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しちろ
2024-02-14 16:12:12
19116文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 6
『コスモ』 19000字。
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3
4
5
夜想曲
鳥がいた。高く、空高く、白い両翼をゆったり広げて優雅に飛んでいる。
マイホームを臨む、昼下がりの草原。
ごろんと仰向けになった真珠姫は、手足をうんと伸ばして、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。風は涼しく、乾いた空気は秋の気配を含んでいる。
「草の上がこんなにきもちいいなんて知らなかった」
「でしょ?」
真珠姫の隣でやはり仰向けのコロナが、にっと得意げな顔を見せた。カイと瑠璃がジオに向けて旅立ち、しばらく経つ。マイホームの留守を預かる双子と真珠姫は、主たちの帰りを待ちながら、穏やかな時間を過ごしていた
「秋は、ああいう雲がよく出るんだって。マスターが言ってました」
コロナが天空の雲を指さした。刷毛ではかれたような筋雲が、薄青色のカンバス一面に描かれている。真珠姫の口元がほころんだ。自然を、季節を味わう生活とはなんと優しいものだろうか。
――
あの雲の向こうに、瑠璃くんとおねえさまはいるのかしら。
真珠姫は空の彼方に思いを馳せる。同じ空の下にいるだろう、大切な人を思う。
振り返れば、これまでの真珠姫は景色のもっと下のほう
……
たとえば茶色い地面だとか道に転がる石ころだとか、自分のつま先ばかり見ていたような気がする。そうでないときはもっぱら、瑠璃の背中を必死で追いかけてばかり。いずれにしても、真珠姫の知る世界はこの空よりずっとせまく、小さくて、誰かの肩越しに見ていることが多かった。けれど、ほんの少し視方を変えてみただけで、この世はこんなにも広く、果てしない。
「ふしぎね、こうしていると世界につつまれてるみたい。だれかにやさしくみまもられている気がするの」
「誰かって? 時々出てくるっていう、女の人?」
「ううん、そういうかんじじゃないの。なんだろう
……
うまく、いえないけど。そう、あったかいなにか」
この土地は、優しい空気で満たされている。核の辺りが
――
胸が温かくなる。
上手く表現できない真珠姫に、コロナがそうですねと同意する。
「この家、マナがたくさん集まっているんです。カイさんは気づいてないみたいだけど」
もしかしたら、真珠姫が感じる温もりの源泉がマナなのだろうか。真珠姫にはよく分からないが、マナや魔力の流れに敏感な魔法使いには感じとれるらしい。
「マナが豊富なランドでは、植物や薬草がよく育ったり、草人や精霊がマナに惹かれて集まってきたりするんです。有名なのは、ガトとか骨の城とかですね。このおうちの周りもそうみたい。ほかのパワースポットと違って、大きな木があるくらいで特別な感じはないから不思議なんですけど」
真珠姫がにこっと微笑んだ。少なくとも真珠姫にとっては、ここは『特別』だ。
「それはもしかしたら、住んでいる人があったかいからかも」
「えへへ。そうかもですね」
自然と人が集まり、笑顔になる居場所。コロナにとっても、それは同じなのだろう。
「おねえさまのおうち、マナのあつまるばしょ
……
かぁ。
……
マナの
……
」
真珠姫が無意識にその単語を唇に乗せたとき、
――
探さなければ。マナの
……
を。
心が黒くざわめいた気がした。
「
……
おねえさん?」
「え?」
コロナの声で我に返る。
「あ、ううん。なんでもないの」
真珠姫は刹那の戸惑いを胸に押し込めて、柔らかく微笑んだ。
……
いったい、なんだったのだろう。
つかめそうなのだ。けれども、届かない。
マナ。
世界を司る根源的な力だ。この世のあらゆるものはマナによって成り立ち、マナで構成されているという。力ある者はマナの力を自由に操り、戦いや日々の暮らしに役立ててもいる。誰にとってもあって当たり前の、空気のようなもの。
そのはずなのに、ひどく引っかかる。『マナ』という言葉がもたらす、焦燥感がある。
「それにしても、バドさぁ。こんな時まで本読まなくてもいいのに」
コロナの呆れ声が、再度思考の海に落ちかかった真珠姫を現実に引き戻した。
見れば、コロナを挟んだ向こう側で、うつぶせになったバドが分厚い本をめくっている。あまりに動かないせいなのか、頭のてっぺんに赤いトンボが止まっていた。
バドは本を読む手は止めず、ブウと唇を尖らせた。
「いいじゃんかよ。未来の大魔法使いバド様には、研究の時間はいくらあっても足りないのだ」
