歩道橋の上、渋谷に下りた帳を前にして、一人の補助監督が立っていた。
伊地知潔高は二台の携帯電話を駆使し、仲間と連絡を密に取って連帯を取る。彼は通話や指示出しに神経を割いているためか、
――迫る敵に気が付かない。
長い金髪をサイドテールにした呪詛師 重面春太は鼻歌を奏でながら、無防備な背中に近づく。彼はあまりにも気軽に、柄となっている手と手を取り合い、刃を突き出した
――!
ガキぃン
…と、硬い者同士が弾き合った音が響く。
「な、」
そこで事態に気がついた伊地知が、驚いた顔で振り向く。その耳元から携帯電話が滑り落ちる。
伊地知は背広を掴まれ、バランスを崩した。拍子でもう一台の携帯電話も落とし、それは重面のほうへ滑っていった。
「下がってください!」
荒々しくも庇うように、後ろへ無理矢理下げられた伊地知。足元に落ちた携帯電話からは、困惑と焦りの声が聞こえてくる。
伊地知の目の前に現れた、黒い服を着た青年。伊地知はその人物に見覚えがあった。
「君は、吉野順平くん!?」
「お久しぶりです、伊地知さん」
伊地知に背中を向けたまま青年は
……吉野順平は話した。
「詳しい事情は後で。っていうか、僕もよく分かってないから、状況を説明してもらえると助かります」
「そうなんですか!?」
では何故ここに!?という疑問が伊地知にもあれど、今はそれどころではない。
伊地知が落とした携帯電話の一台が、重面の足によって踏み割られる。黒くなった液晶が砕かれ、歩道橋にばら撒かれた。
「へー、若いのにすごいじゃん。君の気配、近づかれるまで全っ然、わかんなかったよ」
重面は言ったこととは裏腹に、人を小馬鹿にした態度で話した。
布を巻いたままの長柄らしき物を抱えた順平は、重面のことを警戒しつつ、伊地知に尋ねる。
「コイツは敵、呪詛師ってことで合ってますよね」
「
……以前、高専を襲撃した呪詛師の一人でしょう。特徴が合致します」
「
正解 。俺のこと、女の子たちから聞いたんでしょ。ね、どんなふうに聞いたの? ねぇねぇ~」
複雑そうにする伊地知とは反対に、重面は楽しげに喋り、その目は順平のことを見ている。
「君さぁ、強いの? それとも弱いだけかなぁ」
「そんなの勝手に判断すればいい、ソッチが測りたいのは相対的な強さだろ。
……わざわざ戦えない人を狙うだなんて姑息だ」
順平の語気は強まり、前髪で半分隠れた顔が嫌悪で歪む。そして、意を決したように荷物を抱え直した。
スルリ
…と衣擦れの音と共に、長柄に巻いていた布が解かれる。
中から出てきたのは黒く太い柄に、金色の石突と変わった形状の輪形。武具のような雰囲気を纏う錫杖だ。
その頭部にある金剛杵のような五本の輪形、そこに通された五つの遊環がシャランと鳴った。
伊地知は全容を現したそれに目を見張る。
……呪具。それも、特級レベルの物だ。
その呪具は、この場にいる誰の背丈よりも長く、持ち手の柄も太いため、使用者である順平は構えにくそうにする。
それでも彼は呪力を用いて握りこみ、具合を試すように空間を薙ぎ払う。重苦しい風切り音が周囲を威圧した。
呪力ゼロだと五条悟によって診断されたはずの吉野順平は、今一度、その身に呪いを廻らせている。
順平は両手で呪具を握り、その手を胸の前で揃えて立つ。
それは一見して戦いに挑もうとする構えではない。だが、そこに隙は無く、神聖さすら漂っている。
魔を討ち祓うべくして立ち塞がる僧侶の如し立ち姿。それは人が連綿と受け継ぎし、封魔がみせた最期の
業 。
「やらせない。僕は人を助ける、そのためにこの力を揮ってみせる」
左右非対称な髪型は、彼の右顔を覆い隠している。それとは逆に露出した左目は、確かな決意の光を湛えていた。
「君もそれなりにやれそうだけどさ、ぶっちゃけ道具負けしてるでしょ」
重面はせせら笑い、自身も武器を構えて振り上げる。
――その手から
柄 が抜け落ちかけた。その違和感から、重面は剣を下ろし構えを解く。
力なく握られるだけの柄を見下ろし、重面は不可解そうにした。そして、順平のことを睨みつける。
「さっき何かやっただろ」
「なんのこと? 質問は具体的にしてくれないかな」
順平は刺々しく言い返し、まともに取り合う気がないことを示す。
先ほど重面が伊地知を刺そうとしたとき、その刃には順平が振るった呪具の突きが直撃している。それによって刃は弾かれ、奇襲は失敗に終わった。
呪具に布が巻かれたままの攻撃だったが、しかし特級レベルの代物。何らかの術式効果が発動したのは、現状からしても明らかだった。
重面は立ち塞がる相手と自分の呪具を見比べ、「う~ん」と悩んだ声を出す。そして、バッと身を翻した。
「逃げよっ」
「させない、
…!」
順平が追撃しようとしたとき、異様な冷気が漂ってくる。
「
……霜凪」
男か女かも分からない囁き声と共に、順平と伊地知は身も凍る寒波に見舞われる!
