ちこと
2023-11-28 23:28:20
10928文字
Public イベント用サンプル
 

【チャレ28発行】「あおいろのともだち」サンプル

チャレ28発行の新刊サンプルです。
もしもサトシがオーガポンと出会ったら、というお話。冒頭の注意事項をご確認ください。

(2025.1.15更新)完売しました!ありがとうございました。




  1


 スイリョクタウンを出てすこし歩くと、すぐに草原が広がっていた。河原が見える平地を野宿の場所に決める。火を焚き、ポケモンたちをモンスターボールから出し、ポケモンフーズの準備をする。それから、先ほど求めたサンドイッチの具材を取りだし、近くにあった岩をテーブル代わりにして広げた。そこでサトシは気づく。
「ここのサンドイッチのパン、食パンじゃないんだ」
「ぴかちゅ?」
 ピカチュウが首を傾げるなか、サトシはパンの上に具材を置いていく。スイリョクタウンの商店で「サンドイッチに」と渡されたのは、長さのあるこんがり焼けたバゲットだった。既に半分に切ってあるので具を挟めばいいだけなのだが、サトシがいつもサンドイッチに使う食パンよりも、このバゲットはかたくてしっかりとしている。ケチャップを塗り、レタスとトマトとハンバーグを置き、もう半分のバゲットを乗せて完成したサンドイッチを、サトシは両手で掴んでほおばった。
「あむ」
 具材を挟むバゲットはかたくて厚い。サトシがかじりついた弾みで、バゲットに押されたハンバーグがぽろりとはみ出て落ちた。
「あ!」
「ぴっか」
 サトシが手を伸ばすよりもピカチュウのほうが早い。草の上にころりと落ちたハンバーグには、パンに塗ったケチャップがぺっとりとついている。ピカチュウのちいさな舌がそれをおいしそうに舐めとった。
「ちゃあ~」
 あんまり嬉しそうに鳴くので興味を惹かれたのか、ウオノラゴンやゲンガーも落ちたハンバーグに寄ってくる。
「しょうがないなぁ。そのハンバーグはピカチュウたちにあげるよ」
「ぴーか!」
「ちゃんと分けて食べるんだぞ」
「ぴかぴかちゅ」
 と、ピカチュウのちいさな手が器用にハンバーグを割るのを見ながら、サトシはレタスとトマトだけになったサンドイッチにかぶりついた。


 サンドイッチをたいらげる頃には、空はとっぷりと暮れていた。頭上には星空がいちめんにひろがって見える。知っている星座が見当たらなくて、サトシの胸はうきうきと鳴った。ここははじめての場所なのだ。
「朝になったらポケモン探しに行きたいな」
「ぴかぴかちゅ」
「うん、このあたりにもたくさんいるよなぁ」
 焚き火と月明かりに照らされて、夜の草原にうごめくポケモンたちの姿が見える。夕暮れ時にはエイパムやオタチなどが多く見られたが、かれらはもう寝床に戻ったのだろう。代わって、ホーホーがぴょこぴょこと跳ねながら歩いていくのが見える。たまに遠くで揺らめいて見える影は、ゴースかゴーストだろうか。
「なぁゲンガー、そうかな?」
「げんげん」
 ゲンガーがこっくりと頷いた。やはり、このあたりはかれらの生息域でもあるらしい。
 こぼれたサンドイッチの具材とポケモンフーズでお腹を満たし、ポケモンたちは夜の草原でのびのびと過ごしていた。ウオノラゴンとカイリューはお互いに寄りかかって舟を漕ぎ、ネギガナイトとルカリオは食後の鍛錬を始め、ゲンガーはぺたりと座って夜空を眺めていたので、サトシはみんなの様子を見ながらゲンガーの背中に寄りかかった。大きくて弾力があって心地いいのだ。
「げんが~?」
「へへっ、いいだろぉ?」
 ひんやりとした体に背をあずけ、ピカチュウを膝の上に乗せる。夜空を見上げぼんやりとしていると、夜に暮らすポケモンたちの息づかいが耳に届く。
 そうやって過ごしているうちに、やがてピカチュウの耳がぴんと立った。
「ぴ?」
「ピカチュウ?」
 なにかに気づいたようなピカチュウの視線を追う。と、宙にふよふよと浮かんでいるものが見えた。ずいぶんとちいさく、何であるのか見えにくい。
「なんだろ、あれ……
「ぴーか……
 よくよく目を凝らす。どうやら器かなにかのようだ。温かいお茶を飲むときに使う湯呑みに似たものが、夜の草原にふよふよと浮いている。
 浮いているということは、ただの器ではない。
……ポケモンかな」
「ぴかちゅう」
 もうすこし近くで見たい。サトシは腰を浮かせた。
 器は上下にふよふよと揺れながら、どこかへと向かっているようだ。足音をなるべく抑え、サトシはゆっくりと後についていく。ゲンガーがぷかりと宙に浮き、ピカチュウはその上に乗ってサトシの後に続いた。
 ちょうどサトシがすっぽり隠れられる大きさの岩を見つけ、そこから頭だけをそっと覗かせる。
 器は、よくよく見ると湯呑みではなかった。上に蓋が乗っている。サトシは正しい名称を知らなかったが、おそらくお茶の席で使うものだということだけは分かった。その蓋が、ときおり浮かぶように上下に揺れる。器のなかから、緑色のなにかがゆるりと出、蓋を押し上げているのだった。同じ緑色が器の両脇からも出て、まるで手のようだ。片方には竹でできたような棒を持っている。
 突然、器がぱちくりと瞬いた。模様だと思っていたところは目だったのだ。
「なんか、ヤバチャに似てる気がする」
「ぴーか、ぴかちゅう」
 ガラル地方のゴースト列車で出会ったオニオンの友だちだ。サトシはあまり覚えていないが、ピカチュウはサトシがヤバチャにお茶を飲まされたところをしっかりと見ている。
 ヤバチャはティーカップに目がついていた。ちょうどあの器とそっくりだ。サトシはこっそりとスマホロトムを取りだす。図鑑は、ひかえめな音量でその名を教えてくれた。
『チャデス。まっちゃポケモン。くさ・ゴーストタイプ』
「やっぱりゴーストタイプだ!」
「ぴかぴ」
 つい声量が大きくなるサトシをピカチュウがたしなめる。「ごめんごめん」と小声で謝り、改めてチャデスのようすを窺った。
 幸い、サトシたちに気づいてはいないようだ。チャデスはいつのまにか移動をやめ、宙に浮かびながら、きょろきょろと辺りを見回している。
「なんか探してるのかな」
「ぴーか」
「げん?」
 三人でチャデスをしばし見守る。サトシの目には、やはり何かを探しているように見えた。だとしたら困っているのだろうか。そう思うと、つい腰が浮いた。
「なあ」
 岩陰から姿を表し、声をかける。驚かせてしまうかもしれないから、近づくのはゆっくりとだ。「ぴかぴ?」とピカチュウの声が背中を追いかけてきたが、サトシは歩を進めた。さく、と草を踏む音に気づき、チャデスがこちらを向く。サトシを見つけてぱちりと瞬きした。
「何か探してるのか? よかったら、おれたちが」
 力になるぜ、とまで言おうとして、サトシもぱちくりと瞬きした。チャデスを見ていた視界に、なにかきらきらとしたものが映る。
……粉?」
 手に乗せてみると、吹けば飛びそうな軽やかな粉だった。いつのまにか降ってきている。サトシの頭上に移動して、チャデスが粉を降らせているのだった。
 抹茶に似た香ばしい匂いが、サトシの鼻先を掠める。
「あれぇ……
 いい匂いだ。そう思う間もなく、サトシの手足から力が抜けていった。

