しちろ
2023-05-07 19:06:32
29845文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 1

聖剣LOM・宝石泥棒編。pixiv投稿作品。『まいごのプリンセス』と『波間に眠る追憶』です。女主人公と男主人公、両方います。pixivでは名前変換対応ですが、こちらは固定です。約30,000字。


波間に眠る追憶 番外編


おともだち


「おかわりお持ちしたノねん」
 カイが頼んだパンのおかわりを持って現れたのは、『やつ』だった。
「ザル魚君……。本当にウエイターに……
「ボク、無一文ナノねん」
 本当にホテルの従業員になったザル魚君。一応ウエイターらしく蝶ネクタイをつけている。ただ、お金が無くなったことには意外とショックを受けていないようにも見えた。
 それよりはるかに、彼が落ち込んでいたこと。
 昨日さんざんコケにされたこともあり、嫌味の一つも言ってやりたかったカイだが、ザル魚君の意気消沈した姿を見るやその気は失せた。

「ボクたち、お友達だったノ。……サフォーに謝りたいノねん」

 しょんぼりと肩を落とすザル魚君には、深い後悔の色がにじんでいた。
 それを見て、カイは初めて彼に同情した。
 ザル魚君の友達の形見。
 取り戻してあげられるといいんだけどな……





たった一人の捜査官


 ボイド警部が警察署に戻ると、三名の刑事がたむろしていた。
「警部、おかえりなさい。海のバカンスはいかがでしたか?」
「バカンスじゃないわい、仕事じゃ。というか、お前たち暇そうじゃな」
「いやいやそんな。相変わらず事件でてんてこまいですよ。つい最近もストーカー騒ぎがあったし。まあ警部ほどじゃないですがね」
 中堅刑事の一人がのんきにタバコをふかしながら言う。
 おそらく警察署一多忙な中年のネズミの警部は、休日はおろか有休も使い果たしてある犯罪者を追っている。
「仕事って警部、また珠魅殺しですか?」
 そう聞くのは最近配属されたばかりの新米だ。
 タバコ刑事は咥えタバコのまま手をパタパタと振った。
「ちゃうちゃう。ポルポタで大金持ちの持ってた石が盗まれたってよ。新聞にも載ったろ」
「じゃ、今回は普通に窃盗っすね。警部、お疲れ様っす」
 これまたゆるい雰囲気の刑事が気怠げにねぎらう。
 やる気のなさそうな後輩二人に、ボイド警部はふん!と鼻を鳴らし、肩を怒らせてのしのし歩いていった。その背を見送りながら、真面目な新米刑事だけが居心地悪そうに眉を下げる。

 予告状を見て青い瞳の人物を探したボイド警部を瑠璃は小馬鹿にしたが、実際のところそう的外れでもない。
 珠魅の核には核そのものないし身体的特徴を冠した二つ名が送られていることが多く、そして珠魅はたいてい核を隠し人目を避けて生活しているから、宝石名をヒントに珠魅を探すのは当たりである。『青い瞳』を青い瞳の珠魅だろうと考えた警部は、だからこれはこれで正解だった。サファイアの珠魅サフォーは青い核とともに美しい碧眼の持ち主でもあったのだから。
 一つ警部が間違っていたとすれば、彼がポルポタを訪れた時点でサフォーがすでにこの世を去っていたということだろう。

