【シスライ】願わくば好き思い出が増えますように

シスルとライオスで悪食王と黄金郷の守護から解放された魔術師のお話。
前回→ https://privatter.me/page/663b699ed2b8d
次回→ https://privatter.me/page/66434f2dbffe0


長い耳がつぶさに拾う自分の名前を呼ぶ心配そうな声音。近付けば体を強張らせ、遠のけば胸の奥がきゅっと締め付けられた。硬くつぐんだ唇は戦慄き、揺れる視界を袖で乱雑に拭う。
ついさっきまで座っていたソファと比べるのも烏滸がましいくらい硬い地面の上は座り心地が良くない。それでも動けず悶々としては膝を抱え蹲るシスルは急に現れたライオスにしこたま驚いた。
完全に自分の名前を呼ぶ声以外拾っていなかった聴覚の落ち度であるが、それでも独り言をぶつぶつ言いつつ近付いて来ていたライオスの気配にすら気付けなかったのは痛すぎる。
「(笛はないけど、この距離ならっ!)」
警戒態勢に入るなり人差し指を向け敵意丸出しのシスルにライオスは特に臆せず、それどころか何てことのないように彼の隣に腰を下ろした。想定外の展開に虚を突かれたと言っても過言ではない。
攻撃する意思が削がれたシスルの人差し指の先が折れ下を向く。
……連れて行かないのか?」
「そうして欲しいならするが」
「お前はぼくを探しに来たんだろ?」
「そうだけど」
あまりにもちょとんとした顔で言うライオスにシスルの顔が困惑で染まる。会話が成立しないとはまた違う感覚にたじろいでいれば、ちょいちょいライオスの筋張った手が手招きするのでシスルは警戒心を保ったまま彼の隣に膝を抱え座った。
睨み上げるアザミ色の瞳に宿る疑いの色は濃い。目で「なにが目的だ」と訴えかけるシスルにライオスは問い掛ける。
「みんな君を探している。出て行かないのか」
「──今さらどんな顔して出て行けばいいんだよ」
「少なくとも心配した事に対して叱られるだろうがその程度じゃないか」
恨めしげに細められた目でライオスを一瞥してそっぽを向いた。抱えた膝の上に顔を埋め、重くなる気持ちがシスルの声を頼りなくか細くさせる。
「いくら悪魔の手のひらで踊らされたと云ってぼくがしてきた事は決して良い行いじゃない……
落ち着いていた目頭が再び熱を持ち、鼻の奥がつんとなる感覚に声音が震える。折り畳んだ膝にくっ付いたシスルの胸は罪悪感でいっぱいだった。
「分かっていた。頭の隅で、心の奥でこれはみんなが王が望んだ事ではないって分かっていた。でも、次から次へと込み上がる欲望が懸命に訴えかける正気を有耶無耶にするっ!」
嘆き叫ぶシスルの慟哭をライオスは静かに見詰め傾聴する。
「もうぼくの敬愛する王は、デルガルはこの世にいないっ! あれは姿かたちは王だが……魂は……っ」

ヤアドだって知ってた。

喉奥から振り絞るシスルの言葉は痛々しく両手で顔を覆い泣く姿は子供そのもの。
悲痛な真実を自ら言い聞かせる健気で小さな体をライオスはそっとローブで包み隠した。ふわり舞う優しい影の隙間から見えた慈しみに満ちた琥珀色の瞳。優しく、でも、しっかり抱き寄せる大人の腕にシスルの口から小さな疑問の一音が零れた。
トントン、とゆっくりしたリズムで肩を抱き寄せ撫でる大きな手が一層シスルの強がっていた心の氷を溶かしては、堰を切るように大粒の涙を零し声を張り上げ感情を露わにしたシスルが彼の服を掴み顔を押し当てた。



涙と鼻水や諸々でライオスの服がびしょびしょになる頃にはシスルも落ち着き赤くなった鼻を啜った。
「シスル。君はこれからどうしたい?」
太く長いライオスの指先がシスルの目元に溜まった涙を拭う。その優しさに満ちる仕草に、ぽつりぽつりシスルが口を開く。
「許してもらえるか分からないけど、みんなに謝りたい」
「じゃあ謝ろう」
「でも、……怖い」
「なら俺も一緒に行こう」
「一緒?」
不安そうに揺らめくシスルの瞳の先、悪い事をしたら一緒に謝るのが板についている兄の姿が其処にあった。
やおらシスルの記憶の扉が開く。遠い記憶の果て、デルガルが故意ではなく割ってしまった壺をフリナグに謝りたくても勇気が出ず泣いていた彼の手を引き一緒に謝りに行った自分の姿を思い出した。
懐かしい気持ちは安堵感を引き連れ、シスルの心をあたたかくさせる。もう一度、確認すれば頷くライオスに褐色の小さな手が彼の服をさらに握りしめた。

「シスルー!シスルー! 何処だーっ!!」
「ヤアド、丁度良かった」
滲む汗を拭わず探し回るヤアドに右手を軽く掲げライオスが歩み寄る。
振り返り探し人はそちらにいなかったか。そう訊ねようとしたヤアドはライオスに対して違和感を覚え、その違和感が何なのか理解した瞬間、皺だらけの顔が安堵で緩んだ。
ライオスの影に隠れた小さな影が「ほら」とライオスがローブを上げるのに合わせ、涙跡が残る顔を覗かせる。まだ決心がつかないらしく、顔と体を半分ライオスの背に隠したシスルの眼差しはヤアドの様子を窺っていた。
怒られまいか、嫌われまいか。シスルの不安に切なく曇っている表情にヤアドは膝を付き両手を広げた。
「シスル」
そのあたたかで耳触りの良い聞き馴染みのある二人の声音がシスルの長い耳を優しく撫でる。
気付けばライオスの背中から飛び出したシスルはヤアドの胸の中に飛び込んでいた。わんわんと泣いては謝罪の言葉をくり返す彼にヤアドはただただ銀色の髪を撫で小さすぎる背中を擦った。
そして、いつの間にか集まっていた嘗て囚われていた黄金郷の住人達も彼らを抱き締めるようにその身を寄せ合い涙を浮かばせた柔和な笑みで目覚めたシスルを出迎えたのだった。



その後、古代魔法を使うシスルを危険因子と見做した西方エルフが彼の身柄を拘束しようとするも、ライオスが「彼はこちらで保護する」と啖呵を切ったためまたしても連れて行けず、それどころか外交官として派遣しているミスルンが「私が監視して危険と判断したら連れて行く」なんてメリニ寄りの発言を女王に掛け合い、女王もそれを良しとした結果、シスルは変わらずメリニに住むことを許されたのだった。
晴れて自由の身となったシスルの役職は道化師と宮廷魔術師を兼任。面倒な問題ごとを起こさないように古代魔法は極力使わない約束を交わしたものの、王と民、そしてメリニを護りたいというマルシルの強い要望から彼女に古代魔法を不承不承ミスルンの監視の下、レクチャーし始めるのはまた別のお話。