しちろ
2023-05-07 19:06:32
29845文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 1

聖剣LOM・宝石泥棒編。pixiv投稿作品。『まいごのプリンセス』と『波間に眠る追憶』です。女主人公と男主人公、両方います。pixivでは名前変換対応ですが、こちらは固定です。約30,000字。


波間に眠る追憶


「仲間を探してるんだ」
 少しだけ打ち解けた瑠璃は、こう言った。
 人によく似た姿を持つ彼らは、珠魅という種族なのだという。美しい宝石が人の手に触れることのないまま長い歳月を経て命を宿したものといわれ、心臓の代わりに核と呼ばれる宝石を胸に抱く。
 瑠璃は、宵を思わせる紺碧に金を散りばめたラピスラズリ。
 真珠姫は、真昼の月にも似た、まろやかな白の真珠を核に持っていた。
 瑠璃も真珠姫も詳しい事情は話してくれなかったが、不思議な二人と知り合えたという事実は好奇心旺盛で社交的なカイにとっては素直にうれしいものだった。
 
 無事再会を果たした瑠璃と真珠姫は、しばらくドミナに滞在を決めたらしい。
 迷子騒動のあと、カイにせっつかれた瑠璃は迷惑をかけた住民たちへお詫び行脚をさせられた。人の良い住民たちはみな謝罪を受け入れてくれたが、それはそれとして、それなりに流行っていたアマンダ&パロット亭からすっかり客が減ったのは、やたら立派な剣を抱えて居座る瑠璃が一因だと思う。彼は愛用の曲刀とは別に一振りの長剣を持っており、それを肌身離さず持ち歩いていたが、抜いたところは見たことがない。
 せめて普通にしていてほしいとカイが瑠璃に言うと、
「これはオレの大事な物なんだ」
 ……そういうことじゃない。
 そんなすっかり寂しくなった酒場で、カイたち四人はテーブルを囲んでいた。
 
「おねえさま、お弟子さんができたそうですね」
「うん、この間ね」
 ほんわり顔の真珠姫が、楽しげにカイに料理を取り分けてくれる。ありがとうとお礼を言って受け取った。テンションの高さに差はあれど素直で人懐こい性格同士、あっという間に仲良くなった二人である。
 カイが注文した品、ほくほくのカボチャグラタン。湯気を上げる熱々カボチャとこんがり焼けたチーズの匂いが香ばしい。
「こんな感じに町外れがカボチャだらけになっててさ。カボチャ狩りしようと思ってこのヒト誘ったんだけど、全然来ないし」
「カボチャは嫌いなんで」
 シオンは頬杖ついたまま料理に手も付けない。
 カイが声をかけるたび文句を言う彼だが、カボチャ狩りはとりわけ強硬に嫌がり結局来なかった。今だって、教会でオルガンを弾いていたのを半ば強引に引っ張ってきたところだ。
 卓に並ぶ料理はカボチャグラタンを始め、カボチャのサラダにカボチャのポタージュ、カボチャのソテー、カボチャプリン、極めつけにまるごとカボチャのケーキ。
 前菜からメイン、デザートまで完備した胸焼け確実なラインナップに、瑠璃は「オレもカボチャが嫌いになりそうだ……」と核の辺りを抑えている。
「そう? あまくておいしいのに。わたし、カボチャだいすきになっちゃった」
 食の進まない男性陣をよそに、スイーツ大好き少女たちは心行くまでカボチャ料理を堪能している。カボチャ万歳。あまじょっぱいメインはおいしいし、あまーいデザートはもちろん別腹だ。
「うんうん、女の子はやっぱり甘いものだよね~。町の人たち、これだけ生ってるからには全部取って食ってやろうってさ、カボチャがドミナ新名物になるかも」
「商魂逞しい町だな。これが子どもの仕業だってんだから、すごいのか迷惑なのか……


