ちこと
2023-08-16 22:04:46
23397文字
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【チャレ27発行】「Release」新刊サンプル

チャレ27発行の新刊サンプルです。めざポケ編後、サトピカフパで旅するお話。
前半はほのぼの旅、途中からフーパに異変が起きてほのぼのとシリアスのごった煮になります。

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 宙に投げた小枝が、ぽとんと地面に落ちた。その枝の先が指す方向につま先を向ける。
「じゃあ、こっちに行くか」
 サトシがそう言うと、小枝の行く末を見届けたピカチュウがぴょんと肩口に飛びのった。
「ぴーかちゅ!」
 と、元気に応じる相棒の体温に触れて、サトシは微笑む。
 それからななめ後ろに目を向けて、もうひとつ笑いかけた。
「ほら。いこうぜ、フーパ」
 そう呼ぶと、緑の瞳をきょとんと瞬かせてから、
「うん!」
 と、ちいさな魔人がうなずく。
 フーパは空中をすいと滑るように進み、ピカチュウとは反対側の、サトシの肩口に両手を乗せた。右にピカチュウ、左にフーパ。真ん中に挟まれたサトシは頬を緩めながら、小枝が指す道を歩きはじめた。

 初めて歩く道は、どこを向いてもおもしろい。知らない景色、知らない花、知らない木々。そして何より、初めて出会うポケモンたちがいる。
「ぴかぴか」
 肩口で相棒がちいさな指を差す。その先に目を向けると、頭の葉を揺らしながら、草むらのそばを短い足でぽてぽてと歩く姿があった。
「あ、ナゾノクサ!」
「なぞ?」
 ナゾノクサではなく、サトシの肩口にいるフーパが声を出した。きょとんと首をかしげている。
「フーパ、はじめて見た」
「そっか、アルケーの谷にはいないのかな。ナゾノクサっていうポケモンなんだ。カントーだとよく会うんだけど、このへんにもいるんだな」
 そうフーパに説明するとおり、サトシには見慣れたポケモンではあるが、このナゾノクサと会うのはこれが〝はじめまして〟だ。どんなやつかな、とナゾノクサに視線を戻す。
 ナゾノクサはサトシたちのことを気にせず、すこし前をぽてぽてと歩いている。すぐ横が草むらであるにもかかわらず、ナゾノクサはそちらには入らず、人間が踏み固めたであろう道の端っこをまっすぐに進んでいた。
 どこに行くんだろう。サトシの胸がひとつ高鳴る。
「ついていってみるか」
「ぴか!」
 ピカチュウが明るく鳴いて頷く。フーパはというと、サトシとピカチュウの提案に、
「ほぁ」
 とひと声つぶやいてから、ぴんときたように笑顔になった。
「うん!」
 ナゾノクサの道中をじゃましないように、すこし距離を置いて、同じ方向に歩いていく。
 そうして、サトシとピカチュウとフーパの、今日の冒険が始まった。


