ちこと
2024-08-13 20:38:52
17525文字
Public イベント用サンプル
 

【チャレ29発行】「冒険のはじまり」サンプル

チャレ29発行の新刊サンプルです。本文全体の4割ほど。
サトシとピカチュウがエリアゼロでコライドンと出会うIFのお話です。冒頭の注意事項をご確認ください。

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3

「はらへったなぁ」
「ぴーか」
 進みはじめてどのくらい経っただろう。せっかく下に来たのだからと、そのままゆるやかに下りはじめ、穴の底を目指すような形になっている。とはいえ穴は広く深く、外周をぐるりと回っていく形だから、サトシの足でちょっと歩いたくらいではたどり着きそうにない。ピカチュウはサトシの足もとを歩き、コライドンはその横で、サトシの歩調に合わせて進んでいる。
 ここに棲まうポケモンたちにとって、人間はめずらしいようだ。サトシが視線を向けたり近づいたりすると、そそくさと岩の陰に隠れたり、あるいはしげしげと観察してきたりする。かれらの気性は、多くは穏やかで、先ほどのように突然襲いかかられることはなかった。
「さっきのプリン……プリン? なんだったんだろなぁ」
「ぴかぴか?」
「もしかして、リージョンフォームとか」
 環境によって大きく姿かたちを変えるポケモンのことを思い出す。その一種と思えば納得もできる。博士たちなら知っているだろうかと、お世話になっている大人たちの顔までいくつか思い浮かんだ。連絡できればよかったが、あいにくスマホロトムの通信電波は圏外だ。
「だってここ、なんか変わってるもんな」
 近くに生える木に目を向ける。一見何の変哲もないように見えて、その根元は、透きとおった水晶のような鉱物に覆われている。これまで見かけた木のほとんどが同じ状態だった。
 あわく光を放ちながら、鉱物は沈黙している。ふと、これに似たものをどこかで見たことがあるような気がした。
「なんだろ……
「ぴ?」
「ピカチュウ、覚えてるか?」
 頭のすみにひっかかっているのに出てこない。もどかしい気持ちを抱えながら、サトシは穴の空間を見渡した。
 段々と続く岩の道。下へ向かっていく階層。岩の上にはうっすらと緑が生えている。
 どどど、という音がかすかに耳に届いた。ちょうど向かい側に、階層の上から下へと落ちていく大きな滝が見える。水流はいくつかあって、それらが下に落ちるたび、白い飛沫が穴の下のほうで舞っている。
 それら空間を、白い光が照らしている。空は見えないはずなのに、まぶしいほどに明るい。
 もう一度木に目を戻した。根元を覆う鉱物。水晶のような――
――あ」
 思い出した。
 足を止めたサトシを一歩追い越してから、コライドンも止まった。振り向いて首をかしげる。
「ぴかぴ?」
 足もとでピカチュウも尋ねてくる。ああ、そうだ。この景色。
 透きとおった鉱物があちこちに生え、ポケモンたちが自然のまま暮らす、巨大な岩山。
「ここ、世界のはじまりの樹に似てるんだ」
 久しぶりに呼んだかの地の名を聞いて、ピカチュウの耳がぴんと立った。

