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しちろ
2023-05-07 19:06:32
29845文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 1
聖剣LOM・宝石泥棒編。pixiv投稿作品。『まいごのプリンセス』と『波間に眠る追憶』です。女主人公と男主人公、両方います。pixivでは名前変換対応ですが、こちらは固定です。約30,000字。
1
2
3
4
5
まいごのプリンセス
カイが『ドミナの町にストーカーが出た』という話を聞いたのは、ある晴れた日のことだった。
太陽が力強く輝き、鮮やかな緑が命の息吹を感じさせる夏。じりじり焼ける肌にさわやかな風が心地よい。
雲一つない青空に黄金色のかやぶき屋根が映えている。
過去の大戦の時代、主要街道から少し外れていたことで戦火を免れた歴史があるドミナは、田舎の風景を多く見せながらも、旅人たちが足を休める宿としてまた多くの行商が集まる中継地としてそれなりに栄えている。
活気あるそんな町を、彼女はぶつぶつ独り言を言いながら歩いていた。
「ドゥエルにティーポ、草人くん
……
」
集めたストーカー遭遇情報を指折り数えてみる。タマネギ、魔法生物、草。まるで共通項がないところからすると、無差別に犯行に及んでいるのかあるいは。
「
……
だいぶマニアックな趣味のストーカーなのかな」
だとすれば上級者にも程がある。近づいてはならない類いのヤツかもしれない。
さわやかな風を浴びながら全くさわやかではないことを考えている、彼女の名前はカイ。
ドミナの町から少し離れた、大樹のある家に住んでいる。
蜂蜜色の長い髪を三つに束ね、頭には不思議な棒の髪飾り。大きな空色の瞳に、くるくると動く表情がかわいらしい。小柄な体型に反して冒険好きらしい動きやすい軽装に身を包み、手には長い穂に三日月型の刃を合わせた十字槍を携えていた。
『とにかく感じの悪いやつでさ。やたら目つきが鋭くて、砂のマントを羽織ってた』
玉ねぎ戦士のドゥエルから聞いた特徴は、シンプルながら分かりやすい。とくに、砂漠でもないのに砂のマントは珍しく、カイの脳内では手当たり次第に付きまとう怪しいストーカー像が形成されつつある。ドミナには先ほどのドゥエルや道具屋の一人娘レイチェルといった友人が住んでおり、多少なりとも腕に覚えのあるカイとしては不審者の存在は看過できないところだ。
町の商店街から宿を右手に、ドミナバザールに入る。ぐるりと見渡す限りは、それらしい人物は見当たらない。
「あら、カイちゃん。今日はお買い物?」
「こんにちは、ジェニファーさん! こんな人見なかった?」
朗らかに声をかけてきたのは、道具屋の女主人ジェニファー。レイチェルの母親だ。カイの質問には、見ていないとの返事が返ってくる。
「レイチェルは、今日は?」
「酒場へアルバイトに行ってるわ」
「バイト? 酒場で?」
カイが目をしばたたかせた。酒場と言えば商店街にあるアマンダ&パロット亭のことだろう。
小遣い稼ぎをしたいなら実家の道具屋があるし、わざわざ居酒屋でバイトなど控えめな性格のレイチェルが好んでやるようには思えない。
「明るくなってほしいとか言って旦那がやらせてるのよ。それだけじゃないわ、あれもこれもって娘にべたべたべたベた。何にも言わないけど、あの子嫌がってるんじゃないかしらねぇ」
「うわぁ
……
」
カイはレイチェルの父・マークを思い浮かべた。
快活で娘思いのいい人なのは間違いないのだが、はりきりすぎなのかいつもずれて空回りしている。けど思春期ってこうさぁ、放っておいてほしい時とかあるじゃん。
「あ、そうそう。話は変わるけど、最近引っ越してきたあの子。こないだお店来たけど愛想なくってねえ
……
悪い子じゃなさそうだし、カイちゃん仲良くしてあげなさいよ~」
「はいはい」
こういう、いらぬお節介とかさ。
ジェニファーと別れて奥の教会をのぞいたあと、一度商店街へ戻る。先ほどは北に折れた道を今度は西へ向かった。バザールでも教会でもないのならこちらの道しかない。
果たしてカイの予想は当たっており、町の西方に位置する女神の使いの噴水公園でついに見つけた。
いた、うわさのストーカー。
……
ただし、あまり会いたくないおまけつきで。
「げ、シオン
……
」
カイの顔が苦虫を噛み潰したようになる。
ジェニファーの言う『最近引っ越してきたあの子』だ。
