不破
2024-07-07 20:59:40
5381文字
Public 空戦
 

#21




「それで、その怪我はどうしたんです?」

「転んだだけさ。心配いらないよ」

「そうですか、じゃあ隊長の名前でダヴェンポート少佐に開示請求するしかないですね」

5つ並んだ鉄製のロッカーの左から3番目のロッカーにフライトジャケットを収めて扉を締めたところだった。談話室のソファーで端末を開き、情報を整理していたセシアの問いに答えたが、適当な誤魔化しに返ってきた言葉にぎょっとして振り返った。

……どうやって調べた?」

「我が国の電子情報システムって穴だらけなんですよ。前皇帝時代のシステムの話ですけど」

 前皇帝時代、というセシアの言葉に妙に納得がいった。
 前皇帝、ローレンツ・メルゼブルクは優れた皇帝だった。しかし、当時のメルゼブルクという国は皇帝の威光の陰で私腹を肥やす貴族が大半を占める堕落の国家だった。その国家の情報システムが形骸化していることなど容易に想像がつく。

「まあ、グリーディア陛下が即位してから新たに構築されたシステム内のデータベースは意味分かんないほどのセキュリティレベルですけどね」

試しに侵入したらしい端末を展開してこちらに見せながら言うセシア。その光学モニターには「404 not found」と表示されており、目当てのページが既にないものとして扱われているということを示している。
 自分の過去についての情報が彼女の言う意味のわからないほどセキュリティレベルの高い新システムの領域ではなく、穴だらけの部分に保管されていたのであろうことを察したアレンは深い溜め息をつき、低い声で問う。

……誰にも言っていないね?」

「当然です。それより、隊長には言ってないんですか?」

……アン君には荷が重い話だろう? 僕が元殺し屋だなんて」

 望まぬ形で預かることになった部下の1人が元殺し屋だなどと、アンタレスにとっては重荷にしかならないだろう。そもそもこの事実は過去のことだ。知ることによって抱える必要のない重荷を隊長になったばかりの彼に背負わせる必要などないだろう。

「ウサミ大尉が言ってたことがわかった気がします。優しい殺し屋なんてフィクションの中だけだと思ってましたけど」

「ウサミ大尉にも話を聞いたのか……

「そりゃ潜ってる時に後ろから小突かれましたし」

 ますます深く溜め息をついたアレンは右手で顔を覆った。あの老魔女のことだ、余計なことは言っていないのだろうが、当人は核心に近い部分については勘づいているのだろう。今回のフュゼ・ナイトレイにしても、第六感を疑うほど鋭い感覚を有していた。勘の良さも折り紙付きだろう。

「はあ、ナイトレイ大尉も大変ですね。古株の将官から命を狙われるなんて」

 と、溜め息を交えてセシアが続けた言葉に沈黙する。あの男の正体については、公言しない方が良い。確かに、暗殺者を差し向けられるだけの理由がある人物だ。なぜあんな人物にナイトレイのような名家の名を不自然に継がせたのか、それは自分達が預かり知るようなことではない。

「ウサミ大尉が”コクチョウ君”とか言ってましたけど、どういう意味なんだか」

 セシアの言葉に目を細める。おそらくウメの言う「コクチョウ」とは極東の言葉なのだろうが、どういう意味かまではわからない。

「極東の言葉だろうけど、変に知らない方が良い。良い結果を招くとは限らないからね」

 セシアの言葉に返す。小さく「過保護……」と聞こえたが、すぐに短く息を吐く声が聞こえた。

「はいはい、わかってます。私達が知る必要のないことですよねー」

 少しばかり拗ねたようなセシアの声色にアレンはまた、深く溜め息をついた。
 今回の件について自分に追求がなかったことは幸いだったが、参謀本部の調査で今回の依頼主だと判明したクラウス・バックハウス中将は、オルカ・リシャール少佐が踏み込んだ際には既に姿を眩ませていたらしく、行方不明として処理されたらしい。パトラに逃がした妻と娘が無事だとわかった時点で、これ以上この件に踏み込む必要はない。国家の暗部に関わるような内容の話題に触れるのはもうたくさんだ。

「僕達は一介の兵士に過ぎないよ」

 諦めを含んだ声で、アレンはそう溢した。