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井見
2023-12-29 22:06:05
33915文字
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真Ⅲ二次
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【再録】明くる日のベルスーズ
縦書きリーダー用です。
2022年の終わりに発行した真Ⅲマニクロ同人誌の再録です。
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ほんとうのこと
暗い道が続いていた。
電気は通っているはずなのに、ライトの明かりは弱々しかった。あれくらいが悪魔の好む明るさなのかもしれない。そんな中で、駅名の書かれた看板がやけに白く浮かんでいて、誰かが冗談で取り付けたみたいだった。
はじめて踏んだ線路は硬かった。でこぼことしていて明かりが少ないから、僕は何度も躓いた。ようやく線路の終わりまでいくと、電気すら無くなって、剥き出しのトンネルが始まる。仲魔に頼んで明るくしてもらうけれど、彼が疲れてしまったら途端に真っ暗になる。その度僕らは小休止。ずっとここから出られないんじゃないか、なんて思ったりもした。
坂道に滑って落とし穴に落ちて、やっとの思いで抜けると、均一な駅が再び僕を迎える。看板に書かれた文字で、別の駅にたどり着いたことがわかる。しかし駅を出ると、全く知らない景色が広がっていて、僕は立ち尽くすしかない。
懐かしい、嫌な記憶だ。
地下鉄はあまり好きじゃなかった。同じような光景が延々と続いて、駅名だけが現在地を示すのが、まるで閉じ込められているように思う。
車内の電光掲示板は、真ん中の席からだとよく見えない。放送が無いと、今いる場所がわからない。
汚れた制服は水で洗って、適当なビニールに入れただけで、学生鞄に押し込んでいた。めいっぱい膨らんだ鞄を抱きしめるように抱えていると、なぜか安心する。たぶんあたたかいからだ。僕の体温が鞄をあたため、鞄が僕をあたためる。
電車の規則的な振動は揺りかごのように僕を包んでいる。いつかのように、僕の瞼は段々と重くなってくる。
次の駅を確かめようと、電光掲示板を探すけれど、やっぱり人の頭で見えない。窓の外はトンネルの壁が延々と続くだけだ。
幸い、耳を澄まし続ける必要はなかった。僕を待っていたみたいに、車内のアナウンスが次の駅名を告げた。
『次はー、代々木公園駅ー、代々木公園駅ー』
あの日と違って、夢は見なかった。
駅の出入口は一つだけだ。簡素な階段を登ると道に出る。鬱蒼と茂った木々が、もう月が輝いているはずの夜空を隠している。あの日と同じように、僕は少し小走りで公園の中へと向かった。
封鎖の無い公園は、基本的に誰でもいつでも入れた。自転車で乗り入れないように設置されたガードを越えると、入り口からすぐに見える大きな木を取り囲むように、ベンチがいくつも設置されている。暗いとはいえまだ深夜ではないのに、何故か不自然なほど誰も座っていなかった。少し肌寒いからだろうか。僕にとっては都合がいいので、空いているベンチの一つに腰掛けた。
誰も座っていない理由はすぐに分かった。少し濡れている。直前に夕立でもあったのだろう。しかしさっき吐いた体にとって、濡れているとかいないとかはもう些細な問題だった。外的な刺激に鈍くなっていた。
どうせ誰もいないのだし、とそのまま僕は体を横に倒す。シャツ越しに雨水が染み込んで、肩がじとりと濡れる。不快というよりは気持ちいい。思考が体とともに冷えていく。周りの景色に、意識を向けた。
夜。空が暗い。ここからだと、月が見えた。ずいぶんと小さく感じる。少し欠けた月は、空の頂点からちょっと傾いた位置にある。
聞こえるのは、虫のさざめき。木々のざわめき。
公園の中央部は通信塔建設のために囲われている。平日の昼間は工事の音でうるさいらしい。今は申し訳程度のライトが現場を照らしているが、当然人の気配はない。それに、悪魔の気配もない。
今、僕が新しく創世を望むなら、きっとこんな世界かもしれない。
……
創世か。
なんてことのないこの日常は、きっと僕が望んだものだった。
全てが戻った。いや違う、創り直された。
