しちろ
2023-05-07 19:06:32
29845文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 1

聖剣LOM・宝石泥棒編。pixiv投稿作品。『まいごのプリンセス』と『波間に眠る追憶』です。女主人公と男主人公、両方います。pixivでは名前変換対応ですが、こちらは固定です。約30,000字。


 波間に眠る記憶を映す珠魅の核、『青い瞳』
 サファイアの主は名をサフォーと言ったらしい。

 珠魅には二種類存在する。すなわち、戦う役割の騎士と癒す役割の姫。異なる役割を持つ二者がパートナーとなり行動を共にする。
 例えば、瑠璃と真珠姫もそうだ。戦う力を持つ瑠璃は騎士、持たない真珠は姫。
 サフォーは姫であったらしく、戦う力を持たなかった。
 自分を守る者はもういない、自分を守って死んでしまったのだと彼は生前語ったそうだ。そして、『彼女をもっと大事にすればよかった』とも。

『彼女が守ってくれた命だ。盗られてしまうくらいなら……君に持っていてほしい』

 騎士のいない姫など、珠魅狩りに狙われれば殺されるしかなかった。
 予告状を受け取った彼は、宝石泥棒に盗られるくらいならと、自らの核を外して友人に託したのだと言う。
 友人とは、すなわちザル魚君。
 彼からサフォーの話を聞いたとき、カイは率直にしっくりこないと思った。あの高慢ちきな態度と純粋な友情物語がつながらなかったのだ。
 しかし『青い瞳』を奪われたザル魚君のショックは本物で、そこにはカイの知りようのない何かがあったのだろうとは思う。サフォーはきっと、己の核とともに自分自身と自分の騎士――二人分の想いを信じられる人のもとに遺したかったのだろう。
 けれど、彼の想いは破られてしまった。宝石泥棒の手によって。
 偽物のボイド警部の雰囲気や言動。
 違和感はあったのに気づくことができなかった。
 ポルポタではいろんな話を聞いたが、『サンドラの獲物は珠魅の核』『宝石泥棒は変装を得意としている』――よりによってその情報がなかったのが悔やまれる。
「珠魅殺しを『宝石泥棒』なんて呼ぶから紛らわしいんだ」
 シオンが冷ややかに言っていたが、それは一理あるかもしれない。
 そして、珠魅の核が狙われているのであれば……瑠璃と真珠姫にとっては全く他人事ではない。
 
「あ、瑠璃。明日の予定なんだけどさ」
……あ、ああ」
 ホテルの廊下ですれ違った瑠璃。
 カイが呼び止めても立ち止まりもせず、通り過ぎて行ってしまった。
 カイを気にするそぶりを見せつつ、結局はそのまま割り当てられた部屋に入って行ってしまう。なんだかよそよそしい。

 カイは気になっていた。
 おそらく、サフォーの話を聞いてからだ。
 瑠璃の態度が、何とはなしにおかしいのは。



 ■■■



 瑠璃は揺れていた。
 核がひどくざわめく。
 自分たちは宝石泥棒に欺かれ、『青い瞳』は盗まれた。 
 結果は最悪だったが経緯はどうあれ『幽霊事件』を解決したことには変わりはなく、支配人からはたいそう感謝された。謝礼に加えてホテルの部屋を提供してくれたが、瑠璃はとてもくつろぐ気にはなれない。珠魅の核を奪った宝石泥棒は当然許せなかったし、ザル魚君の態度も気に食わなかった。
 しかし何よりも彼の心を乱したのは、ザル魚君が語ったサフォーの話だった。
 傷ついた孤独な珠魅と、それを助けた一人ぼっちの生き物。
 さみしい者同士が交流を重ね、種族の垣根を越えて仲良くなった。
 優しく心温まる物語だ。

 そこまでは。
 
 ――他種族なんか信じるからだ。

 瑠璃は胸の内で毒づく。
 本物のボイド警部が到着した時、ザル魚君は言ったのだ。
 遺産なんか、もうないと。
 『青い瞳』が彼の遺産であったことは疑いようがなく、どういう形でかは知らないが金儲けのために利用していたということなのだろう。もちろん瑠璃は、サフォー自身がどう思っていたかまでは知らない。ただザル魚君の享楽っぷりを見る限り、託された側によこしまな思いが少しもなかったとは到底思えなかった。
 
