ちこと
2023-08-16 22:04:46
23397文字
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【チャレ27発行】「Release」新刊サンプル

チャレ27発行の新刊サンプルです。めざポケ編後、サトピカフパで旅するお話。
前半はほのぼの旅、途中からフーパに異変が起きてほのぼのとシリアスのごった煮になります。

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 サトシが道を選ぶとき、たいていはその日の気分か、ピカチュウの勘か、放り投げた木の枝が示す先かで決めている。
 だが今日はそのどれでもなく、たまたま見かけた看板に従うことにした。街からは離れた岩山の入り口に、この先に珍しい場所があるという案内が立っていたのだ。
「ほら、見ろよフーパ。この先におもしろい景色があるんだって」
「おもしろい?」
「うん。自然にできたわけじゃないみたいだって書いてある」
 この先にある岩山の一部は、かつては、鍾乳洞が逆さになったような珍しい形をしていたという。長くて高い岩の柱が、いくつもいくつもそそり立っていた。そうした形跡が残っており、看板にも、過去に見られたはずの光景をイメージしたスケッチが描かれていた。
 だが今は、かつて見られたはずの岩の柱たちは影も形もない。何か大きな力によって壊されてしまった。そう語られているのは、自然による風化や災害による壊れ方とは明らかに違っているからだという。いまだ原因は解明されていないが、そうした謎も含めて一部で話題になったことで、サトシがいま読んでいる解説が書かれた看板も、過去に整備されたようだった。ただ、訪れる観光客はあまり多くないらしく、看板自体も風化が進んでいた。かなり昔に立てられたもののように見える。
「なんで壊れたのか、原因はわからないんだってさ。自然に壊れたんじゃないなら、誰かに壊されたとか?」
「だれに?」
「それがわかんないんだよな。すっげー大きいし広いから、人間じゃむりだろうし。この看板には、ポケモンたちが争ったときに壊れたんじゃないかって書いてあるけど」
「ほぇ~」
「まあ、とにかく見にいってみようぜ」
 と、看板が示す方向へ足を向けた。


 たどり着いた岩山は、目前にすると迫力があった。かつては天に向かって立っていただろう巨大な岩の柱が、いくつもいくつも折れて崩れ、倒れて重なりあっている。崩落の危険があるからか、近寄ることができないよう、周囲には簡素なロープが張られていた。岩の柱の根元よりすこし高い位置にある場所から、サトシはその光景を覗きこむ。
「すっげえ」
「ぴぃーか」
 周囲には草一本も生えていない。折れて倒れた岩の柱たちも、鈍い灰色のものばかりだった。この場所に、緑は見当たらない。そのことが、目の前の光景によりいっそうの凄みをもたらしているように見えた。
 ここで昔、何があったのだろう。サトシたちがいま立っている場所は、崩れておらずきれいなものだ。だというのに、ロープ一本隔てたその先は、原型をとどめていない岩の柱が滅茶苦茶に折り重なっている。
「誰かが大暴れでもしたのかな」
「ぴかちゅ?」
「な、フーパ」
 サトシはそう言いながら、自身の左肩に目をやった。すっかり定位置となったそこで、フーパは目の前の光景をただ眺めている。
「フーパ?」
 そういえば、この場所に辿り着いてからフーパの声を聞いていない。
「フーパ、……どうしたんだ?」
 サトシが声をかけると、ややあって、フーパはちいさな声で呟いた。
……しってる」
「え?」
 目前の光景から目はそらさないまま、フーパは不意にふわりと浮かびあがった。
……フーパ、ここ、わかる……
 そう呟いて、ふらりと前に出る。
「おっ……おい、フーパ!」
 ロープで区切られた境界を超え、フーパはそのまま下降し始めた。崩れた岩柱の根元を目指すかのように、空中をすいと滑っていく。
「待てってフーパ、おい!」
 フーパを追い、サトシも迷うことなくロープを跨いだ。ピカチュウが肩にしっかりと掴まりなおすのを感じながら、ロープの先に待ち構える斜面を滑って降りていく。地面に降りたち辺りを見回すと、肩口で「ぴかぴ!」とピカチュウが指さした。ちいさな指が示す先に目をやると、ふらりと漂うフーパがちょうど岩の影に消えるところだった。
「フーパ!」
「ぴーか!」
 崩れた岩柱の間をぬって追いかける。サトシが見失いそうになるたびに、ピカチュウが耳を立てては行き先を教えてくれた。
 どんどん奥へ奥へと進み、そうしてやっと、佇むフーパの背中を見つける。
「フーパっ」
 サトシが大きな声で呼び、息を荒げながら追いついても、フーパは振り返らない。
「フーパ……?」
 そこは、ひときわ崩壊が激しい場所だった。岩の柱は原型をとどめておらず、瓦礫となって地面に伏している。
「ぴか……
「ピカチュウ?」
 肩口で、ピカチュウの毛が逆立つのを感じた。ぴり、と電気袋から火花がはしる。周囲を警戒しているときの仕草だ。
 サトシもまた、この場所の異様な空気を感じとりつつあった。崩れ落ちた岩と岩の間から、得体の知れないエネルギーが立ちのぼっている。禍々しい気配が、じっとりとサトシの肌を撫でる。その只中に、フーパは無言のまま佇んでいる。
 サトシは一歩前に出た。フーパに触れようと手を伸ばす。
 その瞬間、サトシの背中でなにかが震えた。
「うわっ」
「ぴか!?」
 がたがた、がたがた。振動はリュックの中だ。背中から降ろして開けてみる。
「〝いましめのツボ〟が……!」
 フーパの姿を模した細長いツボ。このなかには、フーパの力の多くが封じられている。
 ともに旅をすることになったときにメアリから預かった大切なツボが、この場の禍々しい気配と連動するかのように、がたがたとひとりでに震えている。リュックから取りだすと、ツボはサトシの手の中でよりいっそう揺れた。
「なっ、なんで」
「ぴぃか!」
 ピカチュウがサトシの肩から乗り出し、ツボの蓋を押さえようとする。しかし振動はおさまるどころかどんどん大きくなる。
 がたがた、がたがた、がたがた。
 揺れとともに、ツボの口を封じていた蓋が抜けていく。
「ふ……フーパ!」
 サトシの声に振り向くこともなく、フーパは縫い止められたかのように動かない。
 そしてとうとう、〝いましめのツボ〟が開いた。

