2023-04-15 19:23:35
17270文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

a song here

Re:vale記念日に寄せて、Re:valeの曲を愛し曲に愛された人たちの話を書きました。
掌編×4本。すべて独立したオリジナルキャラ視点のお話で、千も百も直接は出てきません。
時間軸はさまざま。ふんわり雰囲気で読んでいただけますと幸いです。

各話、下記ご注意ください。
1. If you 映画『星巡りの観測者』の公開から十数年後、夜勤の夜。
 ※イベストのネタバレがあります。
2. get lost, 鳴かず飛ばずの漫画家による新ブラホワ意趣返し。
 ※新ブラホワの結果への言及があります。
3. there's ゼロアリーナこけら落とし公演での父と娘。
 ※この話のみアニナナ(セカビ)準拠の世界線です。
4. a song here ずっと、かたわらにあった歌。
 ※曲クレジット表記は完全妄想(捏造)です。

4. a song here


 ずっと、側にいてくれた曲がある。

 ◆     ◆     ◆

 初めて聴いたのは、大晦日。ブラック・オア・ホワイト ミュージックファンタジアのステージの中継だった。

 私が小学生の頃、わが家の年越しは、ブラホワを見ながらの一家団欒が恒例になっていた。
 その年のブラホワは、男性アイドル部門がとにかく熱くて、興奮してずっと母や弟と語り合っていたら、父がリモコンを手に取った。
「総合部門が始まってるぞ。ちょっとお前たち、静かにしてくれ」
 そう言ってテレビの音量を上げる。挑戦者のひとり、女性歌手の歌が流れていた。
「総合優勝を見ておかないと、年明け、会社で話が合わなくてなあ」
「ごめんごめん。まあ、優勝はきっとRe:valeでしょ」
「いやいや、分からんよ。なにしろ今年はスキャンダルで荒れてたし」
「スキャンダルって。音楽には関係なくない?」
「でもなあ、歌は、人が歌うものだから。一般投票がどうなることか……お?」
 父親の声がちょっと変わった。つられてテレビのほうを見る。
 ゆったりとした純白の衣装に身を包んで、Re:valeが出てきた。
 ブラホワ用の新曲は、今日が初披露だ。画面の下に光の帯が流れてきて、テロップに変わる。

『t(w)o』 Re:vale
 作詞:春原百瀬
 作曲:折笠千斗

「え?」
 え、え? と思っているあいだに、曲が始まった。
 ステンドグラスからこぼれた陽射しのような、きらきらの前奏にのせて、ふたりが瞳を交わす。互いに手を差し伸べあい、指を絡ませた。
 百がすうと息を吸って、歌い出す。
 爽やかで、どこか懐かしい旋律。信じる気持ちを、繰り返す誓いを、真っ直ぐに伝える歌。

 クレジットは本名なのか、ペンネームなのか、そもそも彼らのことなのかどうかも分からないけれど。
 ふたりの歌声から、曲と詞に込められた想いが伝わってきた。
 この綺麗な曲の前では、ひどい噂なんて関係なかった。むしろ噂がひどかったぶん、見つめあう表情、甘く優しい歌声から、彼らのあいだに流れる絆と信頼の強さ、未来へとつなげていく決意の固さが、ストレートに響いてくる。

 そしてRe:valeは、総合優勝を勝ち取った。

 ◆     ◆     ◆

 二番目の思い出は、冬の終わり、春の始め。別れの季節。

『t(w)o』は、発売当初はいつものRe:valeの新譜らしい売れ方だったけれど、いちど圏外に落ちて少し経ってからなぜかまたランキングに返り咲いて、そこからどんどん、耳にすることが増えていった。
 理由は、近づく春。卒業ソングの新定番として、すごい勢いで広がっていったのだ。
 その年だけの現象ではなかった。毎年、春になるたびに、学校で、街中で、またテレビのなかで、卒業式の象徴として歌われ、使われ、流れるようになった。
 優しく希望に溢れる旋律と、過去から未来へと向けた前向きな歌詞。なるほど卒業式にぴったりの歌だろう。

 うちの中学も、ご多分に漏れず。
 三月。咲きほころんだ桜も身を竦めるような、花冷えの日。卒業式での全校合唱曲として歌われた。
 百のパートを在校生が、千のパートを卒業生が歌う。
 私は二年生なので、百のパートを歌った。先輩たちは、千のパートを歌う。
 先輩。先輩のことを考えながら、歌った。
 部活の、大好きだった先輩。初めて惹かれた人。
 卒業式だから。最後だから。ひとつだけ、お願いをしてもいいだろうか。
 ほんとうの名前みたいに、ほんとうの気持ちで。

「先輩!」
 顧問への最後の挨拶に、部室にきていた先輩を見つけた。
「ご卒業、おめでとうございます」
 頭を下げると、先輩は軽く笑って、ありがと、と言った。いつもと変わらない、明るくて気さくな声。
「あの、ひとつ、お願いがあるんです」
「お願い? なに、あらたまって」
 なけなしの勇気を振り絞って、言った。
「リボンタイ、貰えませんか?」
 女子の制服の胸もとを飾るリボンタイ。うちの中学校では、第二ボタンと同じ意味を持っている。
 先輩は、大きな目をさらに丸く大きくした。黒めがちの瞳が揺らめいて、ゆっくりと瞬きをする。
 戸惑いは、すぐに笑顔に変わった。
「いいよ」
 その場でしゅるりと外して、私のてのひらに落としてくれた。使い込まれた光沢のある、えんじ色のリボン。
――お元気で。がんばってください」
 それしか言えなかった。

