ちこと
2024-08-13 20:38:52
17525文字
Public イベント用サンプル
 

【チャレ29発行】「冒険のはじまり」サンプル

チャレ29発行の新刊サンプルです。本文全体の4割ほど。
サトシとピカチュウがエリアゼロでコライドンと出会うIFのお話です。冒頭の注意事項をご確認ください。

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1

 きっかけは、サトシがこの地に不時着したことだった。
 もともとは船旅をしていたのだが、途中、船上でロケット団に騒動を起こされた。カイリューに乗って飛び出し、海の上でことを収めたはいいものの、気づいたときには船からすっかり離れてしまっていたのだった。
 スマホロトムで現在地を見ると、目指していた地方までそう遠くはないようだ。カイリューに頼み、そのまま空を移動することにした。
 しかし途中で空模様があやしくなる。あっという間に嵐となり、まっくらな視界のなか、カイリューがなんとか降り立ってくれたのがこの地だった。
 ふたたびロトムに地図を起動してもらったものの、現在地がどこなのかはわからなくなっていた。詳細なマップが表示されないまま、ただ画面の真ん中に、いまいる位置を示すマークだけが灯っている。
 さいわい嵐は過ぎ去ったようで、辺りに流れる空気は穏やかなものだった。周囲はすっきりと明るく、こまかな光の粒がきらきらと輝いてすら見える。
 あらためて空を見上げてみると、真っ白な雲に覆われ、その向こうの天気はうかがい知れない。だが、この地を満たす光はなぜか十分すぎるほどに明るいのだった。
「なんかここ、気持ちいいなぁ」
「ぴかちゅう」
 満ち足りたような光に照らされた地面は、岩肌の上に短い草が生えそろい、陽光で黄緑色に輝いている。道のようなものは見当たらない。人の往来が頻繁にあるような地ではないようだ。
 耳を澄ますと、滝が流れ落ちるような水音に混ざって鳴き声が聞こえてくる。人の気配のないここには、ポケモンたちばかりが棲んでいるのだろうか。
 不思議な場所だ。一見穏やかな様子であるのに、どこか得体が知れなくもある。だが、この地にポケモンたちが息づいているならば、サトシにとっては心地よさのほうが勝るのだった。
 ここはいったいどんな場所なのか。地図を見てもわからないなら、直接見て確かめるしかない。
「とりあえず進んでみるか」
「ぴか!」
「カイリュー、ありがとな。ゆっくり休んでてくれ」
 ばうっ、と頷いて笑うカイリューをモンスターボールに戻し、サトシはピカチュウと歩きはじめた。

 歩きはじめてすぐに気づいたことだが、前に進もうとすると、自然とゆるやかに下っていくことになった。あちこちに岩壁がそそり立つなかで、歩けそうな箇所には草が生えているが、その地面がわずかながら斜めに傾いている。
 片側には大きな岩壁が不規則に連なる一方で、反対側には何の空間もない。地面の端の先は中くらいの崖だった。この場所は、岩壁が何段も連なってできているようなのだ。
 ぐるぐると下っているうちに次の段にたどり着く。崖の向こう側には、やはり高くそそり立つ岩壁と、螺旋状に連なる岩の道が見えている。
 サトシの印象は、「でっかい穴みたいだ」というものだった。空間の中心ほど深く見える。穴の底に向かって、地面がゆるやかに下っていく。
 歩きだしてすぐの頃から、不思議な光景を目にした。大きな木の根もとを、水晶のような塊が覆っている。なんだろうと思いながら、サトシの意識がすぐに逸れたのは、視界の端に動くものを見つけたからだった。
「キリンリキだ」
「ぴかちゅ」
 ピカチュウが指し示した先にはアーマーガアが飛んでいる。やはりここに棲むポケモンたちがいるのだ。サトシは喜色をあらわにし、あちこち見渡しながら歩みを速めた。
 ワタッコ。モルフォン。フラエッテ。ライチュウもいる。ピカチュウやピチューは見当たらないのに、かみなりの石で進化するライチュウだけを野生で見かけるというのはめずらしい。水辺ではチルットやチルタリス、ブイゼルやフローゼルが気持ちよさそうに水浴びをしている。ときおり見慣れないポケモンの姿もあって、サトシの胸はさらに躍る。
 そうやって下っていくさなか、不意に黄色い耳がふたつ、ぴんと立った。耳の反応から一拍遅れ、ピカチュウは何かに気づいたように背を伸ばす。
「ぴ」
「どうした、ピカチュウ?」
「ぴかちゅ」
 何かはわからないが、何かを感じとったらしいピカチュウの、ちいさな指が示すほうへと足を向ける。
 岩壁を覗きこんだ先に、あの、真紅のポケモンがいた。崖と崖の間に二本の足でどうと立ち、サトシとピカチュウの気配に気づくと、オレンジ色の瞳をぎょろりと向けて。

