しちろ
2024-02-14 16:12:12
19116文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 6

『コスモ』 19000字。


 時は幾分さかのぼり、魔法都市ジオ。
 エメロードが核を奪われた夜……魔法学園。
「お主たちか。なにか、あったかね」
 カイと瑠璃の訪問を受けたヌヌザックは、二人の顔を見て事を察したようだった。学園はとっくに全館消灯している時間だが、ヌヌザックの研究室だけは明かりがつけられている。
 教授に促されてカイ、続いて瑠璃が入室すると、書きかけの魔法陣や材料が周りに散乱した魔法薬――どちらも、どのようにして作成しているのかははなはだ謎だが――、講義の資料などが大きな机いっぱいに広げられていた。ただし……作業はいずれも、はかどっていないようだった。沸騰したフラスコが火にかけっぱなしになっている。
「クズ石くんが、おらんようじゃな」
……ごめんなさい……サンドラに……。エメロードも、エメロードのおねえさんたちも……
 震える声で言い、カイは唇をかみしめた。あまりにもふがいなかった。
 ヌヌザックがぺらりと後ろを向く。
……夕方ごろか。クズ石くん宛ての予告状が届いたと、警察から連絡があった。所在はどこかと……。ワシも探したが、あやつ、こんなときに限って見つからなんだ」
 警察――ボイド警部だろうか。
 力不足を悔やむヌヌザックだが、カイや瑠璃が魔法に詳しければ、散らかっている魔法道具のいくつかは失せもの・失せ人探しの品だと気がついたかもしれない。
 経緯を説明する間、ヌヌザックは一言も言葉を発しなかった。背を向けたきり、表情はうかがい知れない。
……先生、ごめん。あたしが、ちゃんと守っていれば……
 ヌヌザックの後ろ姿に向け、首を垂れる。
 ヌヌザックは、カイを信じて託してくれたのだ。なのに、守ることができなかった。みすみすサンドラに攫われ、姉の核ともども命を奪われてしまった。エメロードが珠魅である以上、危険が付きまとうことはわかっていたのに。
……最初から最期まで、手のかかる奴じゃった」
 ぼそりと声が聞こえた。
「ワシは、お主たちを責める気はないわい。ふたりも見たじゃろう。なんど言い聞かせてもここから脱走しよった、向こう見ずでわがまま放題の、困った弟子じゃ。おおかた、あやつが自分から結界の外へ出たのじゃろう」
 付き合いの長い師は、弟子の行動を見透かしたように言う。
 ヌヌザックは横を向き――そうすると、薄い紙っぺらにしか見えない――誰にともなく毒づいた。
「まったく。じゃから、あれほど言ったのじゃ。一人で学園の外には出るな、と。せっかく姉の核が見つかったというに、エメロード、あのはねっかえりめ。最期までワシとの約束を守らんかった」
「エメロード?」
 ヌヌザックがその名を呼ぶのは初めて聞いた。
「『クズ石くん』と呼ぶ必要は……なくなってしまったからな」
……
 幾何学模様で描かれたヌヌザックの表情は読み取れない。
「それから、そこのマブなお主」
 呼ばれてカイがハッと顔を上げる。
 何やら魔法でも使ったのか、つきっぱなしになっていたアルコールランプの灯がひとりでに消えた。
「くれぐれも泣くのではないぞ。エメロードは不出来な弟子じゃったが、自分の目的のために人の犠牲を厭わぬような愚か者ではなかった。お主を騎士にすると決めたときも、間違って泣いたりしないかと、それを気にかけておった。せめてそれくらいの心配は、あの子にさせんでやってくれ」
 ヌヌザックの忠告は鉛のように重く響いた。こんなものが、エメロードとの最期の誓いになるなんて。
 その夜、ヌヌザックはろくにカイと瑠璃を見ようとはしなかった。
 話を終えたカイはヌヌザックの背に向かって黙礼し、瑠璃は詫びの言葉を口にして、学園を後にした。
 人と珠魅は関わってはならない。珠魅のために涙する者、すべて石と化す。
 カイに泣くことが許されないのと同様、ヌヌザックもまた、死んだ愛弟子のために涙を流すことはできないのだ。



 学園を辞し、警察の聴取を終えたころには、夜が明けかけていた。
 今さら休む気にもなれず、宿から荷物だけを引き取って、カイと瑠璃はジオを出た。
「もう一度、この街に来なきゃいけないね」
 巨大な城門をくぐり、振り返る。
 白みかけた空に黒々と沈んでいた宮殿のシルエットが、朝日を受けて黄金色に変化していく。誰もいない、朝焼けの城塞都市が、いつかのガトと重なって見えた。ルーベンスが死んだのはこんな朝だ。
「瑠璃、どうするつもり?」
……真珠か」
 カイが尋ねると、瑠璃は口を引き結んで黙ってしまった。 
 ディアナが話をするために出した条件は、瑠璃の姫を同席させることだ。これ以上の情報を望むなら、今度こそ真珠姫を魔法都市に連れてこなければならない。サンドラは、ディアナの居場所を知っている。真珠姫を連れて行くのなら、宝石泥棒の目があることは承知の上で、となる。
 瑠璃はずいぶん考えてから口を開いた。
「連れて来るべきだと思う。珠魅の街のこと、復讐だという意味……。これまでにいくつも事件が起きたが、オレたちは知らないことが多すぎた。もちろん、真珠に聞いてからだが……
 真珠姫ならきっと、行くと答えるだろう。カイは思った。たおやかで控えめな姫はその実、カイなどよりはるかに深く物事を見ている。カイももちろん、ここまで珠魅に関わっておいて引く気はなかった。
 帰路、ほとんど休みを取ることなくマイホームへ戻った。
 いくつか日をまたぎ、マイホームが見えるころには夜空に満月が浮かんでいた。遅い時間になってしまったが、帰ることは伝えてあるから驚かれはしないだろう。
 カイと瑠璃が帰宅すると、寝間着姿のバドとコロナが階段から降りてきた。
「ただいま。まだ起きてたの?」
「風の音で、目が覚めちゃってさ……あれ?」
 眠い目をこすっていたバドが、瑠璃を見て驚いた顔をした。
「瑠璃のお兄さん、真珠のお姉さんと一緒だったんじゃ?」
「え?」
 当然だが、瑠璃はカイとずっと一緒にいる。
「屋根裏部屋から、街道のほうに一緒に歩いていくの見えたから……
 カイの目つきが一瞬、変わった。
「それ、いつかな?」
「さっき」
 いつになく怖い空気の師の服を、バドがおずおずと引いた。
「あ、あの、師匠……
「大丈夫。すぐに、真珠ちゃんと一緒に帰ってくるよ」
 しゃがんで双子ににっこり笑いかけたカイが、立ち上がったとき壮絶な顔をしていたのは瑠璃だけに見えた。
 踵を返したカイと瑠璃は、玄関を出たところで、ポストに手紙が届いていることに気がついた。気がつかれやすいよう、わざわざ郵便受けの口からはみ出す形で投函されている。
 息をのみ、震える手で封を切る。
「サンドラ……
 薔薇の絵が描かれてあるカードを、カイはぐしゃりと握りつぶした。
 ターゲットは『迷える月』
 場所は、メキブの洞窟と指定されている。



『夜想曲』 おわり