mishiadd
2024-07-07 18:06:49
11847文字
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宮本伊織に人生をメチャメチャにされたいコレクション:本買道中膝栗毛

大好きな『三国志演義』のスピンオフ的読本が出るらしい、と聞いてわくわく新刊を買いにお出掛けする伊織殿とそれに付き合わされるセイバー。


四、

日本橋に限ったことではないのだが、伊織とセイバーが連れ立って歩いているととかく目立つようで、本人たちの知らぬ間に巷の噂になっていたりする。行く先々で目撃証言がやたらあるのもそうだが、挙句の果てには正体不明のちょっとした怪談として定着していたりもするので――まあ、実害はないのだから問題ないのかもしれないが――見られている、ことはせいぜい自覚して、それ相応の振る舞いくらいは心掛けた方がよいのかもしれない。

わざと遠回りをして日本橋の町内をぐるりと巡りながら、目についた屋台に適当に立ち寄る。セイバーに命じられるままに銭を出す伊織の姿はいつもと変わらないのだが、今日ばかりはさすがに思うところがあるのか、「仰せのままに」と言わんばかりに従順な面持ちで財布を取り出す青年に、店主の男が噴き出した。

「随分尻に敷かれてるねえ。まあ、こんだけ別嬪さんならどんだけ貢いでもタダみたいなもんか。
あんちゃんみたいな男前でも美人にゃめっきり弱いところを見ると、同じ男として親近感が湧くよ」

「ん?」とセイバーが首を傾げ、伊織が渋い顔をしながら目を逸らして適当に誤魔化す。
セイバーと行動を共にするようになってから、似たようなことを言われ過ぎて正直全部面倒になってきている。否定するにも一体どこから否定すればいいのかわからないし――そこから生じる一連のやり取りを想像するだに面倒くさい。どうせ勘違いされていたところで自分には大した害も影響もないのだから放っておくのが一番である。

店主に軽く礼を言い、再びゆったりと表通りを歩きだす。伊織から受け取った味噌田楽を齧りながら、セイバーが尋ねた。

「イオリ、『覚悟』とやらはできたのか? 私は、歩けば歩くほどこうしていろいろ食べられるのなら、それはそれで構わないのだが」
「ん――いや、もう少しだけ待ってくれ。……確か、この先に水茶屋があったろう。そこで団子でも食べよう」
「おお、それはよい! フフン、これはこれでよいものだな。イオリ、たまにであればもっと読本を買ってもよいぞ」
「はは、それはありがたい申し出だが、それでは財布がもたないよ」

あっという間に田楽を食べ終えたセイバーが水茶屋を目指して一目散に駆け出す。「あ、こら」と慌てて伊織が後を追うと、セイバーがさっさと赤い布の掛かった床几に腰を降ろしていた。
店の看板娘らしい店員が早速セイバーの注文をとっており、遅れてきた伊織に気付いてそちらを向く。伊織の顔を見て顔を赤らめたあと、もじもじと目を逸らしながら「ご注文は」と蚊の鳴くような声で訊いた。

「俺は――セイバー、何にした?」
「茶と団子だ」
「では同じもので」

「あい」と手にした盆で火照る顔を覆いつつ、店の中に引っ込んでいく。
伊織がセイバーの隣に腰を降ろし、セイバーが手に持ったままぷらぷらさせていた田楽の竹串を回収し、自分の袖に突っ込んだ。

大通りを人が行き交うのをふたりで眺めていると、先程の看板娘が二人分の湯呑と団子を運んできた。配膳の合間にちらちらと伊織とセイバーの顔を交互に見遣り、ぽうっとした様子で目をきょときょとさせている。
「ん?」とセイバーが娘を見返すと、「あ……すいません」とか細い声で言った。

「あんまりお似合いなもんで、じろじろ見てしまって。ふたりとも錦絵みたいだと思って」
「ニシキエ」

ぽかんとして繰り返したセイバーの横で、伊織が「ハハ……」と乾いた笑いを漏らす。否定も肯定もしない伊織をどう受け取ったのか、娘は「ごゆっくり」とそそくさと店の中へ引っ込んでいった。

