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しちろ
2023-05-07 19:35:43
17320文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 4 episode.0
宝石泥棒編は一時休止して、主人公二人の話。出会い、ニキータ商い道中、他1話。17,000字。
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4
5
中をのぞいてみたら、誰もいなかった。
だから、少しだけ弾いてみようかなと思った。理由なんてそれだけだ。
ホームタウン・ドミナ
―
『波間に眠る追憶』より
―
カイは時々、教会に足を運んでいる。
信者ではない。習慣というほどのものでもない。
穏やかな雰囲気が好きだ。
ドミナの北側にある聖マナ教会は、別名『風なびく草原の教会』と呼ばれていて、教会横にある鐘楼の鐘は時を告げる音として町の者たちから親しまれている。
神父であるヌヴェルの話は、時に保守的で受け入れにくい部分もあるが
――
マナや他宗教の話になるとそうなりがちだ
――
大概は豊かな知識と人生経験に裏打ちされており、好奇心旺盛なカイには興味を惹かれる内容も多い。例えば、先日ドミナに来た瑠璃を「珠魅では?」と見抜いたのは、住民ではヌヴェルくらいなものだった。
祭壇の横に設置されたオルガンは、誰でも自由に弾くことができる。
それなりの年代物で歴史も価値もある品ではあるが、大事にされるあまり奏でられぬのでは楽器の本末転倒、多くの人々に弾いてもらう方がマナの女神もお喜びになるだろう、との神父の考えによるものだ。
ドミナで唯一のこのオルガンを、通りすがりの者が試しにひとつふたつ鳴らしてみたり、大きな楽器に憧れる子どもが弾きにきたり、時にはふらりとやってきた旅芸人が一曲披露したりもする。もっとも戦時中ならいざ知らす、今のファ・ディールで教会を訪れる者は多くはない。教会の数少ない訪問者であるカイは、聴衆が少ない名演奏にたまに出会うことができた。
「
……
オルガンの音?」
メキブの洞窟で再会を果たした瑠璃と真珠姫が、ドミナに滞在するようになったある日。
教会を通りかかったカイの耳に、慣れ親しんだ音楽が聴こえてきた。
ドミナには、町をイメージした古い楽曲がある。
懐かしくて温かい、どこか郷愁を感じさせる旋律は、いつだれが作ったものかはわからない。
昔の住民の誰か、ドミナを訪れた吟遊詩人、あるいは故郷を懐かしく思う誰かが作ったのかもしれない。いずれにせよ確かなのは、この曲は住民の誰からも愛されていて、彼らの日々にいつでも優しく寄り添っているということだ。
教会にはこの曲の楽譜があるらしく、誰かの奏でるたどたどしい音階が聴こえてくることも時々あった。田舎のドミナではオルガンは貴重品で、上手に弾ける者はあまりいない。カイもオルガンは得意ではない。
この日の演奏はうまかった。
流れる調べは危ういところがなく、途切れることがない。
カイは最初ヌヴェルかなと思った。仕事柄、彼はオルガンを弾くことができる。
ところがそのヌヴェルは教会の管理者であるにも関わらず、扉の陰に隠れるようにして外に立っていた。身を縮めて中をこそこそうかがっている様と言い、不審者丸出しだ。
「ヌヴェルどうしたの? こんなところに立っちゃって
……
」
不思議に思ったカイが声をかけると、すかさずヌヴェルがしっと人差し指を立てて唇に当てた。
「邪魔をしては、ね」
ヌヴェルは小声で言うと、そっと中を指し示した。
彼につられて息を押し殺し、カイは礼拝堂をそっとのぞいてみた。
「あっ」
声を上げかけて、慌てて口元を抑える。
「おや、お知り合いですか?」
「う、うん
……
ちょっとだけ、ね」
見間違いかと思い、もう一度覗いてみる。それくらい、彼女には思いがけない人物だった。
(
……
あいつ、オルガン弾けるんだ)
見間違えようもない、特徴的な赤い帽子。
見事な音色を奏でていたのは、あの無愛想な少年だったのだ。
■■■
以前のシオンは時々、教会を訪れていた。
教会には興味はない。目当てはオルガンだった。
彼の曲を聴くのは常にヌヴェルしかおらず、シオンはシオンで弾くだけ弾いて話もせずに帰るだけだが、それで別に文句を言われたこともない。誰かに聴かせる気もなかったから、こちらを空気みたいに扱う神父の態度はむしろありがたかった。
『こちら』のドミナにも、同じく教会はある。
シオンにはずいぶん久しぶりのホームタウンは、自分の知る町と同じようでいて全く違う気もする。例えば今、ここのドミナは空前のカボチャフィーバーに見舞われており、季節外れのハロウィーン状態である。シオンからすると、こんなにテンションの高い町だったかな、という印象だ。
賢人曰く、世界はイメージ。
誰かのイメージが、町の雰囲気にも微妙に影響している
……
のかもしれない。
ところでカボチャと言えば、先日のカイの誘いっぷりはそれはしつこかった。
ドミナの空き地にカボチャが大発生!