「風間流 簡易領域
――楽殿」
順平が石突で地面を突けば、カーン
…と、空間を揺らがせる音が鳴り響く。
錫杖を突いた点から円形状に、伊地知を含めた場所の一部がくり抜かれたように氷を避ける。
歩道橋が凍り付き、そこだけ極寒の地の如く霜が降りた。
氷でできた柱の合間から、和装の人物が二人のことを窺う。
「何者だ。高専の術師じゃないな」
「それはこっちの台詞だよ」
突然の襲撃とそれを仕掛けてきた人物に、順平と伊地知は警戒を露わにする。
「それじゃ。俺は俺の仕事するから! そっちよろしく~」
いつの間にか歩道橋から下りていた重面がヘラヘラと笑い、尻尾を巻いて逃げていく。
順平は唇を噛み、重面を追うことを断念した。
……今、目の前にいる人物が、先ほどまで相対していた重面とは比べ物にならない実力者であることを、肌を刺す冷気と同じように感じ取っている。
氷に覆われた歩道橋では、伊地知が落とした端末が凍りついていた。
増援を呼ぶことは難しく、第一このレベルの呪詛師を相手できる術師は限られている。戦闘経験も浅く、本来一般人である吉野順平
……彼には荷が重いはずだと、伊地知は焦っていた。
そもそも何故、彼がここに居て、呪具を振るい、尚且つ聞いたこともない簡易領域を使用しているのか。謎は多いままだ。
和装に白い髪をした性別不詳の人物
……裏梅は淡々とした調子のまま、その手で発動する術式を強め、順平と伊地知の前に立ちはだかった。
「邪魔をするなら殺すまでのこと」
パキパキ
…と、周囲に満ちる氷が鳴く。
流れる汗すら凍りだす冷気に伊地知が表情を険しくする。その耳に、道の向こうから聞こえてくる、重いエンジン音が微かに届いた。
次回
『E.29 胡蝶の羽搏き』
【オリジナル要素について:本編読了後推奨】
〈獣鉤手〉
実はオリ主をめちゃめちゃ苦しめていました。一応、【E.17 境界線(
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16106284 )p11】でもそれとなく描写はしてます。気持ち悪さ=壊相の血<獣鉤手
別に元はそんなに強いものではなく、仮に寄生できてもここまで強く育つ前に寄生先を殺してしまうので、強くなりようもなかったお馬鹿さんです。
これ以上、詳しい説明はほぼないと思います。
〈蠱毒〉
第一話のタイトルはダブルミーニングでした。
今話は第一話の要素をほとんど回収した回でもあります。その関係でオリジナル色が強い回になりました。
これ以降、詳しく描写することはないだろうなーって感じです。
ちなみに条件に関しての話は、【E.15 ヒトもケモノ(
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15912555 )p11】でも、少しやってます。
〈吉野順平〉
こうでもしないと生存しても死亡しちゃうのが渋谷だと思うので。あと、長柄持って棒術みたいにして戦って欲しかったんです!趣味です!!
式神使いが近接体術苦手だって誰が言ったんですか〜!?
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