ずず、と茶を啜りながら、伊織が自分の分の団子をセイバーの皿の上に載せる。二本載せられたうちの一本を伊織の皿に戻しながら、セイバーが言った。

「オニアイだと言われたぞ。――なんぞ、前にも言われたな。どういう意味だ?」
「おまえに意味を説明するとまたすぐその場で混ぜっ返して余計面倒になるようなことを言うだろう」

うんざりした様子で一旦そうは言ったものの、このまま説明しないのもまた憐れに思ったのか、伊織が端的に言った。

「またぞろ懇ろな関係だと思われたんだ」
「私とイオリが?」
「俺とおまえが」

お互いに顔を見合わせる。ややあって、「ぷっはは」と同時に噴き出した。
小刻みに肩を揺らしながらも必死に真顔を取り繕おうとした伊織が、自分の顎に触れながら言った。

「いやいや、笑い事ではない。行く先々で毎回毎回、正直うんざりしている。助之進も信じ込んだままいくら訂正しても聞かないし、もう面倒になって勝手にさせている」
「ああ、あれはそういう意味であったのか! どうも話していて話が通じていないと思ったのだ」

ぽん、とセイバーが膝を打つ。――ただ、ややあって、「はて」と小首を傾げた。

「しかし――イオリ。私もきみもさっきは笑ったが、実際のところ軽々に否定してよいものなのか? それは」
「ん?」

伊織がセイバーを見る。団子の一本目を口に咥えながら、もごもごとセイバーが言った。

「たまに――なるではないか。私ときみとで、妙な雰囲気に」
「『妙な雰囲気』?」

セイバーに戻された団子を齧り、まったく心当たりのない様子で伊織が首を捻る。「あれ?」と違和感を覚えながら、セイバーが言葉を重ねる。

「たまに、なるだろう。たとえば、夜の長屋の暗がりで、月下の原っぱで、灯籠のともる夜の町で――ふと隣にいるきみと見つめ合ったりしたとき、私は――

そこまで口にして、セイバーの動きがはたと止まる。自分が何を言おうとしていたのか、今更ながらに思い至る。



――まるで周囲の騒音がすべて消え失せて、伊織の瞬きの音だけが聞こえるような気がして、ふっと柔らかく細められた月夜の色の瞳だけが見える気がして、

――まるで、世界にふたりだけしかいないような気がして、ここでなら、このまま何をしても、何をされてもいいような気がして、そうしたい気がする。

――ふたりで、どこまでもいける気がしてくる。

――いきたい、気がする。



――のは、――なんだ。



ぼんっ、と爆発音のするような勢いで一気に赤面したセイバーに、「どうした!?」と伊織が焦る。

「セイバー!? 大丈夫か!?」
「いやっ――なんでもないっ! よい、構うな!」

幅の広い袖で顔を覆い、もう片方の手で伊織を追い払う。「しかし」と食い下がる伊織に「いい加減にせよ!」と八つ当たりのように喚き散らしながらそっぽを向く。

あの雰囲気を感じ取っているのが自分だけだとは、セイバーにはとても思えなかった。セイバーとて決して情念の豊かな性質ではない。相手と多少なりとも心が通じ合っていなければあんな雰囲気は成立しない筈だ。――あるいは、それは伊織なりのなんらかで、セイバーの感じているそれとは似て非なるものなのか。

「ううん、」と考え込んでしまったセイバーの顔を、伊織が心配そうに覗き込む。「……イオリ」とセイバーが見上げた瞬間、「きゃっ」と若い娘の声がして、振り向くと看板娘が様子を見に出てきたところのようだった。

「お、お邪魔しましたあ」と上擦った声で店の奥へと引っ込んでいった娘の後姿をふたりで見ながら、ぽつりとセイバーが言った。

「やっぱり、きみはよくないな」
「うん?」

小首を傾げた伊織に、「きみは皆によくない。あと――私にも、な」と諦念の篭もった声で付け加えた。