勇も千晶も、僕が殺した。氷川も悪魔もカグツチだって、みんなこの手で殺したから、今この世界がある。それを、僕は全部覚えている。壊れていく世界に目を閉じて、次に目覚めたら自室のベッドの上だった。
そのせいかもしれない。僕の意識はまだ、あの日のベッドの上にいるままだ。
靴に砂が入っていない方が慣れない。思わず頸が触れないように、体を横向きにして寝転んでしまう。深呼吸をすると、何かが出てきそうで口を覆ってしまう。何日経ってもそうだった。
ずっと、悪い夢を見ていたような気がする。
それか、悪い夢を見ているような気がする。
わからなくなる。
少なくとも、受胎の始まるあの時に時間が巻き戻ったわけではないらしい。僕の記憶ははっきりと残っているし、送られてきたメールからきっと先生も同様だ。しかし勇や千晶はめっきり何も覚えていない、ただのクラスメイトだった。
あるいは、二人がもし覚えているのなら、絶対に言いたくないということなのだろう。それはそれで構わないと思う。僕も、覚えているか、なんて聞きたくはなかった。
何かのきっかけでこの世界は簡単に崩れてしまいそうな、そんな恐怖がある。このそっくりな、ほとんどが僕の覚えている通りの世界が。
それでも、受胎前とこの世界では、違いがいくつかある。一つは、代々木公園だった。
受胎前の世界では、そこで起きた事件のせいで、公園は封鎖されていたはずだ。しかしこの世界で目覚めた時、封鎖はされていなかった。聞けば事件はどこか別の場所で起きたことになったらしい。待ち合わせにはバリケードもあの記者の姿もなく、もちろん妖精たちが踊ることもなかった。
川が変わらないなら、代々木公園は歪みだ。
千晶を送り届けた後、僕は、どこか縋るように地下鉄に飛び乗っていた。
そういえば、と僕は思い出した。代々木公園や新宿衛生病院が「ふつう」になっていたのに加えて、もう一つ大きな違いが起きていた。
あの日の待ち合わせ場所はこの大きな木だった。入り口まで来ればわかるだろうけど一応ね、と千晶が取り決めた場所。事件が起きてからはバリケードに覆われ、近づけないようにされていた。
受胎が起きる前の世界では、僕は待ち合わせに遅れに遅れ、二人は先に行ってしまっていた。しかしこの世界では違った。勇が僕を連れ、千晶が待ち続けてくれたおかげで、僕はこの場所で二人に会うことができた。
小さな違いだが、この世界が受胎前の世界をただ単に再生したのではないことを示している。僕がそう願ったのだろうか。しかし僕にその記憶はなかった。
創世の時、僕は何も思い浮かべることができなかった。
創りたい世界はなかった。
誰かの理想に乗じることもできなかった。
僕はただ、いやだと駄々をこねる子供みたいに暴れ続けて、全部壊してしまっただけだったのだ。
世界が壊れていくのに合わせて、僕は諦めて目を閉じた。
そして目を開けると、僕は自室にいた。
それだけだったはずだ。
ざり、と何かを踏み締める音が聞こえた。
誰かが公園に入ってきたのだろう。足音は続く。振り返る元気もなくて、僕はじっとその足音を聞いていた。足音は一度遠のいてから、ゆっくりと大きくなる。ベンチに座るのだろうか。でも、それにしてはかなり近づいてくる。話しかけられるかもしれないな、と思うけれども、体は重い。僕は流れに身を任せた。
「おい、大丈夫か坊主?」
予想通り、声をかけられる。大人の男性の声に、僕の思考は弾けた。
聞いたことのある声だった。
どこで、なんて思い出す必要はない。
僕は思わずその名前を呼びそうになって、開きかけた口を慌てて閉じる。代わりに体を起こして、「大丈夫です」と返すに留めた。
「そうか。いやすまんな、遠目から見ると倒れてるんじゃないかと思ってな」
悪かったと大人は続ける。夜の公園に一人で濡れたベンチに寝そべる高校生は、確かに気になる光景だっただろう。興味半分心配半分だろうか。僕は自身のこの行動を恨んだ。景色を見るだけにして、さっさと家へ帰るべきだった。あるいは病院の様子を見に行ったりだとか。
「ちょっと休憩していただけなんで」
まるで今目覚めたばかりのように頭を抱えて、視線を逸らそうとするのを誤魔化した。
あまり会話をしたくなかった。よりによって、と思う。どうしてこんなところにいるのだろう。ここで事件は起きていないなら、スクープも無いはずだ。
男は去らない。