 そう、これこそがカイの新たな弟子たちの仕業であった。
 正確には、カボチャ事件を解決したところで、弟子となったのだが。
 世界征服を目論む双子の魔法使いにより、ドミナの町外れは巨大カボチャに支配された。悪の支配者を打ち倒し、ドミナの町をカボチャ地獄から救ったのが救世主カイである。
 なんて説明するとバカバカしいことこの上ないのだが、要は、帰る家を無くした子どもたちがしでかした人騒がせな悪戯だった。
 カイの腕前と度量に感嘆した双子は弟子入りを志願。カイはそれを認め、行く当てのない彼らをマイホームに迎え入れることにしたのだった。


「そもそも弟子って何を教える気だ。アンタ、魔法使えるのか?」
「ううん、ちっとも」
 瑠璃は呆れた。よくそれで受け入れる気になったものだ。
 しかし、やる気満々のカイは胸を張る。
「魔法は無理だけど、代わりにトレーニングメニュー作ったよ。大魔法使いを目指すにも、まずは体力が大事だからね!」
 言いながら彼女が得意げに見せたメニューは、戦い慣れた瑠璃でもげんなりする代物だった。
 大判の紙一枚には、師匠として愛弟子を鍛え上げるべく、体力作りに必要なメニューがびっしり組まれている。大魔法使い志願を大武闘家に育てあげる気だろうか。
 カイは紙をくるくると丸めて仕舞うと、改めて瑠璃と真珠姫に向き直る。
「で、本題だけど。どこを探せばいいかな」

 珠魅の、仲間探し。

 仲間を探していると打ち明けられたとき、カイが協力すると言うと瑠璃はまた渋った。彼がいちいち煮え切らない理由はカイにはわからないのだが、結局瑠璃は迷子騒動のとき同様に彼女の申し出を受け入れた。「助かるよ」と。
 とはいえ、珠魅がいそうな場所はカイにはわかりかねる。しかし、当事者である瑠璃と真珠姫もそれはわからないと首を横に振った。聞けば彼らは、お互い以外の同族に会ったことがないのだという。カイが思う以上に難航しそうな話だった。
「情報収集が先だな。オレたちはこの辺りの町は詳しくないが、アンタらはどうだ?」
「情報……
 少し考えて、カイが言った。
「人と情報が集まりそうな場所というと……港町、とか?」



 ■■■



 港町ポルポタは風光明媚なリゾート地として有名である。
 巨大な貝殻をそのまま建物に用いた街並みは明るく活気があり、青空と潮風がよく似合う。
 新しい友人たちと訪れる、せっかくの海。
 カイとしてはぜひとも満喫したいところだったが。
 
「ストーカーの次は幽霊騒動かぁ」
 
 珠魅の情報を期待して訪れたポルポタは、リゾートホテルの幽霊の噂でもちきりだった。
 集めた情報の中には十日前に近海で沈没した帝国船の話もあったが、分かりやすく刺激的な話題のほうが人々には受けが良いらしい。
 挙句の果てに、
 
『もう耐えられん! あんたら、幽霊に強いやつ知らないか!』
 
 何の因果か、幽霊騒動の解決を引き受けることになった一行である。
「おい、オレは『仲間を探してる』と言ったんだが」
「あたしだって、ユーレイなんか探したくないよ!」
 何を隠そう、カイはこの手の話題は大の苦手だ。
 ホテルのロビーで幽霊と遭遇した際、受付のモティさんの悲鳴をかき消す勢いで絶叫したカイだったが、その背後に全く動じなかった連中が三人もいたのがたぶん悪かった。
 さらには真珠姫が、
「わあ~、ユーレイさんはじめてみました~」
 とか喜んだのが最高に悪かった。
 そんなん警察にいってくれと断るもとっくに頼んだあとで、「幽霊なんかいない」とけんもほろろな反応だったらしい。ホテルの命運と明日の生活がかかっており、それこそ藁にもすがるモティさんたちに押し切られる形になってしまったわけだ。
「気のせいかもしれないけれど」カイが嘆息する。「この町に来てから、ろくなことなくない?」
「気のせいじゃないな、確実に」
 町の人から話を聞けば聞くほど、なんだか悲しくなってくる。今も沈没した船の調査に来ていたトーマという帝国兵の話を聞いたが、めぼしい情報は得られなかった。
「沈没……幽霊……うう」
「時期も同じようだし、もういいだろ、そういうことで」
「やめてよ、瑠璃ぃ……
 沈没事故自体は気の毒だが、集まっている情報を総合すると大変うらめしい話になりそうなので、あまり考えたくない。
「恨めしいと言えば、さっきの魚! 思い出しても腹が立つ!」
「ああ……さっきの謎のアイツな」
 瑠璃がカイ同様にイヤそうな顔になる。
 魚とは、シーサイドホテルの入り口でカイとぶつかった、謎の生き物のことだ。
 そう、それはまさしく謎としか言いようのない――ザルと魚が合体して足がにょきっと生えた、マナの女神が気まぐれを起こしたか、生命を創造する際になんか間違えたんだろう……としか思えない珍妙な生き物だった。
おまけに、だ。

