しちろ
2023-05-07 19:35:43
17320文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 4 episode.0

宝石泥棒編は一時休止して、主人公二人の話。出会い、ニキータ商い道中、他1話。17,000字。


 ヌヴェルの話を頭から信じていたわけではなかった。

 ――まさか、本当に人が出てくるとは。

 自分でノックしておいて、カイはまともに声をかけることを忘れていた。
 空き家の扉を開けて姿を見せたのは、それは無愛想な少年だった。



 一方のシオンも、自分で開けておいてとっさに何も言えなかった。

 ――なぜ自分は扉を開けたんだろう。 

 空き家の扉――いや、彼を選んで喚んだのは、それは能天気そうな少女だった。


ふたりのニキータ商い道中


「あたし、カイ。町の近くに住んでるんだけど……
 名前は? と尋ねると、ぶっきらぼうな口調で、シオン、とだけ返ってきた。
 
 けれど……どうしよう。
 
 何の用かと聞かれても、カイは用事があってドアを叩いたわけではない。大体、空き家に人がいるなんて思わなかったのだ。
 後で冷静になってみれば、すみません、家を間違えました、とか言って謝ればそれで済んだ話だったのだが、この時のカイはなぜかそういう考えは頭に浮かばなかった。普段の彼女は人見知りなどしない。けれど初対面のシオンに対してだけは、妙に歯切れが悪かった。


 戸惑っているのは、実はシオンも同じだった。
 この時、用がないならこれで、とか言ってとっとと引っ込めばよかったのだ。彼はもともと、他人と関わり合いになるのはそれほど好きではない。
 それができなかったのは、あまりに久しぶりのドミナの景色が思ったより懐かしかったからだとか、太陽の光が眩しかったとか、いろいろあったのだろうけど。
……どこかで、会った?」
「え?」
 シオンの無意識の呟きに、少女が不思議そうな顔になった。
 自分で口にしながら、シオンは心の中で否定する。
 会ったこと……そんなわけがない。
 ナンパだとか妙な勘違いをされる前に、シオンはなんでもないと言って打ち消した。自分はここには来たことはない。カイと名乗ったこの少女も知らない。なのに、このもやもやはなんだろう。
 普段率直すぎる物言いをしがちな少年は、この日の自分自身と初対面のカイに対してだけは、妙に歯切れが悪かった。

 
「キミ、見かけない顔だけど」 互いにすっきりしない気持ちを抱えたまま、カイが口を開く。目の前の少年が、まさか他のファ・ディールからやってきたなんて思うわけもなく。「もしかしてドミナに引っ越してきた、とか」
 カイが至った結論は、いたって普通の発想というか至極常識的なものだった。
……お前、何も知らないでこのドア叩いたのか?」
「いや、ごめん。あたし、てっきり空き家だと思ってて」
 カイは世界の仕組みなど知らない。
 説明が面倒くさかったシオンは、カイの誤解を解くことはしなかった。本当のことを言ったところで信じてもらえないだろうし、頭がおかしいと思われるくらいならまだしも、病院に連れていかれでもしたら面倒だ。カイにとっても知らないならその方が幸せだろう。

 ――彼女が何をどれだけ知ってるのか、分からないけど。

 シオンは、自分以外のアーティファクト使いのことはあまり知らない。

 ただ、彼のこの疑問はすぐに解消されることになった。
「ちょっとそこのお二人さん」
 背後からかけられた陽気な声。シオンはもちろん知っている。「おこーんにちわーだにゃ」
「ん? 誰だい?」
「ちょっとお聞きしたいのですがにゃ。アンタ方、そんな立派な武器持ってるところ見ると、けっこう腕たつにゃ?」
「あたしはまあまあだと思っているけど、それがどうしたの?」
 ニキータを相手に、まるで疑うそぶりのないカイを見て、シオンは察した。
 これは、何をどれだけ、どころの話ではない。
 この少女は『夢』を見たばかり。
 そして、この世界のこともこれからのことも、なに一つとして知らないのだ。
 


