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シノハラ
2024-09-16 22:03:50
43860文字
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戦パ
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最果てから少し前
謹慎期間中に弾丸帰省をするアベンチュリンとそれに着いていったレイシオがツガンニヤの砂漠で2つ約束をする話です。
もうちょい追加で修正してスパークの新刊にする予定
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いつも通りの整合性の欠片もない夢を見るためのベッドと、ジムをはじめとした運動施設への入場権。ピノコニーの長期滞在旅客にはその二点が与えられる。一つは慣れない夢に居続けると体は休んでいても脳は覚醒し続けてしまうので、本来の眠りに就くためのものである。もう一つはプールに沈んだままでは衰えてしまう筋肉を適切に維持するためだ。
きらびやかで騒々しい夢の世界から目を醒ますと、静まり返った空間が広がっていた。がらんとした空間にうら寂しさを感じさせ、夢の世界の鮮やかさを強調するための手法なのだろう。そういった感想を抱きながらも、レイシオはむしろこの静寂を好ましく感じている。
プールを出て身を伸ばしてから、レイシオは肩関節を軸にしてぷらりと腕を揺らした。生々しい夢での活動と実際の体の感覚に微かなずれを感じほんの少し眉間に力を入れてから、一度大きく腕を回して違和感をごまかす。
ジムの主要な目的は前述の通り筋力の維持にあるが、レイシオが感じているような違和の解消にも一役買う。習慣にしている朝のトレーニングはとうに終えてしまっているものの、むずむずとする感覚をごまかしたくてレイシオはルームキーを手にジムのあるエリアに向かうことにする。
ジムの受付で運動着を受け取って、簡易のメニューを組み立てながら服を着替えて器具のある方に向かうといい加減見慣れた金色が目についた。周囲に与えるイメージに一つも解れを作りたくないらしいアベンチュリンは、ホテルが提供する運動着とは異なる出で立ちをしている。
「あれ、レイシオ? 君ってこんな時間に使ってたっけ?」
レイシオが前を通り過ぎるタイミングで俯きがちだった視線が上がって、アベンチュリンが持ち上げていた重しが重力に従い落ちていく。アベンチュリンが完全に力を抜いたのに合わせてがちゃんと塊が音を立てるのと同時に、彼が明るい調子でレイシオに呼びかけてきた。
そういえば今まで見たことないな、なんて漏らす彼に言外で同意してレイシオはアベンチュリンの横の器具に腰を下ろす。朝に用事を作るのが苦手な質なのか、レイシオも朝の早い時間帯のジムでアベンチュリンの姿を見たことがなかった。
「今日は夢の中で動き過ぎて違和感が出た」
他の者達のように暉長石号の中を走り回ったわけではないものの、予定以上に活動する羽目になったのは確かである。短期の会員証を翳して事前に登録された重量の設定が済んでから、レイシオは浮くような感覚のする腕を掛けた。
「ああ、綺麗な花火だったね」
「そのせいでこっちは大変だった」
夢だからこそ可能になってしまった馬鹿げた量の人形を集めさせられたのを思い出しながら、レイシオは少々眉間に皺を寄せる。いかにも愉悦に足を踏み入れた者のやることと言えばその通りなのだが。
「噂は聞いてるよ。まさか、彼女があそこまで丸っきり別件で来てたなんて思わなかった」
まるで関係者の一人のように振る舞いながら、最後には文字通り大きな花火を打ちあげて彼女はいなくなってしまったらしい。もちろんその道中でファミリーの動向に大きな影響を与えたのは間違いないが、彼女からすればそれこそがただの暇潰しのための寄り道でしかなかったということだ。
「君は暉長石号にいなかったのか」
ナナシビトが急遽作ったトークルームには彼のアカウントは確かに認められなかった。状況を思えば協力者を選り好んでいる場合ではなかったはずだから、飛空船に彼が乗り合わせていないという確信があったのだろうとは思ってはいたが。
「そりゃできれば行きたかったけど、謹慎中だから公的なイベントはさすがにね」