金の癖毛に赤い帽子の少年で年の頃はカイと同じくらい、腰に無骨な意匠の大剣を帯びている。藍色の目を除けば全体的に色素が薄く、顔立ち自体は綺麗に整っているのだが、ジェニファーの発言通り愛想がなさ過ぎて台無しといった風情ではあった。
カイと彼とは一週間ほど前にドミナで知り合い、故あって一緒にリュオン街道へ盗賊退治に出かけたのだが
……
。
『あのさ! キミ、ちょっとは戦ってくれないかな!』
『手伝うとは言ってない。ニキータの依頼を受けたのはお前で俺じゃない』
『なんだよ、ここまで来たくせに!』
『お前が強引に連れてきたんだろ。無理やり首ひっぱりやがって』
『だってそんな御大層な剣持ってるじゃん! 被害出てるの聞いたでしょ? 戦えるなら盗賊退治協力しなよ!』
『嫌だよ。俺は慈善事業で武器持ってるわけじゃないんだ』
『むっか~!』
といった具合で
……
要するに初対面の印象もカイとの相性も最悪だった。
そんなとっても面倒くさい彼なのだが。
「何してんの?」
「絡まれている」
カイが聞くまでもなく、謎の砂マントに絶賛絡まれ中である。
それも容赦なく肩口のスカーフを掴まれてギリギリと上に締め上げられていた。ストーカーの時点でアウトだが
……
もうこれ完全にダメなやつだ。警察沙汰。教会のところにいたボイド警部に突き出した方がいいだろうか。
「おい、何をじろじろ見ている。アンタには関係ないだろう」
締め上げている方
――
砂マントが、カイに向けて怒気を発した。その意外なほど若い声に軽い驚きを覚えつつ、その顔はフードに覆われカイの位置からで見えない。
どんな顔をしているのか興味がわいた。
「ほほう、これが噂のストーカー
……
」
カイは顎に手を当てると、身をかがめてフードの中をのぞき込む。なんとこれは。
「
……
思ってたのと全然違う!」
「何がだ!」
ストーカーが声を張り上げる。
カイを険しい目つきで見下ろしている砂マント。噂のストーカーは想像とは真逆の、鋭い眼差しが印象的な美青年だった。
この辺りでは珍しい褐色の肌に切れ長の目。大きな羽飾りでフードを押さえ、深緑の前髪は片目にかかっている。右腕と胸元に何やら青く硬質な物が見えたが、カイがはっきり視認するより早く、青年はマントで身体を隠した。
(これでストーカーとは勿体ない
……
)
妙な感想を抱くカイをよそに、青年がシオンを強く揺さぶる。
「こちらは急いでいる、いいからさっさと答えろ!」
「だから、俺はお前の事情もわからないし何も答えられることはない。情報を探すなら他を当たってくれないか」
強引につり上げられてつま先立ちの少年の顔には、ありありと『迷惑です』と書いてある。セリフを除けばカツアゲかなんかにしか見えない。
収穫なしと見るや、青年は乱暴にシオンを突き放した。
「チッ、時間を無駄にした!」
「あ、ちょっと!」
カイの呼び止めは無視し、マントを翻すと苛立った様子で立ち去ってしまう。
「なんなんだい、あいつ」
腰を手に当て、カイが憮然と言い放つ。
「お前、見てないで助けろよ」
解放されたシオンのほうはというと、ぶつくさ言いながら服を整えて、足元に落ちていた本を拾い上げた。絡まれた拍子に落としたらしい。
……
いや、まあ助ける気がなかったわけではないのだが、砂マントが尋常でなく美男子だったのであっけにとられた、とか言いづらい。
「どうしたの?」
「いきなり絡まれた。何か知っているのかって」
「何かってナニ?」
「さあ」
埒があかない。
青年を放置しては更なる被害を生むと考え、とりあえず追いかけることにする。商店街の方向だ。
砂マントはすぐに見つかった。
酒場
――
アマンダ&パロット亭から先ほど同様の怒鳴り声が聞こえてきたからだ。
『レイチェルは、今日は?』
『酒場へアルバイトに行ってるわ』
そう、今は、レイチェルがバイトをしている。
カイの頭にかっと血が上った。
「こんのストーカー! ついにレイチェルに毒牙を!」
槍を強く握りしめ、アマンダ&パロット亭に飛び込む。両開きのドアが乱暴に開け放たれて二枚の戸が前後にバタバタ揺れ、カウベルがちぎれそうな勢いでけたたましく鳴った。
店の中ではレイチェルがおびえ切った表情で小刻みに震えていた。案の定、青年に追い込まれており
――
さすがに手はかけられていなかったが
――
ひどく脅されているのは明白だ。
「無差別と見せかけて真のターゲットはやはり美少女! 女の敵、いざ成敗ーっ!」
「なんなんだ、オマエはさっきから!」
店に飛び込みざま、跳躍からのカイの一撃を、青年が瞬時に抜刀した曲刀で受け止める。強い力で後方に弾かれてカイは毒づいた。なんだい、ストーカーのくせに生意気な!
