【シスライ】どうか穏やかであるように

【ダンジョン飯】でシスルとライオスで悪食王の朝の日課なお話。どちらかといえば”×”より”+”っぽいです。
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住めば都。そんな言葉を東北群島出身のシュローから聞いた事を未だに慣れない豪奢な天井の模様を見上げたライオスが胸中独り言ちる。
トールマンの中でも体格のいい方であるライオスが大の字になって寝ても余裕過ぎる巨大なベッド。肌触りの良い掛布とシーツの間に挟んでいた体を起こしてググっと腕を上げ背筋を伸ばす。
「あー、眼精疲労が取れない」
すっきりしない頭の中もさることながら、疲れ目を紛らわすべく軽く瞼越しに眼球を揉む。
欠伸を噛み殺してベッド端まで四つん這いで移動するも、適度に沈むベッドに柔らかい誘惑に負け一度顔から突っ込んだ。早く起きなければならない、さもなくば優しく朝食に誘ってくれる妹か、ぽこぽこ怒っているようで怒っていない気心知れたハーフエルフの魔法使いか、徹頭徹尾小言をぼやき他国との交渉に置いてとても頼りになる側近がやってきてしまう。
「今朝は早めに起きれたから平気だろう」
国を治める王になろうとも身の回りの世話を他者に委ねるのを好きになれないライオスは一人衝立向こうで寝間着から堅苦しい正装に着替えた。
とは言っても昨日カブルーから聞いた今日の予定の記憶が正しければ兎角正式染みた公務は無い。正装であるが何段階か緩めで動きやすい恰好に身を包み、しっかりした足取りで歩き余程の事がない限り傷一つ付かない魔術除けが施された扉の取っ手を掴んだ。

等間隔で設計された窓から差し込む朝日が廊下に伸びる赤絨毯の毛先を金色に染めあげる。僅かな足音でさえ吸収毛足の長い絨毯の上を進み向かう先は大食堂ではない。むしろ逆方向に歩むライオスの足が、とある扉の前で止まった。
城の中では素朴な木の素材を生かした扉を控えめにノックをした後、部屋向こうからの許可を待たず扉の取っ手を掴み開けた。蝶番の微かな鳴き声を聞き、人ひとり分開いた隙間にするりと体を入り込ませるなり後ろ手で扉を閉めた。
「邪魔するよ」
多種多様な書物の数々。使い込まれた机と椅子に、大きすぎず小さすぎないベッド。この国の歴史の重みが分かる額縁に飾られた思い出深いであろう絵画の幾つかはライオスがオーク達に頼んで集めてきてもらったものだ。
可能な限り再現したつもりではあるものの、消失した物も多く完全再現には至っていない。
一際目を惹く大きな窓の向こう。昨晩の大雨が嘘のように晴れ渡った青空を泳ぐ鳥たち、そして、その窓際に座り心地の良い天鵞絨の一人掛けソファに腰掛けている白銀の髪と褐色の肌を持つエルフの横顔はまるで一枚の絵画のようだった。
「おはよう、シスル」
部屋に入ってから特に足音を顰め近付き顔を覗き込むライオスの表情は彼にしては大分穏やかなものだった。
ヤアドが彼と最後に会話して以来、シスルは一度も目を覚まさなかった。耳をすませば聞こえる息遣い、胸に直接耳をあて心音が聞こえるのを考えるに死んだと断定できずにいる。
他者の手助けが無ければ生命を維持するのもままならない眠り続けているシスルのための部屋。彼にとって大事で掛け替えのないもので満たされた、言ってしまえば本人の意思に関係なく周りが勝手に誂えた自己満足染みた部屋。
滾々と眠る眠り姫なる異国の御伽噺なるものをマルシルから聞いた気がするが最後どう終わったのかライオスは思い出せず云々唸り結局思い出すのを諦めた。
開け放たれた窓から爽やかな風が吹き込みシスルの煌めく銀髪とライオスの短い金髪を撫でていく。
「きみが望んだ理想の国になっているか分からないが、それなりに皆忙しく楽しそうに暮らしているよ」
膝をつき肘掛けに両腕を重ねその上に顔を乗せ仰ぎ見る。下から見れば見るほど長い睫毛に整った顔つき。本当にエルフの顔は造形の何処か彫刻染みた美しさがある。
つと頭の中を元気よく表情豊かなマルシルが横切っていくのを見送ったライオスが喉奥まで見えてしまうくらい大口を開けた。心地よい風、あたたかな日差し、折角遠のいていた眠気が諸手を挙げてやってくる。
「(ヤアドがシスルの朝食を持ってくる時間はもうすぐの筈……、それまで……)」
重くなる瞼に抗え切れなかった。自分の腕を枕にしてライオスが微睡むのと交代するかのようにシスルの銀色の睫毛が震え薄っすら目が開いた。
………
焦点合わぬ視界。懐かしさを覚える空気感。何か呟こうにも言いたい言葉自体が喉奥から出て来ない。視線だけを緩やかに動かして、シスルは自分の斜め下から感じる気配に視線を落とした。
「(この男は……)」
靄が掛かり晴れない記憶の果て。この者が齎した何かに救われたのを漠然と思い出し、どういうわけか似ても似つかないデルガルの面影が重なった途端、空っぽだったシスルの胸の中が満たされていった。
鉛のように重い、自分の体であって自分の体ではない感覚で体を動かす動き辛さ。思ったように動かないなりに寝ているライオスを起こさぬよう彼の頭を抱きかかえるよう凭れ掛った。
シスルの頬を擽るライオスの硬く柔らかい短い金髪。頬から伝わる髪質、鼻腔を擽る匂い、なんなら別人であるのにも拘わらずシスルの胸の内に愛おしい感情が募っていく。
シスルの慈しみ深き瞳が朝日に照らされ宝石の如き光を放つ。だが、世界中のあらゆる宝を集めたところで到底敵わないくらい大事で大切なものだと云わんばかりにライオスを見詰める眼差しが瞼裏に隠れていった。

その数分後、口端から涎を零し寝入っていたライオスは急に首根っこを引っ掴まれ息苦しくなり目覚めた。
涙目になるまで豪快に咳込み振り返り──、ひゅっと息を飲んだ。
焦った面持ちでシスルの朝食を持ってきたヤアド……が、腕を組み仁王立ちで威圧感を隠さず漏らし続けているカブルーの後ろに隠れている方にわざとピントを合わせたのだった。