2023-08-30 18:13:18
7087文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

全かれぬ世界

劇中劇ワンドロワンライ企画に参加して書いた掌編まとめ。単品でもアップしていましたが、こちらは大幅に加筆修正しています。
すべてナーヴ教会(+ユニティオーダー)というかエーテルネーアにまつわるエピソード。
それぞれの話に繋がりはありませんが、同一の世界線上の出来事として書いており、登場する人物は各話のエピソードを経たうえでの造形となっています。

彼らの行く末についての言及・匂わせが多々あります。
つらいと思われる方はご注意ください。

1. Turquoise Blue 祝祭の日の朝、鏡の前で。(アルム+エーテルネーア)
2. 綻びの糸 下界の拾い子を巡る思惑。(ミゼリコルド+エーテルネーア、ロイエ、シャオ)
3. 星に因る 星に願ったことはひとつだけ。(エーテルネーア+ミゼリコルド、ロイエ)
4. 全かれぬ世界 死の舞踏は続いていく。(クヴァル+ロイエ、クウラ)

タイトルは「まったかれぬせかい」と読ませます。捏造語です。

4. 全かれぬ世界


 私と、踊っていただけますか。

 ×     ×     ×

「あれ、クヴァルくんじゃない。久しぶり」
「ご無沙汰しています、ロイエ隊長……ロイエ様」
 リベリオンのアジトにて。待たされていた室へふらりと現れたかつての上官に、クヴァルは立ち上がり姿勢を正した。
「クウラくんに用事?」
 クヴァルは頷き、手に抱えた無骨な機械を目の高さに掲げた。
「送信機の調子が良くなくて。声にノイズが入ってしまうので、点検と調整をお願いしたく」
「ふうん」
 ロイエは気の無いふうに返事をして腰を下ろし、身振りで座るようにと促す。向かい合う位置に椅子を動かして、クヴァルも座った。ごつごつとした黒い装置は膝の上に置き、なんとはなしに撫でる。
「ここのところ、移動しながらの放送が多かったため、どこかで破損してしまったのかもしれません。注意はしていたのですが」
「なんか紀行番組みたいになってて面白いよね。自由で。でも、アークでも傍受しているだろうし、位置は特定されないようにね」
「そこはアルムも細心の注意を払っています」
 地上のさまざまな場所で、空の色、風の音、土の匂いについて、アルムは感嘆を込めて語る。それを聞いて地上に住む者たちはひととき手を休め、ぐるりを見渡す。
 そうして、思いがけず、自分たちの美しい世界を見つける。

 クヴァルは指先で装置のつまみをいじりながら、さりげないように言った。
「傍受といえば、先日、ユニティオーダーに居た頃に使用したナーヴ教会の短波通信周波数を見つけました」
「地上から、ナーヴとの通信に使っていた回線ってこと? そんな任務は」
 ロイエの目がはっと見開かれる。クヴァルは頷いた。
……エーテルネーア様との通信に使用した専用回線です」
 中間管理職であったロイエの頭を飛び越えて、天子奪還の勅命を拝受――というよりもねだり取った、その時のものだった。いくぶん緊張しながらダイヤルを合わせ、しばし耳を澄ませてみたが、何も聞き取ることは出来なかった。それはそうだろう。
 あれは、エーテルネーアの個人用の秘匿回線だったのだから。
「やられたよね、あの時は。やっぱり宮仕えにコネは大事なんだなって思ったよ」
 ロイエの声音は軽妙で、皮肉よりは懐かしさの方が色濃かった。なので、クヴァルも苦笑しつつ、世間話のまま続ける。
「コネというか、縁故でしょうね。お付きとしてナーヴ教会に上がって以来、幼い頃からなにくれとなく目をかけていただいていましたから」
「幼い頃から……ね」
 声に少しの湿り気が混じったのを感じ、クヴァルはいくぶん姿勢を正した。
「思えば、エーテルネーアはクヴァルくんに甘かったよね」
「それを言うなら、アルムにでしょう。アルムが言葉にして伝えるより前から、解呪をするつもりだったと」
「そうかも。そうかな。……聖職者だし、子どもには甘かったのかも……いや、違うかな」
 窓の外、中天を越えた陽が、僅かに雲を帯びて翳る。
「あの人は、誰にでも甘かった」
 ロイエにも、ミゼリコルドにも。
 おそらくは、彼が見守る、見守ろうとしていた、すべての者に対して。


 ほどなくしてやってきたクウラは、ものの五分で装置の不調を直してしまった。感嘆するクヴァルに、彼は呆れたように言った。
「マイクの、ほら、このへんに塵芥が溜まってただけだ。こまめに払っておくのと、ときどきでいいから分解して掃除するといい」
「そうか。軽いメンテナンスは出来るようになっておきたい。やり方と、必要な道具を教えて貰えるか?」
「ああ、道具なら適当に見繕ってやる。待ってな」
 クウラは、まずこれ、と言って刷毛を一本手渡してくれた。
「日々のメンテナンスはこれだな。息で飛ばしながら使うんだ」
 受け取った刷毛で、そっと装置を撫でてみる。名も知れぬ動物の毛が植えこまれたそれは、使い込まれていながらなお、柔らかかった。
 ゆっくりと塵を掃うクヴァルの手つきを見ながら、クウラはぼそりと言った。
「まあ、送信機は大事に使ってくれ。まだまだ先は長いだろうからさ。……悪いけど」
 おそらくは忸怩たる気持ちの込められたその言葉に、クヴァルは微笑んで、強く頷いた。
「心得た。大事にしよう。――大事に、守ろう」


 装置を幾重にも包み込んで荷造りし、帰りの途へと就いた。
 世界に彼の声を届けるたび、塵芥に塗れるというのなら。何度でも掃おう。
 生命の果てまで、踊れというならば踊ろう。ともに生きる友のために爪先で地の塵を踏み固め、去りし人のために指先で空の芥を弾き飛ばす。
 いつか踊り尽くすまで。

 ×     ×     ×

 私と、踊っていただけますか。
 生と死の、この舞踏を。