着地したカイに青年が振りかぶったところで、しかし続く一撃はなかった。
ばっこん! 店中に景気のいい音が響く。
いつの間にか背後に回り込んでいたシオンが、彼の頭を思いっきり本で叩いたのだ。分厚い革表紙の本は見た目以上に威力があったらしく、青年は呻きながら後頭部を押さえた。
「何するんだ!」
「それはこちらの台詞だ。なぜ俺に絡んできたか聞いてなかったんだけど」
表紙が少しへこんだ本を手に、シオンが半眼で言う。
暴挙
――
シオンからすれば、先に手を出してきたのは青年だが
――
と裏腹の淡々とした態度は一応、青年の頭を冷やす効果はあったらしい。
「なぜ、だと
……
?」
青年がつまった隙に、カイがレイチェルをかばうように割って入った。「大丈夫?」と問うとレイチェルは小さくうなずいたが、その表情には恐怖の色が浮かんでいる。
「あのさあ、か弱い女の子相手になんてことするんだよ」
カイがじろりとにらむと、青年は居心地悪そうに目をそらした。目を合わさぬまま剣を納める。
やたら肝の据わったドゥエルや盗賊に動じないシオンはまだしも、か弱い少女が帯剣した男に詰め寄られては、さぞ恐ろしかっただろう。
なおもにらむと、彼はすまなかったと小声で謝った。
その様は人々を片っ端から問い詰めていた彼とまるで異なり、やけに小さく不安げに見えた。
それが妙に、気になった。
「
……
なにか、訳あり?」
カイが低く尋ねると、青年は言いづらそうに答える。
「
……
仲間を探してる」
意外な答えだった。
「仲間?」
「白いドレスを着た女の子だ。二つに編んだ髪を垂らしている。妹みたいなもの、なんだが
……
」
なぜそれがストーカー行為につながるよ。
人探しで焦るあまり、人々を脅すような形になっていたということだろうか。しかし青年の様子はごく真剣で、うそを言っているようには見えない。
「そんな女の子が、一人で?」
「
……
ああ」
重ねて問うと、青年は神妙な面持ちで肯定した。
……
これは、呆れた。
「あのね、だったらストーカーやってる場合じゃないでしょ!」
「ス、ストーカー
……
?」
カイの一喝に、青年が目を白黒させる。全く自覚がなかったらしい。
「この辺はモンスターも増えてきてるし、女の子一人じゃ危ないよ! えーと」
「瑠璃だ」
「瑠璃! 言いたいことはいろいろあるけど! そういうことで困ってるなら手伝うよ」
これ以上町で被害増やされても迷惑だし。とは、さすがに口には出さなかったが。
少々思い込みが激しく直情的なきらいはあるものの、基本的にお節介で困っている人を放っておけない性質においては、カイはドミナの住民以上だった。
「いや、それは
……
オレたちに関わると
……
」
瑠璃と名乗った青年はやけに戸惑った様子で言いさし
……
しかし、殊勝な態度で頭を下げた。
「すまない
……
助かる」
頭が冷えてみれば、意外と素直なところがあるようだ。
カイは少し
……
ほんの少しだけ、瑠璃に好感を抱いた。
「よろしくね、瑠璃。あたしはカイ。こっちの仏頂面はシオン」
「あの
……
」
成り行きを見守っていたレイチェルが、おずおずと会話に割って入ってきた。
彼女に、一斉に視線が集まる。
「これを
……
」
レイチェルがそっと差し出したのは、翠色のたまご。少女の華奢な掌に包まれて柔らかに透き通り、とろりととろける色合いが美しい。自ら何かを語りかけてくるような、不思議な石。その土地の記憶を秘めるそういった道具が『アーティファクト』と呼ばれるものであることを、カイは草人から聞いていた。
「これは
……
」
遠慮がちに受け取った瑠璃が、たまごをまじまじと見つめた。つるりとした表面に、瑠璃の端正な顔が映り込む。
「
……
真珠姫の香りがする!」
たまごを手に決然たる面持ちの瑠璃をしり目に、カイはやや腰が引けた。
本物のストーカーじゃ
……
ないよね?
