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シノハラ
2024-09-16 22:03:50
43860文字
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戦パ
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最果てから少し前
謹慎期間中に弾丸帰省をするアベンチュリンとそれに着いていったレイシオがツガンニヤの砂漠で2つ約束をする話です。
もうちょい追加で修正してスパークの新刊にする予定
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ざりざりと砂と小石を擦りながら扉が開き、からりと乾いた熱風が頬を撫でる。適切な温度と湿度に保たれていて運動でもしない限り汗もかかずに甘えきっていた肌が途端に狼狽えるのを感じながら、レイシオはアベンチュリンの背を見守った。少なくとも、彼の背後から分かるような呼吸の乱れはない。
強く吹き込もうとした風が出入り口に立つアベンチュリンの前髪をかき乱しているらしく、彼がこの旅路で髪のセットをしていなかったことに今更思い至った。彼が好む香水もつけていなかったし、化粧をしていたかすら思い返せば怪しいくらいだ。
いつもであれば少し扱いを間違えばすぐに傷を拵えてしまいそうな革靴に守られているはずの踵を見て、彼がなるべくかつての自分に戻ろうとしているのではないかと思えてくる。もう誰もいない場所への、せめてもの礼儀だと思っているのかもしれない。
レイシオからすればこれと言ったきっかけも感じられないまま、アベンチュリンが一歩足を前に踏み出した。柔らかい靴底が金属の床に当たる音がそのまま一つ二つと増えていくに従って、アベンチュリンの背中がレイシオから離れていく。晴れ渡っているらしい空から落ちる光にちかりと彼の髪色が瞬いて、とんとんと階段を下りるたびに風に撫でられた短い髪がさらさらと揺れた。
その髪を追うようにレイシオが彼の後に続いて一段階段を下りた瞬間、ちょうど地面を踏みしめたアベンチュリンが一度レイシオに視線を向ける。一瞬だけ合った視線はすぐに外されて、レイシオの僅かに背後にある宇宙船に向けられた。一呼吸分よりは時間をかけて、アベンチュリンは合金でできた宇宙船を視界に収める。彼からすればこの砂海にそういうものがある事自体、思うところがあるのかもしれない。
アベンチュリンが宇宙船に気を取られている間に、レイシオは階段を下りて地面に足を着ける。一つ息を吸い込むと、乾いた砂の匂いがする空気が肺に入り込んできた。慣れるまでは呼吸に気をつけなければ、塵を取り込みすぎて咽せてしまうかもしれない。
腕を生地で覆っているはずなのに、ちりちりする日差しが伝わってくるように感じられた。この情け容赦ない日差しの中まともに雨が降らないのであれば、岩はともかく砂だらけになってしまうのも仕方がない。
見渡せる場所には樹木の類は一つも見えなかったし、生えているのは掠れた色の鋭い葉ばかりである。それでもよくもまあこの大地から水分を吸収できているものだと、理屈は理解できていても実際に見ると感嘆してしまう。
「さて、これからどうする?」
「うーん、僕も考えてはいたんだけど」
なんとなく答えは予想していたが、訊かないわけにもいかなかった。アベンチュリンもレイシオの意を汲んでくれているのか、話に乗るように首を傾けて唸ってくれる。その声は不自然に高くも低くもなければ、震えてもいない。
「そこら辺をぶらつくくらいしかやることはないんじゃないかなって」
「まあ、そうだろうな。僕の帰省も似たようなものだ」
レイシオだって生まれ故郷の年に一度の祝祭の時期はなるべく実家に戻るようにしてはいるが、やることと言えば家族と話してそこらのスーパーやらへ荷物持ちに付き合うくらいである。帰省なんてそもそもそんなもので、語らう家族や旧友がいないのであればそこらをぶらつく他にできることなど早々ない。
「じゃあ結構スタンダードな過ごし方をすることになるのかな」
「少なくとも僕にとってはそうだな」
なら上々だ。そうアベンチュリンが笑って砂漠に足を踏み入れた。そこには道があるわけでもなく、その先に何があるのかすらアベンチュリンさえ知らないはずである。
幼かった彼は自分がどの一帯を放浪して暮らしていたかも知らなかった。遠くに見えていた大きな山がこの星において本当に特別大きな山であったのかすら、今となってははっきりとしない。
