mishiadd
2024-07-07 18:06:49
11847文字
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宮本伊織に人生をメチャメチャにされたいコレクション:本買道中膝栗毛

大好きな『三国志演義』のスピンオフ的読本が出るらしい、と聞いてわくわく新刊を買いにお出掛けする伊織殿とそれに付き合わされるセイバー。


三、

いつにもまして味もろくにわかっていない様子で伊織が早々に食事を終え、何食わぬ顔をして食後の茶を啜っている。確実に「待たれている」のを感じながら、とはいえ伊織本人は「待っている」ことを極力セイバーには悟らせまいとしていることは感じ取れたので、セイバーの方も極力待たれていることに気付いていないふりをしながら、もくもくとよく味わって朝餉を終えた。――どのみち、待たせることが不義理であるならば、せっかく伊織が用意してくれた食事をいい加減に済ませるのも、それはそれで不義理というものだろう。多分。

伊織が欲しい読本の版元の本店は日本橋の通油町あたりにあるという。きっと刷り上がって表紙をかけたばかりの新刊が店先に並んでいる筈で――ここまで指折り数えたのだ、いざとなるとその光景を目にするだけで伊織の鼓動が早まるのでは、とセイバーなどは思った。

膳を片付け、出掛ける用意をする。懐に入れた財布代わりの小さな巾着を何度も確かめ――これまで忘れたことがあるわけでもあるまいに――いよいよ準備万端に整えて、伊織がセイバーを見る。いつも通り手ぶらで、今日こそは正真正銘ただの付き添いのセイバーが、うむ、と頷いた。ふたりで連れ立って長屋を出る。

青みがかって眩い朝の光が満ち満ちた、爽やかな午前中だった。







さて日本橋に着いてみると、通油町までは少し距離がある。
日本橋に着くまではえらい早歩きだった伊織が、橋を渡った途端、なにやら急速に速度がゆるむ。もじ、となんだか怖気づいた調子で足を止めたので、セイバーが「どうした」と尋ねた。

――いや」

ぽつり、と伊織が言った。

「あまりに――あまりに楽しみにし過ぎていたようで――いざとなったらなんだか怖くなった」
「は?」
楽しみ過ぎて怖い――なんというか、過ぎた『楽しみ』がこの身を襲うのが怖い。あまりに大きく感情を揺さぶられるのがわかっているからこそ、怖いのだ」
「なんだそれは」

「まんじゅうこわい」とかの話か? ――と、盈月に詰め込まれたしょうもない知識を思い出す。が、それとも違うらしい。

……それは、期待通りでなくてがっかりするかもしれない、という恐怖か?」
「いや、そうではない。――セイバー、もしかしたら俺は、問屋の本店までわざわざ赴いて新刊を購入した後、しばらくは読まずに本を寝かせておくかもしれない」
――はあっ!?」

なんだそれは、とセイバーが口をあんぐりさせた横で、至極真面目に深刻そうな顔をした伊織が繰り返した。

「覚悟が――覚悟がいるのだ。絶対に面白いとわかっているからこそ、その一行目を読み始めた時の衝撃よろこびにこの身が耐えられるかどうか――心の準備が要る。そういうことだ」
「何を言っているのだきみは」

こめかみに指をあてて「わけがわからん」と悩み始めたセイバーの隣で、伊織が改まって「セイバー」と呼びかけた。

「通油町はこの大通りを真っ直ぐに向かえば着くのだが――そういうことなので、これもまた覚悟がいる。……少し、遠回りをしてもいいだろうか」
「もうなんでもよいわ。好きにせよ。途中でどこか屋台に寄るのだぞ」

団子のひとつでも奢ってもらわねばさすがに割に合わぬ――と、セイバーがうんざりして零した。