もとより勉強家で、知識欲旺盛なバドである。冒険譚に英雄伝、世界の歴史や謎の類に目がない彼は、瑠璃や真珠姫に出会って、珠魅という種族にも興味を抱いたらしい。まだ見ぬ知識を求めて、ますます読書にのめりこんでいるのだった。妹分でいることが多い真珠姫からすると、小さな双子が自分のする話や知識に興味を持ってくれるのは、くすぐったいような、うれしいような気分だった。
「バドくん、なにかおもしろいこと書いてあった?」
「へっへ、まぁ
……
ね。
……
うん
……
」
大物ぶった態度はどこへやら、未来の大魔法使いに威勢はない。
コロナが見栄っ張りの弟に白けた視線を送った。
「なによ、バド。さっきからぜんぜんページ進んでないじゃん。背伸びして、そんな難しい本選んできちゃってさ。それっぽいポーズだけだけつけてて読めてないんでしょ、どーせ」
「な、なんだよ、コロナ。ぜんぜんじゃないよ、ちょっとくらい読めてるし!」
「ちょっとなんじゃない。時間の無駄よ、無駄」
「いちいちうるっさいなあ! ほら、珠魅のこと書いてあるページだって見つけたんだぜ! ね、ね、真珠のおねえさん」
またケンカになるかとハラハラしていた真珠姫だが、バドの意外な言葉に目を丸くした。コロナがへえと鼻を鳴らす。
「珠魅
……
? あら、ほんとう」
コロナ越しに本を渡される。
古書である。タイトルは『世界事典』。示されたページに目を通してみると、そこには確かに、珠魅に言及する記述があった。
「真珠のおねえさん、この本読めるんですね! 古い言葉で書いてあって、難しいのに」
「そういえば
……
そうみたい。どうしてかしら」
驚きを隠さないコロナだが、実のところ真珠姫が自分で一番驚いていた。読める理由がわからない。
「おねえさん、本当に? ここも? これも? 賢人の大活躍が書かれてそうなところとか、この、ドラゴンがどうとかいうところは?」
「けんじん
……
? まってね
……
ええと」
真珠姫がいちいち読み聞かせてやると、バドはさすが伝説の種族だと頬と紅潮させた。輝く瞳に尊敬の念がにじんでいる。
「すっげえなあ。師匠なんて本読む前から挫折してんのに。これも、おねえさんの記憶そーしつと関係あるのかな?」
「きっと本が好きな人だったのよ。意外と学校の先生とか、学者みたいな人だったかもね」
「それか、魔法使いかもしれないぜ? かくして大魔法使いバドは、珠魅の魔法使い・真珠と出会ったのだった
――
みたいな」
「なにそれ、バッカみたい。あんたって、そればっかりね」
むじゃきな想像を働かせる子どもらに、真珠姫は顔をほころばせる。未だつかめぬ自分の過去も、こんな風に空想するのならば楽しいかもしれない。
「ケケケ、無限の想像力は魔力の糧だぜ。
……
でも、今のおにいさんやおねえさんに役に立ちそうな話じゃなかったね」
途中から真顔に戻ったバドが、残念そうに言った。事典に載っていた伝説のことだ。双子は双子なりに、自分のできることで瑠璃や真珠姫の力になろうとしていた。
「現実的な珠魅の情報は、ジオに期待ね。カイさんと瑠璃のお兄さんが探してきてくれるかも」
コロナが言うと、バドは腕を頭の後ろで組んでゴロンと仰向けになった。
「ふたりとも、もうじき帰ってくるころかなぁ」
先刻、郵便ペリカンが、帰宅を告げる師匠からの手紙を届けていたのだ。
その日の夜。双子が屋根裏部屋に戻り、寝息を立てはじめるころ。
真珠姫は、家の中に冷たい風が吹き込んできていることに気がついた。
戸締りを忘れるなんて、しっかり者のコロナにしてはめずらしい。
カンテラを手に書斎の扉を開くと、正面の窓が開けっぱなしになっていた。家主愛用の万年筆は床に転がり落ち
――
幸いインクは倒れてはいなかった
――
、机上の便箋やメモが方々に飛ばされて散らばっている。真珠姫は窓に駆け寄って、音を立てないよう静かに閉めた。落ちた万年筆をペン立てに戻し、紙類を一枚一枚拾い上げて丁寧にそろえ、書き物机の上に置く。
そこまでやってほっと息をつき、それから、中央の大机に置いてある本に目を止めた。
「
……
この本」
先ほどの世界事典や難解な魔導書が何冊も積んである。ところどころ、しおりや、幼さを感じさせる文字で走り書きされた付箋が挟み込まれていた。
真珠姫はカンテラを手元に引き寄せ、世界事典を手に取った。先ほどのページを開いてみる。
珠魅に生まれ変わった天使について書かれた章。
一般人にはやや難解な、古めかしい言語で書かれた事典を、学のない自分がすんなり読める理由はわからない。ただ、読んで思ったのは、『自分が知りたいのはこの情報ではない』ということだった。
事典を元通りに積みなおし、窓際の椅子に腰かけた。カーテン越しの暗い窓硝子に、浮かない顔の自分がカンテラに照らされてぼんやり映っていた。
