さもゆ
2024-11-15 21:13:35
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Public BF
 

【BF】アレ+英、小話集

59丁目、アレックス+英二の小話よっつです。

2019.6.7 たまごのお粥pixiv投稿作品


LとR




「どうぞ、……アレックス」
 
 もしも発した名前が声音に見合った物体になるなら、それは鉄だった。
 熱い鉄を無理やりに形作って冷まし、硬くする。その声は、言い方は、聞きようによってはひどく緊張したものだった。身構えているものだった。
 なぜだろう。眉を顰める。
 コングやボーンズのことは普通に呼ぶのに。
 確かに、自分一人でこの部屋に来るのは、まだ数える程しかないけれど、一対一だから、というわけではないことは分かっていた。だって、他の人間といる時に、彼はあまりこちらの名前を呼ばなくなる。おそらく意識して、意図的にそうしているはずだ。たまに呼ぶ時でも、今のように、唇を重々しく開く。まるで、アレックスの名をその口から落とすと、重力を持って床にぶち当たるとでも思っているかのように。
 警戒されているのだろうか。いや、この日本人はそんなもの、アメリカに来る途中で太平洋に落としてきたタイプだ。仮に警戒していたとして、なら名前を呼ぶ時以外は普通に(この場合の普通とは、そこらを歩く普通の青年に、あるいは知人友人に、という意味だ)接する意味が分からない。
 ただ、アレックスの名前を呼ぶ時だけ、少し変に力を入れ、緊迫しているように思う。
「英二」
 向かいのソファに腰掛け、入れたばかりの珈琲を啜る日本人は、ついさっきの違和感などもとからないような顔をこちらに向けた。
「何? あ、紅茶の方が良かった? 緑茶もあるよ」
「いや」手にしたマグカップを持ち上げる。「珈琲の方が好きだ」
「みんなそうだもんなあ。一人くらい緑茶に傾けばいいのに」
……ボーンズは、」
「ん? ボーンズがどうかした?」
「あいつは、緑茶の方が好きだって言ってたぜ」嘘だった。あれは苦くて舌が痺れるみたいになるから好きじゃねえ、と歯が足りない口で言っていた。
「そうなの?」英二が黒目を瞬かせる。「へえ、じゃあ今度ボーンズに淹れてやろっと」許せボーンズ。悪気があったわけじゃない。
「コングは、コーラが一番だからな」
「そうだね。一回コングのためにコーラを常備しようかと思ったけど、健康を心配してやめといた」
「母親みたいなやつだな」
 まさか同じ部屋に住んでいるアッシュ以外の生活も案じているとは思わなかった。
「そんなこと言ったら、きみは二人の長男みたいだよ」
「じゃあ俺は英二の息子か?」
「そんな大きな子供は一人で充分です」にやっと笑われる。
 ジョークが思う通りに伝わって満足する傍ら(あのアッシュを大きな子供扱いしてももう驚かない)、益々不審感が高まった。……いやいや、別に、おかしくない会話だろう。周りに他に呼ぶべき人間もおらず、面と向かって対峙していれば、名前など呼ばずとも全く不自然じゃない。
 ……しかし、その逆も言える。むしろ名前を呼んだっておかしくないだろう。どうして二人しかいないのに「You」を使うんだ。呼び間違いも何も発生しないというのに。
「英二」
「なんだい」
「ゲームをしよう」
「ゲーム」
「人物当てゲームだ。俺がある人物を思い浮かべるから、英二は質問していって誰か当ててくれ。イエスかノーかで答えるから」
「お、いいよ」
 唐突すぎたが、暇していることは出かける用事がないことから察していたので、予想通り英二はそれを面白そうに快諾した。「僕も知ってる人だよね?」「そりゃな。じゃ、スタート」「よっしゃいくぞ」英二は珈琲を置いた。
「その人は、男ですか?」
「イエス」
「その人は、金髪?」
「ノー」
「じゃあ茶髪だ」
「イエス」
「伊部さん!」
「ノー」
「ん……じゃあ、その人はおじさん?」
「ノー」
「マックスでもないのか。その人は僕より背が高い?」
「イエス」
「あ! コーラが好き?」
「イエス」
「コングだろ?」
「ノー」
「違うのか……。じゃあ、あっ、ピザは好きだろ?」
「まあ、イエス」
「ははん、ジェイコブだろ」
「誰だよ」
「ピザの宅配お兄さん」
「知らねえ。待て、なんでそいつの好みまで知ってんだ」
「玄関先で話すんだよ。コーラにメントス入れて遊ぶのが最高なんだぜって言ってた」
「なんて奴だ」