地名も彼が暮らした集団独自のものだったらしく特定には至らず、結局アベンチュリンはサイコロを転がすようにして着陸地点を決めている。もしかしたら女神様がご慈悲をくれるかもね、というのは彼の言である。
雨の一粒でも降ってくれれば地母神が指し示した土地だとでも思えたのだろうが、生憎空は雲一つなく忌々しいほどに晴れ渡っていた。どうやら、かの女神は信徒の帰還を歓迎するつもりはないらしい。彼女からすれば常に愛でているお気に入りが宇宙のどこにいようがさほど変わらないのかもしれないが、短命の生き物というものはもう少し情緒を尊ぶのだと学んでくれても良かろうに。
目的地がないせいか足元が整備されていない中サンダルなんかを履いているせいか、アベンチュリンの足取りは普段よりもゆっくりだった。アベンチュリンとの身長差の関係で彼と歩くときはゆったりと歩く必要があると気づいたのはピノコニーの教訓の一つだが、それよりもいくらか歩速を緩める必要がある。
じりじりと差す日差しに晒されるうちに、少々迷って宇宙船に置いてきてしまった日傘を持ってくるべきだったと今更ながらに後悔する。日傘の効果を理解しながらも、雨がほとんど降らない星で傘を差す行為に抵抗を覚えてしまったのだ。実際に熱射を一身に受ける今となっては、そんな清涼感の欠片もない感傷など丸めて生ゴミと一緒に捨ててしまいたくなっているのだが。
宇宙船が小さく見え始める頃になると、砂と岩の海に上手く適合した生き物がちらほらと姿を見せるようになった。レイシオなど数日もかからずにくたびれてしまいそうな環境であるため俄には信じがたいと言ってしまいたいが、その成功例が真横にいるのを意識して喉奥に留めておく。
その大半がアベンチュリンとレイシオに警戒心を示さなかった。おそらく元よりの気質ではなく、人間を見なくなって世代が入れ替わったせいで脅威を感じられなくなってしまったのだろう。幸いにも肉食の獣の類も強い興味を持って近寄って来る個体もいなかったため、距離を置いたままで移動を続けることにする。
「あれと似たような奴を僕が暮らしていたところでも飼っていた人がいたんだけど、ちょっと角の形が違うから別種かもしれない」
おそらく山羊の一種だろう草食動物が傾斜のきつい大きな岩を登っていくのを見上げながら、アベンチュリンが少し目を細めた。あの生き物の姿を見て思い出したのだろうが、その辺りの情報があればもう少し生活地域の絞り込みができたかもしれないと今更の事をちらりと考える。
エヴィキン人は遊牧の民だったと聞いていたが、こんな大地でどうやって山羊や羊に草を食ませて暮らしていたのだろうか。きっと彼らなりの知識とこの大地に適応した家畜だからこそなんとか生活を成り立たせていたのだろうが、大陸よりも海の面積の方がずっと多い星に生きてきたレイシオはやや具体性に欠けた想像をするしかない。
「懐かしく思っても、彼らには近づかない方が良い」
「家畜じゃない生き物が危険だってくらい僕も分かってるさ」
「いや、君が思っている事以外にも危険がある。僕らが受けた検疫では野生動物への過度な接触は認められていない。不用意に接触すれば、彼らを危険に晒す可能性がある。逆に傷を一つでもこさえれば君が無事でも検疫の側面でピノコニーは愚かピアポイントにすら戻れず、懲罰会議にも出席できないまま元死刑囚の肩書きを失うことになるだろう」
「それは困るな」
視線は山羊に向けられたまま、アベンチュリンがいまいち感情の読み取れない相槌を打った。自分がこの星にとって外来の生命体として扱われている事実に、アベンチュリンが何を思ったのかレイシオには読み取れない。ただ、眼差しだけを見ると、少なくとも今の彼には山羊の行方の方がよほど重大事なようにも窺えた。
問題の山羊はレイシオとアベンチュリンが話しているうちは聞き覚えのない音を気にしていたようだったが、二人が黙ってそれも聞こえなくなると興味を失ったように岩の向こうへと姿を消した。かの獣の影に足を取られていたアベンチュリンも、ようやく自由になった足で再び歩き出す。
カンパニーに来たときにたくさんワクチンを打たれて、どれかの副反応で高熱を出したことがあった。そんな思い出話をアベンチュリンが話し始めた頃には、レイシオもウイルス由来ではないものの体温が大分上昇していたと思う。
