2023-04-15 19:23:35
17270文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

a song here

Re:vale記念日に寄せて、Re:valeの曲を愛し曲に愛された人たちの話を書きました。
掌編×4本。すべて独立したオリジナルキャラ視点のお話で、千も百も直接は出てきません。
時間軸はさまざま。ふんわり雰囲気で読んでいただけますと幸いです。

各話、下記ご注意ください。
1. If you 映画『星巡りの観測者』の公開から十数年後、夜勤の夜。
 ※イベストのネタバレがあります。
2. get lost, 鳴かず飛ばずの漫画家による新ブラホワ意趣返し。
 ※新ブラホワの結果への言及があります。
3. there's ゼロアリーナこけら落とし公演での父と娘。
 ※この話のみアニナナ(セカビ)準拠の世界線です。
4. a song here ずっと、かたわらにあった歌。
 ※曲クレジット表記は完全妄想(捏造)です。

2. get lost,


 編集部の打ち合わせブースで、俺は担当編集者と差し向かいに座っていた。
 前作の連載終了を機に変わった新担当は、若い男性だ。入社五年、マンガ編集者歴二年。
 一方の俺、アラフォーのおっさん。マンガ家歴十五年。月刊誌の真ん中から少し後ろを定位置とし、だいたい五巻以内に打ち切……もとい完結する作品を何本か描いて、地味な作風ながら細々と生き残ってきた、のだが。
「こちらが前作のデータですが、消化率があまりよくないんですよね。返品率が如実に上がっています。発売日には数字が出るので、固定ファンはちゃんといますが」
 市中在庫、返品率、初動売上。紙にプリントされた細かい数字をひとつずつ指差しながら、編集者が言う。
「読者の裾野を広げることを考える時期だと思うんですよ。そこで、僕からの提案なんですが――
 続けて口にされたのは、覚悟はしつつも、そうでなければいいと願っていたものだった。
「本誌じゃなく、アプリでの連載……っすか」
 紙よりもバズりやすいし、広く読まれますよ、と編集者は言うが、どうしたって二軍落ちの感覚は免れない。しかも、ぽんと載せてくれるわけではなく、連載コンペ企画に参加しろという。
 企画の内容を聞いて、また顔が引き攣った。
 お題はふたつ。ひとつ、異世界ファンタジーであること。ふたつ、チート能力による爽快なバトルを盛り込むこと。
「異世界の描写に長けた先生なら、きっとイケるんじゃないかと。新しい路線に挑戦してみませんか?」
 三巻で早期終了となった前作は、確かに異世界ものではあった。しかし、バトルやら転生やらではなく、現実とは異なる世界観で生きる人々の日常描写に焦点を当てた、人情噺ふうの連作シリーズだった。
 それを、異世界チートバトルだって?


 コンペの要項を手に、出版社を後にする。
 断るという選択肢はなかった。ここで蹴れば、次の連載のハードルはさらに高くなってしまうことだろう。連載の切れ目が縁の切れ目。マンガ家人生の切れ目にもなりかねない。
 しかし異世界バトルなんて、今までの作風とはかけ離れていて、使えるストックが皆無だ。プロットの前にアイデア出しから始めなきゃならない。主人公、世界観、バトルの法則、そしてチート能力の設定。どこから固めていこうか。
 つらつらと考えながら歩いているうち、不意にアップテンポのメロディが耳に飛び込んできて、顔をあげる。
 駅前のデジタルサイネージにPVが流れていた。タイトルが表示される。Re:valeで『Fly! More Liberty』。
 威勢のいい曲調と、街の喧騒のなかで断片的に聞こえた単語がいちいち刺激的で、興味をそそられた。なんだ絶頂の空って。神が操るファントムって。
 手もとのスマホで検索し、詞の全体を眺める。
「はあぁ?」
 街中で、思いきり顔をしかめてしまった。
 歌詞は呼びかけから始まっていた。ここに来てみろ。ここへ立ってみろ。高みから見下ろし、この場所まで昇っておいで、とライバルたちを鼓舞している。
 冗談じゃない。
 後発のマンガ家がデビューするたび、俺の掲載順はどんどん下がっていった。彼らの作品には勢いと若さがあり、物語も作者も読者も一緒にどんどん成長していく。そりゃ巻頭カラーは持っていくし、映像化の話も降るように来るだろう。納得だし、リスペクトもしている。
 だが、わざわざ煽ることはないだろ。放っといても台頭してくる奴らを。俺の心が狭いのはまあ自覚しているが、それにしてもどんだけ余裕なんだ。心が広いんだ。この歌のやつ。これを歌う絶対王者。