「その人は、普通に、飲み物としてコーラが好き?」
「当たり前だろ、イエスだ。待て違う、お前な、あんまり知らねえ奴と仲良くなるなよ」
「じゃあ、その人は、うーん、珈琲が好き? ……知らない奴と仲良くなるなって、それじゃあ僕は友達ができないよ」
「珈琲は好きだ。イエス。じゃあせめて、ダチになる奴はちゃんと見極めて」
「見極めてるさ。じゃなかったらきみたちと友達にならないよ」
「英二お前ってやつは」
……あっ。……その人は、僕の友達?」
…………イエス」
「あ~、ああ、よし、正解だぞこれは」
 すっと息を吸ったのが分かった。
「その人は、アレックスだ。正解?」
……イエス」
「やった!」
 じゃあ次は僕の番だな、と続きそうなのを片手で制す。確信した。彼は自分の名前を呼ぶ時、明らかに溜めを置いている。しかし態度も雰囲気も平常と変わらない。そんなにこの名前を呼びたくないのだろうか。なぜ? 過去にトラウマがあるとか? それで言いづらくなって……言いづらく?
「英二」
 閃きを得た。
「ん?」
「ロサンゼルスのある州は?」
「なんだい、突然」
「ロサンゼルスのある州だよ」
……カリフォルニア」
「フロリダにある世界最大のリゾート」
…………ウォルト・ディズニー……ワールド、……リゾート」
「アッシュをフルネームで」
「アッシュ。……アッシュ・リンクス」
「俺の名前を三回」
「あれっくす、……アレックス、ア、……レックス」
「ははあ、なるほど」
 こちらの思惑を完全に理解したのか、英二は視線をさまよわせたあと、観念して項垂れた。アレックスが勝手に納得しただけでまだ何も言っていないのに、潔く自白する。
「Lと、Rの、発音に、どうしてもまだ身構えちゃうんだよ……
 だからなのだ。
 アレックスの名前を呼ぶ時変に力を入れるのは。
 理由が分かりスッキリすると同時に、はてと首を傾げる。
「でもお前、日常会話じゃそんなの気にせず話してるだろ」
 英二の英語はまだ拙い。
 文法や単語の順番がちぐはぐだったり、意味を間違えて覚えていたりもする。そして、LとRの発音は確かにこちらからしたらどっちを言ったのか分からなくなることが多い。しかし、だからといって別にそれで不快になったりはしない。日本人にとって難しいらしいことは充分承知だし、むしろ、おそらく、へたくそなのに一生懸命話してくる様子がなんというかこう、いじらしいよなあという認識が、ボスを筆頭にリンクスメンバーにまで及んでいると思われる。
 名前を呼ぶ時だけ身構える意味とは?
「だって、名前はちゃんと呼びたいだろ」
……それだけか?」
「それだけ? ええと、……僕がきみの名前を呼び間違えたら納豆パックが一つずつ爆発するから、とか?」
「だから常備されてるのか」
「朝食の必需品だからね」
 真顔での応酬に一瞬真実味が増したが、キッチンのどこからも破裂音を聞いたことがないのでもちろんジョークだろう。それに、そうなったらアッシュが黙っていないに違いない。
……名前をちゃんと呼びたいから?」
 アレックスはさっきとは反対側に首を傾げた。英二も同じ方向に首を捻る。
「え、他に何か理由がいるかい? もっと大層なこと言った方が良かったかな。ええーと、そうだな……
「いや、いい。本当にそれだけが理由なら、……すげえお前らしいなと思っただけだしな」
 名前はきちんと発音したい、友達だから。
 つまりは、そういうことだろう。そういうことだ、と当たり前のように想像させ、腑に落ちさせるのが上手かった。策略も、裏もなしに。
「なあ、英二」
「なんだい、……アレックス」
 隠す必要がなくなったおかげで得意顔で胸を張るくせに、ゆっくり発した口から名前が零れた。物体にするなら、鉄だった。無理やりに硬く、冷まさせる前には、たぶん彼のどうしようもない当たり前な優しさとか友情とか信頼とかが煮詰まっている。
 床にぶち当たったら、階下まで突き抜けそうな重さだった。
……俺の名前を呼び間違ったら、床に穴が空かずに済むぜ。たぶん」
「なんだそりゃ」
「でも、いいさ。存分に穴だらけにしてくれ」
 それに応えられるよう、最大限、努力はする。それは我らがボスのためにもなる。そして、自分のためにも。
 参ったな。アレックスは内心、一人ごちた。
 警戒心がないのはどっちだろう。自分の方こそ、どこぞの海に流してきてしまったのかもしれない。
 そんなもの、持たなくていい相手なのは分かりきっているけれど。
 海の中で落し物を探すなど不可能なのである。諦めよう。