派手な服装はあの日と同じで、洒落た帽子は手の中にある。目立ちすぎる金の腕時計と指輪がきらりと街灯の光を反射する。男はその手で、肩からかけた大きな鞄の中を探ると、「詫びとは言わんが、これやるよ」と小冊子を僕に差し向けた。
こんなところまで同じか。僕はそれを受け取る。表紙に書かれたタイトルを読むふりをしながら、必死に目眩と戦う。
月刊『妖』。たしか前の世界では病院と受胎について書かれた雑誌だったはずだ。眉唾のオカルト、そうであってほしかった。
この世界の月刊『妖』も、表紙はどうやら全く同じな気がする。新宿衛生病院の名前が目に入って、僕は目をこすった。文字は当然変わらない。
雑誌を見つめていたくなくて、僕は仕方なく、彼の顔を見上げた。彼は営業用の微笑みをたたえて、自己紹介を始めた。
「俺はヒジリってんだ。その雑誌のライターをしてる」雑誌を示して続ける。「せっかくだし、暇潰しにでも読んでくれよ。事情はしらんが、こんな時間にこんな場所にいるなんて相当暇なんだろ?」
付け加えられたウインクは、彼の軽薄そうな雰囲気に良く似合っていた。軽口もたぶん怒らせるため、自分に興味を向けさせるためだろうか。僕はどこか白々しく彼の表情を見つめた。なんというか、あまりにもできすぎているという気がした。
この世界は受胎前の世界とそっくりだ。ならこの人も同じように記者を続けている、それは何もおかしくないだろう。ただこの人は、何かが違うのではなかったか。とはいえ淑女から彼についての説明を受けたのは、僕の記憶では随分前のことだったので、込み入った話は覚えていなかった。
「あなたは、なんでここに?」
なぜこの場所に、この世界に。二つの意味を込めて尋ねた。当然彼は前者の答えしか持っていない。
「この前の事件知ってるか? 宮下公園で襲撃事件があったっていうやつ。単なる暴動で片付けてられてるが、俺はただの事件じゃないと睨んでる。それでそっちの調査をしてたんだがな、まるで収穫無しときた。
素直にそのまま帰る訳にもいかんから、ついでに近場の別の公園に来てみたってわけだ。だからと言って、お前さん以外にゃ変わったもんはなかったがな」
僕は口角を少し上げて、曖昧に微笑んでみる。この公園には何も起きていなくても、代わりに別の公園で何かが起こる。そしてこの人はそれを解明しようとする。なるべく帳尻を合わせようとする何かがあるみたいだ。それが僕のせいなのか、あるいはもっと大きい何かのせいかはわからない。わからないけれど、知りたくはなかったなと思った。
ヒジリは雑誌を読み始めるでも仕舞うでもない僕を見咎めてか、帽子を被り、鞄を肩にかけ直して、
「それじゃ、邪魔したな」
と軽く告げた。既視感のあるやりとりに僕は思わず、
「この後は病院に行くんですか」
あっと思った時には遅かった。ヒジリからは軽い笑顔が抜け落ち、目をまんまるにして僕をじっと見下ろした。
「
……
よくわかったな? なんだ、お前さんうちの読者だったのか?」
ヒジリの顔にはいつもの薄ら笑いが戻っていた。ちょっとした冗談を交えた探りは彼の得意技なのかもしれなくて、僕は緩く首を振って濁した。
「友達が言ってたんです、新宿衛生病院はアヤシイって話があるって」雑誌をゆるく振りながら、表紙に書かれた胡散臭い文字たちを見る。「そういう類の取材なら、病院にも行くのかな、と」
「なるほど、するどい奴だ。お前さんの推理は七割ほど正解だな。
実際は、もう行ってきたんだ。今日はその帰り道。残念だがあの病院にゃ何もなさそうだな。極めて健全な衛生病院。本気で調べるんなら相当深くまでやらなきゃ無理だ」
「
……
何もなくて、良かったですね。
何かがあったら、事件に巻き込まれるかもしれないし」
もし何かに居合わせたら、殺されるかもしれない。この世界ではあの新宿衛生病院は確かに普通の病院のように営業しているけれど、実際にどこまで普通なのかは知らない。
開けるべきでない扉を開けた時の緊迫感を、僕は未だに覚えている。
ヒジリは当然そんなことを知らないから、「オレとしちゃあ、何かあってくれた方が嬉しいんだがな?」と頬を掻いている。
このままきっとヒジリは去って、もう一度病院や公園を調べて、この世界の答えを探るのだろうか? 僕にはわからなかった。ただ、僕の目の前で赤いマガツヒに溶かされていった彼が、当たり前のように目の前で生きて動いているということが、僕には未だに信じられない気持ちでいた。