 ナゾノクサは健脚のようで、休むことなくすたすたと進んでいく。その足取りに迷いはない。
「ひとりなのかな」
「ぴーか」
「どこかに向かってるように見えるけど……
 気づかれないようちいさな声で、追い越さないよう控えめに、サトシはあとをついていく。ナゾノクサの脚はどうやってもサトシより短いから、自然とサトシたちの歩みは遅くなる。
「なーサートン、まだ?」
 サトシの左肩口から、フーパがうずうずと顔を出す。いまにもナゾノクサを追い越して飛んでいってしまいそうで、サトシはフーパの頭をぽんぽんと撫でた。
「まだ、もうちょっとがまんな。ナゾノクサのじゃましちゃ悪いからさ」
「うーん」
「ぴーか、ぴかちゅ」
 ピカチュウは反対側の肩口からフーパをたしなめた。そのままサトシの頭ごしにフーパを撫でたらしく、ピカチュウの手が当たってサトシの後頭部がほんのすこしくすぐったくなる。
 サトシとピカチュウに撫でられて、フーパはわずかにおとなしくなった。それでもそわそわと動きたそうな気配を感じ、サトシは小声で話しかける。
「なぁフーパ。あのナゾノクサ、どこに向かってると思う?」
「えぇ~? わかんない。サートンわかる?」
「おれだってわかんないよ。だから想像してみようぜ。正解したら勝ち」
「ぴーか、ぴか」
「お、ピカチュウも考えるってさ。ほらフーパ」
「うぅ~ん……
 そう呟いて、フーパは静かになった。どうやら本気で考えこみはじめたようだ。ならおれも、とサトシはナゾノクサを見つめた。ナゾノクサは出会った最初とかわらず、頭の葉っぱを元気に揺らしている。
……なんか、楽しそうだな」
「ほ?」
「あのナゾノクサ、なんかすっげー楽しそうに見えないか? ほら、スキップしてるみたい」
 頭の草が揺れるのは、ナゾノクサの一歩一歩が大きく勢いがあるからだ。弾むようなナゾノクサの足取りは、もし人間のからだだったらスキップをしているようなものかもしれない。
「すきっぷ?」
「あ、そうか、フーパはスキップしないよな。見たことないか? ほら、こうやって」
 と、その場でちいさく跳ねてみると、フーパは手をぽんと叩いた。
「やってた! メアリ、よろこんでた」
 フーパが挙げた名前に、サトシの頬はほころぶ。
「そっか、メアリさんがやってたのか」
 もしかしたら、サトシが知る現在の彼女よりもっと幼い頃だろうか。フーパは、フーパがいっとう親しんでいる家族が生まれる前からその場所で暮らしていた。フーパの姉のように見える彼女が、いまと変わらず幼く見えるフーパの前で、もっと幼い姿でスキップをしていた光景があったのかもしれない。それは、サトシにとってはなんだか不思議な心地になる。
「そのスキップと、あのナゾノクサの歩き方、なんだか似てないか?」
「うーん、そう、かも……?」
「だからきっとこの先に、ナゾノクサが楽しみにしてることがあるんだよ」
 そう言って〝この先〟を指さす。と、ちょうどその先に建物が見えた。
「あ、街だ」
 いつの間にか、次の街のすぐそばまで来ていたようだ。天高くそびえるビルなどは見当たらず、一階建てか二階建ての民家と、それと同じくらいの建物とがいくつか並んでいる。どちらかというと規模のちいさな、のどかな街と見えた。
 その街を前にして、ナゾノクサの歩みがにわかに早まる。
「あっ」
 サトシは慌てて後を追った。ピカチュウとフーパもサトシの肩口にしがみつく。
 ナゾノクサは街に入ると、迷うことなく道を選び、いくつかの角を曲がった。ナゾノクサの姿が塀の向こうに消えたのを見て、サトシも同じ角を曲がる。
 角を曲がった先で、ナゾノクサが止まっていた。サトシはとっさに塀の後ろに隠れる。
 ナゾノクサが立っているのは、赤い屋根の民家の前だった。誰かの家であるはずのその敷地に、ナゾノクサは迷うことなく入っていく。
 ややあって、なにかを軽く叩くような音と、窓が開く音が聞こえた。
「待ってたよ、いらっしゃい!」
 女の子の弾けるような声と、「なっぞ!」という鳴き声が続く。サトシはあのナゾノクサの声を初めて聴いた。
 塀からこっそり顔を覗かせる。赤い屋根のすぐ下、二階の窓が開いていて、ナゾノクサを抱きあげる少女がいた。
「あ!」
 と大きな声を上げて指さしたのは、サトシではなくフーパだ。サトシは慌ててフーパを止めようとしたが、フーパの声はのどかな街中によく響いたらしい。二階の窓から顔を覗かせた少女とナゾノクサの目が、サトシたちに向いていた。