 ■■■


 
 昨今増えた盗賊のせいで、すっかり荒れ果てたリュオン街道。
 ニキータの依頼を受けて盗賊退治に行くというカイは、なぜだかシオンを引っ張ってきた。
「なんで俺が連れてこられているんだ」
 シオンは納得がいかない。話をしていたのはニキータとカイの二人で、自分は立っていただけなのに。しかも初対面なのに。

 
「街道は盗賊だらけ。小心者のオイラは、迂闊に外に出られないんだにゃ。アンタは怖くないにゃ?」
 行商人のニキータは、ほとほと困ったという体で声をかけてきた。行商の途中で盗賊の襲撃を受けてタコにされ、命からがら逃げてきたらしい。商売道具と商品は死守したが、売りに行けないのでは商売あがったりだ。
「あたしはここの住民じゃないんだ。ドミナの近くに住んでて、リュオン街道を通ってここまで来てる」
 答えたカイは、シオンに水を向けた。
「キミも、ドミナに来たばかりなら街道通ってるよね?」
 先ほど答えを有耶無耶にした手前、シオンはまあ……と言葉を濁した。これが悪かったのだろう。
 カイとニキータは話しているうち一緒に盗賊退治に行こうという流れになり、カイは黙って話を聞いていたシオンにも、さも当然とばかりにこう言った。
「キミも剣持ってるよね? 一緒に来て!」


 行くとも行かないとも言わないうちに、シオンは流れで連れてこられた。
 さあ、いっくぞー! とカイに首根っこをつかまれ、アーティファクト『車輪』を発動された時点で終わった。気がつきゃリュオン街道だ。過去、この手の巻き込まれパターンで数限りなく事件に関わってきたシオンには妙にデジャヴだった。もちろん全然うれしくない。
「あのさ! キミ、ちょっとは戦ってくれないかな!」
「なんで俺が」
 ラビを槍で豪快にぶっ飛ばしながら、カイが後方へ叫ぶ。
 リュオン街道は魔物が多い。もとから多いのに治安悪化で人通りが絶え、魔物を駆除する者が減ったことでますます増えた。次から次へと襲ってくる敵が見えていないとは言わせない。それなのにシオンは剣も抜かず、奮闘するカイを安全圏からぼんやり眺めている。
「手伝うとは言ってない。ニキータの依頼を受けたのはお前で俺じゃない」
 ここまで来たくせにとカイが言えば、お前が強引に連れてきたんだとシオンが言い返している。双方食い違いがあるようだが、ニキータは金にならないことには興味がないので、ケンカの仲裁者はいない。
「だってそんな御大層な剣持ってるじゃん! 被害出てるの聞いたでしょ? 戦えるなら盗賊退治協力しなよ!」
「嫌だよ。俺は慈善事業で武器持ってるわけじゃないんだ」
 カイがニキータに協力を決めた理由は、悪党を野放しにしたくないからで、報酬は二の次だ。マイホームもドミナの町も街道沿いだし他人事ではない。護身用の小さな武器ならまだしも、ドミナで本格的な武器を扱える者は多くない。誰もが自分の身を守れるわけではない。戦える者がやるしかないのだ。
 シオンにはシオンで言い分はある。
 この街道にいるモンスターは主に、ラビやバドフラワーなどだ。言っちゃなんだが雑魚だ。一般市民には危険だが、旅慣れた者であればさした脅威にはならない。見たところカイとニキータだけで戦力は十分そうだし、実際困っている様子もないし……とかいろいろ言い訳したが、本音を言えばシオンは面倒くさいだけだった。てか、久々の太陽眩しい死ぬ。