肩を竦めて告げられたものの、レイシオは相槌の一つも打たなかった。沈黙の間にあるのは少々の不満表明ではあるが、アベンチュリンへのカンパニーの対処は当然の帰結であるのは間違いない。
十の石心をそれとたらしめる物の一つを事故でもなんでもなく、自らの意思で彼は砕いたばかりか使い潰したのだ。アベンチュリンの座を自ら辞したと捉えられたとしても、一つもおかしくない所業である。
この一件でピノコニーの株式の二十五パーセントをひとまず保有し、カンパニーはピノコニーの支配株主になるに至った。その功績が掻き消されることはあるまいが、それとアベンチュリンの策略の暴挙は別問題である。
カンパニーが真っ当な感性を持ち遵守する団体であれば、アベンチュリンへの沙汰は懲罰会議の決議を待つまでもなかっただろう。そもそも、カンパニーがそんな組織であれば死刑囚の男が幹部に数えられることもなかっただろうが。
「無罪放免になるまで
――
なんだか変な言い回しだな。まあいいか、とりあえず沙汰が下りるまでは静かに過ごさないと」
「君が普段どれだけ騒々しく暮らしているかが偲ばれるな」
客室の外のホテル内部も夢で受ける印象を思えば案外落ち着いているが、ピノコニーで客が過ごすのはここの客室でないのは周知の通りである。現に彼も少し前までは煌びやかな街並みの中に溶け込んで、膨大に振り込まれる給与の使い道を探すように豪奢さに拍車をかけていたのだろう。
「混沌医師の勧めでね。症状の改善にはとにかく時間の経過が必要だから、悪夢を見ないようにするならコントロール出来ない夢を見ないのが一番だって」
「君が言いたいことは理解した」
確かに彼の主治医が言うように虚無の浸食が時間経過で改善するのであれば、本来の睡眠状態をできるだけ回避するのが患者に一番負担が少なくなるだろう。一日の大半をピノコニーで管理された夢の中で過ごし、食事と運動、そして脳のために短い時間だけ自身の精神をリスクに晒す。どれだけの患者がピノコニーに長期滞在できるかという問題はあるが、理想的な治療環境ではあるのだろう。
「カンパニーからすれば事実上の軟禁にもなって一石二鳥か」
「そんなことをする必要なんてない。僕がどこにいようが、カンパニーが見つけられないはずもないからね」
ちくりと刺したつもりだったが、アベンチュリンは気にするどころかもっと面白くない情報を再提示してくる。事実確認をしたことはないが、彼の発言には誤りはないのだろう。煌びやかな振る舞いと普段の仕事ぶりを見ると失念する者も多かろうが、アベンチュリンはそういう人間なのだ。
位置情報や発言、彼が見た情報の全てが吸い上げられ、あの全貌を把握するのも困難なカンパニー秘蔵のデータベースの片隅に記録されているはずである。重刑を課された罪人である彼にはプライバシーを主張する権利はない。
一方で、彼に行動の自由が認められているのは彼が死刑囚であるからだろう。殺人の罪であれば執行猶予はつかず即収監となるが、課されるのが死刑であれば話は別にできる。と、言うことにどこかのタイミングでカンパニーは定めたらしい。
つまり、彼に課されるべき刑は死のみであるべきで、その瞬間までの彼は一定の自由を与えられるべきであるとの主張である。アベンチュリンの例は極端なものであるが、他の死刑囚にも似たような思想は適応されており禁固刑の囚人と扱いが異なるのは珍しくもない。
その前例の拡大解釈の結果が今のアベンチュリンの取り扱いである。彼が基石を砕くまでに彼の行動は検知されていたのは間違いなく、少なくともそれを知る者はアベンチュリンの計画を看過した。だから、アベンチュリンはあの石を犠牲にピノコニーを取る計画は損益勘定上妥当なものだと考えていたのだろう。
そうしておそらく、その計算の結果が自身への沙汰にどうにかプラスに働くと
――
考えているのだろうか。その点についてはレイシオも正直測りかねている。アベンチュリンの思考はともかく、いかんせんトップに座しているダイヤモンドの思想がはっきりしていないせいで、判断に迷ってしまうところがある。
あの時、奴隷の死刑囚に教育を施しアベンチュリンに据えたことを考えると、妥当な後任をなかなか用意できなかったのは間違いない。正当なアベンチュリンを用意するまでの繋ぎ程度で座らせた彼が思った以上にいい仕事をしているせいで、今日まで現在の体制で来てしまっているのが実際のところだろうが。
では、今の彼らの情勢は?