括り付けられた彼がマガツヒの赤い光に溶けていく光景を、鮮明に思い出すことができる。そしてそれをした勇の姿も。
あの時感じた無力感は、そこまで僕を苦しめなかった。似たようなことが多すぎた。
だから、ひどい話かもしれないが、とくべつヒジリを戻してほしいなんてカグツチに願ったりもしていなかった。創り直される世界に彼もいるということが、そりゃそうだろうと思いつつも、僕の目には新鮮に映る。
そのせいなのかもしれない。
「これ。
……
今読んでもいいですか?」
めずらしく、僕の口は考えるより早く言葉を作ってしまう。
「おお。もちろん」
ヒジリは少し嬉しそうにしながら、帰ろうとしていた体を戻して、僕の隣に腰掛けた。少し濡れていますよと言えばよかった。でも彼は気にしていなそうだった。
僕は月刊『妖』の表紙をめくる。
内容は、どうなのだろう。受胎前のものとそっくり同じなのだろうか? 僕にはわからない。ただ今月の目玉らしい『新宿衛生病院』と『受胎』に関する特集は、かつての世界で千晶から聞いた内容と同じだ。つまり、ほとんどが受胎前の世界における事実であり、この世界でのオカルトだ。
「
……
ヒジリ、さんは、この『受胎』が起きたらどうしますか?」
「そうだな
……
この通りだと、俺たちは死んじまうだろ? だからどうしようもないだろうな」
「運よく生き残ったりしたら
……
」
「そうなったら
……
そうだな。やっぱり俺はなんでこうなったかって、調べるだろうね。
お前さんは?」
もう一度受胎が起きたら。
僕はまた、悪魔になるのだろうか。
あの世界に人間のまま入ったとしても、コトワリを啓けるとは思えない。きっと僕は、また同じことを繰り返すだろう。
「僕はたぶん、どうすればいいんだろうって言いながら、ふらふらしていると思います」
何も決められずに。
何にも頷けずに。
「そんなもんだろう。立ち止まってない分、上出来じゃないか?」
「
……
」
僕に返せる言葉はない。
今の僕は、どうしたって立ち止まっている。
「なんで受胎が起きたかわかったら、その後はどうしますか」
代わりに意地の悪い質問が出た。
「例えばものすごくくだらない理由だったら。それか、雨が降るくらい、自然なことだったら。
……
意味の無いものだったら」
「
……
そりゃあ、理由が拍子抜けするようなものだったらつまらんけどな。全部わかっちまうなんてこと、無いだろ。
雨が降るのだってメカニズムがあるし、どうやって雨が降ったかがわかったら、どうしてそこで降ったかを調べるもんだろ? 俺は満足するまで調べるし、きっと満足できないだろうよ」
ヒジリはすらすらと断言する。本来の姿を垣間見たような気がして、僕は少し目を細めた。
全てを知った全能感は、僕には計り知れないが、あの世界で彼はそれに溺れかけていたような気がする。でも最初からずっとそうだったわけじゃなくて、僕を利用し、利用されながらも、彼は彼なりに動いていただけだった。極端で急すぎる変化が、彼も追い詰めたのだと思えた。勇も千晶も一緒だ。あの世界で見た姿は嘘ではないし、それでもあの姿だけが真実ではない。そしてそれはきっと僕も同じだった。
あの世界への変化を最初から理解していた氷川と先生は、多分僕らと逆なんだ。世界が変わったせいで僕が変わったなら、世界が変わらないせいで氷川は変わった。そして先生もそうだ。
受胎を引き起こしたのは氷川で、協力したのは先生だ。僕の視点から見るとそれが事実だけれど、大きな視点で見れば、誰でも良かったのだろう。そして彼らは選ばれた。受胎の真実なんて、それだけのことだった。
どうして、とも思うし、どうでもいい、とも思う。そういうものなんだ、と僕はどこか納得している。
むしろわからないのは、この世界だ。
この世界は、いったい何のために。
なんて、目の前の男に聞けるはずもない。
「
……
ありがとうございます。
これ、学校の友達にも見せてみます」
強引に話題を断ち切るには、その場から去るのが一番だ。
僕は雑誌を握ったまま、鞄を持って立ち上がる。濡れた服が風で冷えた。
「おお。夜も遅いし、気をつけろよ」
「
……
ヒジリさんも、気をつけてください」
彼はこの世界も記録するのだろう。
その視線から、今は去りたかった。
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