 ニキータの案内で分かれ道を左へ進む。彼を襲った盗賊はこの先で待ち伏せしていたらしい。ニキータは商人にしては珍しく戦えるから逃げられたが、並の行商では、用心棒なり雇わなければまともに旅ができなくなるかもしれない。
「リュオン街道も危なくなったよね。ボイド警部も事件が増えたってぼやいてたよ」
 カイが言えば、
「野盗の数が多すぎて、警察の取り締まりも間に合っていないんだにゃ。オイラの気のせいでなければ、最近、世の中が物騒になった気がするにゃ。オイラの家は代々商人にゃ。世が乱れると、戦いに役立つ商品を中心に売れることは売れるのにゃが……
 売れると言いつつ、ニキータは不服そうにも見える。
「なんか不満?」
「オイラは、自分の商売でお客さんをハッピーにしたいのにゃ。ご先祖みたいに魔法楽器屋や武器商人をやりたいわけじゃないのにゃ」
「へえ……ニキータって高い志のある商人なんだね」
「当たり前にゃ。世界はオイラの金づるにゃ。下手に楽器や武器を売って誰か死んだりしたら、大事な カモが一人減るにゃ」
……
 感心して損した。
「どこに行っても人の心がささくれ立っているのにゃ。ささくれているとスマイルな商品は売れないにゃ。心が緩まないと財布のひもも緩まないのにゃ。ひいてはオイラが儲からないのにゃ」
 なおそこはニキータというか、ちゃっかり、心のカサカサやささくれに効く商品も用意されていたりする。売れたためしはない。
「ニキータの商品は平和とは関係なくない? ものすごく胡散臭いし」
「なんてこと言うにゃ! オイラは人をスマイルにする商品しか扱いたくないにゃ。スマイリーニキータとはオイラのことにゃ」
「余計に胡散臭いなあ」
 ニキータが力説するほどカイは鼻白んでいる。
 ドミナの住民たちに、高額の車輪やタコムシや履き古した靴を売りつけようとしたのは誰だって話だ。



 果たして、盗賊はニキータの襲われた場所で現れた。
「オラオラオラオラ、金出せ金出せ金出せ、出せ出せ出せー!」
 いかにもチンピラ風のポロンたちが、弓矢を手に立ちはだかったのだ。
「こいつらが話した連中にゃ。助太刀頼むにゃ」
 槍か拳でお支払いしたくなるのをこらえつつ、カイは小声のニキータに頷く。
「なんだてめえ、この間の化け猫じゃねえか」
「護衛のつもりか? 今日はぞろぞろ引き連れてきやがって」
 ポロンたちはいきがって助っ人たちをまじまじと観察し、互いに顔を見合わせた。
 天にも轟く大爆笑。
「そこの金髪の嬢ちゃん、有り金だしな。それともおれたちと一緒に来るかい?」
「おい坊主、ここは遠足に来るところじゃないぜ。出すもん出してもらおうか」
……完全にカモだと思われてるにゃ」
 助っ人の意味とは……
 この手の輩は明らかに弱者、格下の獲物しか襲わないのが相場だ。
 ニキータの選んだ助っ人が逞しく精悍なスパッツ騎士だったり筋骨隆々のイ……オオカミ系獣人だったりすれば「へっ、今日のところは見逃しておいてやるぜ!」とか言われたのだろうが、カイにせよシオンにせよ、中身はともかく見た目はいいカモにしか見えないらしい。
「おい化け猫! ぐずぐずしてねえで、さっと出すもん出しやがれ!」 
「わかったにゃ……これを受け取るにゃ」
 ニキータがしずしずと懐に手を差し入れた。取り出されたのは、リボンで包装された可愛い小箱。
「なんでぇ、そんな小さな箱は」
「プレゼントにゃ!」
 ニキータが小箱をポロンに投げつけた。
 ぼむ! と箱が炸裂する。爆発音は盗賊の悲鳴を巻き込んで轟き、着弾地点からは白い煙がぶわっと巻き上がった。
「やった、ニキータ!」
 カイが片手をあげてガッツポーズをした。作戦成功。ニキータが商品にする気のない物騒なプレゼントは、かなりの威力を誇っている。
「商人だからってみくびらないでほしいにゃ。ここに来る前に仕込んでおいたにゃ」 一度はタコにされたニキータは、鼻から息を噴き出した。「あいつらカネの亡者にゃ。許せないのにゃ」
 カネの亡者であるのはニキータも同じで、綺麗な商売をしているとは言い難い。しかし弱い者を虐げたり暴力に訴えてカネを奪うやり方は、彼のポリシーに反する。ないところから搾り上げたところで、旨味もなければやりがいもない。あるところから取れるだけきっちり稼ぐのが彼のやり方だ。人一倍……どころか数十倍は強欲でこよなくカネを愛するニキータは、それ以上に商売を愛してやまない、根っからの商売人だった。
「アイツらただの下っ端にゃ。親玉はほかにいるにゃ」 
「せっ、先生ー! 出番だー! ノシちまって下せえ!」
 煙の中から息も絶え絶えに這い出したポロンたちが、こけつまろびつ、蜘蛛の子を散らすように逃げだした。入れ替わるように、頭上から巨大な昆虫が飛来する。
「カマキリ?」
「マンティスアントにゃ! オイラ、あいつはどうも苦手にゃ」
 盗賊たちの親玉は、その名の通りアリとカマキリを足して割ったような、二足歩行の巨大な昆虫だ。カマキリ部分の象徴である両手の鎌は鋭く人の背丈ほどもあり、斬りつけられたら当然ただでは済まない。
「身体がすごく硬いんだにゃ。オイラのグラブで叩いても効かないにゃ」
 ニキータの言う通り、マンティスアントの身体は硬い外骨格で覆われており、むやみに攻撃しても大したダメージは与えられそうにない。しかもリーチの短いグラブであの鎌をかいくぐって攻撃するのは、相当の技量と度胸がいる。
「だから、両手武器持ってるあたしらに声かけたわけか」
「そういうことにゃ。頼んだにゃ!」
 カイはカマキリをざっと観察する。
 この手の魔物で狙うなら、体節。もしくは複眼だ。
「ところで、シオン! キミさっきから、ナニ日陰で休んでんだよ!」
「暑いんだよ」
 マンティスアントが現れても、シオンは我関せずで木陰の岩に腰かけている。
 季節は夏。常夜の家から出たばかりの彼には堪えるものがある。
 もちろんカイは、シオンの事情など知らない。敵より味方(と呼べるか微妙だが)にイライラさせられながら、マンティスアントの足の節を狙い、槍を繰る。……が、これは両手の鎌でがっちり防がれる。
「無駄に小器用にゃ。ムシのくせに腹立つにゃ」
「ううん、自分の弱点がわかってるみたいだね」
 厄介な相手だ。
 多くの旅人を襲ってきただけあり、自分のどこが狙われるか熟知しているらしい。
「だったら、距離とって……!」
 前転から勢いをつけ、真正面から風の衝撃波をぶつける。疾風龍突。
「あんまり効いてない気がするー!」
 技が直撃したにもかかわらず、巨虫には何の痛痒も与えられていない。
 せっかくの必殺技なのに! カイは地団駄を踏んだ。気のせいか、マンティスアントがこちらを小馬鹿にしているように見える。