 手頃な岩に腰かけると、膝にピカチュウが乗ってきた。その脇にコライドンがちょこんと座る。
 休憩がてら、サトシはコライドンに話して聞かせた。以前訪れたある場所が、この地に似ていること。そこは大樹の姿をした岩山で、地下にひろがる空間に、たくさんのポケモンたちが生きていること。
「ポケモンがいっぱいいるし、岩でできてるし。それに、あっちこっちに水晶が生えてるんだ。岩のとなりとか、木のそばとか。すこし離れたお城にまで生えてた」
 な、似てるだろ? 身振り手振りを交えながら語るサトシに、コライドンはきょとんとまばたきをする。
「伝わってるかなぁ」
「ぴーか」
 どうだろう。ピカチュウの相づちは疑問形だ。
「ここにも、ミュウみたいなポケモンがいるのかな」
 世界のはじまりの樹は、そこに棲むミュウと共生していた。この地が同じ性質を持つなら、近い関係を持つ生きものがいてもおかしくはないと思ったのだ。
「もしかして、さっきのプリンが?」
「ぴかぴか」
 淡々と首を振られる。
「だよなぁ。あのプリンって、なんていうか、もっと野性って感じだよな」
 未知は未知でも、神秘的な趣とは違う気がした。
 やっぱりプリンのリージョンフォームなのかな。思考が元の位置に戻ったところで、サトシの腹がぐうと鳴った。
「そうだ。腹減ってたんだった」
 サンドイッチはもうないので、リュックから携帯用の食料を取りだす。ピカチュウにはポケモンフーズだ。
「コライドンも食べるか?」
 皿に載せて差しだすと、コライドンは鼻を寄せてにおいを嗅いだ。人工のフーズに慣れていないのかもしれない、と思う前に、大きな口をがぱりと開けてかぶりついた。
「うまいか?」
「あぎゃあ」
「そっか、よかった。腹いっぱい食べろよ」
 サトシも自分の食料に手をつける。腹減ったと声に出てはいたものの、いざ食べはじめると、本格的に空腹だったようだと気づいた。ピカチュウやコライドンと一緒に、あっという間に平らげる。
「そんなに時間経ってたんだ」
 スマホロトムは圏外だが、図鑑や時計の機能には問題ない。時間を尋ねると、とうに日が暮れている時間だった。
 ぶ厚い雲がすべてを覆い、空の様子はわからない。陽の光を通さないならば、この地に満ちるまぶしいほどの光はなんだろう。そういえば、世界のはじまりの樹も、地下なのにとても明るかった。光源になりうる輝きは、やはりあの水晶なのだろうか。どこからか放たれるまばゆい光は、昼夜を問わずこの地を照らしている。
「ぴかぴ、ぴぃかちゅ」
「うん、もう夜になってたみたいだ。そろそろ寝たほうがいいかも」
 ぜんぜん夜って感じしないけど。サトシがそう苦笑すると、ピカチュウも空を見上げて首をかしげる。視界から得られる情報と実際の時間が一致しないのだ。ピカチュウの違和感はサトシ以上だろう。
 念のため岩の陰になる場所を選び、寝袋を用意する。足を潜り込ませたところで、ピカチュウがお腹に飛びのってきた。背中をひと撫でする。
「コライドン。おれたちもう寝るけど、おまえはどうする?」
 紅い背中に呼びかける。コライドンは一度振り返ったが、また視線を元に戻した。穴のほうを眺めているようだ。
「わかった。じゃあ、おれたち先に寝るね。おやすみ」
 そう言うと、コライドンはこくりと頷いた。


 おやすみ、と言ったものの、すぐに寝つける自信はなかった。なにせ、周囲はいまだ煌々と明るいのだ。だがスマホロトムが示す時間はとっくに夜で、明日も歩くことを考えると、体を休めておいたほうが良い。
 寝袋のなかでまるくなる。ピカチュウの息づかいがすぐそばにある。まだ寝ついていない。
 目を閉じても、外のまばゆい光がまぶたを通りこしてくる。
 ここのポケモンたちは平気なのかな。不思議な場所だなぁ。目を閉じたまま、そんなことを考える。この光って、やっぱりあの水晶なのかな。あれ、世界のはじまりの樹と同じものなのかな、ちがうのかな。
 世界のはじまりの樹は、ルカリオたちが扱う波導と関係が深いようだった。この地と関係があるのかないのか、サトシのルカリオならわかったかもしれない。だがあいにく、いまはオーキド研究所で休んでもらっている。広大な庭で鍛錬に励んでいるかもしれないが。
 ……コライドンは知ってるのかな、ここがどんな場所か。
 でもあいつ、ここに棲んでいるわけじゃないんだっけ? どうなんだっけ……



