ちこと
2023-08-16 22:04:46
23397文字
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【チャレ27発行】「Release」新刊サンプル

チャレ27発行の新刊サンプルです。めざポケ編後、サトピカフパで旅するお話。
前半はほのぼの旅、途中からフーパに異変が起きてほのぼのとシリアスのごった煮になります。

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 サトシとピカチュウの旅路に同行者が増えたのは、ふたりが今日の道を選ぶほんのすこし前のことだった。
 ふたりはよく晴れた空の下、のんびりと歩いていた。視界のはしばしにポケモンを見つけては、「たのしそうだなぁ」「ぴかぴか」「どこいくんだろ」「ぴぃかちゅ?」などと好きずきに話し、ときおり吹きつける風を胸いっぱいに吸いこむ。
 そんなふたりの頭上で、なにもないはずの空間が、ふいにぐにゃりと歪んだ。サトシは何も気づかない。一拍おいて、ピカチュウの両耳がぴんと立つ。
「ぴ?」
 肩口で、相棒がふと顔を上げる。サトシも「どうした、ピカチュウ?」と、つられて上を仰ごうとし、
「うわっ!」
 見上げてすぐの眼前に、なつかしい顔があった。
「ふ……フーパ!?」
 大きくまたたく緑の目に、歯を見せて笑ういたずら好きの口もと。ひたいには金の輪のマークがつき、そしてなにより、顔の両脇の黒い角には、ぴかぴかと輝くリングが掛かる。
 その両脇のリングが、重力に従って揺れ、サトシの顔のすぐ横できらきらと揺れていた。ふたりの顔がものすごく近いからだ。いつの間にかすぐそばに現れていたことにまったく気づかず、サトシは目をぱちくりと瞬かせた。
 ししし。サトシの眼前で、フーパの口もとが思いっきり上がる。
「サートン、びっくりした?」
 それは、サトシを指すかれだけの呼びかただった。あの、舌足らずで無邪気な声で、フーパがサトシを呼んでいる。
「び、びっくりした……!」
 驚きと、次いで湧きあがってくるのは、大きな喜び。
 その喜びがそのまま声色に表れて、サトシの口から転がり出る。
「ひさしぶりだな、フーパ! 元気だったか?」
「ぴかぴか!」
 いたずら好きのちいさな〝まじん〟ポケモン――フーパは、大きな緑の目を一度瞬かせると、
――うん!」
 と、まっすぐに笑って応えた。


 なつかしい再会に喜んだあとには、自然と疑問が浮かんでくる。
「ところでフーパ、どうしておれのところに?」
 どうやって、とは思わない。フーパのリングは世界のどことでも繋がる。サトシもピカチュウも気づかないうちに、ふたりの頭上には金色のリングが現れていたのだろう。そしてそのリングを通り、フーパはここにやってきた。
 方法はわかっても、理由がわからない。久しぶりの再会は心の底から嬉しいが、フーパは本来、かれの家族といっしょに暮らしているはずだ。
「メアリさんたちは?」
「メアリもバルザも、いいって! フーパ、サートンとピーカンといく!」
 フーパはそう言って、宙に浮かんだままサトシの周りをくるくると飛びまわる。声も体も弾んでおり、ずいぶんと嬉しそうに見える。サトシとピカチュウに会えた気持ちが全身に表れているのなら、サトシにとってもこんなに嬉しいことはない。それはとてもいいことなのだが、
「えっと……つまりどういうこと?」
 サトシの疑問は宙に浮いたままだ。そんなサトシを見かねたのか、ピカチュウがフーパに向かってなにごとか声をかけた。
「ぴーか、ぴかちゅ?」
「ピーカン、なぁに? リング?」
「ぴかぴか。ぴかっちゅ」
「おー、わかった!」
 頷くと、フーパは角に掛かったリングをふわりと浮かせた。フーパの手にあやつられるままにリングは大きく広がり、輪の中の空間が歪む。向こうに見えていた景色が消えて、やがてまったく別の場所と繋がる。