……そいつ、空飛ぶみたいだけど」

 戦場には似合わない、やけに平坦な声がきこえた。「風はあまり効かないと思う」
「シオン……
 カイがジト目で見ると、シオンが脱いだ帽子でのんきにパタパタ顔をあおいでいた。今、ボス戦なんだけど? 怒りでカイの力が少し上がった気がした。
「槍って風の技多くなかったっけ? 下手に撃っても無駄になるかも」
 羽根を持ち、空を自在に飛ぶ生き物の多くは風属性。この虫もまた風だ。
 そして、槍も比較的、風と相性が良いらしい。古の勇者が風の槍使いだった名残とも言われているが、詳細は不明である。
「今の技がダメって、じゃあ、なになら効く?」
「そこまで知らない。自分で考えろよ」
 あーもう、腹立つ! 魔法を使えないカイは、魔法や属性の知識には疎い。
「風には強い。風の逆……
 ほんの短時間、考えを巡らせる。
 精霊たちの反対属性。光と闇。火と水。それくらいならカイでも知っている。
「ニキータ、売り物の中にこういうのある?」
 ニキータに近づきこそっと耳打ちすると、彼は鼻をひくつかせてニヤッと笑った。
「だったら、どこのショップにもある定番商品があるにゃ」
 ニキータはカイの作戦を気に入ったらしい。
 彼が準備をする間、カイが時間稼ぎに動いた。マンティスアントは大きな身体に似合わず、動きが速い。巨大な鎌とこの素早い動きで、盗賊団は多くの旅人から金品を強奪してきた。
「お待たせしたにゃ、お客さん」
 ニキータが、できたてほやほやの箱を掲げる。
 それは、マンティスアントのために特別に用意されたプレゼント。
「ちなみにニキータ! お支払いは?」
「命削ってサービスにゃ!」
 振りかぶったニキータが、箱をマンティスアントに思いきり投げつけた。
 中身は、彼特製の火薬と、飛行生物の弱点――目いっぱいに詰め込まれた土のマナストーン。それはカマキリの腹に直撃し、ポロンの時とは比較にならない大きな爆発が起きる。
 硬い外骨格に細かなヒビが無数に入り、敵が弱ったところへ、
「ランサー!」
 カイのとどめの一撃が、巨虫の外殻を深々と貫いた。