「難しいことでも考えてる?」
視線を合わせている状態でしばらく沈黙を保ってしまったせいか、アベンチュリンが軽く首を傾けてレイシオに尋ねる。視界で彼が動いたおかげで、瞬きを減らして考え込んでいたのにレイシオはようやく気がついた。
「いや、ただの現状把握だ」
「そう? じゃあ追加情報をあげよう。僕の治療を考えるとピノコニーにいるのが適切で、謹慎は言い渡されているけど、実際仕事以外の事はさほど制限されていないんだ」
瞼を軽く落として視線を切りながら首を緩く振って否定すれば、彼は納得したようなしていないような声を上げた。それでもそういうことにするつもりにしたらしく、アベンチュリンは自分の身の上についての新規情報を寄越してくる。日頃の仕事内容と密度を思えば、随分と気楽な身分だと言ってしまってもいいのかもしれない。
「だからさ、ちょうど良いし帰省したいって言ったら人を付けろって言われちゃってね」
「帰省?」
「そう。こんなまとまった休みなんて早々ないし。君、ツガンニヤに行ったことは?」
「ない」
「ならどう? 砂と岩ばっかりで、観光できるとしたらオーロラが運良く見える時くらいだけど」
そのオーロラだって星によっては珍しくもなんともないとは思うけれどとアベンチュリンが笑うのを聞いて、レイシオは思わず溜め息を吐いてしまう。
ツガンニヤは所謂岩石砂漠と呼ばれる土地でほとんど覆い尽くされていて、ろくな資源もなく時間をいくら浪費しても文明の進歩に歯止めがかかり続けていた星だ。観光の観点で言うなら彼の言う通り、目ぼしいものなどなにもない。褒められるところなど一つもない。ツガンニヤはそんな星なのだ。
それなのにアベンチュリンはレイシオに着いてこいと言っている。もしかしたら最初で最後になるかもしれない帰郷というやつに。
「そうだな。明後日からはどうだ」
「おっと、随分急だ。明日全部手配しないと」
レイシオの答えに目を丸めてから、色よい返事を引き出せるとは思っていなかったらしいアベンチュリンは突然忙しくなったとすぐに笑って見せる。自分達は仕事柄随分身軽な質であるはずだけれど、さすがに定期便もない星相手となると身一つでとはいかないのだ。彼が言う通り、お互い準備で丸一日潰れてしまうだろう。
「懲罰会議がいつあるかも分からないだろう。早ければ早い方が良い」
「君の言う通りだ。お気遣いに感謝するよ」
少なくともレイシオにはそういう噂は聞こえて来ていないが、許可が出たということは半月以上先に開かれるのだろう。アベンチュリンの計画周りについてレイシオが分かっていることは既に聴取で答えていてまるで無罪放免のような扱いではあるものの、彼の処遇の結果によっては共謀者の一人であるはずのレイシオにも何らかの影響が出るのは間違いない。故に、少なくとも結果が出るまではレイシオには伏せられる情報のはずである。
そういう立場の二人組の長距離移動を彼らが許すのだろうかとレイシオは内心で首を傾げたが、だめなら早々にストップがかかるだろう。そう自身を納得させる頃には、アベンチュリンは端末を引き寄せて宇宙船と食事周りの手配を済ませてしまっていた。
かつての生活環境の問題か大抵の食べ物は美味しく食べられるらしいアベンチュリンは、とりあえずと言ったふうにデフォルトの食事のプランを選んでいる。それだけで栄養は十分補えるし、飽きないような献立になってはいるらしい。
不足ではないもののとは思いながらオプションに間食をつければ、アベンチュリンが教授って結構甘いもの好きだよね、なんて笑ってくる。その響きに揶揄が含まれていないのは本物のそれを聞いたことがある手前理解しているが。
「君も知っているだろうが、頭脳労働は案外疲れる」
「もしかして君、ちっちゃい宇宙船の中でも仕事するつもりかい?」
「あいにく休暇を楽しんでいる君とは違って、僕はあくせく働く必要がある身分でね」
紙とペン。それとインターネット回線とその回線を掴んでくれる端末。それらがあれば、レイシオの仕事はある程度できる。もちろん、現地への来訪や実験を必要とする研究はその限りではないが、そういうフェーズにないものはいくらでもあった。
「残念、しばらく君を独り占めできると思ったんだけど」
「君も暇潰しの道具を用意しておくといい」
はあい、と全く本気に聞こえない軽口を叩いたアベンチュリンが返事をして、端末を元の位置に戻す。それから途中だったメニューに再度取り掛かりはじめたので、そこでようやくレイシオも予定のメニューをこなそうと放っておいていた重しを持ち上げた。
それから出発の日時やらなんやらを決めて、後はお互い準備を進めましょう、となった頃にはレイシオはとっくに当初想定していたメニューをこなしてしまっていた。
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