 リングの向こうに、またなつかしい顔があった。
「メアリさん?」
「サトシくん、ピカチュウ?」
 どちらも言葉尻に疑問が混じる。サトシの知るフーパの家族のひとり、メアリが、驚いた顔をリングの向こうに覗かせていた。
 サトシが経緯を話すと、メアリは状況を飲みこんだらしい。
「ごめんなさい、フーパが先走っちゃったのね。ちゃんとサトシくんたちに連絡して、OKをもらえたらねって話していたのに」
 そう言ってリングをくぐり、メアリはこちらにやってきた。どうやらもともと話があったらしいと知り、サトシは道の横にある木陰にメアリを促す。木の根もとに並んで座ると、ピカチュウはサトシの、フーパはメアリの膝上にちょこんとおさまった。
「フーパね、旅をしたがってるの。サトシくんとピカチュウといっしょに」
「おれたちと……?」
「ええ。もちろん、ふたりがよければなんだけど……
 一度言葉を切り、メアリがフーパの頭を撫でると、フーパが心地よさそうに目をほそめた。つられるようにメアリも微笑み、再び口をひらく。
「フーパ、ふたりのバトルを見たのよ」
 それからメアリは、ここ数日のことについて話しはじめた。
 メアリとフーパは現在、アルケーの谷に戻って暮らしているという。サトシの記憶では、フーパはかつてフーパの〝影〟が大暴れをしたことで破壊されてしまった街を直すまで、谷には帰らないと話していた。
「じゃあ、デセルシティは」
「かなり再建が進んだわ。特にデセルタワーは、もうすっかり元通りになったの。フーパもすごくがんばったから」
「そっか。えらいな、フーパ」
「えらい?」
「うん、えらい!」
「やったー! えらいえらい!!」
 フーパは弾けるような笑顔で喜ぶ。サトシとしてはフーパががんばった話も詳しく聞きたいところだったが、いったんそれは後に回し、メアリに話の舵を戻した。
 ふたりが住まうアルケーの谷の家庭には、テレビはほとんどないという。神話に語られるポケモン、アルセウスに親しんだ祖先の不思議な力を受け継ぐひとびとは、伝統的な暮らしをいまも続けており、外界と交わることはあまりない。谷がどこにあるかも地図には載っていないから、サトシもアルケーの谷の場所は知らなかった。サトシが知っているのは、フーパがその谷で百年の時を過ごし、メアリやその兄のバルザときょうだいのように暮らし、いろいろなことを学んできたということだった。
 そのような隠された場所だから、電化製品も多くはないらしい。外の情報を得るためのものはいくつかあるというが、日常的にテレビ番組を見るというような習慣はない。
 だから、フーパがそのバトルを知ったのは、世間よりもすこし遅れてのことだった。最初にバルザが情報を得て、その日のうちにメアリに、そしてフーパにも知らされた。
 サトシが新たに「チャンピオン」と呼ばれることになった、ポケモンワールドチャンピオンシップスの最後のフルバトル。そのアーカイブ映像を、フーパはバルザが持ってきてくれたパソコンの画面で見たのだった。
「私も一緒に見たの。フーパとふたりで盛りあがって、手と手を取り合ったりして。ふたりとも、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
「ぴかぴか!」
「サートン、ピーカン、すごい!」
「へへっ、さんきゅー」
 あのファイナルで勝利してから、「おめでとう」の言葉をたくさんの人からもらった。そのたびにすこしくすぐったく、そしてとても温かい心地になる。その気持ちを分け合うようにピカチュウと目と目を見合わせて、サトシは微笑んだ。
「フーパね。あのバトルを見てから、サトシくんとピカチュウに会いたくてしょうがなくなったみたいで。その日の夜も、寝床でふたりの話をしたの」
「おれたちの?」
「ぴかちゅ?」