 珠魅以外の種族は、いつもこうだった。
 
 人間は珠魅を生き物としては見ていない。
 悪意ある者たちのは多くは欲望をむき出しに襲ってきたが、時に巧妙に隠して瑠璃たちに近づいてきた。そして、かならず裏切った。人間が興味を抱くのはいつでも自分たちの『核』であり、『瑠璃』や『真珠姫』ではなかった。
 ドミナで出会った変わり者の二人。……いいやつだと思う。
 彼らの手助けは正直ありがたかったしそれなりに感謝もしているが、かといって瑠璃は簡単に他者を信用できるほどお人よしでも単純でもなかった。真珠姫と二人きりなら避けていただろうポルポタに来たのだって、人間が一緒ならという打算がなかったとは言えない。
 いいやつなのだ。ただ、あの二人は人間だった。
 アイツらは違うだろう、そう思いたくなる思考を、これまでの経験が邪魔をする。そして、それはたぶん珠魅の騎士としては正解なのだ。生まれてこの方、常に危険にさらされて生きてきた彼は、仲間求める気持ちとともに他種族へ対する危機意識が非常に強かった。
 昨日の一件で、宝石泥棒は自分たちの存在に気付いたかもしれない。隠してはいたが核が煌めいた。
 自分には守るべき存在があり、なにに変えても彼女を守らなくてはいけない。
 彼と同じになるわけにはいかない。

 ――だから。

 月が綺麗な夜だった。
 海から吹き抜ける港町の夜風は、潮を孕んで少し冷たい。
「真珠? どうした」
……ううん、なんでもないの」
 真珠姫がそっと首を振る。
 彼女は、瑠璃の選択に反対はしなかった。「……うん」とただ、それだけ。
 海を背景に黒々と浮かぶホテルを振り返る。
 外から見ると、客室の明りはあらかた消えていてホテル全体が静まり返っていた。あたりを満たす静寂に、潮騒だけがやけに大きく響いている。とっくに夜は更けている。あの二人もそれぞれの部屋で休んでいるだろう。
 そういえばカイは、珠魅の核が宝石として扱われていること自体に衝撃を受けていたようだった。珠魅である瑠璃からすればカイの驚きようのほうが理解できないが、珠魅のことを知らないのならばそんなものなのかも知れない。
 ポルポタは海の上に浮かぶ街。
 空には数多の星が瞬き、水面にゆらゆらと月が揺れている。
 昼間とは全く別の顔を見せる港町を、真珠姫を連れ無言で歩く瑠璃は、しかし街の出口の当たりで足を止めた。
 月明かりに浮かぶ人影。
 彼は瑠璃たちを待つように静かに佇んでいた。
「アンタ……
 シオンだった。 
 いつからそこにいたのか。見慣れた帽子をかぶっておらず、武装を解いた彼は夜の闇も相まって別人のように見えた。
 なんとなく真珠姫を背にかばいながら、瑠璃は少し警戒した顔になる。瑠璃と真珠姫の、こんな時刻にはそぐわない整えられた装備、旅の支度。どういうつもりかは、聞かなくてもわかるだろう。
「引き留める気か?」
……別に」
 瑠璃の堅い声音に、淡々とした声が答える。
 バカが付くほど正直なカイと違って口数も表情も少ないシオンは、何を考えているのか瑠璃には掴みかねる。
「いいのか? って、ただそれだけ」
 なにが、とは聞けなかった。
 責めるわけではない、理由を聞くわけでもない。
 シオンの単純な問いかけは、だからこそ余計に胸の内を見透かされているようで、瑠璃は言葉に詰まった。
「真珠姫」
 瑠璃の背で、真珠姫がピクリと動いたのが分かった。
「君も、言いたいことがあるのなら言わないと伝わらない」
 この時真珠姫がどんな顔をしたか、瑠璃にはわからない。
 ただひどくいたたまれなくて、シオンにこれ以上何も言われたくなくて、瑠璃は何かを振り切るように彼の横を足早に通りすぎた。
 すれ違いざま、真珠姫が瑠璃の服のすそをぎゅっと握った。
 少年は何も言わない。 
 闇の中へ消えゆく珠魅たちの背中を、ただ見送っていた。



