【シスライ】願わくば好き思い出が増えますように

シスルとライオスで悪食王と黄金郷の守護から解放された魔術師のお話。
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不明慮で曖昧な境界に漂う居心地の良さ。朧々たる薄明に包み込まれる感覚は記憶にない母の胎を彷彿とさせ、無条件で与えられる優しさとあたたかさを享受し微睡み続けたくなる。
幸福しか存在しない泡沫の夢。終わりなんて無い目覚める事なぞ到底ない。そんな根拠も確証もない稚拙な思い込みは何の前触れもなくシスルの意識を無情にも現実世界へ引き戻した。

瞼越しに眺めていた柔らかな光がやおら瞼を開けた瞬間、鮮烈さを引き連れ視界を白く染めあげる。
アザミの瞳を照らす陽光は然程強くない。されど、明確な意思を持ち窓辺から差し込む柔らかな日差しはシスルにとって少々眩しすぎた。
手庇で日差しを遮り、いくらか慣れてきた目で身の回りと周囲を見渡した。懐かしい空気が満ちる見慣れない部屋の中、所々抜け落ちた者達が目覚めたばかりのシスルを出迎える。
窓際に置かれた座り心地の良い天鵞絨の一人掛けソファに根を張っていた腰を上げた。驚愕そして困惑に彩られたシスルが動き辛い身体で背凭れに手を置き、回転木馬のように廻り纏まらない思考を懸命に順序だて整理する。
「ぼくの机と椅子、魔術書……、あたたかいスープ、瑞々しい果物……
夢現。自分が夢だと勝手に思い込んでいた数々の記憶にシスルは眩暈を起こし踏鞴を踏む。幸い背凭れを掴む力を強めたお陰で転倒は免れた。
曖昧な記憶のページを捲れば、返事が返って来ないにも関わらず話し掛け続ける者達が自分を甲斐甲斐しく世話をしてくれている様子にシスルの中で歪な感情が産声をあげた。
振り払っても振り払っても纏わりつく不快な感覚。意味もなく叫び周囲に八つ当たりしたい衝動は扉をノックする音と共に聞き慣れた自分の名を呼ぶ懐かしい声音によって静まり返った。軋み唸る扉が口を開ききる前に、シスルは掠れた声で呪文を唱え、覚束ない足取りで窓の縁に足を掛け外にその身を投げた。
「──うわっ」
青空しか見えていなかった窓から飛び降りたはいいものの、予想より遥かに高い部屋だったが為、咄嗟に出た悲鳴はヤアドがもう一度彼の名前を呼ぶ声にかき消されたのだった。