(『自分』
……
自分って、どの自分かしら)
以前感じていたような不安は薄らいでいた。
奇妙な感覚だった。
知らないのに分かる。見たことがないのに知っている。自分の経験ではないのに、自分の得た知識ではないはずなのに、いかにも自分のことであるような。
月読の鏡とレイリスの塔もそうだった。
知っている気がする。いや、知っている。あの場所を、かつての自分はたしかに訪れた。自らの手で、運命の部屋の扉を押し開いた。
『ルーベンス』
瑠璃から聞かされた、この名もそうだった。
初めて聞くはずなのに、なぜだろう
――
なつかしい響きが胸を打つ。
彼が亡くなったことを伝えられて、真珠姫の胸に去来したのは、大きな喪失感と深い哀惜の念だった。
――
ああ、仲間がまた一人、この世を去ってしまった。
自分の中の誰が、心のどの部分が、それを思ったのか。
こんなとき、きっと人間ならば悲しみの涙を流し、彼の死を悼むのだろう。けれど真珠姫は、人のようには涙を流せない。傷ついた者を癒してやることもできない。
役割を果たせない自分を真珠姫は内心いたたまれなく思っているのだが、涙石の話題になると瑠璃はたいてい懐疑的だった。
「涙と言われても、オレにはどうも
……
」
ごく最近まで、珠魅の涙が存在したこと自体、瑠璃は半信半疑だった。無理もない。彼も自分も、涙石を見たことがない。それ以前に、自分たち以外の同族に会ったことすらなかった。
(そのはずなのに、どうしてかしら
……
)
知っているのだ。涙石の伝説が真実であること。
傷ついた仲間に命を分け与え、癒し、助け合う。仲間同士手を取り合い、寄り添って生きる。珠魅が友愛の名にふさわしい種族であったこと。互いが互いを癒し、支え合う、そんな時代があったこと。
……
そしてそれが、二度と還らぬ過去のものであることも。
いつしか、真珠姫の視界から夜の書斎は消え、幻想的な煌めきがぽつぽつと浮かび始めていた。
流れる水の音。射し込む光。ときに陽光に、ときに月明かりに照らされ輝く、美しい街並み。無数の煌めきと笑い声。
やがて満ちた、血の臭い。戦乱。温かな輝きは刃と炎のそれに変わり、満ちた笑い声は悲鳴になった。
……
あれは、いつ、どこだっただろうか。
――
真珠姫。
「え?」
文机に頬杖をつく真珠姫。向かい合う窓の向こうに、黒い人影が映り込んでいた。真珠姫とまったく同じポーズで、こちらをじっと見返している。
「
……
わたしをよんだのは、あなた?」
気がつけば真珠姫は、影に誘われるように玄関の扉を開け、外へ出ていた。
家の外周を回り、影が見えたほうへ歩いていくが、誰もいない。
『マナの豊富なランドには、草人や精霊が集まってきたりするんです』
コロナの言葉が思い返された。マナは世界の根源。マナの濃い土地ではもしかしたら、見えない誰かに会えたりするのだろうか。
真珠姫は空を仰ぎ見た。
「月が」
月が満ちている。
レイリスで見た月は、三日月だったろうか。
「
……
そう、わたし」
ああ、そうだ。
かつて、こんな風に、一人で月を見上げていた夜があった。
このような満ち足りた土地ではない。
もっと寒く、ひどく乾ききった地で、地平まで続く砂の上に足跡を残しながら、孤独に歩いていたのだ。失くした記憶や過去ではない、もっと別の何かを探し求めて。
「『私』のさがしもの
……
剣
……
涙
……
それから」
マナ。
風がざあっと吹き付けた。
幽鬼のように歩き出し、彷徨いかけた真珠姫は
……
しかし、歩みを止めた。
ちがう。
『わたし』の求めるものは、『あなた』とはちがう。
(かえろう)
マイホームに帰ろう。
瑠璃は自分をパートナーと認めてくれた。自分を信じてくれた。
だから、わたしはここで彼の帰りを待っている。
瑠璃を、そして瑠璃が信じてくれた自分自身を信じて、ここで待つ。
……
ひめ。
また、誰かに呼ばれた気がした。男のような、女のような
……
どこかで聞いてことがあるような。
「だれか、いる?」
気のせい、ではない。
目を凝らすと、草原の向こうに黒い人影が見えた。マントを纏うそれがよく見知ったものであることには、すぐ気がついた。
「真珠」
「瑠璃、くん?」
声の印象に相反して現れたのは、ずっと胸に思い描いていた、自分の騎士だった。
瑠璃は満月を背に微笑みを浮かべ、こちらへ近づいてくる。
ずっと帰りを待ちわびていた、大事な騎士。そのはずなのに、真珠姫は瑠璃から距離をとるように、じりじりと後退っていた。
深い夜の空高く、白い鳥が飛んでいた。
マイホームのあたりには生息していない、人を乗せられるほど大きな鳥。カンクン鳥は大きく翼を広げ、月を背に優雅に旋回していた。
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