郵便ペリカンから話を聞いたカイは、いざカボチャ狩りとばかりに意気揚々とドミナを訪れた。農機具と収穫籠持参で。野菜=食に直結する辺りは彼女らしい。
で、なぜかシオンを誘いに来た。
空き家のドアが七つ鳴りシオンが開けると、棒の飛び出た麦わら帽子にほっかむりをキメた農作業ルックのカイが、ものすごい存在感で立っていた。
「何の用?」
「カボチャ取りに行かない?」
それが何を意味するか、わからないシオンではなかった。
「当店の本日の営業は終了しました」
ばたん。シオンは即、扉を閉めた。
はっきり断った。断ったのに。
「なんだよ! いいじゃん、人手が欲しいんだって!」
開けるな! 開けるな、バカ!
この先がどこに通じてるって、
自分の家
マイホーム
だ。
空き家の扉を強引にこじ開けようとするカイを、シオンは全力で阻止した。思いきり閉まったドアに顔面をぶつけたのか、ドアの向こうからギャー!と悲鳴が聞こえた。あの棒、人を誘うことを使命かなにかと思っているんじゃないか。
その後もしばらくバトルは続き、激しい攻防の末に何とかカイを追い返すことに成功したシオンは、ドアにもたれてどっと息を吐いた。ドミナのカボチャと言えば双子だ。会えるわけがない。
瑠璃に絡まれたときも、実はけっこう困った。
真珠姫を探す彼は完全に話を聞く相手を間違えていたが、こちらからは何とも云ってやれないし、と言って向こうは話を聞かないし。カイが商店街のほうからやって来て、ああやっと来たと内心彼はため息をついた。
久しぶりに来てみた教会は、少し扉が開いている。
こそっと中をのぞいてみた。誰もいなかった。
ためしに入ってみようかな、などと思ったのは、その昔はカイと同等か、下手すればそれ以上に好奇心旺盛だった彼の気まぐれだったのだろう。
■■■
音楽に合わせて赤い帽子が揺れている。
こちらに背を向けており、カイからは弾いている姿は見えない。
綺麗な音だと思った。オルガン特有の、厚みがあって天から降るような音色。
旋律は楽曲のイメージ通りに、聴く者を包み込むように優しく、温かい。
(でも、なんだか
……
)
とても、哀しい。
見てはいけないものを見てしまった気がして、カイは外の風景に目をやった。
柔らかな緑の丘陵に、茶色い畝の休耕畑がパッチワークのように並んでいる。
もしも音楽がアーティファクトだったら、自分にはどんなイメージが伝わるだろう。彼が弾いている曲は、町の賑わいやこんな何気ない情景を描いたもの。ノスタルジックではあっても、決して悲しい曲ではないはずなのに。
シオンのそれは、故郷に帰れない旅人の詩か、いっそまるで鎮魂歌のようだった。
「美しいですな」
目を閉じ、音色に耳を澄ましていたヌヴェルが、陶然として言った。
「音楽はその者の鏡。音色は奏でる者の心を映し、大気のマナと精霊に語りかける力を持ちます。あの少年の奏でる音は、儚く切なく美しい。マナの女神もさぞかしお喜びになるでしょう」
ヌヴェルの手放しの賞賛が、カイには妙に寂しく思えた。
誰に聴かせる気もない音色は大気へこぼれ、風に、空に消えていく。
女神や精霊に捧げるものとは思えなかった。
けれど、だとしたら彼が一人で弾いているあの曲は、誰のためのものなんだろう。
カイのよく知る、けれど見たことのないドミナの情景が、孤独な音にうっすら重なって見えた気がした。
「さっきから、何?」
いつの間にか、音が止んでいた。
――
……
気のせい?
一瞬、町のイメージが見えたように思ったけれど。
我に返ったカイが声に振り向くと、オルガンの前でシオンがこちらを向いて立っていた。泣きたくなる音とはまるで違い、演奏者にはこれっぽっちも表情がない。
「あ、あの、立ち聞きするつもりとかじゃなかったんだけど」
「そう」
変に汗が出た。何を言えばいいだろう。
シオンは感想など求めていないだろうし、盗み聞きをしていたみたいでバツが悪かった。初対面でもないし、何度か一緒に出掛けもしたのに。たしか初めてシオンと会った時も、やっぱりこんな風にうまく話しかけられなかった気がする。
「で
……
何の用?」
「瑠璃と真珠ちゃんが、ドミナにまた来てて。仲間を探したいって」
「
……
行けばいいだろう」
シオンは相変わらずそっけない。
人探しなら、仲間は多いほうがいい。
そう考えたカイは、関係者のシオンに声をかけてみようと思って、探していたのだ。要は、カイがシオンを誘おうと思ったのは瑠璃と真珠姫のためだった。盗賊退治の時は町のため。カボチャ狩りは人手が欲しかったから。
……
でも、今は。
なぜだろう。
彼をこのまま帰してはいけない。
そんな気がした。
「まだ、何か?」
カイはとっさに、出ていこうとするシオンの腕をつかんでいた。
「あのさ、シオン! あたしたちと一緒に来ないかな!」
『ホームタウン・ドミナ』 おわり
※『波間に眠る追憶』冒頭、『オルガン弾いてたのを引っ張ってきた』の部分。
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