 畏怖を感じたのは、あとから振り返ればわずかな時間だった。やがて四つ足の姿に体を縮めると、真紅のポケモン――コライドンは、頭を撫でるサトシの手のひらを、実にすんなりと受け入れたのだった。


 急に縮こまってしまったコライドンだが、病気というわけではないらしい。サトシが腹の音に負けて早々に取りだしたサンドイッチ、これは昼食用に船で買い求めていたものだったが、包みをひらくと興味深そうに鼻を寄せてきた。
「半分こしようぜ」
 長細いサンドイッチをバゲットごと半分に分け、片方を差しだすと、コライドンはひとくちでぺろりと平らげた。目をぱちくりと瞬かせ、「あぎゃあ」と嬉しそうに鳴いてみせる。
「うまいか? よかったなぁ」
 サトシは残りのサンドイッチをさらに半分にし、ピカチュウと分けあった。激しい風雨を超えたにもかかわらず、バゲットは香ばしく、具材はみずみずしくて美味しい。
「うまぁい!」
「ぴかちゅう!」
 顔を見合わせて笑う。コライドンも目を細め、どうやら笑っているようだ。ほんのすこし前に感じたはずの畏怖の気持ちはすっかりと忘れ、サトシはもう、コライドンのことを好きになりはじめていた。
 未知の場所、未知のポケモン。心が躍らずにいられるだろうか。
「おまえ、ここに棲んでるのか?」
「あぎゃ……
 コライドンは首をかしげる。伝わっていないのかと思ったが、ピカチュウが代わりに首を横に振ってみせた。どうやら肯定ではないらしい。
「ちがうのか。じゃあ、迷子なのか?」
「ぴーか?」
 これに対してもコライドンは首をかしげた。
「ぴかぴかちゅ?」
 どちらでもないのか、そうでないのか。ピカチュウもぴんときていないようだ。
「あ。でも、おまえの名前をつけた人がいるんだよな。その人がトレーナーなのかな」
 コライドンがどこからかくわえてきたノートには、持ち主の名前は書かれていなかった。ずいぶんと使い古されたように見えるそれは、コライドンの名が記されてからどのくらいの時間が経ったのか、サトシには計りかねる。
 橙色の目が、サトシをじっと見つめてくる。そのさまは、何か困りごとを訴えかけているというよりは、目の前の生きものをしげしげと眺めて観察しているように見えた。
「おまえがいま、困ってないならいいんだけど」
「ぴかちゅ」
 ピカチュウと顔を見合わせたら、お互いに自然と笑みが浮かんだ。何もわからなくて困ったなぁ、でもなんだか面白そうだなぁ。そんな気持ちが互いの表情から漏れている。
「まぁいいか」
 手のひらのパンくずを払い、サトシは立ちあがった。その肩にピカチュウが飛びのる。
「とりあえず、ここのことをもうちょっと知りたいよな」
「ぴか、ぴかぴ」
「そうだな。試しに進んでみようか」
 岩陰にコライドンを見つける前に歩いていた道。その先をもうすこし下ってみよう。
「コライドン、おまえも――
 一緒にこないか? そう言おうとして振り返った、すぐ先に。

 ――でっかい、プリン?

 てこてこと歩く、その背丈はサトシの知るプリンの倍ほどもある。
 瞳はたしか緑のはずだったと思うが、その目は金色にらんらんと輝いて見える。
 何より大きな違いは、頭から大きく生え、まるでポニーテールのようにうねる――
……しっぽ?」
――ぴ!」
 肩口で、ピカチュウの耳がぴんと立ちこわばった。――警戒している?
 ほとんど同時に、相手もサトシたちの存在に気づく。こちらを向いた黄金の瞳が、ぎっとつり上がった。
「ぷりぃぃぁぁ!」
 叫び声がこだまする。

 サトシは知るよしもなかったが、このプリンに似たポケモンは、とある冒険書のなかでその存在が記されていた。
 十億年前のプリンなどと語られ、「サケブシッポ」と仮の名を付けられる。
 人々が本来足を踏み入れないような場所で、わずかに目撃証言があるのみという。

 もうひとつ、サトシがまだ知り得ないことがあった。
 嵐によって不時着したこの地は、サトシがもともと目指していた地方――パルデア地方で間違いはない。
 ただ、この地に限っては、パルデアに暮らす人々でも軽々に入ることはできない場所であった。
 通称は、「パルデアの大穴」。
 その名のとおり、大陸のほぼ真ん中に位置するこの大穴は、地方屈指の危険地帯とされ、パルデア地方のポケモンリーグの許可を得なければ、足を踏み入れることはかたく禁じられている。
 この地のもうひとつの名を、「エリアゼロ」という。