術式が付与された鎌は、いとも簡単に青嶺の首に食いこんだ!
――だが、半ばで刃が止まる。透坂が押そうとも引こうとも、ビクともしなくなった。
首の骨を断ち切れず、刃が止められたのだ。非術師であれば、撫で切りにするだけで魂ごと首が落ちるほどの攻撃にも関わらずに。
簡単な話だ。純粋に、青嶺衛の
肉体 が硬すぎる
――!
「ッ、化け物め!!」
透坂は鎌から手を離し、新たに刃物を取り出し構えた。
鮮血が切り口から溢れる。青嶺自身の口からも零れ始めるも、その程度で彼は屈しはしない。刃が食いこみ、大鎌を引っかけ、中ほどまで切られたままであっても、彼は動いた。
青嶺は振り返り、血塗れの車内を背景に透坂の姿を見止める。間髪入れず、青嶺は左腕を振るう!
――だが、遅い。
この場には似つかわしくない刺身包丁が、透坂の手の中で光る。
刃幅が狭く、薄く研がれた柳刃が青嶺の胸に差し込まれた。肋骨を避けた刃が、的確に心臓を捉える。
大鎌の柄が床について硬い音が鳴った。
青嶺の動きが止まる。その手足から、波が引くように、草木が枯れ往くように、刃が消えた。気配が完全に途絶える。
力なく項垂れ、ぐらりと傾いていく身体。それを押し留めて、透坂はさらに追い打ちをかける。
……刺した包丁を抉るように捻り、心臓を確実に破壊したのだ。
透坂は一瞬の判断とスピードで、容赦なく得物を仕留めてみせた。腐っても、元準1級術師の実力であった。
「やったか
…!」
一時的とはいえ無力化に、漏瑚が安堵の声をこぼした。
青嶺衛の役割。それは五条悟の動揺を誘い、精神を削るための『駒』であり、漏瑚たちの作戦を優位に進めるための『
一手 』だ。
彼の意識があろうとなかろうと、なんなら“命”の有無すら関係なく、その役割は変わらない。だが、やたら元気に動き回られても困るわけだ。だから、身も心も弱らせた。
五条悟が最も強いのは一人のときだ。青嶺衛が人の皮を被る限り、恩師の足手纏いになる。
漏瑚が感じ取ったように、透坂は対象の無力化を確信する。
この程度で青嶺衛は死にはしない。とはいえ、暫くは目覚めないだろうし、このまま
包丁 を
刺 しておけばより確実だ。そのことは透坂も織り込み済みだった。
その方法で、彼が陀艮の領域から脱走してからの数日間、拘束し続けていたのだから。
「手間取らせてくれるな」
透坂は包丁の柄を握る手を緩めた。
――その腹に衝撃が走る!
無防備に近い胴体へ、強烈な蹴りが放たれたのだ。
透坂は血濡れの車内のさらに奥へ叩きこまれ、そのままドアごと吹っ飛んで線路向こうの壁に叩きつけられた。
……彼は口から血を吐き出しながら、壁から滑り落ちていく。
ガランガランと音を立てて、大鎌がホームに転がった。その上に血がポツポツと垂れ落ちる。
胸に刺さった包丁を抜き取り、その辺に放る血塗れの手。そこから血が滴っていた。
青嶺衛は胸元を刺されると意識が落ちてしまう。彼自身、その自覚があった。そして、どうして意識を失ってしまうのか、その理由も理解していた。
彼の精神に巣食うトラウマ。度重なる実害なき自害。
幾度も刺され、存在を否定され、存在しない地面に転がる。それでも彼は、
相手 に歯向かうことも、
相手 を傷つけることもしなかった。
そんな彼にできた、唯一の手。願いを叶えるための手段、それは
――眠りにつくこと。
刃物を見たときに
身 を守ろうとする。その結果、意識を失ってしまうのだ。そして、その状態は自身にとって脅威となる存在がいなくなるまで続く。
……過去の経験からくる、魂の条件反射だ。
それ故に、刃物を見て身構えたとき、彼の術式は無意識に発動する。だが、今回、彼はそれを自身の意思でコントロールし、発動させなかった。
さらに、刺された後に肉体の強度を上げることで、獣鉤手の現出も制限する。表面上は今までのように眠りについたように見せ、意識は保ったままにしたのだ。
青嶺にとっても一瞬の判断だった。そして、青嶺にとって幸いなことに、透坂はミスを犯した。
透坂は硬い骨を避け、間を縫って刃を差し込んだ。たった今、骨を断ち切れなかったがゆえの“逃げ”。それを青嶺は感じ取り、僅かに余裕が生まれた。
あの瞬間において、精神的優位に立っていたのは、青嶺のほうだった。
しかし、青嶺自身、自分に何ができるのか把握しきれていない。だからこそ、シンプルな方法で窮地を乗り越えることを選んだ。
単純なことだが、青嶺は“耐えた”。刺された傷や心臓すらも自らの力によって制御し、治癒もせず抉られても構わず、“待った”のだ。
自分が先程してしまったように、相手が油断する、その瞬間を。
常軌を逸する苦痛だ。人の悪意によって刺され、死ぬほどの痛みと傷を与えられたまま耐えるのだから。
特に痛むのは、彼にとって年月をかけて癒すはずの
魂の傷 だった。
……それでも、彼は成し遂げてみせた。
たった数秒間の攻防。それを制したのは青嶺だった。
「
……」
声も言葉もなく、彼の唇からは血の香りが溶けこんだ吐息が漂うばかりだったが、それでも確かに、“息がある”。
二度と目覚めない眠りは死と同等だ。だが、彼は目覚めてしまった。
それ以来、彼は何度だって起き上がり続けている。眠りにつく前と同じように。
澄んだ青の双眸には写っている。
危機に陥る度に封じていたものが解放され、幾度も脅威に遭遇することで適応し、成長してきた姿が。肉体という結界が獣鉤手によって破られ始めているからこそ漏れ出てくる、隠し切れていない気配を。
腐っても準一級。だが、相手が悪かった。
――五条悟は自然と口角を上げる。
「残念だったね。僕の生徒は優秀なんだ」
今の青嶺衛は、特級に最も近い存在だ。
次回
『E.26 血の洗礼』
【『ずっと与えられるばかりだった』という青嶺の独白】
これは明確に間違いです。
青嶺は壊相に『弟と逃げる』という選択を勧めています。青嶺自身、戦うことを選ばず、弟(順平)を優先した過去があったからです。
【一般人が言った悲鳴諸々の内容について】
青嶺と獣鉤手の関係性やイメージの元ネタです。
ついでに、獣鉤手と漏瑚については【E.12 乱入者:
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15635424 10P目】にて少し触れています。
【透坂から真人に向かって言っていたこと】
真人「あ、最後に一つだけ」
透坂「刈り取られたいのか」
出典【E.15 人もケモノ:
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15912555】最終ページ(11P)にて
【「五条悟の良いところで山手線ゲーム!」】
「土産をくれる」
「それ、基本的にお前にだけだからな」
「そうなのか?」
「だって、そうでもしないと食べないじゃん。食育、食育〜」
「
……そんなんだから慕われないんだろ」
「この流れで貶されることってあるんだ
……」
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