不破
2024-07-07 20:59:40
5381文字
Public 空戦
 

#21


 目を開いた。薬品の匂いの中、白い天井を見上げたラザフォードは、気を失う直前の戦いを思い出して勢い良く身体を起こした。

「っ……!!」

 と、ほとんど反射で動かした身体が刺すように痛んだ。身体に巻かれた包帯に赤い色が滲み出す。身体を貫通したロゼ・シュタインベルクの攻撃が残した傷が開いたらしい。胴体を貫通するような攻撃だったのだ。簡単に塞がるものでもないだろう。

「怪我人がそう派手に動くもんじゃねーぞ。軽傷ってわけでもあるまいし」

 傍らから響いた声を耳にし、ぎこちない動きでそちらを振り返ると、隣のベッドの上で片膝を立てた姿勢で座っているノーヴェ・カラブレーゼが煙草の箱を取り出したところだった。

「病室のベッドで煙草に火をつけるのも大概だと思うがな……

 深く息を吐いて肩を落としながら、呆れた調子で口にした。ライターが火を灯す音が小さく響き、それに蓋が閉じられる小気味良い音が続く。ノーヴェがくたびれたように吐いた煙が白い部屋に靄をかけた。

「さすがに、シュタインベルク相手は骨が折れたみたいだな」

 シュタインベルクはリベルタリアの貴族の中でも名家に数えられる伯爵家である。当主であるロゼ・シュタインベルクはその名に恥じない実力の持ち主だと言える。血を操る魔術である「我が血で切る鉄十字ブルート・エー・カー」に、優れた指揮能力とサーベルを用いた剣技。鉄血の男、吸血鬼の通り名に相応しい強者、それが現、メルゼブルク軍のトップに立つ男だ。

「関係ない。復讐の為には超えなきゃならない敵だ。次は殺す」

「復讐のための戦争だってならやめといた方がいい。言ったろ? 何事もクールにだ」

 言い切った言葉に、ノーヴェが返してくる。確かに、こうして戦争という大きな流れが出来上がってしまった以上、自分1人の復讐だけに完結する話でなくなってしまったことは事実だろう。17年前の生き残りとして、空の世界リベルタリアを導くべき教皇の一族の最後の1人として、本来ならばその責務を優先すべきであることは理解している。しかしそれでも、この恨みを晴らさずに生きていくことなど自分には出来そうにない。心の奥深くで燻り続ける火種のように、この恩讐が消えることはないだろう。

……それで、大佐殿はなぜ医務室なんかにいるんだ?」

 自らの復讐について、この場でこれ以上言及しても意味がないことは理解している。故に、ラザフォードは話題を変えることにした。

「大斧担いだご令嬢の熱烈アプローチにお応えしようとしたら、派手にやられちまってね」

 大斧を担いだ令嬢などという兵士がメルゼブルク軍に居るというのは聞いたことがないが、魔術師である彼がどうして大斧を持った相手に負傷するのか、甚だ疑問である。本来なら遠距離からの攻撃で仕留められそうなものだが。

「なるほど、それはクールだな」

 苦笑交じりに言いながら、ラザフォードは傷が痛まない程度に肩を竦めた。
 さすがはウィンズレット軍でも名の通った伊達男と言ったところだが、戦場での出来事をそんな軽い言葉で済ませるのはこの男の悪癖だろう。

「ま、大した傷じゃない。そろそろ仕事に戻ることにするさ」

 と、煙草の火を消したノーヴェがベッドから立ち上がり、いそいそと着替え始める。身体に巻かれた包帯は自分よりも確かに少なかったが、軽く動いて良いような傷なのだろうか?というよりも、軍医の許可もなしに軍務に戻るなど許されやしないだろう。

「軍医になにを言われても知らないぞ」

「自分のことは自分が1番良くわかるさ。軍医に追いかけられたって逃げ切れるぜ」

「大佐のような負傷者がいるなら、軍医の足の速さにも意味があるだろうな」

 白いローブを羽織りながら、冗談めかして言うノーヴェの後ろ姿に返して上半身を倒し、仰向けにベッドに横になる。からからと笑ったノーヴェが「じゃあな」と残してドアの向こうへ消えて行くのを見送り、閉じたドアを少し眺める。
こんなところで時間を潰している場合ではないが、如何せん身体がまともに動かせそうにない。歯痒さと焦燥に押し潰されないよう己を保たなくては。

 ――心を……焼き尽くすでないぞ。

 前メルゼブルク皇帝、ローレンツ・メルゼブルクの忠告を思い出し、深く息を吐いた。