■■■
アーティファクト『ヒスイの卵』の指し示した地は、大地にぽっかりと穴をあけた洞窟だった。
メキブの洞窟。
ドミナ近郊に位置するが、町に近いわりには魔物が多く生息しており、立ち入る者は滅多にいない。
地下水脈に浸食された鍾乳洞で、低い天井から無数の鍾乳石が垂れ下がり、地面からはこれまた大小の石柱が乱立している。カイ達が中に足を踏み入れるとたちまち、湿気を含むひんやりした空気が肺の中に押し入ってきた。
「煌めきを感じる
……
! 真珠姫
……
!」
瑠璃の胸元がきらりと光る。
先ほどはマントで覆っていた身体を今、瑠璃は隠してはいない。
彼の胸元
――
ちょうど心臓に当たる位置にあったのはそれは見事なラピスラズリで、見たまま通りならばそれは身体の一部となっているようだった。
それは何?
そう聞いてみたかったが、この場では空気を読んでやめておく。今は瑠璃の探し人を見つけるのが先だろう。
冒険慣れしているカイは松明を持参していたが、明りは必要なかった。
ぬらぬらと濡れた岩肌はそれ自体が発光する物質を含んでいるらしく鈍い翡翠色に光り、天井の割れ目から差し込む外光もあって内部はそれなりの明度を保っていた。ときおり、水滴の落ちる音が響く。
内部は噂通り、魔物の巣窟であった。
今も無謀な侵入者に食らいつこうと、そこここで獣たちが息をひそめている。
カイたち三人は襲い来る魔物を倒しながら、瑠璃の『煌めき』とやらを頼りに、足早に奥へ奥へと進んでいく。
一体、また一体。
瑠璃の剣は研ぎ澄まされたように鋭く、そして速かった。
舞うように曲刀を繰り出し、次々と魔物を屠っていく。明らかに戦い慣れており、場数を踏んでいる動きだ。
(やるなぁ、瑠璃)
内心感嘆しながら、カイは槍をうならせる。襲い来るバットムの群れを薙ぎ払い、返す柄でさらにもう一体を叩き落とすと、あまり動きのない後方に怒鳴った。
「シオン、今日は戦ってよね!」
「護身程度には」
彼に狙いを定めた一体がたちまち両羽を落とされ、ぼたりと地に落ちる。正直もう少し頑張ってほしいところだが、腕前を見るに心配はなさそうだ。
「ねえ、瑠璃。女の子がこんなところにどうして迷い込んじゃったの?」
カイは小走りになりながら、瑠璃を追いかける。先を急ぎがちな瑠璃の足は速く、ともすれば置いて行かれそうになる。
「あいつは目を離すとすぐわけのわからん場所に行っちまう。だから急いでいる!」
「わけわからんって、わけわからんにもほどがない?」
自然にできた坂や階段をすでにいくつも下り、洞窟の地下深くまで来ている。腕の立つ冒険者でも、よほどの事情がない限りこんな場所まで踏み込まないだろう。
瑠璃が深々とため息をついた。
「それがあいつなんだ
……
」
ドミナでの所業は腹が立ったが、瑠璃は瑠璃で苦労しているようだ。
「待て」
先導する瑠璃が不意に立ち止まった。
後続を制止すると同時に岩陰に身を隠し、声を潜める。
「誰かいる」
同じように身を隠したカイは、瑠璃の背からそっと覗いてみた。
美しい女だった。
赤褐色の髪を結い上げ、赤いハイビスカスで耳元を飾る。太ももまで大胆なスリットの入ったドレスに身を包み、高いヒールのブーツをはいていた。
正体はわからない。ひとつ確実に言えるのは、魔物の巣窟でこの女は明らかに場違いだということ。
あの人じゃないよね? と目だけで問いかけると、瑠璃は首を横に振った。
そこへ
――
。
「遅かったじゃないか」
よく通る女声がこちらへ飛んできた。少し冷たさを感じさせる声が洞窟に反響し、周囲に尾を引く。
バレているのは明らかなので、瑠璃を先頭にカイたちは素直に出ていく。
近づいてみると、より女の美しさは際立っていた。すらりとした肢体、白い肌。紅を引いた唇がやけになまめかしい。
「真珠姫はこの先だ。早く行ってやれ」
「何者だ? なぜ真珠を知っている?」