 湿った草の匂いがする。
 ぼやけた視界に夜の森が映った。
 暗闇のなか、ほんの一瞬、光が白くきらりと光る。
 なんだろう。そう思う間もなく、サトシの意識は遠のいた。


 ――まぶしい。
 まぶたに当たる光に耐えかねて、サトシはやっと目を開ける。視界いっぱいに、ピカチュウを始めとするポケモンたちの顔があった。みな一様に、サトシを覗きこんでいる。
……あれ? おれ……
「ぴかぴ!」
 とたんにピカチュウが笑顔になり、サトシに頬をすり寄せてきた。「ちゃあ」とあまえるような声を出す。
「ピカチュウ?」
 相棒の顔がよく見える。いつのまにか日が昇り、朝が来ていた。
「ばーう」と声がして、今度は後ろから大きな腕に抱きしめられる。カイリューの腕だ。知らず意識を飛ばしていたサトシを抱きとめてくれていたらしい。ウオノラゴンも「うらら」とご機嫌に鳴き、ゲンガーはにこにこ笑って頷く。ルカリオとネギガナイトもどこか安心したような顔をしていた。
「おれ、なんで眠ってたんだ?」
「ぴーか」
 と、ピカチュウがスマホロトムを差し出す。画面にはチャデスが表示されたままだった。ロトムは滑らかに解説する。
『チャデス。まっちゃポケモン。くさ・ゴーストタイプ。粉でできた体の一部を食べ物に振りかけ、なめた相手の生気を吸いとる』
「粉……
 チャデスからサトシの頭上に降ってきた粉は、抹茶に似たいい香りだった。
「ってことはおれ、チャデスに生気を吸われてたってこと?」
「ぴかぴか」
 急に手足から力が抜けた理由がやっとわかった。きっと突然倒れたのだろうから、ポケモンたちがサトシを囲んでいるのも道理だ。
「心配させちゃったんだな、ごめんな」
 手を伸ばし、いまだサトシを抱きしめるカイリューの顔を撫でる。カイリューは応えるように「ばう」と頬をすり寄せた。
「みんなもありがとな」
 そう伝えると、一様に笑顔が返ってくる。うかつなサトシに驚いて、ひと晩中見守ってくれていたのだろう。頼りになる相棒たちの顔だった。


 キタカミの里で迎えた最初の朝は、そのようにして始まった。
 意識が落ちる前に見た白い光のことは、サトシはすっかりと忘れていたのだった。