 やがて寝息が聞こえはじめ、ピカチュウは片目を開けた。サトシの寝顔が目に入る。寝つけなさそうと笑って話していたが、なんだかんだと入眠できたらしい。
 ピカチュウはまだ眠気を感じられず、サトシを起こさないようにそっと寝袋を出た。相変わらず周囲は明るいままで、調子が狂う。ここに棲むポケモンたちは気にならないのだろうか。
 岩陰から顔を出し、辺りを窺う。周囲の気配は静かだ。こんなに明るいなかでも、夜だとわかるのか。ここに暮らしていれば自然とそうなるのだろうか。
 ふと、コライドンの背中を見つけた。ピカチュウたちが寝袋に入ったときと同様に、穴のほうを眺めている。その横にちょうどよい岩があったので、ピカチュウは飛びのった。
「ぴーか、ぴかちゅ?」
 寝なくていいの。そう尋ねると、コライドンがこちらを見た。
 コライドンにピカチュウの話が通じているのか、実のところ確証はない。伝えたい内容は概ね伝わっているとは思うのだが、普段仲間のポケモンと話すときとは何かが違うのだ。
 ピカチュウの問いに返事はなく、だがそれは、通じていないわけではないようだった。答える代わりのように、コライドンの視線が動く。視線の先、岩の向こうにはひとり分の寝袋があるはずだった。
「ぴかぴ、ぴかぴか」
 サトシはもう寝ているので、それを伝える。コライドンは頷くと、視線を元に戻した。ピカチュウもそれに倣う。
 目の前には広大な空間がひろがっていて、しかもそれは段々と深部へ続いていく。中央の空間は底が見えない。
 この下には何があるのだろう。コライドンは知っているのだろうか。
 尋ねたくなって顔を向けると、ちょうど目があった。コライドンも、ピカチュウに何かを訊きたいようだ。
「あぎゃ、あぎゃす」
 目を見て聴きとっているうちに、だんだんと意図が掴めてくる。どうやら、コライドンはこう尋ねているようだ。
 サトシはどういう人間なのか。なぜピカチュウは、サトシと一緒にいるのか。
 そんなことを訊かれるとは思っておらず、ピカチュウはきょとんとまばたきした。いまだなにものかもよく知れないかれが、サトシに、サトシとピカチュウの関係に興味を持ってくれているとは。
 どう伝えようと逡巡し、ピカチュウはコライドンに最初から伝えることにした。
 ピカチュウは、サトシの最初のポケモンであること。サトシの故郷にあるポケモンの研究所で、旅立ちのパートナーとして引き合わせられたこと。以来、ずっと一緒にいること。
「?」
 コライドンは首をかしげている。最初のポケモン?
「ぴか、ぴかちゅ」
 ピカチュウの知る限り、サトシたちのような人間は、ある程度のところまで成長すると、パートナーとしてポケモンを得て旅に出ることが多い。そうしたことを、ピカチュウは野生として過ごしていた時期や、オーキド研究所のモンスターボールに入ることになった頃から、ある程度見聞きして知っていた。サトシとともに旅立ってからはなおのことだ。
 だがコライドンは、まずその前提にぴんときていないようだ。
「ぴーかぴかちゅ?」
「あぎゃあ」
 人間とポケモンがパートナーになることがあるという前提を、コライドンはよく知らないらしい。かれが本来生きていた場所では、そもそも人間を見ることなどなかったと。
 コライドンはこの地に来てから、人間と出会う機会があったという。だがその人間はサトシと見かけが違った。人間にもいろいろいるようだとわかったコライドンは、サトシと、かれとともにいるピカチュウについて、尋ねてみたいと思ったらしい。
「あぎゃす」
「ぴか、ぴか」
 人間のパートナーとして引き合わせられるとは、どういう感覚なのか。
 そう聞きたくなるコライドンの気持ちも、ピカチュウにはわかる気がした。ピカチュウ自身、野生のポケモンとして長く過ごしてきたのだ。突然モンスターボールのなかに入れられて、この人間のパートナーになるのだと言われても、納得がいくわけがない。ピカチュウ自身が選んだわけでもないのだ。
 最初はサトシのことがきらいだったと、素直に伝える。
 なんでこんなやつと、と思いながら、いやいや一緒にいて、一緒にいることで遭遇したトラブルを一緒に乗り越えて、その先もなんだかんだと一緒に過ごして。
「ぴかぴ、ぴかちゅ」
 ピカチュウはサトシのことが好きになった。一緒にいたいと思うようになった。
 だからいまも一緒にいるのだと、ピカチュウは話す。やりとりを重ねるうちに、コライドンの伝えたいことも、コライドンへの伝え方も、だんだんとわかるようになってきていた。
……
 コライドンは首をかしげながら、ピカチュウの言うことを咀嚼しているかのように見えた。そしてピカチュウにもうひとつ尋ねる。
 ――サトシの、どんなところが好き?
 ピカチュウはきょとんとまばたきをして、それから空を仰いだ。この地の空は厚い雲に覆われてなお明るく、しかし青空はまったく見えない。
 どう伝えようかと思案して、詳しくは教えないことにした。
 コライドン自身に、サトシのいいところを見つけてもらいたいと思った。
 ――サトシと一緒にいたら、きっとわかると思うから。