瑠璃が警戒もあらわに問いかける。いつでも剣を抜けるよう、身を固くしながら。
女は答えず、カイをちらりと見た。
「それと君、あまりコイツらに関わらないほうがいい」
「?」
「君が石にならないといいけど」
瑠璃の目がこれでもかと見開かれる。
だが、意味を問う暇はなかった。洞窟のさらに奥から甲高い悲鳴が響いたのだ。
「真珠!」
血相を変えた瑠璃が疾風のように駆け出す。
それを追いかけ
……
カイが横目で女を振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
洞窟の最深部は、これまでとは打って変わって巨大な空洞になっていた。
道中、頭上に押し迫るようだった天井ははるかに高く、巨大な建物がすっぽり収まりそうだ。
そこに待ち受けていたのは。
「でか!」
毒々しい紫の毛皮に獰猛そのものの顔つき。何やら巨大な生物の頭部を用いた斧を手にし、こちらをぎろりとねめつけている。どう見ても友好的雰囲気ではない。
ドゥ・インク。メキブの洞窟最奥に潜む、凶暴な大猿である。
「
……
真珠!」
真っ先に瑠璃が、続けてカイが周囲に視線を走らせた。悲鳴の主らしい姿は見当たらない。
「瑠璃、今の悲鳴は!?」
「核に反応はある
……
おそらく無事だ。まずはコイツを片付ける!」
瑠璃は軽く胸元の石に手を当てると、地を蹴り曲刀を抜き放った。カイが続く。
振り下ろされる斧をかいくぐり、流れるような動きで瑠璃が、続けてカイが槍を繰り出すが、いずれも脂を含んだ厚い毛皮と脂肪に阻まれ大きな傷をつけることはできない。
「あーもう! でかすぎて刃が通らないじゃん!」
「そりゃ、そんな槍でちくちく突っついたって無理だろ」
「そんなとは失礼な! あたしの自慢の槍を!」
「こんな時に喧嘩をするな! なんなんだアンタらは!」
強敵を前に、いまいち緊張感のないカイとシオンを瑠璃が怒鳴りつける。
この三人、残念なことに協力して戦うという発想がそもそもない。雑魚相手ならばそれでよかったが、大物となるとそうもいかない。
巨猿の雄叫びがびりびりと空気を震わせる。洞窟全体が揺れるような衝撃。辺りの空気が急速に凍り付いた。水滴がたちまち凍り、吐く息が白くなる。
「上!」
「うわ!」
注意を引く声が鋭く飛び、カイ達は一斉にその場を飛びのいた。
たった今彼らのいた場所に、無数の巨大なつららが槍の雨のように降り注ぐ。
「あ、あぶな」
すんでのところでかわしたカイだったが。
「カイ、避けろ!」
「え」
息つく間もなく、巨大な斧が目の前に迫っていた。
やばい。
とっさに防御の体勢をとろうとするが、間に合わない。もうだめかもと思いかけた、その時。
ドゥ・インクの顔目がけ、銀閃が矢のように飛んだ。
巨猿はごとりと斧を取り落とし、片目を抑えのけぞる。先ほどのつららとは違う、明らかに苦痛を伴う咆哮が大空洞に轟く。
命拾いしたカイがすかさず距離をとった。
「あ、ありがとう」
ドゥ・インクの片目を潰したのは、小さな短剣。
シオンが投げたのだ。どこに仕込んでいたのか、彼の手には複数の短剣が並んでいた。
「狙われてるぞ、お前。
……
あと」
片目から血を流しながら、猿は残った目でギロリとこちらをにらむ。叩きつけられる、より明確な殺意。
「かえって怒らせたっぽい」
「バカ~っ!」
カイとシオンは一目散に逃げ出した。
逃げる二人の後ろから、怒りまかせの炎のブレスが追いかけてくる。つららが音を立ててたちまち溶けた。じゅうじゅうとむせかえるような水蒸気が立ち上る中、怒り狂ったドゥ・インクが執拗に迫る。捕まったら最後、たぶんおいしくいただかれる。
「ねえ、あたしら情けなくない!?」
「たぶん誰が見ても情けない。よほど腹立ったんだな、あいつ」
「そりゃそーでしょーよ! 目ぇ返してあげなよ!」
「なんだよ、助けてやったのに」
「それでピンチになってたら世話ないんですけど!」