 一度は寝る支度を調えたものの、フーパの興奮は冷めず、今日見た映像のあそこがすごい、あっちもすごい、すごいすごい、と繰りかえし話しつづけている。フーパは寝床を飛び出し、くるくるまわって息をはずませていた。メアリも早寝をあきらめて、横になっていた体を起こす。
「そういえば私たち、サトシくんのふつうのバトルって見たことなかったね」
「ふつう?」
「そう。サトシくんはポケモントレーナーだから。ほんとうなら、今日見た試合みたいに、ポケモンを鍛えた選手同士でバトルをするのがふつうなの」
「ほえぇ」
 思い返せば、メアリとフーパが知るサトシのバトルは、伝説と呼ばれるポケモンとの常識外の戦いを強いられた一夜のものだけだったのだ。
「ポケモントレーナーの公式戦って、あんなふうになるのね。サトシくんもその相手も、ポケモンたちと息を合わせながら、自分と相手のことを両方考えて、すぐに指示を選んで……
「そう! すごかった! サートンの言うこと、ピーカンぜんぶわかってた!」
「ね。ふたりとも息ぴったりだった」
「うん!」
「サトシくん、あの試合で勝ってチャンピオンになったんだって。すごいね」
 メアリがそう言うと、くるくる飛びまわっていたフーパはぴたりと止まった。
「ちゃんぴおん……
 ぽつんと呟くと、メアリの目線の高さまで降りてくる。
「なー、メアリ。チャンピオンって、ポンスター?」
「え?」
「サートン、ポンスターなった? 望みかなえた?」
 下げた両手をきゅっと握って、フーパはそう問う。
 ポンスター。フーパが以前も言っていたその言葉を、メアリは思い出す。
 ――めざせ〝ポケモンマスター〟だ!
 フーパの〝ポンスター〟を聞いて、サトシはそう言っていた。
……どうかなぁ」
「ほ?」
「それは、サトシくんに聞いてみないと。サトシくんは、望みが〝チャンピオン〟とは言ってないんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、違うかもしれないわね。サトシくんは、まだ望みを叶える途中なんじゃないかしら」
「とちゅう?」
「そう。ほら、サトシくんとピカチュウはいまも旅を続けているみたいだって、兄様が言っていたじゃない? 旅をしながら、きっといまも、望みを叶えるためにがんばっているんだと思う」
「たび……
「うん。いろんなところに行って、いろんなものを見て……私たちと出会ったみたいに、いろんな人やポケモンに出会ってるんじゃないかしら」
……そっか」
 呟いて、フーパは視線を下に落とした。握った両手を、むずむずと動かす。
「フーパ?」
 メアリが下から覗きこもうとすると、フーパはぱっと顔を上げ、メアリの目を見て言った。
「なー、メアリ。フーパ、サートンとピーカンに会いたい」
 エメラルド色の大きな瞳が、まっすぐにメアリを見つめている。
「サートンの〝ポンスター〟、フーパ知りたい。……フーパも、たび、してみたい」
 メアリは目を見開いた。一拍おいて微笑み、そっと口をひらく。
……旅、してみたい?」
「うん」
「サトシくんたちに会って、……一緒に」
「うん。フーパ、みてみたい」
……そっか」
 ひとつ頷き、メアリは目線を落とす。視界に、胸もとのペンダントが映った。
 アルセウスの姿を模したこのペンダントが光り、フーパのために力を貸してくれた日のことを思い出す。あの日、ひとつの大きな成長を遂げたメアリの家族は、またひとつ、なにかを見つけようとしているのだろう。
……メアリ?」
 メアリは顔を上げ、フーパに微笑みかけた。その笑顔につられてか、きゅっと結ばれていたフーパの口もとがほころぶ。
「わかったわ。まず、兄様に相談しましょう。それからサトシくんに連絡して、ちゃんとOKをもらってからね」
 ぱちり。フーパの瞳が瞬いた。
「いいの?」
「もちろん」
「やったぁ~!」
 弾けるような声とともに、フーパは飛びあがってくるくると回りだした。天井にぶつからんばかりのはしゃぎように、メアリは微笑みながらも慌てて声をかける。