 ■■■



 事件の翌朝。
 朝の静けさを割り、ほとんど客のいないホテルにバタバタと騒々しい足音が響き渡った。
 それは一直線にロビー横のラウンジに向かい、弾丸のように飛び込んでくる。
「シオン、大変! 大変だよ!」
 ラウンジの外にまで響く大声に、窓際のシオンがやかましいと顔をしかめる。
 そんなことはお構いなしで、弾丸もとい真っ赤な顔のカイが言った。
「瑠璃と真珠ちゃんが部屋にいなくって」
 朝食の時間になってもいつまで経っても出てこないからと呼びに行ったのだ。
 しかし、瑠璃と真珠姫が宿泊しているはずの部屋はもぬけの殻だった。最初は朝の空気でも吸いに行っているのかと思ったカイだが、ベッドが使われた様子がないうえに瑠璃のマントから荷物から綺麗になくなっており、ちょっと散歩に出ているとかいう風ではなかった。
 何も聞いていないし、昨日宝石泥棒が出たばかりなのに。
 慌て顔のカイにシオンが平然と言い放った。
「出て行った」
「は?」
「昨日の夜、外で会った」
 カイの大きな目が点になった。
 シオンはまるで今日の天気の話でもしたかのように、いたって平静な様子で湯呑片手に新聞を読んでいる。
 意味を図りかねたカイは何度か心で反芻した。彼の言葉を理解するにつれ、わなわなと体が震えそうになる。つまりコイツ、瑠璃と真珠姫が出ていくところに出くわしてそのままさよならしたと。
「会ったなら、なんで止めてくれなかったのさ!」
「なんで止める必要があるんだ」
「はあ!?」
「瑠璃たちが自分たちで出ていった。自分でそう決めたのなら、俺がなに言ったところで仕方がない」
「そんならそれで、言ってよ、あたしに!」
「言うと騒ぐだろ」
 今みたいに。
 抑揚のない口ぶりでわかった風な口を利くものだから、余計にイラついた。シオンはどうだか知らないが、カイは碌な話もしないうちからそんな簡単に割り切れない。
 さらに大声で言い返そうとして、「……はあ」
 溜息を吐き、思いとどまる。いなくなってしまったものは帰ってこないのだ。文句を言ったところで今更どうしようもない。
……えらいよね、キミは」
 自分で思うより嫌味っぽい言い方になってしまい、カイは口をまげて気まずそうに頬をかいた。別に喧嘩をしたいわけではないのだ。幸い、シオンは聞き流してくれたようで何も言わなかった。
 彼の向かいの椅子を引くと腰を下ろす。窓際の席は潮風が心地よい。
 少年とは向かい合わせの席だが彼にまっすぐ向いているのは何とも癪で、頬杖をついて海を眺めた。別に向こうは向こうで新聞読んでるしコッチなんか見てないけど。唇とがらせて空を見やれば、今日も昨日と同様の澄み渡った青だった。
 間もなく、ウエイターが朝食を運んできた。
 地元でとれた新鮮野菜のサラダにこんがり焼けたベーコン、ふわふわの綺麗なオムレツ。海の幸をたっぷり詰め込んだ具だくさんのスープ。こんな時でなければ胸がときめいただろう。
「おいくつ?」
「全部」
 かご盛りのパンを山ほどもらい、カイは片っ端からかじりついた。シオンは先に済ませてしまったのか、何も食べないので余計に気まずい。
 無言になると、潮騒の音がやたら大きく聞こえた。
 ほかに客はいなかったが、幽霊騒動が収まった今、近いうちにホテルの客足も戻るだろう。
 逃げてしまった従業員については、財産を失い一文無しになったザル魚君を新たにここのスタッフとして使う予定だと支配人が言っていた。気の毒な気もするが、カイはあまり同情する気にはなれない。
……理由は? 聞いたの?」
 下を向いてパンをちぎりながら、カイが言った。目は、合わせづらい。
「聞いてない。でも、察しはつく」
 こちらも、新聞に視線を落としたまま顔も上げない。 
「昨日の『青い瞳』」
 シオンが自分の胸元を指さす。
「珠魅の核、だったろう」
 『珠魅の核!』 
 昨日の、瑠璃と真珠姫の悲鳴のような叫びがまだ耳に残っている。
「珠魅は希少な種族だが、その数を減らした主な原因の一つは人間による珠魅狩りだ。珠魅の核は込められた魔力や美しさ目当てに狙われ、奪われ続けてきた。お前も俺も人間だ。昨日の一件で、今は仲良くしていたっていつ気が変わるかもしれない、手のひら返してもおかしくないって、そう思い出したんだろうさ」
 要するに、信用されていないとシオンは言いたいのだ。
 ひねくれた見方だとカイは思ったが、否定はできなかった。珠魅の二人――はっきり言えば瑠璃から一線を引かれているのはカイでも感じていたからだ。
「『青い瞳』かぁ……
 この世のものとは思えない、美しい宝石だった。いや……あれは宝石ではなく珠魅の命そのものだ。たとえ生きる力は失われても、彼の想いや力が残されたもの。
「サフォーって人、そんな大事な物をザル魚君になんで託したんだろう。友人だって言ってたけど、結局は財産扱いされてさ……」 
 カイの愚痴めいた独り言に、意外にも返事が返ってきた。
「友人だったのは本当じゃないかな」
 嫌味な彼が言うにしては意外な内容で、そっぽを向いていたカイはつい正面を見てしまう。
「たぶん彼は友人の珠魅を大事に思っていた。託された『青い瞳』も、亡き友人の形見として大切に守っていくつもりだった」
「守ってないじゃん」
 昨日の今日で、ザル魚君のあの有様を忘れられるわけがない。他人を見下し色ボケして、威張りくさっていたじゃないか。
「サフォーから託されたとき『青い瞳』は形見に間違いなかった。けれど何かのきっかけで青い宝石が莫大な金を生むと知った瞬間、『青い瞳』は友の形見から金のなる木に変わってしまったんだ。人は金に目が眩むものだから」
「あたしはそんなことはしない! 瑠璃と真珠ちゃんは大事な友達だよ」
「お前『は』そうかもね」
「あたし『は』!?」
 思わず両手をついて立ち上がる。
 気に障る言い方だと思った。そりゃ勝手に友達認定してるかもしれないけど、わざわざそういう物言いをされるようなことではない。
 しかし、カイの言葉は出なかった。
 いつしか新聞の向こうから、深い青の目がこちらをじっと見つめていた。
「お前、まだわからないか? 『そういう人間』を腐るほど見てきているのが、あの二人なんだよ」