「まったく警部もよく『珠魅の事件』にそこまで肩入れできるよなぁ。警部と同世代のおっさんはとっくに現場離れて上にいるのも多いのに」
「出世には興味なさそうだもん、あの人。休みの日でも捜査してるっぽいし」
「サンドラって、大量に殺しをしているんですよね? 肩入れも何も必死に追うのは当然じゃないですか?」
「バッカ、被害者は珠魅限定なんだって。警察は人間の人間による人間のための組織なのよ。人間の事件で手一杯なの。そこんところわかれよ新人」
「こないだだって、あのいつもの女の子が盗賊退治したって言ってたろ。最近治安も悪化しているし、ああいうの多いからねぇ」
……はあ。そういう……もんですかね」
 納得のいかない様子の新米刑事。年若い彼は、警察官になって初めて宝石泥棒事件を知った。こんな重大事件が知られていないとはどういうことだと常々疑問を抱いている。
 先輩二人は顔を見合わせ肩をすくめた。
 宝石泥棒サンドラ。その昔は有名な怪盗だったというけれど。
 彼女専用の押収物ボックスには大量の予告状。これと同じ数サンドラが罪を重ねたという証でもあり、警察にとっては犯行を阻止できなかった不名誉の象徴でもあった。甚だ不本意ではあるが、サンドラは狙った獲物は決して逃さない極めて優秀な――警察からすれば極めて悪質な――犯罪者だった。
『青い瞳をいただきます』
 新たに加わった一枚に目を落とし、新米刑事は嘆息する。
 被害者が人間でないことをいいことに、警察は目をつぶっているだけなんじゃ。
「おい、ルーキー」
「は、はい」
 急に呼ばれて、慌てて顔を上げる。
「お前、余計なこと考えるなよ。出世できなくなんぞ」
……
 増えていくばかりの死の宣告状。
 珠魅の事件に人間は関わらない。それは正しいのかもしれない。
 けれど、異なる種族のためにあそこまで必死になるボイド警部の姿が間違っているとは彼にはとても思えないのだ。
 



青い瞳のサフォー


 一度だって、優しくしたことはなかった。
「見返りもないのによくやるよ」
「サフォー様は、誰かとお付き合いするのに見返りを求めるのですか?」
 半人前でとろくさくて弱っちい、姫上がりの騎士。
 アクア……マリーナは、サフォーが冷たく言うたび真顔でこう返した。生真面目な返事が気に食わなかった。真摯な言葉が、迷いのないまっすぐな目が嫌いだった。

 姫は癒し、騎士は守る。珠魅はそういう関係で成り立っている。本来は。
 姫でありながら癒しの力を持たず、都市が崩壊して姫長の地位すら失ったサフォーは何者でもなくなった。君と僕とでは身分が違う、輝石だ半輝石だと、今更何の意味があったのか。己の騎士を冷たくあしらいながら、その滑稽さに誰よりも気がついていたのは自分自身だ。
 
「サフォーはその人に甘えているノねん」
 ともに海を眺めながら、不思議な姿の友人が言う。
 人間の港町で、サフォーを助けてくれた命の恩人。
 己の騎士も含めて誰にも心を許さなかったサフォーだが、唯一、彼だけにはなんとなく気を許せた。それは彼が人でも珠魅でもなかったからかもしれないし、孤独な自分とどことなく似たものがあるように感じたからかもしれなかった。
「そうかもしれない。……いや、そうだったんだろうね」
 サフォーがぽつりとつぶやいた。
 今ならわかる。
 彼女に虚勢を張り、いらだちをぶつけていただけだと。
 奴隷のように扱われながら愚痴一つこぼさず、時には笑顔さえ見せて付いてきた彼女。最後には自分の命を捨ててサフォーを守り抜いた。
『ここは私に、お任せください』
 半人前のくせに。強くなんか、ないくせに。
 別れの瞬間さえ輝くように笑ってみせた、誇り高きアクアマリンの騎士。
 真の意味で彼女は強く、そして自分は弱かった。
 核を奪われ命尽きるとき、マリーナはサフォーに何を思ったのか。
「サフォーも、ボクも、お互い気づくのが遅すぎたノねん。……ボクもそうだったから、なんとなくわかるノ」
 年老いた漁師に思いっきり甘やかされて育った彼は、わがまま放題に育った。優しい漁師が、そんな自分でも受け入れてくれるのをいいことに。漁師が亡くなり一人になったとき、彼ははじめて後悔したのだという。
 謝ること。いたわること。優しい言葉をかけること。肩を並べ歩くこと。
 ……ともに、生きていくこと。
 ザル魚君と育ての親がそうだったように……彼女を永遠に失った今、サフォーにはどれもできなくなった。謝罪も感謝も、労りの言葉ひとつかけることさえ。
 だから、せめて失いたくないと思った。
 自分の核を奪われれば、サフォーを守るために命を落としたマリーナは。
 力なきサフォーには己を守る術がない。
 ならばせめて証を残そう。彼女が守ったものを同じ思いを抱く友に託して。

 彼のサファイアの名は『青い瞳』――波間に眠る追憶。
 海の名を持つ、彼女への想いを込めて。