茜屋(せんや)サナ
2024-08-24 06:38:39
17709文字
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白鴉の爪痕

8/24・25開催のアーマードコアシリーズwebオンリーイベント「無限の戦火よ、鋼鉄よ」展示作品です。
『ARMORED CORE Ⅵ FIRES OF RUBICON』のレイヴンの火ルート、カーマンライン突破主人公敗北IFです。カップリングはラスティ×621(♀)になります。


 バートラム旧宇宙港襲撃から数日後、レッドガン、アーキバス、RaD、独立傭兵レイヴンを交えた奇妙なブリーフィングが開かれた。議題はもちろん惑星封鎖機構の巨大兵器アイスワームを撃破するため。地中をとんでもない速度と範囲で移動する巨大金属ミミズに企業陣営は苦杯を嘗めさせられていた。
 ミッションの前提を確認したところで、ひねくれた声が挟まる。
「やってられるかよ。俺は遠巻きに見物させてもらうぜ」
「G5! 前線に出るメンバーがひとり確定したようだな」
 雉も鳴かずば撃たれまい、の慣用句の実例を見た。イグアスは監視や隠密ミッションをどうこなしているのだろうかと621 はやや疑問に思った。そもそも、ブリーフィングに出ている時点で、彼に傍観の選択肢などないはずだ。
 ブリーフィングの結果、真正面から殴りに行く係は621 に決まった。射手はラスティだ。
ラスティが狙撃を得意としているのを、621 は少し以外に思った。近接特化型のAC に乗っている印象のせいだろう。
「ねえ、エア」
「何でしょう、レイヴン」
「特別危険手当って出ると思う? 真正面から攻撃って結構リスキーな役だと思うんだよ」
 この任務に当たる全員がリスクを背負っているが、ふと湧いた疑問をジョークとして口にした。
「レイヴンがジョークを言えるようになっただなんて、感慨深いですね」
 しみじみするエアに621 は肩をすくめた。そこまで言わなくても良い気がするが。

 ミシガンの号令で始まったアイスワーム討伐は、イグアスの悪態で幕を閉じた。途中でコーラルが暴走し、あわや全滅かと思われたが、ラスティがオーバードレールキャノンのリミッターを解除して狙撃し、621 が仕留めたことで事なきを得た。
 621 は現在、元は白の塗装だったとは分かりづらいほど煤けた中量四脚を走らせながら、ラスティのいる旧宇宙港へ向かっている。道中、エアの告白を聞きながら。
「コーラルは……彼らは……私の同胞なのです。コーラルの織りなす潮流。私は……そこに生じたひとつの波形……。実体を持たぬ、ルビコニアン」
 その告白に、621 は驚く。
「これまで長い間……誰にも知覚されることはなかった。レイヴン。あなただけが……
 自分だけが、彼女を知覚できたのだという。
……いきなり言われても、困りますよね。すみません、レイヴン」
「その、何と言うか……
 621 は言葉を探すが、生憎と欠品状態だった。こんな状態でも冷静にAC を操縦する自分の非人間性をどうかと思う。そんな彼女の状態を察したエアはふふふと笑う。
「まあ積もる話は後にしましょう。これからレイヴンはお楽しみの時間ですから。私は空気が読めるルビコニアンですので、大人しくしていますよ」
 またも妙に大人っぽくエアは621 に言い放ったのだった。

「男前になったな、ラスティ」
 旧宇宙港にて。ラスティはレールキャノンとスティールヘイズの接続を解除し、リミッター解除による負荷の応急メディカルチェックを受け終わったところだった。
 通話相手はV.Ⅲオキーフだ。視界共有通信の為、彼にはラスティの男っぷりがよく見える。端整な容貌の鼻と口の端には、赤茶色のものがこびりついていた。無論、血の跡だ。安全装置を切り百二十パーセントの出力でレールガンを打ったのならば負担は当然、搭乗者に及ぶ。安全装置とは機械の為ではなく人間の為にある。安全装置を切ったのであれば当然の結果だった。
「そんなジョークを言う為に通信を飛ばしてきたのか、オキーフ」
「ああ。入れ込んでる鴉との協働ミッションでどれだけはしゃいでいるかと思ってな」
 オキーフが喉奥でくつくつと笑う。ジッポーで火を着ける音と息を長く吐く音が聞こえた。
「あまりはしゃぎ過ぎて今後に支障を来たしては困る。まさかレールガンの安全装置を切って大出力の過負荷を負ってはいないだろうな」