『なんなノねん、このビンボー人』

 そいつはめちゃくちゃ性格が悪かった。
『そこにいると邪魔なノねん。ビンボーが移るノねん。あっち行ってなノねん』
 しっしっし、と猫の子を追い払うかのようにあしらわれて、平然としていられるほどカイは温厚ではない。一発かましてやろうか、こんちくしょー。
『おい、カイ。腹が立つのはわかるがやめておけ』
『なんなノねん。目つきの悪い男は嫌いなノねん。そっちのふわふわのかわいい女の子だけは来てもいいノねん』
……シメる』
『瑠璃、警察いるから、警察!』
 抜刀しかかった瑠璃をカイが押しとどめたその隙に、ザル魚くんはそそくさとシーサイドホテルへ逃げ込んだ。大金持ちのザル魚くんは、客にも従業員にも逃げられた悩めるホテルにとってありがたい存在のようで、ロビーからは支配人の猫なで声が聞こえてきていた。
 今頃、貸し切りのラウンジでは、ザル魚君が踊り子のダンスを独り占めしていることだろう。



 ラウンジから華やかな音楽が漏れ聞こえるホテルのロビーを抜け、ポルポタハーバーに出たところで、一行は意外な人物に出くわした。
「あれ、ボイド警部じゃん」
「おや、カイ君」
 いたのは、鹿追帽にくたびれたコート姿の、中年のネズミの獣人だ。くわえパイプとランド中に響く大きな声が特徴で、ドミナを拠点に事件を追っていつも走り回っている。同じくドミナ近郊に住むカイとは顔なじみで、トラブルに首を突っ込みがちな彼女は、何度も彼の世話――悪い意味ではなく――になっていた。
「警部、事件だよ、幽霊事件。警察の出番だよ」
「なんじゃ、チミもそんなこと言っとるのかね。警察はそんなに暇じゃないわい。サンドラの予告状が届いてな」
「サンドラ?」
「知らんかね? 手練れの宝石泥棒じゃ。奴は犯行の前に必ず予告状を出す。今回警察に届いたのはこれじゃ。『青い瞳をいただく』」
 また物騒な話だ。
 警部が示したカードには、流麗な文字で『青い瞳をいただきます』との文言と、サンドラのサインが書かれてあった。背後の瑠璃が幾分顔を険しくしたが、カイは気づかない。
「随分と洒落たことするね~。漫画の怪盗みたい」
「感心するところじゃないわい。漫画と違ってれっきとした犯罪者じゃ。まったく警察をなめおって」
 憎々しげに言うと、ボイド警部は予告状を懐にしまい込む。
 彼の口ぶりからするに、幾度となく煮え湯を飲まされている様子だ。
「というわけじゃ。チミたちは青い瞳の人物を知らないかね?」
 言われて、カイ、瑠璃、シオンが一斉にお互いを指差した。確かに全員色合いは異なるが青い目だ。
「チミたちはポルポタに来たばかりじゃろうが。この予告状が届くより前からいた人物じゃ」
 そうは言われても、他人の目の色などいちいち見ていない。
 カイが思い出せそうで思い出せない記憶を探っていると、ずっと黙りっぱなしだった真珠姫がおずおずと口を開いた。
「あのう……さっきの兵隊さんはどうかしら? かぶとでよくみえなかったけど……
 そう言えば。
「そんなの良く見てるね、真珠ちゃん」
 感心しきりのカイに、真珠姫は頬を赤らめて恥ずかしげに笑う。ほわほわしているようで、その実、人をよく見ているらしい。