彼がどれだけの期間、その首に残されたコードに相応しい身分でいたのかをレイシオは知らない。けれど、話を聞く限り真っ当なルートに則った商品扱いされていなかったのは間違いなかった。彼を買い取った面々も、もしかしたら彼の免疫に問題があるとも知らずにいたのかもしれない。そんな中で、彼が風土病の類にやられなかったのはまさしく幸運だったのだろう。
その頃は行ける星とか会える人にも制限があってさ、なんて言って来るので当然だと返した声は自分が思う以上にくたびれていた。その声に驚いたのはアベンチュリンの方で、ぴたりと足を止めてレイシオを見る。
「あの辺りで休憩しようか」
「
……
そうしてもらえると助かる」
できればアベンチュリンの自由にさせてやりたかったが、こんな場所で軽度を越えた熱中症になるわけにもいかない。そう観念してレイシオが頷けば、アベンチュリンは自身が指さした大きな日陰を作っている大岩の方に足を向けた。何もないせいで距離感がうまく掴めず目測の感覚が少々狂ってしまっているものの、十分も歩けば辿り着けるだろう地点にそれはある。
ちみちみとレイシオが補水する回数の半分もアベンチュリンは水を飲んでいない。それなのに彼はずっと普段と違いがないどころか、むしろ元気そうに思えてならない。これは暑さに参りかけているレイシオの主観と、母星に戻って来ているという特殊な状況に平静を保てていないアベンチュリンの相乗効果なのだろうが。
ようやく日陰に逃げ込んで、二人で座り込んでから堪らず飲み水で手を濡らして顔に当てながら深々と息を吐いた。その手を首筋に当ててから、からりとした空気が水と一緒に熱を奪い取ってくれることを期待する。
「大丈夫?」
「ああ、しばらく休めば落ち着く」
ゆとりのあるシャツの裾をはたはたと揺らしてから馬鹿馬鹿しくなって脱いでしまうと、普段のレイシオらしくないと思ったのかアベンチュリンが気遣わしげに呼びかけてくる。少なくとも今のレイシオには同性の視線から自分の体を守るよりも、直接風に当たる方がよほど重大事だったのだ。
「君は問題ないのか」
「うん、思っていたよりもずっと平気みたいだ。もう少し暑さには弱くなってると思ったんだけど」
自分でも意外だと思っているらしい声を聞きながら、宇宙船にいる間に思ったよりも水の量が減らなかったのを思い出した。アベンチュリンはおそらく、元々健康を維持するための水の量がレイシオよりずっと少ないのだろう。
レイシオとアベンチュリンは見た目こそ似通った生命体ではあるが、全く発生を異にする生き物なのだ。これは個人間の話などではなく、種単位の観点である。
見た目はほとんど同じでも、遺伝子の差異が大きすぎて繁殖が叶わない種というものもこの宇宙にはいくらでも存在する。彼と仕事を始めるにあたり所謂ツガンニヤ人の内臓の構造と禁忌の類は押さえてはいたものの、日常生活でもはっきりと決定的な差異を認識できた。
立ち上がろうとしたアベンチュリンの手首を反射的に掴んだ瞬間、彼が息を呑むのが分かった。連動するように強ばった体がすぐに緩んだので、きっと驚いただけだったのだろう。
「ちょっと見て回ってこようと思ったんだけど、だめかな」
「本当は一人にしてやりたいが、僕がそうはできない役目で来てしまっているから諦めろ」
「誤解されたくないからちゃんと言うけど、君と二人が嫌ってわけじゃない」
レイシオが手を放せば、アベンチュリンが隣に座り直しながら律儀に弁解を始めてくれる。今更嫌がるのであれば、ここに来るまでの長期移動でとっくの昔に音を上げていただろう事くらいレイシオにも分かってはいたのだが、善意として受け取っておくことにする。
「ただ君からすればこんなところ暑いだけでつまんないかなって。研究価値があるものもないだろうし」
「何を今更。元々刺激を求めているのであれば、ナナシビトの伝手を使ってヤリーロⅥにでも行っている」
ヤリーロⅥ。星核の力に阻まれて、長く宇宙から断絶されていた常冬の星は今頻繁に研究者が出入りしている星の一つである。観光資源の量としてはあちらが格別優れているとまでは言いがたいが、ツガンニヤと比べれば大抵の星が時間の潰し甲斐のある星になってしまうだろう。
星に対する有益性を気にするなら、そもそも他人に任せている。そう、サービスのつもりで付け加えればアベンチュリンが少々目を丸めてから、小さく空気を転がすようにして笑った。そっか、と打たれる相槌は柔らかい。
宣言通りにしばらく休んでから、再びレイシオは立ち上がった。以降は日陰を探してこまめに立ち止まりながら進んだため大きな休憩を取ることはなかったが、まっすぐ進んでいればたどり着けただろう水場の姿を遠目に見ることすら叶わなかった。たとえたどり着いたとしても、先客の動物達のせいで近づけなかったと分かっていながらも少々惜しい。