「ほらほら、兄様とサトシくんたちにちゃんと話をしてからよ」
「わかった!」
「ほんとにわかってる?」
「わかってるわかってる!」
「まずは明日、兄様に話すところからね。ほら、今夜はもう寝ましょう?」
 そう言って両手を伸ばすと、フーパは吸いよせられるように近づき、メアリの腕のなかにおさまった。そうしてふたりで寝床に入ったものの、フーパの興奮はなかなか収まらず、メアリはその晩、寝つくまでにさらに二時間を要したのだった。


……それで、翌朝さっそく兄様に相談したの」
「バルザ、いいって!」
「そう、兄様もOKしてくれたの。きっと、私と同じことを考えたんだと思う」
 メアリと目を輝かせるフーパを前にして、バルザは多くを語らなかったという。だが、フーパの望みを受けてうなずいたとき、きっといまのメアリとそっくりの顔をしていたのだろう。
「それで、じゃあサトシくんたちに相談しなきゃと思って、ポケモンセンターにメッセージを入れようとしていたんだけど……
「フーパが先に来ちゃったんですね」
「そうなの。急なことで本当にごめんね……
「全然! おれたちも久しぶりに会えて嬉しいです。な、ピカチュウ」
「ぴっか!」
 長い両耳をぴこんと立て、ピカチュウはサトシの腕のなかで頷く。メアリはそれを見て微笑み、改めてサトシとピカチュウに向きなおった。
「順番が逆になってしまったけど……。サトシくん、ピカチュウ。ふたりの旅に、フーパも一緒に行かせてもらってもいいかな」
 メアリの声を聞き、フーパも彼女の腕のなかで背筋をのばした。エメラルド色の大きな瞳が、まばたきもせずにサトシを見つめる。
 その瞳を受けてから、サトシは腕のなかのピカチュウを見た。ちょうどこちらを見上げてきた焦げ茶色の目の輝きが、サトシと視線を合わせる。
 どちらともなく、すぐに微笑んだ。ピカチュウもサトシと同じ気持ちなのだ。サトシは顔を上げ、メアリとフーパに目を向けた。当然、答えは決まっている。
「もちろん!」
「ぴっかちゅ!」
 大きく開かれたフーパの瞳が、大きくひとつまばたきをした。
「いいの?」
「あったりまえだろ。一緒に冒険したら絶対楽しいよ。な、ピカチュウ?」
「ぴかっちゅ!」
「おれたちのところに来てくれて、すごく嬉しい。ありがとな、フーパ」
 サトシがそう言って笑い、ピカチュウが「ぴかぴか」と頷くと、フーパの瞳が途端にきらめく。
「やった~! やったやった!」
 メアリの腕のなかを飛び出して、フーパは空中をくるくると回った。前にもこんな仕草を見たことがあったなと、サトシはなつかしい気持ちになる。あれはフーパが大好きなドーナツを食べたときだったかな。
「ありがとう。サトシくん、ピカチュウ」
 そう言って、メアリも安心したように微笑む。
「だけどおれたち、特に目的地が決まってるわけじゃなくて……気になったほうに行ってみるって感じだから、この先どこに向かうかわかんないんですけど、いいですか?」
「もちろん。ふたりと一緒にいろんなところに行けたら、フーパにとってもたくさんの学びになると思うし」
 メアリは顔を上げ、いまだ空中を飛びまわっているフーパに声をかける。
「フーパ」
「ほ?」
 ぴたりと止まり、フーパは再びメアリの前まで降りてきた。
「兄様には、私から伝えておくから。サトシくんたちにあまりワガママ言っちゃだめよ」
「うん!」
 メアリは微笑むと手を伸ばし、フーパの頭をそっと撫でた。フーパは頭を傾けて、心地よさそうに撫でられている。
「いってらっしゃい、フーパ」
 そうメアリが言うと、フーパは一瞬動きを止めた。そしてメアリに顔を向ける。サトシの位置からフーパの表情は見えなかったが、
「うん!」
 と頷くフーパの声は明るくて、サトシの脳裏に、笑顔になっているフーパの表情が自然と浮かんだ。
「メアリ、バルザも。フーパ、いってくる!」

 こうして、サトシとピカチュウの旅路に、フーパという仲間が加わったのだった。