 ツボからほとばしっていくエネルギーの勢いはすさまじく、サトシはツボを両手で押さえ、手から抜けないようにするだけで精いっぱいだった。
 戒めから抜け出た力は、まっしぐらにフーパへと向かう。激流のような力の渦に取りまかれ、フーパの姿が変わっていく。
 サトシは、フーパが力を取りもどし真の姿になる瞬間を、何度か目にしたことがある。だというのにいまは、なぜだか肌が寒気で逆立っていた。フーパが真の姿を取りもどすときは、もっと温かい光に包まれていたはずだ。ツボに封じられている力も、普段ころころと笑うちいさな姿も、どちらも同じ〝フーパ〟なのだから。
 しかしいま、サトシの目前で大きくなっていくフーパの姿を、サトシは心のどこかで恐ろしく感じてしまった。フーパはフーパであるはずなのに。かつて暴走した自身の力とも、フーパはもう仲直りをした。ツボの力を解きはなったとしても、何も恐ろしいことはないはずなのに。
 フーパの体躯はサトシの身長をゆうに超え、六メートルを超す巨体となる。
 髪は逆立ち、腕は六本に増え、太い尻尾が宙をうねる。
 どくんと、サトシの心臓が鳴った。渦巻く力が、サトシにある光景を見せる。
 いま目の前にあるのと同じ姿で、かつてのこの場所で、フーパが大暴れをしていた。自身の強大な力を自在に使い、筋骨隆々の手足を振るい、自然が長い時間をかけて形成しただろう光景を一瞬のうちになぎ払っていく。崩れ去った岩柱の残骸の上で、フーパが高らかに笑う。
 ――ここを壊したのは、フーパだったんだ。
 きっとフーパ自身も忘れていたことだ。百年前にデセルシティを訪れ、そこで起こした騒動を機に力を封じられたフーパは、それから百年もの間、いましめられたちいさな姿で、アルケーの谷の人々と温かく豊かな日々を過ごした。その間の濃密な思い出が、百年より以前の記憶を片隅に押しやったとしても不思議ではない。
 だが本当は、フーパはここを知っていた。ここにいた。理由こそ分からないが、フーパはここで存分にその力を振るったのだ。百年以上経ってなお、その力の片鱗がこの地に染みつき残るほどに。
 何百年か越しにフーパがこの地を訪れたことで、染みついた力は呼び起こされた。フーパを誘い、かつてこの地で猛威を振るったときと同じ姿を取りもどさせた。
――っ」
「ぴかぴ?」
 まばたきをし、サトシは我に返った。この地に染みついた力に見せられた光景が、目の前のフーパと重なる。
 サトシとピカチュウの目前で、巨大な魔神が佇んでいる。力に満ちたその背から、この地と同じ禍々しいエネルギーが立ちのぼる。
 ごくりと、サトシは生唾を飲みこんだ。まるでデセルシティで追いかけっこをしたあの夜のようだ。あの夜、サトシとフーパをどこまでも追いかけてきたのは、その目を赤い憎悪でたぎらせた、百年封じられていたフーパの〝影〟だった。
「ふ、……フーパ」
 声を張り、名前を呼ぶ。サトシよりもずっと高い位置にある大きな頭が、ゆっくりと振り返る。
 フーパの瞳が、はるか遠くの高さからサトシを見つける。
 サトシは息をのんだ。
 フーパの瞳は、――金色に縁取られたなかに、髪の毛と同じ紫色がある。
 赤い目ではない。〝影〟ではない。
「フーパ、……だよな」
 正気の瞳でサトシを見据え、フーパはゆっくりと口をひらく。逆立った牙と牙の間から、地の底から響くような声が出る。

……なんだ、おまえ」

 どくん。サトシの胸がいやな鳴り方をした。
「え、……フーパ?」
「ぴかちゅ……
 いまのフーパの瞳は、サトシが見慣れたちいさい姿のエメラルド色とは違う。だが間違いなくフーパの瞳だった。数えるほどしか目にしたことはないものの、真の姿をとったとき、フーパはこの色の瞳でサトシに笑いかけたのだ。
 その瞳でサトシを見据えたまま、フーパはもう一度口をひらいた。

「おまえ、なんだ。フーパしらない」