 悔しいことに……これには、返す言葉がなかった。

 カイが力なくぺたんと腰を下ろす。
 人の心は弱い。
 こちらの想いがどれだけ純粋なものであろうとも、瑠璃と真珠姫からすればカイたちを信じるよすがなど何もないのだ。だから人間を信じず、距離をとって生きている。そうしなければ珠魅は、自分たちは生きていけないから。
 カイが何も言えずにいると、シオンが淡々と言った。
「あの魚も『青い瞳』を失って憑物が落ちたようだったな。魔が差したってことなのかもしれないけれど……。珠魅の瑠璃や真珠姫からしたら洒落にもならないだろう」
 そうなのだ。
 『青い瞳』を失ったザル魚くんはひどく落ち込んでいた。
 サフォーの形見なのに……と。
 たとえ何があろうと彼がその思いを変わらず抱き続けていられたならば、大金に笠に威張り散らすようなことはなかったかもしれない。失ってから本当の価値と約束を思い出したのでは、もう遅い。
 瑠璃と真珠姫が負っているものの重さが、初めてずしんと身に染みた。
 人間と珠魅、決定的に違う生き物としての。
「キミ……珠魅に詳しいね。伊達に本ばっか読んでるわけじゃないんだ」
 カイがぽつりと言った。
 もうシオンに対して腹は立ってはいなかったが、いろんな感情が綯い交ぜで、ちょっととげのある言い方をしてしまう。昨日の騎士と姫の話を教えてくれたのも彼だった。
「なんだか引っ掛かる言い方だな。ほら、昨日の事件もう記事になっている」
 シオンは手にした新聞をめくってカイに向けた。
「あ、本当だ。『宝石泥棒現る!』だって」
 被害額にしては小さな記事だった。
 変装の名人、サンドラの犯行! ザル魚氏、巨額の被害!
 記事にはおおむね昨日の事件内容が掲載されていたが、『青い瞳』が珠魅の核であるとは書かれてはいなかった。珠魅自体が知られていないからなのか、あるいは珠魅を気遣うボイド警部の配慮かもしれない。いずれにしても、珠魅の核に資産価値があるなど知る者は一人でも少ないほうがよいだろう。
「で、どうすんの?」
 新聞を折りたたみながら、シオンが尋ねてきた。
 とっさに意味が分からず、カイの口からは今日何度目かの「は?」が出た。
「瑠璃と真珠姫」
 瑠璃と真珠姫は出て行った。
 それは彼らが自分で決めたことで、彼らの意志に他ならない。
 けれどもカイがこれからどうするかは、カイが自分で選び決めることだ。
 カイは少し考え、すぐに答えを出した。
「追いかけるよ、決まってる」
 瑠璃との冒険は楽しかった。二人と過ごす時間は温かかった。たとえすぐには信じてはもらえなくても、彼らともう一度会って話をしたかった。
 そして今後、瑠璃と真珠姫が宝石泥棒に狙われる恐れは十分にある。少しでもいい、彼らの力になりたかった。
 そして――なにより。
「あたしは、二人の友達だ」
 

『波間に眠る追憶』 おわり