※この一話だけ以前投稿した
【アレックス+英二】
の蛇足的な何かです。
世話焼き人
英二の怪我人に対する甲斐甲斐しさったらなかった。
もとから世話焼きな面はあったが病人・怪我人、おまけにそれが自分のせいでとなると何か重大な使命を背負ったように、けれど自然な慈愛をもって接してくる。
アレックスたちリンクスメンバーは度々その無償の世話になっており、本当にとっても有難いと思っているのだが、今回ばかりは有難さより言い知れないむず痒さが勝った。
こちらはちっとも英二のせいとは思っていないのに(確かにあの状況で呑気そうだったのは頂けないが、肝が据わっているともとれる。とれるはずだ)、本人はアレックスの肩の傷を必要以上に己のせいだと思っているらしい。何度言って聞かせても「sorry」を繰り返し、時間が経つにつれやっと謝罪をやめたと思えば今度は口じゃなく目で謝ってくる。
勘弁してくれ。アレックスは辟易していた。
「その目、やめてくれないか」
ほぼ治りかけの銃創(といっても、そんな大したものじゃない。掠っただけだし、痕にもならないだろう)に塗り薬を塗り込んでくれていた英二は、きょとんとしたのち、深刻そうに眉根を寄せた。
「
……整形した方がいいかな」
「飛躍しすぎてる」
なんとか自分で答えに行き着いてほしいと、彷徨う視線が辿るものを追うと、黒目は最初の通りアレックスの右肩に向いた。寄った眉根の皺が深くなっている。
「無理だ」
無理なのか。
「確かに、陸上部の頃から怪我の手当はしてきたけど、銃傷は慣れてない。目を閉じた状態じゃ、ちょっと不安だ」
「何を言ってる?」
「その目、やめてくれないかって」
「だからって目ぇ閉じて手当してくれって言ってんじゃねえんだよな」アレックスは丁寧に誤答を正した。
正された英二は束の間他の解答を探していた様子だったが、選択肢さえ見つからなかったのか、分からないと押し黙る。
アレックスは無造作に右肩にガーゼを貼り付け、崩していた服を着直すと、「あのな、英二」分かりやすくを心がけて言った。
「毎回そんな『自分のせいで申し訳ない』みたいな悲壮な目で見られちゃ、こっちの気が滅入る。俺だってお前の殴られた頬見る度に、
……もっと撃たれるべきじゃねえかと思っちまうだろ」
「だ、誰に」
アレックスはちらりと視線をやった。英二もそちらを向き、顔を顰める。納得したくないが納得したようにおもむろに頷き、「そうなったら、僕は全力で、きみを庇う」寝室の向こうの主に聞かれないよう囁いたが、内容は実際のことを考えると頼りなく感じた。
英二は一度瞼をぎゅっと閉じ、目頭を揉み込むと、きりりとアレックスを見上げる。
「これでどうかな」
「違いが分かんねえ」
「そんな無責任な
……きみが言ったんだろ
……」
「大体お前の目は大きすぎる」
「整形の話になってくるぞこれは」
「とにかくだ」人差し指を向ける。「お前は悪くないんだ。いい加減堂々としてくれ」英二は情けなく眉尻を下げた。そんなこと言ったって、と眉とお揃いに情けなく言う。「凄く
……申し訳ないんだよ。僕がちんたらしてたからだし、もとから僕の独断が悪かったし、きみは何度も案じてくれて約束までしたのに」声が悲しみの胞子をまとい聞いているだけでこちらの耳に茸を生やしそうだったので、耳の穴に指を突っ込みつつ掌で制した。
「何度も、何度も言ってるぜ俺は。気にすることじゃない。過ぎたことだって」
「きみに怪我をさせた」
「こんなの、怪我のうちに入らない」
「血が出てた。それに、僕は
……きみたちを、アッシュのいないところで、そういう目に合わすのは
……なんだか、あとになって、物凄く申し訳ないというか」
「
……何を言ってるんだ?」
「ええと、つまり」引き出しの中を必死に探りつつ、言葉を引っ張り出している。「僕は、最初、きみを友だちとして心配してたわけだけど、でも、きみは、アッシュの──リンクスのボスの片腕なわけだし」
「まあ、そうだな」
「すると、きみは、もちろん僕を友だちとして危険から遠ざけようとするけど、同時に、アッシュの命令でも僕を守ろうとする」
「ああ、当然だ」
「分かってたことだけど、それって、凄く、危ないことじゃないか?」
「何を言ってるんだ?」本日三回目の問いかけは心底怪訝に満ちていた。
本気で何を言ってるのか、何を伝えたいのか分からなかったのだ。引っ張り出されたものは複雑怪奇で毛糸がぐちゃぐちゃ絡まっている。アレックスはそれを解す取っ掛かりを見つけようと、糸口になりそうな単語を拾う。「危ない?」
「危ないよ。恐ろしく怖い」
「何が」
「友だちだから、ボスの命令だから、って。そうして今回怪我をさせて、改めて思うんだよ。きみたちの優先する一番はアッシュだ。でも僕と板挟みになることもあると思う。その、
……もっと自分たちを大切にしてほしい」
奇妙な沈黙がおりた。
アレックスはその間、空間を満たす何かそういう不可思議な目に見えない流れを、あたかも答えがあるように見ていたが、それは結局ただの空気だった。その空気を生み出した英二は、真剣にアレックスを見つめている。アレックスは目を合わさずに考えた。
彼の言っていることは、つまり。
つまり?
