mishiadd
2024-07-07 18:06:49
11847文字
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宮本伊織に人生をメチャメチャにされたいコレクション:本買道中膝栗毛

大好きな『三国志演義』のスピンオフ的読本が出るらしい、と聞いてわくわく新刊を買いにお出掛けする伊織殿とそれに付き合わされるセイバー。


五、

水茶屋を発ち、「いい加減そろそろ」とセイバーが目配せをすると、伊織が、ぱん、と大きな音を立てて自分の両頬を手のひらで打った。顔を両手で挟んだまま、セイバーの顔を見返して大きく頷く。「そんなにも気合いを入れなければならないことなのか」とは内心思いつつも、調子を合わせてセイバーも大きく頷き返してやる。

――行こう」
「おう」

すたすたと、まるで戦場にでも向かうかのような足取りで歩き始めた伊織を追ってセイバーがてくてくと歩く。
途中で水あめを出している屋台を見つけて思わずそちらに足が向かおうとしたが、ようやく決心してくれた伊織の足を止めたくない一心で――これでまた再び決心してもらうまでに四刻かかってはたまったものではない――断腸の思いで見て見ぬふりをして通り過ぎる。……まあ、帰りに寄ればいいか。

小道を抜けて大通りに出る。ぱっと視界が開ける。――眼前に広がる光景に、セイバーは思わず感嘆の声をあげた。



その本屋は大店も大店――普通の店の四軒分はぶち抜いているかのような巨大な店構えだった。
趣味のいい落ち着いた色の暖簾に大きく屋号が書かれている。道のど真ん中に屋号と店主の名前の入った立体看板が置かれ、そこに足を止めた通行人が物珍しげに店先に目をやる。すると、斜め掛けにされた巨大な板の上に所狭しと陳列された色鮮やかな錦絵が視界に飛び込んでくる。それらを興味深げに眺めながらすっと目線を下げると――あった。見栄えのする錦絵と同様に誇らしげに並べられた、色とりどりの表紙の『本』の数々。

物珍しさに思わずふらふらと吸い込まれるように近づこうとしたセイバーの隣を、伊織が大股歩きで追い抜いていく。一目散に陳列された本の前に立ち、一冊一冊表紙を確認していく。やがて――見つけた。

す、と手を伸ばす。一瞬躊躇ってから、決心したようにそっと一冊を拾い上げた。両手で目の前に掲げ、まじまじと表紙を見る。ぱら、と少しだけ開いて、すぐに閉じる。

その様子をセイバーが背後から眺めていると、やがて伊織が振り返った。戸惑ったように本を手にしたまま、嬉しいような困ったような、どことなくはにかんだ顔をしている。「もっとそれらしく笑え」とセイバーが自分の口の端を指で持ち上げる仕草をすると、「はは」と苦笑した伊織がそっぽを向いた。――普段から素直に感情表現をする努力をしないからこういうときに困るのだ、とセイバーが肩を竦める。

伊織が支払いを済ませる間、セイバーは売り物を物色する。――ニシキエ、とはこれか。
そういえばたまに伊織が破けたなにがしかの紙切れのようなものを万屋に売っては銭に替えているのを見るが、どうやら元はこれらしい。美しい女性が描かれたものや、役者の似姿が描かれたもの、旅先の風景画――

「おや」とセイバーが目を止める。居並ぶ錦絵の中でも題材としては珍しく、それぞれ見栄を切る男女二人組の姿が描かれた一枚。――『辻斬り宮本某一味』。
んんん、とまじまじと見下ろすセイバーに「ああそれ」と横から声をかけてきたのは、人懐っこい様子の中年の女性客だった。

「一時期巷で流行ってねえ。なんでも、ものすごく腕と見目のいい辻斬りが、これまたべらぼうに見目がよくて腕の立つ女と江戸中を逃げ回ってるって。
なんでも殺すのは黒い噂の絶えないお役人様ばっかりだったっていうから、もう皆盛り上がっちゃってさ。確か芝居小屋の――歌舞伎の演目にもなっていた筈だよ。あたしは見てないから、出来はどうだったか知らないけどねえ」
「ほう!」

セイバーが興味深げに唸る。
自分の知らぬ間にヤギュウの他にも似たようなことをやらかしているツジギリがいたとは――しかも二人組だと。事と次第によっては伊織に伝えなければならないだろう、とセイバーが女に聞き込みを開始する。別にそれが目的と言うわけでは決してないが――「でかした、セイバー」くらいは伊織に言わせられるかもしれない。だからどうというわけでは決してないが。

「その二人組はどういう見た目なのだ」
「その錦絵の通りだよ。ひとりは若い浪人風の色男で、もうひとりは若い美人の女さ。なんだか長い髪を編んでいて、着物もちょっと変わってるって話だったよ」
「ほう。そして腕が立つと」
「男の方もやたらめったら強くって誰も勝てないって話だったのに、女の方はそれに輪をかけて更に強いんだってさ。強すぎて何かのあやかしみたいだって」
「ふむふむ。――で、その二人組は今どうしているのだ」
「それがねえ、ぱったり噂が途絶えちゃったのさ。そもそも、お役人様が何人も斬り殺されたって話も、最初のうちはそりゃあ皆大騒ぎしてたのに、いつの間にか『そんなことはなかった』ってことになっててねえ。ま、珍しいことじゃないさ。
実際辻斬りもぱったり止んでね。この二人組も、今頃はどこでどうしてるやら」

「旬は過ぎたけどまだこうして新作の錦絵が出てるなら、きっとまだまだ好きな人がいるんだろうねえ。描く方も買う方も」と女が独り言のように呟き、軽く会釈をして立ち去る。
それと入れ替わるようにして「すまん、待たせた」と伊織が戻ってくる。「イオリ!」と今しがた仕入れた情報を伝えようと口を開きかけたセイバーから目を離し、伊織が目の前の錦絵に目を遣る。そこに書かれた文字を読み取り、うんざりした顔をする。

「大変だぞ。ヤギュウの他にもまだ野放しになっているツジギリがいるようなのだ」
「そうか。――さあ、帰ろう、セイバー」

「イオリィ!?」と素っ頓狂な声をあげながらセイバーが伊織の後を追う。途中でしっかり水あめ屋に寄るのを忘れずに、そのまま帰路についた。







当初は自ら危惧していた通り本を寝かせそうになっていた伊織であったが、「イオリィ……」とセイバーに呆れ半分にねめつけられたのが少しでも効いたのか、その日から少しずつ鍛錬や儀の合間に読み進めているようだった。
その様子を眺めているセイバーと目が合うたびに、何を思ったのか「読み終わったら渡すよ、セイバー」と伊織が繰り返す。セイバーが肩を竦める。

「別に要らぬ。好きなだけ時間をかけて読むといい」
「そうか? ――やけにこちらを見ているから、早く読みたいのかと」

きょとん、と伊織がセイバーを見る。その顔を見て、「はーあ」とセイバーがこれ見よがしに溜息をついた。

「きみは、私がものを食べているところを『自分も食べたいから』見ているのか」
「? いいや」
「だろう。それと同じことだ」
「うん……?」

怪訝そうな顔をした伊織に、「よい。さっさと続きを読むといい」とセイバーが促す。「あ、ああ……?」と得心のいかないまでも読書に戻ると、やがてすぐに夢中になってしまったようで、伊織の指先が和紙の表面を擦る音のみが響く。

その横顔を眺めながら――セイバーが満足げに目を細めて微笑んだ。