 二階の窓の少女は、ナゾノクサの〝おともだち〟だと言って笑った。ナゾノクサは、毎日のようにこの家に通っているのだという。
「おれたち、ナゾノクサがどこに行くのかつい気になっちゃって……ついてきちゃってごめんな、ナゾノクサ」
「なっぞ?」
「いいよーって言ってるよ!」
 ナゾノクサを両手いっぱいに抱きしめたまま、少女はサトシを見上げて笑う。「ありがとな」と微笑んで、サトシはナゾノクサに手を伸ばした。ここに向かうあいだ、ずっと元気に揺れていた頭の葉にそっと触れる。
「なっぞ!」
 にっこりと笑い、ナゾノクサは葉を揺らした。少女の頬にふさふさと当たるので、少女からはころころと鈴を転がすような笑い声が漏れる。サトシもつられて微笑んだ。本当に仲が良いのだ。
「お兄ちゃんたちも、おともだち?」
 と、少女の目がサトシの両肩口を見る。
「ああ、そうだよ。おれの大事な友だち」
「ぴかちゅ!」
 頷くように、右肩で相棒が元気に鳴く。
「ピカチュウ、かわいいね。こっちの子は……
「フーパ!」
 サトシの肩口から乗り出し、フーパも負けじと大きな声で名乗った。
「フーパっていうの?」
「おー! フーパ!」
「すごい、しゃべれるんだ!」
「すごいすごい、フーパすごい!」
 フーパは声を弾ませて飛びあがり、少女とナゾノクサの周りをくるくると回る。ふたりは声をそろえて笑った。調子に乗ってはしゃぎすぎたのか、そのうちにフーパがへろへろと降下しはじめ、サトシは「おっとっと」と手を伸ばして受けとめる。
「フーパ、だいじょうぶか?」
「だいじょぶ~」
 ぐるぐる回る目をぱちぱちと瞬かせ、フーパは手をひらひらと振る。それを見て、少女とナゾノクサはまた声を合わせて笑った。
 少女によく話を聞くと、ナゾノクサはいつもこの時間にやってきて、日が傾きはじめる前に帰っていくという。その途中で、彼女の母親におやつも出してもらうそうだ。ふたりの時間をあまり邪魔しては悪いと思い、サトシは帽子に触れる。つばをきゅっと上げて被りなおした。
「じゃあおれたち、そろそろ行くね」
「ぴっか!」
「うん、ばいばい!」
「ばいばぁい」
 ピカチュウが手を振り、少女が振りかえすと、フーパもふたりを真似して片手を振る。ナゾノクサは手の代わりに、頭の葉をゆさゆさと揺らしてみせた。サトシも手を振りかえす。
「これからもナゾノクサと仲良くな」
 そう言うと、少女とナゾノクサは目を瞬かせ、一拍おいてにっこり笑った。


 赤い屋根の家を離れて大通りに出ると、カフェの看板が目に入った。ちょうどよく腹の虫が鳴り、三人で入店する。フーパの好きなドーナツは残念ながらメニューになかったが、代わりにサトシが気に入っている品があった。
「すっげーいいにおいのちっちゃいやつ!」
「す?」
「えっと、なんだっけ名前……まぁいいや、とにかくうまいんだ。これ食べようぜ」
 と三人分のスコーンを買い、テラス席に座った。ひとつめのスコーンを半分に割り、ピカチュウとフーパにそれぞれ渡す。ピカチュウはスコーンの匂いを嗅いだあと、ちいさな口を大きくあけてかぶりつき、口もとをほころばせて「ちゃあ~」と鳴いた。フーパはというと、ピカチュウの真似をして匂いを嗅いでみてから、ピカチュウよりも大きな口をかぱりと開けてスコーンをまるごと放りこんだ。
「どうだ、うまいか?」
 もむもむ、と口を動かし、ごくんと飲みこんでから、フーパは目をまるくして瞬かせた。
「おいしー!」
「だろぉ? おれも食ーべよっと」
 サトシはふたつめのスコーンにかぶりつく。甘くて香ばしくておいしい。
 みっつめのスコーンは三人で分けて平らげ、小腹を満たしたところでひと息をつく。思えば、ナゾノクサを見かけてからずっと、ナゾノクサのペースに合わせて歩き通しだった。
「たのしかったなぁ」
「ぴかぴか」
「あのナゾノクサ、けっこう長く歩いてたよな。すみかは遠いのかな」
「ぴーか?」
「毎日あの距離を歩いてくるなんて、よっぽどあの子のことが好きなんだな」
「すき」
 両目をぱちぱちと瞬かせ、フーパはサトシの言葉を反復する。
「うん。ナゾノクサがスキップしてたの、あの子に会うのが楽しみだったからなんだな」
 サトシがそう言うと、フーパはまた両目を大きく瞬かせた。
「そっかぁ……そっかぁ!」
 二回繰りかえし、フーパのなかで腑に落ちたようだ。目をにこにこと細めて笑う。
「だいすき!」
「そうそう、大好きなんだ」
 サトシもつられるように微笑む。
「会えて良かったな」
「ほ?」
「あのナゾノクサたちにさ。おれたちも、ちょっと友だちになれたかなって」
「ともだち……
「うん」
 そういえば、フーパにはまだ言っていなかった。
 サトシはフーパに向きなおる。ピカチュウはサトシがこれから言うことを察してか、椅子の上からサトシの肩に飛び乗った。ふたりでフーパと向き合う。
「おれ、世界中のポケモンと友だちになりたい。だから、友だちを増やす旅をしてるんだ」