 第3部隊長の切れ長の灰色の瞳が抜け目なくラスティを見据える。
「ここからが本番だぞ」
 状況はこれでアーキバスに傾く。コーラル集積地を探し出し、資源を手に入れて運び出す。何をどんなに踏みつけて蹴散らしてでも、この惑星のコーラル全てを手に入れる。醜く原始的な戦いが始まる。その心積もりがあるかと、オキーフは言う。
 その言葉を受けて、ラスティは唇を少しほころばせる。微笑みの形に唇が裂けた。笑みと言うよりは、薄い刃物を思わせる表情だった。緑の目は鬼火か熾火に似た薄暗い輝きを宿している。
「今更、言われるまでもない」
 声音は絶対零度の響きを帯びた。ヴェスパーの隊長同士の会話にしては剣呑な雰囲気が漂う。
 妙な連れ合いを得て腑抜けたかとオキーフは危惧していたが、どうやらそんなことはないようだ。狼の牙の鋭さはそのままか、と安堵したのも束の間、通信の向こうのラスティが明後日の方向を見ている。先ほどの鋭さはすっかり消えている。どうやら、別所から通信が入ったらしい。
「すまないオキーフ。急用ができた」
「お前な、人の忠告を……切りやがったな」
 砂嵐しか映さない画面を眺めてもしょうがないとオキーフは通信を切る。
「やれやれ。相当お熱だな」
 本当に大丈夫か、と第3部隊長は嘆息した。
 通信を切ったラスティは予想通りの来客を迎えに行った。整備員からレイヴンの来訪を告げられたのだ。部外者が奥まで立ち入らぬよう、旧宇宙港エントランスで待たされているようだ。顔にこびりついた血を綺麗に拭き取って、そちらへ向かう。
 黒一色の上下の着衣を纏った女性が広い空間にポツンと佇んでいる。帽子から伸びる白髪は、前より整っているような気がする。こちらに背を向ける彼女の背に何気なく近寄って――
「戦友」
 と囁く。
「ひゃあぁっ!」
 すると聞いたこともない可愛らしくも艷やかな声が上がった。音源は探すまでもない。レイヴンだ。どさりと重い音がしたかと思えば、ジュラルミンケースが床に落ちている。足に当たっていないようで幸いだ。
 彼女は耳を押さえてラスティから後ずさりして逃げる。押さえられていないもう片方の耳は真っ赤に染まり、頬も紅潮していた。
 その可愛らしい声以上に驚くのは表情だ。いつもの眉一つ動かぬ無表情ではなかった。口はへの字に曲がり、眉根は寄り、鮮血色の目は見開かれている。平たく言えば驚いた顔だ。ここまで表情が崩れているところは見たことがない。
「あの……ラスティ」
……ああ」
 口をパクパクと開閉しながら、彼女は必死に言葉を紡ぐ。それを神妙な顔つきでラスティは聞く。
「声を掛けるなら……
「ああ」
「次からは合図とかしてほしい」
「分かった」
 神妙に頷くラスティを621 はやや疑り深そうに見遣るが、ケースを落としたことに気付き、拾い上げた。
「ところでラスティ、さっきはお疲れ様。レールガンの負荷、大丈夫だろうか?」
 621 が心配そうにラスティを見上げる。彼は設計者が使用者に誠実な設計をしていたので、お陰様でピンピンしているとおどけてみせた。医療班から安静を言いつけられているのは内緒だ。
「ところで戦友。それは? 随分と物々しいな」
「そうなんだ。ミシガン総長が私とラスティにと、これを」
 レイヴンの瘦身には不釣り合いなジュラルミンケースを、彼女は掲げて見せる。出撃前に621がウォルター伝てに預かったジュラルミンケースだ。中身は不明だ。
「ミッション終了後に開け、とウォルターが」
「そうか、とりあえず開けようか」
「ああ」
 エントランスの使えるよう小綺麗にされたソファに2人は腰掛ける。
 ケースの留め金を外し、蓋を開ける。ケース内側には緩衝材と断熱材が張られ、真ん中に2本の青い瓶が鎮座している。瓶は細長く、中部に特徴的な凹みがあった。内部には液体が入っている。
……飲み物?」
「そのようだが……
 初めて見る飲料を2人は矯めつ眇めつ眺める。どうやら、先端部の透明なガラス玉を押し込んで栓を開ける構造のようだ。
 ケース内にはメッセージカードが入っていた。飲料に関する言及はなく、達筆な字で「特別危険手当を支給する М」とだけあった。
「臨時ボーナスみたいだね」
「第2隊長より気前がいい」
 勧誘を蹴ったのは惜しかったかもしれないな、とラスティは621 だけに聞こえるように言った。それを聞いた彼女は誰にも見られないように、小さく喉を震わせる。