ドゥ・インクの息遣いが背中に聞こえる。カイに、シオンに、悪意の腕が伸びた。
まさに、つかまりそうになった瞬間。カイとシオンがぴたりと止まる。
くるりと反転、それぞれに槍と大剣を横に構えた。
「せーのっ!」
腰を落として両の足を踏ん張り、一斉に大猿の両脛を強かに打ち据える。
炎で溶けた大量のつらら。水の撒かれた鍾乳洞はよく滑る。
ドゥ・インクは与えられた二つの衝撃に耐えきれず、足を取られて前のめりに転んだ。
この時初めて、ドゥ・インクは気がついた。
マントの男がいない。
だが、すでに時遅し。場に誘い込んだカイとシオンは各々左右に飛び退き、『主役』に道を譲る。
たちまち二人の間から躍り出た瑠璃が、岩を次々と蹴りあげ高々と跳躍した。体勢を崩した猿は避けることができない。
振りかぶった曲刀が青白い光を帯び、それはたちまち何倍にも膨れ上がった。
「レーザーブレード!」
それがドゥ・インクが見た最期の光景となった。
瑠璃の放つ巨大な光の刃は、重力を交えた強烈な一撃となって、巨猿の脳天に振り下ろされた。
「おみごと!」
カイが跳びはね、手を叩いた。続けて瑠璃に向かって両手を上げたが、瑠璃には構うどころではない。
「真珠姫! どこにいる!」
そうだ、はしゃいでる場合じゃないや。瑠璃の連れを探しに来たんだった。
瑠璃が再び虚空に向けって呼びかけると、彼の胸元がちかっと光った。岩陰の一角でそろりと影が動く。
「瑠璃くん
……
」
淡雪のように儚い、可憐な声だった。
遠慮がちに現れたのは、ため息が漏れるほどたおやかな、ひどく愛らしい少女。
白いドレス姿に亜麻色の髪を二つにおろし、大きく開いた胸元には美しい白の石を抱いている。彼女が瑠璃の探し人
――
真珠姫か。そういえば、ここまで瑠璃は独り言で話していただけで、カイには彼女の名前も紹介してくれていない。
「核は傷ついていないか?」
「ええ
……
」
瑠璃の問いかけに、真珠姫が首を縦に振る。
カイはわからないなりに、『核』とはあのちかちか光る石かな、となんとなく思う。
「一人でうろつくなとあれほど言ったじゃないか。どうしてこんなところに?」
「考え事をしていたの
……
いろいろ
……
」
「今は考えなくていい
……
大人しくオレに守られていればいい
……
」
でも
……
と真珠姫が言いかけると、瑠璃が声を荒らげた。
「いい加減にしろ!」
途端に、真珠姫がごめんなさい、ごめんなさいと謝り始める。
「そんな言い方はないんじゃないの、瑠璃ぃ」
見かねたカイが口をはさんだ。いろいろえらい目にはあったが、活動的な彼女からすると瑠璃の言い草はちょっとイラっとする。何も考えるななんて、なにもするなと言っているようなものだ。
「アンタは黙っててくれないか」
瑠璃にぴしゃりと言われて、カイが頬を膨らませた。
せっかく助けてやったのに
……
とはまでは思わないが、もう少し信用してくれてもいいように思う。
「この人たちは
……
?」
「オマエを探すのを手伝ってくれた。ひたすら足を引っ張られただけのような気もするが
……
まあ、変わったやつらさ」
「そ、そうなんだ
……
」
ありがとう、と赤面する真珠姫を見て、思わずこちらも顔が赤くなる。かわいい。
「どういたしまして、真珠ちゃん」
「はい、おねえさま」
にっこり微笑む真珠姫だが、見た感じカイとそう変わらないような気がする。
「そろそろ行くぞ。じゃあな」
瑠璃、このはくじょーもん。
真珠姫を連れ、さっさと行きかけた瑠璃だったが。
カイの次の一言で立ち止まらざるを得なかった。
「瑠璃ぃ。帰り道、どうすんの?」
「あ」
ちょっとした事件といえばそうとも言える、まいごのお姫様探し。
これがこれから長い付き合いになる、カイと珠魅との出会いだった。
『まいごのプリンセス』 おわり
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