さもゆ
2024-11-15 21:13:35
12349文字
Public BF
 

【BF】アレ+英、小話集

59丁目、アレックス+英二の小話よっつです。

2019.6.7 たまごのお粥pixiv投稿作品


この後小一時間プロレスをした




 あのボスが英二を時折「とんでもない奴」と評すのは、たとえばボスを無傷で起床させることから充分理解してはいたが、しかし、どうやらそれは充分ではないらしかった。
「あのう、アレックス」
「どうした?」
「歯の食い縛り方を教えてほしくて」
「は?」
 わりと凛々しめの黒い眉を、この時ばかりは困ったふうに下げさせて、とんでもないと思っていた日本人がとんでもないことを言い出したので、アレックスは困惑しきる。
「歯の食い縛り方? なんで」
「あの、……僕って戦えないだろ。今のところ」
 今のところではなく、きっとこの先武器を武器として持たせてくれないのではないだろうか。アレックスは思ったが、「……ああ」謎だらけの話を進めるため頷いた。
「それで、せめて殴られた時にダメージを最小限に留めようと」
「世界で最も必要ないな」
 なんだその発想は。
 他人を傷つける術ではなく、他人に傷つけられた際の対処法を訊いてくるあたり、らしいと言えばらしいが、そうなる前に絶対に防ぐ男と一緒に暮らしていることを知らないのだろうか。お前は一体誰と暮らしているつもりなんだ。
「誰に殴られるつもりだ? 予定があるのか?」
「この守られてる状況なら滅多にないかもだけど、何があるか分からないし」
……まあ、一理ある」
「もしかしたらアッシュと殴り合いの喧嘩をするかもしれないし」
「それは死ぬぞ」
 どっちが、かは分からないけれど。
 アレックスはこめかみを押さえた。
 あのアッシュ(ギャングのボスにして、英二に対しては滅法甘く、普通の少年然としているあのアッシュ)と殴り合いの喧嘩の可能性を少しでも考えている英二にも、万が一どころか億が一もなさそうだがもしもそうなった場合、英二ではなくアッシュが死ぬ(心肺停止、という意味ではなく、純粋に。純粋な死とは?)かもしれないと考えてしまった自分にも、妙に頭が痛くなった。
「それは分かってる」 
 そんなアレックスを差し置いて、真面目に頷いてなどいる。「分かってるよ。アッシュと物理でやり合ったら僕なんて瞬殺だって」何も分かってない。「でも僕には最終手段、納豆とかぼちゃがあるからね。けどそれは拳に対して失礼な反撃の仕方だし、大人げないから」いいと思う。平和な喧嘩で大変宜しいと思う。むしろ殴られたのに対して食で仕返すのはだいぶ大人げがあると思う。
「だから歯の食い縛り方とか、倒れないための重心のかけ方とか、できれば避け方を」
「これは俺が正さなきゃ駄目なのか?」
「何を?」
「大きな誤解が……とてつもなく大きな誤解が横たわってる」
「うん」
「いいか? よく聞けよ、まず大前提としてだ。アッシュはお前を殴らない」
「それはどうかな?」
「なんなんだその根拠のない自信は」
「まずひとつ。アッシュは口が達者だ」
 どうやら英二の中には絶対的なものがあるらしい。半ば気圧されるようにしてアレックスは口を噤んだ。英二が続ける。
「ふたつめ。口が達者なあいつと喧嘩したら、僕は語彙のない暴言を吐いて部屋を出るしかない。あまりに頭にきてたら、たぶん日本語で罵る」
 アレックスは頭の中で、反論の余地さえ与えない口撃をするアッシュと、それを聞き取るだけで精一杯な英二を思い浮かべた。そして堪りかねた英二がスラングを放って猛然と部屋の扉を開ける。
「みっつめ。僕は案外、手が出る。日本語で罵るレベルだったら相当だ。激情のままに一矢報いてやろうと、アッシュの頬を――いや、あいつ綺麗な顔してるもんな……――うん、腹だな。腹を殴るかもしれない」
 部屋の扉を開けかけた英二が突如として振り返り、アッシュの腹を殴ろうと飛びかかった。
「よっつめ。最後だ。いくら僕との喧嘩だからって、アッシュがみすみす殴られるとは思えない。反射的に僕を殴り返すことだってあるだろう」
 目の前の英二が、「な?」熱意のこもった黒目で見上げてきた。「僕、殴られるだろ?」
 アレックスはおもむろに眉間の皺を揉みこんだ。痕になったら困ると思っての行動だった。
 伸ばし伸ばし、言った。
「心配ない」
 一言返すのでやっとだった。
「どうして」 
 どうしても何も。
 だってアッシュが英二を反射で殴るなんてあり得ない。
 野生動物のように敵意に敏感なアッシュだ。それがどういうふうに危険かも嗅ぎ分けられる。
 どうしよう。
 とんでもない。
 パターンがいくつかあった。そのどれもがアッシュをボスとして慕う自分たちには成し得ない結果だった。
 ひとつめ。アッシュは大人しく殴られる。驚くか情けをかけるかして、英二の拳を受ける。
 ふたつめ。難なく避ける。それから勢い込み過ぎてつんのめった英二を抱き抱えるくらいするかもしれない。
 みっつめ。防ぐ。掌で掴みとめるのも軽々するだろう。
 よっつめ。受け流す。みっつめとほぼ同じだが、受け流した場合、軽く反撃をするかもしれない。
 そうして、よっつあるパターンの行き着く最終想像は、男子学生みたいにはしゃぎながらプロレスごっこをする二人だ。たぶん、おそらく、きっと、喧嘩が発展して面白がりながらお互いの短所を吐き、技を掛け合う。
 しっくりこないはずなのに、恐ろしくしっくりくるイメージだった。それを想像させ「まあこの二人なら仕方ないか」と思わせた英二を心底とんでもなく感じた。心底というか、もはや底がない。底がないことを知ってしまったのである。
……関節技の」アレックスは言う。「決め方を、ひとつでも覚えれば、心配ない」
 英二がハッと瞠目した。さあどうするか。
 実用的で、その実全く必要のない、もしかしたら何かの役に立つ関節技を、早急に考えつかなければならない。アレックスはとうとう頭を抱えた。