 好きです。好きでした。
 言葉は溶けて、舞い散る花びらとともに、空へと上がっていった。

 ◆     ◆     ◆

 みっつめの記憶は、がやがやと騒がしい人の渦。学部合同の新入生歓迎会。

 壁を抜いて広く取ったパーティールームには、カラオケが備えつけられていた。
 主催の用意したアトラクションが終わった後は、新しい友人との距離を縮めるべく、飲んで食べて、談笑をする人が多かった。少し古ぼけたカラオケセットは、ごく控えめな音量で伴奏を務めて、歌いたい人がのんびりと歌っている。
「あれ、これ入れたの誰? デュエットじゃん、やるねえ」
「いや待て男同士のデュエット曲じゃねーの。なーんだ」
 そんなやりとりが聞こえて、壁掛けのディスプレイを見る。

 映し出されているタイトルは『t(w)o』だった。
 どきん、と心臓が鳴る。

「私! 春はやっぱりこれを歌わないとね」
 もう一回、どきん、とした。明るくて気さくな声。何年経っても変わっていない。何年経っても忘れられない。
 先輩だった。

 追いかけてきた、わけではない。この大学に進学したらしいとは聞いていたけれど、あえて確認したり、探し出そうとはしなかった。
 想い出には鍵をかけておく。それがいいと思ったのだ。
「ハモり、誰かよろしく!」
 その言葉に、思わず立ち上がった。こちらを見た先輩が、あれっと驚いた顔になって、それからぱっと破顔した。ぎこちない笑顔で返し、差し出されたマイクを手に取る。歌詞はぜんぶ諳んじている。あの日から、どれだけ聴き込んだことだろう。
 きらきらの前奏は、カラオケのぼやけた音源でも、やっぱりきらきらしていた。
 先輩は、マイクを胸もとに下げて、じっとこちらを見ている。
 歌い出しは私から。百のパート、在校生が歌うパートだから。
 続けて先輩が千のパートを歌う。卒業生が歌うパートだから。

 もう、在校生と卒業生じゃない。これからまた同じ時間を分けあえる。
 声を合わせたユニゾンで、先輩がこちらを見て、笑った。あの頃と同じ笑顔。
 鍵が、カチリと開く音がした。

 駅までの帰り道、先輩とふたり、並んで歩いた。
「卒業式の日、リボンタイが欲しいって言ってくれて、少しびっくりしたけど。すごく嬉しかった」
 私も、先輩も、酔ってはいなかった。ふたりとも未成年だし、飲むよりも、話をするほうがぜんぜん楽しかった。
「ずっと、いや、ずっとは言い過ぎかな。ときどき思い出して、ときどきドキドキしてたよ」
 ときどき、ドキドキ。
 耳に残るピアノの響きが、先輩の声にかわる。胸をノックする。


 春は、これを歌わないと。
 そう言った先輩だけど、だいたいどの季節にも歌っていた。

 夏合宿をふたりで抜け出した夜、海辺を歩きながら口ずさんでいた。
 金色の葉が舞い散る道で、銀杏を拾う指先に合わせてちいさくハミング。
 ストリートピアノでたどたどしく前奏を連弾した日は、初雪が降っていた。

「刷り込み、しようと思って」
 どうしていつもこの歌ばかり、と聞いたら、そんな答えが返ってきた。
「刷り込み?」
「そう、刷り込み。このへんに」
 私の額に指をあて、ぐりぐりと捏ねる。ちょっぴりいたい。
 なんだかよく分からないけれど、先輩はすごく楽しそうで、どこか悪そうな顔をしていた。

 ◆     ◆     ◆

 思い出は星の数ほど生まれた。ふたりで何度でも歌い、何度でも聴く。

 式、という名のつく場に、とてもよく似合う歌なのだと、いつしか気がついた。
 歓びと信頼を未来に結ぶ、はなむけの歌だからだろうか。
 卒業式。入学式。
 そして。

「家族と、共通の友人を招いて……職場で打ち明けているひとも、何人か。これで、三十人ちょっとです」
「いいくらいじゃない? あまり大がかりになりすぎなくて、でもしっかりと祝ってもらえそうで。このへんのプランでどうかな」
 式場はふたりで探した。キーワードは虹。花嫁ふたりの式を、快く受け入れてくれるところ。
「あと、入場曲のリクエストを聞いてくれるところじゃないと!」
「先輩、そればっかり」
「入場も出棺も、曲だけはもう決まってるからね」
「またそれ~……
 最近の先輩の口癖だ。何かにつけて、人生さいごの式にも、この曲をかけてほしいと言う。気持ちは分かるけれど、人生で最高の式の前にする話じゃないと思う。
「縁起の良い話も、縁起の悪い話も、一緒にできるようになりたかったんだ」
 そんなふうに言われると、あまり強い文句は言えなくなってしまうけれど、もっと一般的で、分かりやすい成句があるのに。
 やめるときも、すこやかなるときも。


 招待状に手書きのサインを入れていく。白いカードに並んだふたりの名前を眺めて、ふと、初めてあの曲を聴いた時のことを思い出した。

 作詞:春原百瀬。
 作曲:折笠千斗。

 本名だったと、後になって知った。ほんとうの名前で、ほんとうの気持ちを奏でていたのだと。
 私たちも、名前を並べる。
 ほんとうの気持ちを重ね合わせて、永い歳月を、寄り添って生きていく。

 ◆     ◆     ◆

 ずっと、側にいてくれた曲がある。
 その旋律は、心に光を降り込めるように、きらきらと輝いていた。

 懐かしい家族団欒の夜。桜散る花冷えの日。賑やかな人混みの中で。ふたりで過ごした沢山の瞬間。
 人生で最高の日、ふたりで未来を誓うときにも。
 人生で最後の日、あなたが空へと還るときにも。


 ずっとずっと、側にいてくれた。


(feat. 『t(w)o』)