ちこと
2024-08-13 20:38:52
17525文字
Public イベント用サンプル
 

【チャレ29発行】「冒険のはじまり」サンプル

チャレ29発行の新刊サンプルです。本文全体の4割ほど。
サトシとピカチュウがエリアゼロでコライドンと出会うIFのお話です。冒頭の注意事項をご確認ください。

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2

「ぷりぃぃぁぁ!」
 叫び声とともに、牙を生やした大きなプリン――サケブシッポが、サトシたちに向かって飛びあがる。
「おわっ」
 サトシが咄嗟に避けると同時に、肩からピカチュウが飛び出した。サトシの前に降り立ち、四つ足で構える。頬から電気をほとばしらせても、サケブシッポにひるむ様子はない。
「ぷりゃっ」
 牙がぎらりと輝き、大きくひろがる。〝かみくだく〟だろうか。
「〝アイアンテール〟!」
「ちゅうぅ、ぴっか!」
 ピカチュウの尾がするどい牙とぶつかり合う。
 鋼の尾をかみ砕けず、サケブシッポは苛立ったように、尾をくわえたままぐるぐると振り回して放り投げた。
「ぴぃかぁっ」
「ピカチュウ!」
 勢いよく投げられたピカチュウはすぐに体勢を立て直せない。サトシは走って跳びあがり、全身で抱きとめた。
「くっ」
 着地するも、衝撃に負けてたたらを踏む。なんとか尻餅まではつかずに済んだ。
「ぴかぴ」
「大丈夫か?」
「ぴっか」
 ふたりで頷き相手に向き合う。様子見程度のアイアンテールでは力不足のようだ。
「あいつ、強いな」
「ぴ……
 力の強さだけでなく、相手には凄みもあった。ポケモンバトルというより、むしろ野生の争いに近い。
「ぷりゃあ!」
 次の手を打つ間もなく追撃が来る。「ジャンプだ!」とピカチュウにかわさせると、標的を逃したサケブシッポは、次の獲物を探すように、ちょうど近くにいたサトシを目にとめた。黄金の両目をつり上げ、ぎらりと睨みつける。
 これはやはり、ポケモンバトルとは何かが違う――サトシの背筋に冷や汗がつたう。戦う相手がポケモンか人間かの区別は、サケブシッポにはない。
「やばっ」
「ぷりぃっ」
 プリンの声に似ているようで似ていない、荒々しい声を上げてサケブシッポは飛びかかる。一度目はなんとかかわしたが、次の攻撃で体勢を崩し、今度こそ尻餅をついてしまった。
「ぴかぴ!」
 ピカチュウの声は遠く、するどい牙は目の前に迫る。咄嗟に上半身をひねったものの、
「くっ」
〝かみくだく〟の牙がサトシの右肩をかすめた。
「ぴかぴ!」
 今度こそ駆けつけたピカチュウが〝10まんボルト〟を飛ばすと、相手は電撃を避けて飛び退く。一瞬前までサケブシッポがいた位置に着地し、ピカチュウは前のめりに威嚇の声を上げた。
「サンキュー、ピカチュウ」
「ぴかぴ、ぴかちゅ?」
「大丈夫、ちょっとかすっただけ」
 と言いながらも痛む右肩を押さえてしまい、それを見たピカチュウの耳がへなと下がる。
「大丈夫だって」
 まだちょっと痛い、が動くには支障ない。サトシは右肩を押さえたまま立ちあがった。
 相手は距離をとりつつも、まだこちらを獲物として睨んでいる。また飛びかかってくるのも時間の問題だろう。
 簡単に退けられる相手ではない。だがまともなバトルも成立しない。もしまたサトシを狙ってきたら、その分ピカチュウも動きにくくなる。
 どう切り抜けたら――サトシはぎりと歯噛みする。
 その一瞬の隙を突いて、サケブシッポがふたたび飛びかかろうとする――瞬間。
 ――ぐいっ。
「おわっ」
 不意に体勢が崩れ、サトシはサケブシッポの狙いから外れた。引っぱられた? 何に?
「コライドン?」
 サトシの上着をくわえ、コライドンが引っぱっている。
 ぐい、ぐい。上着の裾を引っぱりながら、コライドンは目を交互に動かす。サトシを見て、自身の背を見る。ぐい、ぐい。
「乗れ、ってこと?」
「ぴかぴ!」
 ピカチュウの声に弾かれて顔を上げると、またサケブシッポが迫り来る。
 迷っている時間はない。サトシは思いきって地を蹴り、コライドンの背中に飛びのった。
「来い、ピカチュウ!」
 そう手を伸ばせば、ピカチュウはサトシめがけてすぐさま飛びあがる。左肩にしっかり掴まったのを確認し、サトシ自身はコライドンの首にしがみついた。
「コライドン、頼む!」
「あぎゃす!」
 応えるようにひとつ鳴き、ぐんと地を蹴り、コライドンは駆けだす。
「うわっ」
 一歩一歩が大きく力強い。振り落とされないようにしつつ後ろを振り返れば、サケブシッポの姿はあっという間に遠ざかっていった。
「すげぇ!」
「ぴかちゅう!」
 サトシはしがみつくのをやめて体を起こした。へっぴり腰のままでは勿体ない。
 ひとあし駆けるたびに、風が頬を切り、景色が飛んでいく。
「コライドン、おまえすごいな!」
 声を弾ませそう言うと、コライドンは得意げに喉を鳴らした。さらにぐんと速度が増す。
「おわあっ」
 上半身が置いてけぼりになりかけ、サトシは慌てて近くの何かに掴まった。
 手当たり次第に触れたそれは、よく見ればコライドンの肩から伸びる青い突起のような部分だった。サトシの両ななめ前にあり、手で掴むのにちょうどよいのだ。
 コライドンの様子を見ると、いやがるようなそぶりはない。上半身が安定するので、せっかくだからとそのまま掴ませてもらう。……なんだか自転車のハンドルみたいだ。
「へへっ」
 ポケモンに乗せてもらい、地や空や海を走る。何度か経験してはいるが、何度経験しても嬉しいものだ。ひとあし駆けるたびに体も揺れる。視界が一緒に上下する。まるでひとつになったような感覚で、ぐんぐんと風を切っていく。
「ライドポケモンみたいだ。な、ピカチュウ」
「ぴかぴかぁ」
 サケブシッポの姿はとうに見えない。逃げ切れたのだろう、もう十分だ。
 それでも、もうしばらくの間、コライドンはサトシとピカチュウを乗せたまま、自由に地を駆けつづけた。