 仕事熱心なボイド警部は、「調べてみる」と言い残し、早速トーマのもとへ走っていった。
「ネズミはああ言ってるが、予告状を寄越したのは宝石泥棒なんだろう? そんな単純に青い目のやつを狙うか? なんだか嫌な予感がする」
「ネズミじゃないよ、ボイド警部。瑠璃、名前くらい覚えてよ」
「知るか。警察なんざあてにならん」
「はあ、そうですか」
 瑠璃は警察などまるで信用していないらしい。
 というより、初めて会った時もそうだったが、どうも彼は人間全般に敵意を向けがちというか一歩も二歩も距離を置いている感がある。実際今も瑠璃と真珠姫は大ぶりのスカーフで胸元の核を隠しており、そうしていると見目麗しい人間の男女にしか見えなかった。
「シオン、キミ。聞いててなんかわかった?」
「知らないよ。モティさんに押し切られて請け負ったのはお前だろ」
「はいはいそうですね、キミはそういう人ですよ」
 ……このパーティの男どもはどいつもこいつも。
 カイはだんだん嫌になってきた。
 幽霊にしろ船にしろ魚にしろ、どこを探っても珠魅から遠ざかるばかりで瑠璃は機嫌が悪いし、シオンは相変わらず我関せずだし、かわいくて優しい真珠姫だけが心のオアシスだ。唯一、ボイド警部の事件だけはやけに現実的だが、そちらもとにかく情報が少なすぎた。
 イライラ募り、がーっと頭をかきむしる。
「あーっ、もう! ちまちまちまちま、わかんないことばっかりじゃん! 面倒くさいこと全部一発で分かればいいのに!」
「あるぜ、そういうの」
 唐突に陽気な声が割って入った。
 振り返ってみると声の主は、港町で骨休め中の海賊ペンギンだった。海賊と言っても彼らの一団はカタギや商船を襲うタチの悪いやつではなく、日々お宝探しに明け暮れて男の浪漫を追うタイプのほうである。
「あんたら声でかいんだよ。いやでも聞こえるぜ」
「ご、ごめん」
 カイが頭を下げる。声はでかいわ見た目は派手だわで、四人そろうとけっこう目立つ一行である。
「どういうことだ?」
 訝しげな瑠璃にペンギンが手をひらひらと振った。
「ザル魚って知ってるかい? 最近、すんごい遺産を相続してさ。急に羽振りがよくなったんだけど」
「それってもしかしなくても、ザルに乗っていばくりさってる変な魚?」
「そうそう。前はあんな感じじゃなかったけどね」
 あんな珍生物、間違いようがない。
「嘘か本当か知らんけど、なんでも海での出来事をなんでも見通せる、とか。さっき、トーマって帝国兵も同じ話聞いて走ってたぜ」
 にわかには信じがたい話だ。
 だが、次のペンギンのセリフで瑠璃と真珠姫の顔色が変わった。
「おれも一度だけ見せてもらったことがあるんだ。こんな大きな青い宝石だった」
 明らかに硬直した二人の表情を、あいにく彼らの前にいたカイは気が付かなかったのだけれど。
 ペンギンが言うには、ザル魚君が大事そうに見せてくれたそれを、人の好い海賊たちは口々に「こりゃ大したもんだ、一財産だな」なんて褒めそやかしたという。
 カイたちは顔を見合わせた。
 ザル魚君に会う必要がありそうだ。