 ――いや、違うか。

 あらためてストリーミングで聴き、スマホの画面で歌詞を眺めて。耳と脳とで曲を転がすうちに気がついた。
 余裕じゃない。ただ、遊んでいる。楽しい場所で、一等賞の場所で。光と闇が交錯し、爪先さえ見えない崖っぷちで踊っている。
 未熟な支配者。王の盃。
 座る場所。
 ふっと閃きがあった。

 □     □     □

 コンペで連載を勝ち取った。
 あとになって知ったが、新人から中堅まで、けっこうな人数が参加していたらしい。よくまあ取れたものだ。
 俺の勝因はおそらく、キャラクター配置で意表を突いたことだ。
 異世界チートバトルと聞いたら、普通は主人公をそのポジションに立たせるだろう。そのうえで、どんな能力を持たせるか、どのように活用させるかの部分で、趣向を凝らす。
 俺は、主人公はあえて凡人にした。そして、チートキャラクターを横に置いた。
 圧倒的な能力を持つ英傑でありながら、ユーモアも忘れない。未熟な主人公をからかい、おだて、挑発しながらも、いざとなれば凄まじい戦闘力を発揮し、助けてくれる。
 人柄も実力も、まさにチート。そんな先輩キャラクターを。

 モデルにしたわけじゃない。ビジュアルも口調も、なにひとつ寄せてはいない。だいいち二人組ではなく、ひとりのキャラクターに集約した。だから、百人中百人にも、千人中千人にも、バレない自信がある。
 ひとつだけ、自分がニヤつくためのフックを作った。
 髪には、銀白のメッシュが入っている。


 連載は、予想以上のアクセス数と高評価を叩き出した。
 テンプレな異世界で入り口を広く取りつつ、俺の得意とする細かい設定や描写を要所に散りばめたのが、読者にひと味の違いを感じさせて、うまいことハマったらしい。
 物語はバトルロイヤルのフォーマットを取った。小国が割拠する大陸で、世界を統べるたったひとつの宝冠を求めて、王たちが競いあう。シンプルな構図に、各国の特徴や歴史、王たちの生きてきた過去を丹念に描き込むことで、読み手の情緒をかき立て、思い入れさせていく。
 主人公はとある弱小国の後継者だ。先輩キャラは大陸でもっとも広く強大な国の王で、宝冠争奪戦を盛り上げるために、主人公をはじめとする小国の王たちを煽り奮い立たせている、という設定だ。
 物語の発端で主人公の出逢う人物が、憧れの対象となり、いつか越えるべき相手となる。王道だが、異世界チート+バトロワの枠でやると、わりと新鮮に見えたらしい。コメントに、オレツエーならぬパイセンツエーじゃん、などと書き込まれていた。うまいこと言いやがって。
 閲覧数はどんどん増えて、電子と紙で発売したコミックスの売上も上々。アニメの企画が走りうるラインに達した、と担当に言われて、テンションが上がりまくった。そりゃもう。
「この波を逃さないように、連続更新しましょう! 年末年始の休載は無しで行きませんか?」
 なんて鬼畜の提案に、即座に頷くくらいに。


 そんなわけで、年の瀬の十二月三十一日も、俺はひとりペンタブに向かい、黙々と作業をしていた。
 テレビでは年末恒例の音楽番組「ブラック・オア・ホワイト」が、佳境の結果発表へと差し掛かっていた。目は上げない。結果なんて、見なくてもわかる。去年も一昨年もその前も、総合優勝はRe:valeだった。今年のRe:valeもすごく良かった。トリに相応しく、ヒット曲の数々に清新な新曲を添えて、歌もパフォーマンスもそりゃもう最高だった。ちょいと形式が変わったからって、揺らぐわけはない。
 ミスター下岡が気合いの入った巻き舌で発するRe:valeの「r」を聞いて笑い、年を越す。それが俺の年末だ。

 けれど、今年の大晦日、コールされたのは。

 手から力が抜けて、スタイラスペンが落ちた。かつん、と小さい音を立ててペンタブの上に着地し、そのままデスクの上を転がっていく。
「嘘だろ……
 お前ら、お前、なあ。
 あんな挑発の歌を歌っておいて、負けて泣いてんじゃねえよ。
 あんな綺麗な歌を歌っておいて、泣いて謝ってんじゃねえよ。
「ごめん。ごめんなぁ……
 気がつけば、泣いてるのも、謝ってるのも、俺だった。
 なんで泣いてるのか、謝ってるのか、なにがこんなにしんどいのか、わからない。わからないけれど、ただ、悲しかった。
 壊れちゃいけないものが壊れた。そんな気がしたんだ。

