちゃんのお下がり」
「ふーん」
 藤真の姉ならさぞかし美しいのだろうとぼんやり思って、彼の顔を見る。藤真は上体を後ろに倒して寝転がり、あーあ、と言った。
「なんか、かわいいよなー、女の子って。例え2万5000円のアパート住んでる酒豪の女でも、こんなことすんだーと思ったよ」
「酒豪なの」
「すげーよ」
 ピッチャーでビールイッキとか余裕でするよあいつ、身体どうなってんのかわかんねー、と恐ろしい顔で言うので、花形は笑った。それからふと思い、
「藤真、あの子好きなの」
と聞いてみる。もしかしたらこれは恋愛相談なのではないかと思ったからだ。あまりそういった類のことに首をつっこむ習性はないのだが、彼には恩もあるし、ここは真摯になって対応しなければならない。自分の意見が参考になるとはあまり思えなかったが、それでも花形はそう聞いた。
 しかし、藤真は全く、これっぽっちも、ひとかけらも動揺せずに
「いや、友達」
と即答した。
 なんだよ。肩透かしに会ったような、ちょっと安心したような気分で花形はため息をついた。
「何」
「いや、なんだ、と思って」
「なんだよ、そのほうが良かった?」
「いや、相談だったらどう答えようかと思ってた」
「間違ってもお前には相談しねーっつの」
ですよね」
 懸命な判断だ。花形は少しだけへこみながら藤真を見た。なぜか若干機嫌が悪い様に見え、何か地雷を踏んだのだろうか、と花形は考えるが、会話の回想にスイッチの形跡は見当たらない。ぼんやりしていると、藤真は「あ、それで」と言ってがばりと起き上がった。それから、すき屋の袋ではないもうひとつの袋をずい、と花形に差し出した。
「台所貸したお礼っつって、チョコのケーキ置いてったから、くお」
「え、いいの」
「こんな食えねーし」
 袋のなかを覗き込む。さすがにハート型ではなかったが、きれいな丸のかたちをしたガトーショコラが、藤真の家のものなのか、100均の皿にでんと乗っていた。なぜ100均の皿と分かったかというと、花形の家にも同じものがあるからだ。
「うまそうだな。切る?」
「いや、このままで良くね?」
 藤真がそういうので、花形はフォーク2本と、インスタントコーヒーをセッティングし、再び「いただきまーす」と神妙に手を合わせた。そうして向かい合ったまま、2人でガトーショコラをつつく。うまい。うまいのだが。
……
 なんだか藤真とバレンタインごっこをしているような気がしてきて、花形はえもいわれぬ気分に襲われた。藤真も同じ気分なのか、うまいといいながらも、微妙な顔をしている。我慢できなくなって、「なんかさ、」と口を開くと、藤真のほうが先に
「言うな!言うな花形」
と叫んだ。
うん」
あー、うめー」
生クリーム欲しいな」
「え、いらねーよ。ていうか、セレブか」
「そうかな」
 この会話も彼女とした気がする。先ほどとはまた別の、妙な気分になって藤真を見た。口が甘いと言いながらがぶがぶコーヒーを飲み下す顔は、やはり彼女とは似ていなかったが、それではこの気分はなんなんだろうと思う。
 見つめすぎたのか、藤真はちょっと顎を引いて「なんだよ」と聞いてきた。なんだかはよくわからなかったので、花形は代わりに、
藤真のお姉さんってきれい?」
なんだそれ」
 藤真はごくりとコーヒーを飲み干した。「おかわり」
「はいはい」
 台所に立つ。自分の分もなくなりかけていた。お湯を沸かす花形の背に、藤真の声が投げられる。
「ねーちゃん、もてるけど、きつすぎるわ、ありゃ」
へえ」
 なんとなく想像がついた。「でも結婚した、去年」
 なんだ、と花形は思った。それから、なんだとはなんだ、と思考を上書きしながら、マグカップにお湯を注いだ。