 ホテルのラウンジでは、予想通りというべきかザル魚くんが踊り子のルヴァーンシュに夢中になっていた。いかにも高そうなトロピカルジュースをたしなみながら、セクシーなダンスにとろけた視線を送っている。壇上のルヴァーンシュはさすがプロで見事な舞を披露していたが、その眼差しには隠し切れない嫌悪感がにじんでいた。
 内心うええ……と思いつつ、カイ達四人はザル魚君に近づく。
「なんなノねん。ビンボー人。ここはボクの貸し切りなノねん。ずかずか入ってこないでなノねん」
「ごめんね、モティさんの許可はとってるんだけど」
 ムカッと来るのをこらえて、なるべくにこやかに話しかける。
 モティさんは上客の機嫌を損ねるようなことはしたくなかったようだが、幽霊事件の調査だと言えばしぶしぶ承諾してくれた。
「キミの持ってる宝石を見せてほしいんだ。もしかしたら宝石泥棒に」
「イヤなノねん」
 狙われているかも、とまで言わせてくれない。
 カイはぷいと横を向いたザル魚君の正面に回り込んだ。
「少しは話聞いてよ。キミ、もしかしたらこのままだと危ないかもしれないんだよ」
「知らないノねん」
「そこをなんとか」
「はぁん……
 ザル魚君が顎を上げ、人を見下すような半目になる。
「それがお願いする態度なノねん? 人にものを頼むときはなんていうノねん」
 ザル魚君、頼むから一発殴らせ……。違った。
 カイは心中で念じる。腹を立てては魚類の思うつぼ、我慢、我慢だ。
「お願い……します、ザル魚君」
「『様』」
「ザル魚……様」
「『お願いしますザル魚様』」
 ザル魚君は横柄な態度でさらに要求してくる。
 ちくしょう、話を聞いてくれと言ってるだけなのに。
「オネガイシマスザル魚サマ」
「オネガイシマスザル魚サマ」
 ザルに乗った魚相手に、棒の少女とラピスの騎士が壊れた蓄音機のように「オネガイシマスザルザカナサマ」と繰り返し斉唱させられている、なんだこの光景。
 ザル魚君は満足げにうなずくと、カイたちの後ろで傍観していたシオンを偉そうに顎で指した。性格的に言いそうにない……とカイが案じたら。
「お願いします、ザル魚様♡」
 めっちゃいい笑顔で言いやがった。お前にプライドはないのか。
 小憎らしい連中に一通り言わせたところで、ザル魚君は最後にいやらしい目で真珠姫を見た。
「おねがいします……ザル魚、さま?」
 なんとも思ってなさそうな真珠姫、隣で瑠璃が「くっ」と苦渋の表情で目頭を押さえている。
「見せて、くれるかな?」
「やだ」
 ぶち。
 カイと瑠璃の血管が切れた。
「殴る! 絶対殴る! ひねりつぶしてタタキにする! 止めるなシオン、あたしはやる!」
「斬る! もう許さん、たたっ斬る! 三枚におろして昆布締めにする! 許せ真珠、オマエの仇はオレが取る!」
「ちょっといいかね、警察だが」
「うわぁぁ!」
 カイは本気で口から心臓飛び出るかと思った。
 やめてよ、なんちゅうタイミング。
「まだしてないよ、未遂だよ!」
「何の話じゃ」
 バクバクする心臓をなだめながら、バタバタ両手を振る。
 ラウンジに入ってきたのは、ボイド警部と、もう一人。
「トーマさん?」
 この真夏にご苦労様な甲冑姿、岬で沈没した帝国船の調査をしていた帝国兵だ。ボイド警部が話を聞きに行き、そのまま一緒になったのか。
 トーマはザル魚君に会釈すると、さっそく切り出した。
「俺はトーマ、沈んだ帝国船の調査をしている。何か情報を知らないだろうか?」
「なんナノねん、なれなれしくしないでナノねん」
 やっぱり話を聞かないし。
 どうしたもんかとカイは頭をかいたが、瑠璃はもう相手などするものかと言わんばかりに腕組みしている。真珠姫は困り顔だし、シオンは言うまでもない。
 取り付く島もないザル魚君へ、やけにおだてるように話しかけた者がいた。