たぶん、重要で肝心なことが、彼の台詞の最後の部分だろう。自分たちを大切にしてほしい。自分たち、とは、今はアレックスの身のこととして、ええと、つまり、それで?
それで、だから、簡単にちっぽけに自分に分かりやすく解釈すると。つまり。
黙り込んだアレックスを見兼ねてか、英二が沈黙を緩めた。「ごめん、大切にさせてない僕が言えることじゃなかった。益々申し訳ない」
「違う」ようやく口を開いた。
「え?」
「たぶんだが、俺たちは、お前が大切に思ってくれているから無茶ができる」
「は?」
今度は英二が心底訝る番だった。「何言ってるんだ?」
アレックスは考えた結果のまとめを、つらつら述べる。
「些細だけど、重大な違いだ。お前が大切にしてる奴らが無茶してるんじゃなくて、お前が大切にしてくれるから無茶できるんだ。うん、そう
……なるほど。アッシュもそういうことだろうな」
自得していると、英二は絶望的な表情を浮かべた。「それは
……どの道、無理じゃないか?」無理だよ。お前が整形してその目をどうにかするくらい無理だ。
だって、そうだろう。確かにボスの命令でお前を守るけれど、お前が嫌な奴で最低でクソ生意気な人間だったら、俺たちはこの部屋に来ないさ。なのに、お前ったら、まるで自分の身のようにこちらの身を案じてくれるものだから、そりゃ無茶してやろうぜという気になってくる。ボスのためでもなく、お前のためでもなく、自分たちのためにも必死に守ろうとする。それをやめるのは、お前が俺たちを見限った時だろう。「無理だろうな」お前はそんなことしない。
「じゃあ、僕は、諦めてきみらの怪我の手当をするしかないってのか?」
「諦めてくれ。俺もお前に罪悪感を抱かせまいとするのを諦める」
「
……ひどい奴らだ」
非難の目で見られたが、構わなかった。安心して罪悪感を抱いてほしい。それほどお前がリンクスを大切にしてくれるのが、よく分かるので。
「この話はおしまいだ。そろそろアッシュを起こしてきてくれ」
もともと、治りかけの怪我、自分で手が届く範囲に、わざわざ薬を塗らせてくれと申し出されたのを断れなかった時点で、分かっていたはずだった。手当をしてくれるから、怪我ができる、なんていうことは。まあいい、再確認は何事においても大事なことだ。
「
…………」
じとっと見てくる。
「なんだよ」
「釈然としない
……」
「胸張っとけよ。人ひとりスタンガンで気絶させたとは思えねえな。本当にやったのか?」
からかいを込めて訊けば、やっと英二の方でも先の話を終わらせる気になったのか、わざとらしくやれやれと肩を竦めた。「ふう、アレックス。僕だってやればできる。
……でも結果的にきみを怪我させた
……」
「そう思わねえとやってられねえんだな
……。最善だったよ。結果的に、俺も英二も子供らも助かった」
「そうかな
……」
「そうだぜ。な、どうやって気絶させた? 近距離じゃなきゃ使えねえだろ。空手か?」
「日本人みんなが空手できるわけじゃないからな? できたらスタンガン使ってないし」
「じゃあ、どうやって?」
不意を狙ったとか背後から一発とか、そういう答えが争いごととは無縁の日本人の口から出るのを予想した。幼い者の武勇伝を聞いてやろうという心境だった。
英二は少し考える素振りをしたあと、胸を張り、腰に手を当て、自信ありげに笑う。
「僕にも色仕掛けができるってことさ!」
アレックスは、不意を狙われ、真正面から一発やられた。
ひゅーう、口笛を吹き、ソファの背もたれに腕を置き、そして頭を抱える。「なんて?」再確認は大事だった。
英二は照れくさそうに、それが褒められてしかるべきだと言わんばかりの態度で言う。
「絶対ダメだろうなって思ったんだけどね、これが案外効いた。自分でも鳥肌もんだったのに、あの野郎ったら、うっとりなんかしちゃってさ。今思い出しても気持ちが悪いな。まあでも、僕にも色気があるってことだ。ははは!」
快活に笑う英二に、アレックスは、口を開いてとりあえず何かを言おうとしたのだが、それより早く扉が開いた。
寝室の扉だった。きっと世界中で、今だけは最も開けられてはいけない扉だった。しかし無情にも開き切り、開けた人間が夢現にふらふら出てくるのを期待したが、壁にもたれかかり、しっかりした目線を持ってこちらを見てくる。
アッシュが言った。
「朝からなんの話かと思えば。そりゃ凄い」
今は昼だよ、英二が返し、へへんと鼻を高くする。「だろ。我ながら良くやったぜ」違うぞ英二。アレックスは右肩の傷をぶん殴って転げ回りたい謎の衝動に駆られながら、頭では冷静に否定する。今のは褒められたんじゃない。貶されたわけでも怒られたわけでもないだろうが、純粋な褒め言葉じゃなかった。
諦めなければならないものがもう一つあった。
こういう状況において、逃げ出すという勇気と希望に満ちた行為。
できれば再確認はしたくない、これっきりにしてほしい事態だ。
しかし、それも、おそらく無理なのだろう。これっきりなどと。英二とアッシュなのだ。これから先、何度も逃げ出したいのに見守りたいようなことがあるに違いない。そこから知らん振りして背を向けることは、アレックスにとって、それこそ無理なことなのだった。何せアレックスも、彼ら限定の世話焼きであったので。
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