 □     □     □

 正月の三が日、不眠不休で、すべてのプロットを練り直した。
 担当にメールで送信する。返信はすぐに届いた。そこから何度かやりとりをして、結局は通話になった。難色を示された、わけではない。俺の提案に対して、きちんと話がしたいと、向こうが電話をかけてきたのだ。
『やりましょう。その展開。多少、冒険にはなりますが……
 言質を取った。思わずふうっと息を吐いた俺の耳に、担当の声が届く。
『描きたいように描いてください。きっと今じゃなきゃ描けない、今だけ描けるものになると信じています』
 入社そろそろ六年、マンガ編集者歴そろそろ三年、俺の担当歴半年の編集者は、実に頼もしい。


 先輩の王は、負けた。
 導いてきた主人公に――ではない。そんな展開、俺も、俺の読者も望んでいない。
 宝冠争奪戦の最中に現れた脅威、世界の間隙に巣食う存在にひとり立ち向かい、そして、破れた。

 死に瀕し、初めての涙を見せて、彼は謝った。己の敗北を。期待に応えられなかったことを。
 主人公は、それに答えた。

 貴方がいたから、俺は、俺たちは、ここに居る。
 貴方が守ってくれたこの世界に、立っている。

 □     □     □

 台詞、作画、仕上げに至るまで。この回だけはアシスタントを入れず、ひとりで一心不乱に、魂を込めて描いた。
 自己満足の極み、低評価爆撃も覚悟していたが、反響は大きかった。幾人かの読者が熱いコメントとともに拡散し、それがマンガ読みインフルエンサーの目に止まってさらに広がり、うまいタイミングで担当編集が出した全話無料開放の施策がみごとにハマって、ものすごくバズった。
 作品に込めたものは、当然、誰にもバレてはいない。……はずだ。
 俺はプロだよ。プロだから、わかりやすく影響なんて受けちゃいけない。いや受けまくってるけど、少なくとも読者にそうとわかるかたちで作品に出しちゃいけない。
『えー。パイセン負けると思わねぇじゃん敗北フラグなかったじゃん? もしかして全滅エンド?』
『チート先輩まじで退場? 復活フラグもないし。やっぱ主人公を食い過ぎたからか』
『いや急展開すぎだろ。何のフラグもなしにこんな敵を出してさ。異世界ものって迷走しがちだよな。打ち切りか、テコ入れか?』
 読者の勝手な予想を流し読む。
 壊れたらもういちど作り直せ。死んだらもういちど生き返れ。
 すべてのフラグを折り、すべてのフラグを立てろ。


 盛り上がりの中、アニメ化の企画が走り出した。深夜アニメ、とりあえず1クール。
 映像化は諸刃の剣でもある。コケてしまったら放映終了後に原作ともども「終わったコンテンツ」扱いされる危険性が高いからだ。
 だが、俺にとってこれは、一生に一度のチャンスかもしれない。だったら、ひとつだけ、わがままを言ってみたい。

 無謀もリスクも承知の上で、担当編集に言ってみた。『Fly! More Liberty』をオープニング主題歌に使うことはできないだろうか、と。

 制作会社やレーベルの問題がありますし、難しいと思います。そう言いつつも、頼りになる担当氏は、交渉と問い合わせに駆け回ってくれた。
 数日後。メールもメッセージもすっ飛ばして、電話があった。
「岡崎事務所から連絡がありました。オープニング使用、OKです! 制作委員会の了承も得られました。ただ、ひとつ条件があって」
「条件? 制作委員会から?」
「いえ、岡崎事務所のほうです」
 芸能事務所からの条件ってなんだ。しかし本当にFMLが使えるなら、どんな無理難題だって受けてやる。と奮い立ったが、担当編集の声は、妙にニヤついていた。なんだなんだ。
「オープニングとは別に、新曲を書き下ろすので、エンディングテーマとして使ってほしいそうです。おふたりとも作品を読んでくれて、気に入ったので、ぜひ曲を書かせて欲しいと。Re:valeの新譜として、両A面で発売します。レーベルの折衝は向こうがやってくれるそうです」
 担当の言葉が、耳からざぶんと入ってざぶんと抜けていく。
 読んだ、だって? 誰が? 何を?
 曲を書く、だと?
 アニメ化っつっても深夜1クールだぞ。WEBコミック発、凡百の異世界ファンタジーだぞ。トップアイドル様が自ら書き下ろした新曲を提供するような企画じゃない。
 俺のマンガが気に入ったので、曲を書かせて欲しい?
 イカレてやがる。

 だが、そんな奴らだから、Re:valeなんだよな。あんな挑発の歌も、あんな綺麗な歌も、書いちまうんだよな。
 いつだって自由に、高く、飛んでいく。
 ふたつの翼で。

 ――俺の、絶対王者先輩。


(feat.『Fly! More Liberty』)