「君、君、聞くところによれば大金持ちだそうですね? いやはや、その若さで大したものですな!」

 いつもなら到底お世辞など言いそうにない人物――ボイド警部だった。
 
「なんでも、ものすごい財産を相続したとか? 本官はしがない安月給の身、人生でぜひ一度はお目にかかりたいものですが……おっと、いけない、そのような分不相応なこと、わしのような貧しい者が言ってはいけませんな」
 警部が言葉を重ねるたび、明らかにザル魚君の様子が変わる。への字だった口がにんまり、見下すようだった目が得意げに。天下の警察にここまで下手に出られては、ザル魚君のよう優越感をくすぐられずにはいられないだろう。
……意外と演技派だね、警部」
 クソまじめで実直な警部にこんなまねができるとは。
 ぽかんとしていたカイがシオンを見やると、どう見ても表情筋死んでる少年は肩をすくめて見せた。こちらも演技派? さっきの笑顔どこ行った。
 警部のおだては非常に効果があり、カイ達相手には『見せない』一辺倒だったザル魚君が、「どうしよっかな~」などと言い始めている。
 ボイド警部はザル魚君の丸い目をのぞき込み、魅入るように語りかける。
「『青い瞳』っていうんでしょう? 海で起きた出来事をすべてを映し出す、不思議な宝石……
 青い瞳。
 瑠璃がぴくりと片眉を上げ、真珠姫が口元を抑える。カイは思わずあ、と言いそうになった。
 気圧されたザル魚君は息をのむ。
 やはり彼の遺産が『青い瞳』だったのだ。
 しかし、警部は青い瞳の人物を探していたが、すぐにたどり着いたのだろうか?
「その宝石、見せてくれ! ひょっとしたら船が沈没した原因がわかるかもしれない。頼む、弟が乗っていたんだ」
 トーマが懇願する。
 任務というだけにしては彼が必死だった理由が分かった。個人的事情があったのだ。
「せめてトーマさんには見せてあげてよ。お願いします、ザル魚君」
「やだ」
 ……この魚は。 
 見かねたルヴァーンシュが助け舟を出してくれた。
「私も見たいわ、『青い瞳』」
「いいよ♪」
 ザル魚君はあっさり承諾し、ひれをザルの中にいれてごそごそまさぐった。本当に殴ってやろうか。警察いるけど。
 彼が取り出したのは、拳ほどもある巨大なサファイア。
 スカーフの下で瑠璃と真珠姫の胸元がきらりと光る。
 そして二人が同時に叫んだ。
「珠魅の核!」
「え!?」


 波間に眠る追憶。
 魔力のこもったサファイアは、海に眠るすべての記憶を映し出す。
 珠魅の核『青い瞳』は、哀れな帝国兵たちが海の魔女――セイレーンの歌声に心奪われ、船もろともなすすべなく海に飲み込まれていく一部始終を映し出していた。


「そうか……海の魔女に……
 トーマがうなだれる。
 肉親が死んでいく様を目の当たりにした心中は、察するにあまりある。
 誰も何も言えず、幻の消えたラウンジ内は、しん……と静まり返っていた。

……ワタセ」

 誰も気に留めていなかった片隅に。
 仄暗くぼんやりと。
 それは、立っていた。

 全員の視線がそこに集まり、
「ぎゃああああああ!」
 たちまち複数名の絶叫がこだまする。
 くすんだ金色の鎧に覆われた、骸骨の騎士。ぽっかりと空いた眼窩に虚ろな炎を宿している。
 ホテルのロビーで目撃した亡霊だった。
「我々ノ死ノ真相……青イ瞳ヲ……ワタセ」
 帝国兵の亡霊――トーマは声を失い茫然と立ち尽くす。
 無理! もう無理! 耐えきれなくなったカイが手近な人物の陰に隠れた。
 ルヴァーンシュが涙目でへたり込む。
 ザル魚君は完全に硬直し動けなくなった。
 
「ワタセ……! ワタセ、ワタセ……!」

 亡霊は恨みを込め、ザル魚君に詰め寄る。
「あ、あげるノねん! だから祟らないでナノねん!」
 亡霊は、震える手で差し出された『青い瞳』を乱暴にひっつかむと走って逃げだした。
「おい、キサマ!」
 唯一動いた瑠璃がとっさに捕らえようとするが、亡霊はひらりとかわす。
 あの世の者には似つかわしくない、ひどく洗練された動き。
 黄金の兜の下で、亡霊が不敵に笑んだように見えた。

 入れ替わりで『本物の』ボイド警部が飛び込んでき、変装した宝石泥棒にまんまとだまされた、と一行が知るのは間もなくのことである。