日が傾き出してからアベンチュリンとレイシオは踵を返して宇宙船に戻ることにした。少し時間が経っただけで風の加減で足跡すら分からなくなっていて、道のりと呼ぶのも躊躇われる道程だった。もちろん獣道が出来上がるほどの緑がこの砂漠にあるはずもない。
「どこで暮らしていたかも今となっては分からないけど、多分ここには住んでなかったんじゃないかなって思う。どちらとも確信はできないのは変わらないんだけど」
「そうか」
「うん。でも、どこもかしこも似たような感じだから、やっぱり懐かしく思えるな。こんな具合のところに僕は住んでたんだ」
レイシオにとっては歩き難い砂地をアベンチュリンは柔らかなサンダルで悠々と歩く。足取りは最初と変わらないが、今はどちらかと言えば彼がレイシオに合わせてくれているように感じた。
「
……
もうちょっと早く生まれていれば、もう少し分かることも多かったのかな。僕が暮らしてた場所の特徴とか、たまに交流していた他所の集団の名前とかも分かったのかも」
彼はレイシオが話を聞いているかどうかも気にしていないふうにつらつらと口にする。返事も答えも彼には不要なのではないかと思ってしまって、レイシオは相槌も打たずに歩みを進めた。
「そういうこと以外にも、僕が暮らしていた集団の文化のこともあやふやなところが多いんだ。新年の祭りは夜中にもやることがあったはずだけど、子供の僕は寝てしまっていたから何をしていたかも分からない。僕らの成人の歳にはみんな知っているはずの成婚の儀式の手順も知らない。僕が成長する中で段階を踏んで学ぶはずだったことをもう少し知っていたかった」
アベンチュリンが感じているのはある種の責任なのだろう。もはや誰も知らない、完全に失われてしまった文化を唯一継承できるかもしれない立場にありながら、アベンチュリンはそれを逃してしまった。アベンチュリンに一切の過失がない出来事ではあるのだけれど、分かっていたとしても納得できるかは別なのだろう。
「
……
そうすれば、なんだろうな。分かんないけど」
アベンチュリンの蓄積した知識の中に彼ら独自の文化があったとして、できることはさほど多くはない。もちろん、他の氏族との数少ない交流や学者との接触の中で既に収集されていた文化体系と比較して、活動地域を絞り込むための材料にはできる。それに嘘偽りなく家族への愛を表明した彼にとって、過去の累積は慰めにもなったのかもしれない。
けれど、それだけだ。彼の生年に多少の変化があったとしても、多少の変化以上のことは起こらなかっただろう。むしろ、惨劇が起きた頃に大人に数えられかかる年頃であれば彼も他を守る側に立ち、他と同じく今ここにいられなかった可能性がずっと高くなる。もしかしたら、彼はそうありたかったのかもしれないが。
「文化は一人で担えるものではないし、君たちのような遊牧民は集団間の文化差も大きい。君がこの星で生き続けたとしても、その交流があったという集団の葬送儀礼すら分からないままだったはずだ」
だから、と続けようとしたレイシオの喉がにわかに固まった。だからどうだと言うのだろうか。自らの暮らした地域の文化の情報がエヴィキン人全体の社会的な意味を持たないことが。彼が求めた知識に価値がないと示されることが、彼の慰めになるとは到底思えない。
こんな言葉には何の意味もないのだ。アベンチュリンの唱える『もしも』にさして意味も意義もないように。
「ひょっとして慰めてくれようとした?」
「いや、ただの事実でしかない」
自分が彼を慰めようとしたのかすら、レイシオにはよく分からなかった。アベンチュリンが生んだ言葉の淀みを埋めるように出てきた言葉を思い出しながら、レイシオは小さく息を吐く。
「すまない。君には不要な言葉だった」
「気にしないで。多分君の言う通りなんだろうと僕も思うから。僕一人が知っていても仕方がないし、保存する以上の意味もないものだと思う」
それでもただ、知っておきたかったのだとアベンチュリンは言った。日が落ちはじめて気温が下がってきた温度差からか、風が少し強くなっていた。汗をかいてもすぐ乾いてしまうせいで一向に重たくならない髪がぱらぱらと風に泳ぐのを見ながら、レイシオはアベンチュリンに頷くことしか叶わなかった。
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