「あのあたりがいいかな。コライドン、あそこまで行ってくれるか?」
 サトシがそう頼んで示したのは、ちょうど近くに見えた岩壁と岩壁の隙間だ。またさっきのようなことが起きないよう、ある程度身を隠せそうな場所を選んだ。
 岩の陰に降り立つと、コライドンはサトシたちに目を向け身を低くする。おかげで降りやすくなり、サトシは労せず地面に足を着けられた。
「ありがとう、コライドン」
 そう言って、さっきまで乗っていた背を撫でる。コライドンは一瞬目を大きくし、それから細めた。心地よいと感じてくれているのだろうか。
「ぴかぴ」
 ピカチュウが左肩から顔を出し、サトシの右側を指さす。
「あ」とサトシも思い出す。右肩の手当をまだしていなかった。
 リュックを降ろして座りこむと、ピカチュウは先んじて中身をあさり、傷薬と包帯を出してくれた。もともとしっかりものの相棒だが、最近は頼もしさに更に磨きがかかっている気がする。
 薬を吹きかけると、やはりというか傷口にしみた。「いてて」とすこし涙目になる。
「?」コライドンはサトシの後ろに腰を下ろし、首をかしげてこちらを見ている。
 サトシが片手で包帯を巻くのに苦戦していると、見かねたピカチュウが手伝ってくれた。
「サンキュー」
「ぴかぴか」
 ちいさな手で器用に巻いていく。最後にテープを止めるところまでやってくれた。まったく頼りになる相棒だ。
「これでだいじょうぶ」
「ぴかぴ、ぴかちゅ」
「わかってるって。しばらく無茶はしないさ」
 本心でそう言ったものの、どこまで信じてくれているのか、すこし微妙な顔をされる。
「さてと」
 荷物を片づけ立ちあがり、岩壁から顔を覗かせる。周囲を窺い空を見上げると、ぶ厚い雲が先ほどよりすこし遠く見えた。逃げているうちにいくらか下の階層に来たようだ。
「これからどうしようか」
 また襲われてしまう前に、引き返すことも、この地を後にすることもできるだろう。だが、このまま発つのはあまりにも惜しかった。またさっきのようなことが起きるかもしれずとも。
 だってこの地には、もう間違いなく、サトシの知らないポケモンの世界がある。
……もっと探検したいな」
 そう呟くと、足もとで黄色い耳がぴんと立った。
「な、ピカチュウ」
「ぴか、ぴかちゅ」
 わかってる、ついていくよ。一緒にここを冒険しようよ。相棒の瞳がそう言っている。
「そうこなくっちゃ」
 サトシは笑って、一歩を踏み出した。ピカチュウも同時だ。
 二歩目を往く前に、ふたりで振り返った。後ろに立ちあがる気配を感じたからだった。
「あぎゃあっす」
 サトシとピカチュウに向けて、コライドンはひとつ鳴いた。だが、四つの足は地面に縫いとめられている。
「コライドン、おまえはどうする?」
 紅い頭がうつむいた。オレンジ色の目線が、斜め前の地面に落ちている。
 どうしだのだろう。なんだか不安そうだ。行きたくない、のだろうか。
 だけど、さっきの声は、――たぶん。
 サトシは右手を差しだした。気配を感じてか、コライドンの顔が上がる。
 お互いの目が合った。そのまま、正直な気持ちを向ける。
……おれは、おまえともうちょっと一緒にいたいなぁって思ってるんだ」
 コライドンは瞬いた。黒いまぶたの向こうにオレンジ色の瞳が隠れ、また現れる。
 ふたたびのまばたきのあと、下がっていた腰が上がり、前足がゆっくりと動いた。
「コライドン!」
「あぎゃあ」
 岩陰から進み出て、サトシの横につくと、コライドンは頷くようにひとつ鳴いた。オレンジ色の瞳が、あらためて、まっすぐにサトシを映す。それがコライドンの答えだった。