しちろ
2024-02-14 16:12:12
19116文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 6

『コスモ』 19000字。


コスモ

 予告状を受け取ったカイと瑠璃は、疲れ切った身体に鞭打ち、全速力で走りだした。こんな形で双子に心配をかけたくはないが、気遣ってやれる余裕はない。

 ――居場所、とっくにバレてた……? いつから……

 こうして走るのは何度目だろう。ルーベンスは間に合わなかった。エメロードも。
 甘く見ているわけではなかった。ジオからも、万が一を想定して急いで帰ってきたのだ。カイたちはアーティファクト使いの能力を駆使して各地を行き来し、それでもなお敵は想定を上回る。

『宝石泥棒の目的は復讐です』

 カイはディアナの言葉と、サンドラの冷たい瞳を思い出す。
 宝石泥棒サンドラの、カンクン鳥の機動力もさることながら、より恐るべきはターゲットを見つけ出す嗅覚と執念だ。それも、『煌めき』という手段を持つ珠魅よりも早く、正確に。
「なぜだ。なぜ、サンドラは真珠を狙う」
 瑠璃が呻いた。初めて出会った日のメキブといいレイリスの塔といい、サンドラは真珠姫に特別な執着を抱いているように思える。
「真珠ちゃんは、サンドラのことは」
「記憶にないと言っている。だが……
 瑠璃は言いよどんだ。
「サンドラ……記憶喪失になる前の真珠ちゃんのこと、やっぱり知ってるのかな」
 瑠璃の瞳が悲愴さを帯びた。
 二人がメキブの洞窟に踏み込むと、すぐさま瑠璃の核が煌いた。
「真珠……!」
 彼女は無事らしい。
 おのおの武器を手に、奥を目指す。道すがら洞窟の住人達に話を聞くと、真珠姫らしき少女とチャイナドレスの女が目撃情報が得られた。真珠姫がサンドラといるのは確かなようだ。
 メキブの洞窟は、前に訪れたときより敵の数が多かった。瘴気が濃い。魔物の獰猛さが増している。おまけにジオからの疲労があり、敵を捌くのに手間取る。
「くそ、しつこい……!」
 瑠璃の曲刀が、伸びあがったスライムを真っ二つに断ち割った。分かれた身体が再び接合する前に、カイがすさかず穂先を突き入れ、とどめを刺す。形を留めておけなくなったスライムは、だらりと液体となって地面に広がり、吸い込まれていった。それを見届ける間もなく、次なる魔物に襲われる。
「カイ、そっち行ったぞ!」
「数が多すぎるよ! なんでこんなに!」
 カイは滑空してくるバットムを円月状の刃で引っかけて叩き落し、さらに数体を石突で突いて撃退しながら、背中に向かって呼びかけた。生臭い息遣いが迫っている。
「シオン、うし……
 いつもの調子で言いかけて、言葉をぐっと飲み込んだ。今、彼はいない。
 危ういところを瑠璃の曲刀が閃き、今にも斧を振り落とさんとしていたゴブリンの腕を一息に切断した。さらに、返す太刀でこめかみを貫く。急所を突かれたゴブリンは白目をむいて大きく痙攣し、動かなくなった。
「あ、ありがとう。瑠璃」
 瑠璃が仕留めたのが、最後の一体のようだった。
 ひとまず魔物の群れを退けて、二人はようやっと息をついた。
「瑠璃、ケガはない?」
「ああ」
 瑠璃が血振りして刀を鞘に納める。
「このペースじゃ、時間ばかりかかるね……急がないと」
「いざとなれば、これを抜く」
 瑠璃が、腰に帯びた長剣の柄頭に手をおいた。
「それ、瑠璃がいつも持ってる剣だよね?」
 カイもその存在には気づいている。瑠璃が肌身離さず、大事そうに持ち歩いている剣だ。抜いたところは見たことがない。豪奢な装飾が施された柄や鞘は美術品のように美しく、実戦用というより祭礼用にすら見える。
 その剣使えるの? とカイが訊くと、瑠璃が硬い表情のまま言った。
「一度しか使えない。ただし一度だけ、なんでも斬れる」
「えっ、すごい。魔法みたい」
 すると瑠璃は、この剣をいざというときの切り札として、とっておいたのか。
 いろいろ聞きたいことはあったが、今は、悠長に話をしている暇などなかった。
「オレが、騎士になったきっかけの剣だ」
 再び駆けだしながら、瑠璃が独り言のように呟いた。


 

「核が、曇ってきた……
 洞窟も中ほどまで来た辺りで、瑠璃が顔をしかめた。
「ちょっと待って、瑠璃」
 視力のいいカイが、瑠璃を止める。一瞬遅れて、瑠璃も気づいたらしい。
「ああ……誰か、いる」
 洞窟の隅……それも、ほとんど壁際だ。
 暗がりでよくわからないが、こんもりした影は人のようにも見えるし、違うようでもあった。
 眉間にしわを寄せ、瑠璃がいつでも剣を抜けるよう身構えた。
「何者だ。こんなところで何をしている」
……私に名などはないよ」
 すごむ瑠璃に、ごく平静な返事が返ってきた。薄暗い洞窟には似合わない、理知的で品のある声だった。
 影はのっそりと動き、ほの明かりのなか姿を現す。
 奇妙な男だった。
 迷い込んだ風でもなく、貴族のようないでたちは、あまりに場違いに思える。鉱石にも魚類にも見える、見たことのない種族だったが、静かな声音と眼差しに敵意は見られない。頭部には頭髪の代わりに石かこぶのような角がいくつも生えており、背中は大きく盛り上がり、ひしゃげて折れ曲がっていた。
 男は仄かに光る天井を見上げると、穏やかに語りだした。
「二つ目の問いについて答えるならば、ここで石を見ていたのだよ。こんなところでも、小さな宝石が美しい輝きを放っている……。まるで夜空に浮かぶ星々だ」
 そんな場合ではないのはわかっているが、カイは男につられて頭上を見上げていた。地下水に濡れた鉱石がかすかな光を放ち、地底の星空を形成している。
 美しかった。
 カイにとってメキブは危険な魔物の巣窟でしかなかったが、視点を少し変えてみると、世界はこんなにも変わるものなのか。
「美しきものが嫌いな者が、この世にいるだろうか? 人は互いに争ってでも、時に殺し合ってでも、それを手に入れる。美しいものほど奪われ、損なわれてしまう。悲しいことだ……
 物憂げな光を目に浮かべた後、男は優雅な所作で一礼した。
「それで私に何か?」
 カイは真珠姫の行方を尋ねた。男の表情が曇る。
「あの子の仲間か? ならば急いだ方がよいな」
「わかってる! 真珠姫はどっちに連れていかれた」
「彼女たちなら、この真ん中の道のほうをまっすぐ行ったよ」
 カイが行こうとすると、
「待ってくれ……
 なぜか瑠璃が止めた。
「いや、なんでもない……
「瑠璃?」
 カイが振り返り、訝しんだ。様子がおかしい。
「なんだか嫌な予感がする。こんなに核が曇ったのは初めてだ……
 言って、核をさすった瑠璃の顔には、緊張とも違う不安の色が見え隠れしていた。