 盗賊一味を成敗し、帰途につく頃には夕暮れ時を迎えていた。
 初夏の太陽が傾くにつれて、日中の暑さと戦いの熱気もまた失われて行き、街道には涼しい風が吹き始めた。路傍の草花がさわさわと揺れている。どこかで日暮れのセミが鳴いていた。
「なんだか損した気がするなあ……
 ニキータは去っていった。
 めいっぱいのガラクタと、カイの300ルクとを引き換えに……
 盗賊退治という目的は達したが、この徒労感は何だろう。
 疲労の元凶の一つは、赤い帽子をかぶりなおして、カイの後ろをてくてく歩いている。彼がもう少し協力的なら、ここまでくたびれはしなかった気がする。
 しかし悔しいかな、彼の発言で助けられたのも事実だった。礼を言うべきなのだが、カイは今のところ言えずにいる。とにかくここまでの少年の印象が悪すぎた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。助かったよ」
 カイがようやくその一言を口にできたのは、シオンと別れる間際になった。
 ドミナとマイホームの分かれ道で、カイがやっと礼を述べると、シオンが「え?」と聞きかえしてきた。
「風の話。あたし、敵と戦うときにそこまで考えてなくってさ」
 属性とか相性とか。カイのように魔法と縁のない者は、八精霊で意識するのは曜日くらいのものだ。シオンの一言がなければ、もっとてこずっていたか、下手したら今度はカイがタコにされていたかもしれない。

 ところが、アドバイスをくれたシオンの返事は意外なものだった。

「あんな大きいだけのカマキリ、そこまで考えなくても普通はもっと簡単にやれるんじゃないか?」
「え?」
 今後はカイが言う番だった。なんだか、微妙にバカにされた気がする。……いや、思いきりバカにされている。
「盗賊って言ったって、その辺の旅人だのをタコにするのがせいぜいの雑魚一味だろ。冒険者を自称するなら、あれくらいてこずってないでとっとと倒せよ」
 暗に、お前は雑魚ですね、と言われたも同然である。
 普通に腹立つ上に、剣も抜かないやつに言われたら。
 薄れかけていたカイの怒りと苛立ちが、腹の底からむくむく沸き上がってきた。
「最初から最後まで見ていただけのくせに、キミはどういう口の悪さだよ! そう思うんなら、自分で戦ってくれればよかったのに」
「なんで俺が」
「それさっきも言ったよね?」
「だって俺が受けた依頼じゃないし」
「それもさっき言ったよね?」
 カイの声が再び苛立ちを帯びはじめる。
 しかしカイの怒りなどどこ吹く風、シオンは無表情のまま平然とのたまった。
「お前が引き受けたんだから自分でやれよ。ところでお前、やたらもめ事に首突っ込む前に、その中途半端な槍の腕前をどうにかしたほうがいいと思う。何かというとトラブルばっかり引き起こしそうな顔してるし」
「な、なんだってー!」
 とうとうカイは大声を上げた。
 トラブル起こす顔ってどういう顔だ。しかもコイツ、無口かと思えば、憎まれ口だけはやたらめったら流暢だし!
「じゃあ、俺疲れたから帰る。もう呼ぶなよ」
 怒髪天のカイを無視し、分かれ道をドミナへ行く赤ずきん。
 夕日に消えていく背に向かい、カイは思いきり怒鳴るのだった。
「シオン、ふっざけんな、バッカヤロー!」



『ふたりのニキータ商い道中』 おわり