「不吉なナンバーで良ければ私と半分、分け合う?」
「おや、どういう意味だろうか」
 やや遠くを通りかかる整備員に聞かれないように2人は距離を縮めてひそひそと話す。それを遠巻きに見るアーキバス整備員は爆発しろ、と思った。
「レイヴンの乗機は一定じゃないから、降りさえしなければ誰も分からないよ」
「なるほど。魅力的な悪魔の誘いだ。だが止めておくよ。上司に副業がバレると面倒でね」
 それはそうだと621 が返すと、2人はくすくすと笑う。
「さて、特別危険手当を頂こうか」
「そうだね」
 ガラス玉を押し込むと、プシュと音が鳴った。炭酸飲料のようだ。
「では勝利を祝して乾杯」
「乾杯」
 チン、と瓶が打ち鳴らされる。一息飲むと爽やかな甘さと炭酸の泡が舌を刺激する。
「んわっ」
 621 はこれが初めての炭酸飲料だったので驚いた。
「おや、戦友は炭酸水は初めてかい?」
「炭酸、って言うんだ」
 舌を丸めながら彼女は目をつぶっている。本当にびっくりしたらしい。聞けば水か白湯か、フィーカしか飲まないんだとか。
「ヴェスパー部隊でもそうそうお目にかかれない贅沢品だよ。ミシガン総長は良い物をお持ちだ」
「みたいだね」
 炭酸の痺れるような刺激を味わいながら621 はゆっくりと飲み下す。慎重に、こくこくと飲んでいると視線を感じた。
「ラスティ」
「おや、何かな」
 視線の主は言うまでもなく、この男だ。何が面白いのか、こちらを温かい目で見守っている。
「そうじっと見られいると、飲みづらい」
「そうか。それはすまない」
 言葉は謝っているが、表情は笑顔だ。謝意があるようには見えない。
 微笑むラスティはすっとごく自然に彼女に近寄って、621 の唇に自分のそれを押し当てる。小動物のようにびっくりする彼女の反応を楽しんで、唇を離した。
「ラスティ」
 621 はぎこちなく明後日の方向を見ながら名前を呼んだ。
「何かな」
 呼ばれた方は実に飄々として悪びれる様子がない。
「誰かに見られたら困るよ」
「そうかもしれないが、誰も見ていないから大丈夫だ」
「監視カメラは」
「死角だ。抜かりない」
 何て仕事のできる男だ、と621 は呆れた。
旧宇宙港襲撃のあと、ラスティとは交友を深めていた。ウォルターは最初、渋っていたが情操訓練の一環として黙認している。何気ないスキンシップに始まり、抱擁を交わし、リップノイズも平然と受け入れるようになったが——ついには唇を奪われてしまった。拒否感がないのが、また困る。
「これで元気が出そうだ。休養を取り次第、地中探査に向かわねばならなくてね。しばらく会えそうにないと思ったら、つい」
 621 は半眼でラスティを見るが、最終的には許すことにした。嫌いではないのだし。
「そうだ、戦友。お詫びと言っては何だが」
「詫びるくらいなら最初からしない方が良いのでは?」
 容赦なく切り返す621 にラスティはすまないと謝る。
「良いマシュマロとフィーカが手に入ったんだが、良ければこれからどうかな。ここで臨時の部屋が割り当てられていてね」
……第2隊長に見つかると厄介なのでは」
「こんなこともあろうかと便利なものを持ってきておいた」
 ラスティはヴェスパージャケットの内側から折りたたまれたアーキバスのジャケットを出した。手品のような手際の良さだ。
「それをかぶって部屋まで?」
「ルートは決めてある。堂々と歩いてくれれば問題はない」
 わずかの逡巡ののち、門限厳守で、と621 は返した。返事を聞くと、ラスティはすぐさま彼女にジャケットをかぶせ、瓶とケースを左手に持つ。右手は恭しく621 の手を握った。
「では、行こうか」
 どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべるラスティに、彼女は我知らず、穏やかな笑みを返した。
 その日、621 はハンドラーから遅い帰宅を許可された。自室に戻った621 はベッドに横になり、うつらうつらと微睡む。
 ラスティの唇は甘い。
 マシュマロか、カフェオレを思い出す。唇を合わせて、舌を擦り合わせる。それだけで味を感じるはずがないのに。
 分からない、と私は自分の唇を触る。手足、神経や内臓の一部を金属や樹脂に置き換えているが、頭部と胴体はまだ生身の比率が多い。この少ない生身は一体、何を感じているのだろう。
 エアのおやすみなさいの挨拶を聞き、返事をして彼女は眠りに落ちた。