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櫨
2023-04-15 19:23:35
17270文字
Public
小説(pixiv公開済)
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a song here
Re:vale記念日に寄せて、Re:valeの曲を愛し曲に愛された人たちの話を書きました。
掌編×4本。すべて独立したオリジナルキャラ視点のお話で、千も百も直接は出てきません。
時間軸はさまざま。ふんわり雰囲気で読んでいただけますと幸いです。
各話、下記ご注意ください。
1. If you 映画『星巡りの観測者』の公開から十数年後、夜勤の夜。
※イベストのネタバレがあります。
2. get lost, 鳴かず飛ばずの漫画家による新ブラホワ意趣返し。
※新ブラホワの結果への言及があります。
3. there's ゼロアリーナこけら落とし公演での父と娘。
※この話のみアニナナ(セカビ)準拠の世界線です。
4. a song here ずっと、かたわらにあった歌。
※曲クレジット表記は完全妄想(捏造)です。
1
2
3
4
1. If you
宇宙飛行士になりたかった。
私がその夢を抱くきっかけとなったのは、小さい頃、父に連れていってもらった一本の映画だ。
とりどりの美しい星を巡り、大切なひとを探す少年の物語。
あんなふうに星の海を渡っていけたなら。見知らぬ星に降り立つことができたなら。きらめく宝石にまつわる冒険、そしてひたむきな少年の瞳に惹かれて、いつか宇宙へと旅立ってみたい、と思うようになったのだ。
「日勤から夜勤へ、本日の申し送りです。北病棟三〇二号室、術後バイタル安定ながら疼痛有り、眠前薬を確認してください。同じく北病棟の三〇七号室、午睡長めです。看護記録参照、夜間の歩き回り注意願います
……
」
けれど、これが現実だ。
☆ ☆ ☆
夜の病棟がいちばん静かなのは、真夜中より少し前の時間帯だ。
零時からは二時間おきに巡回と各種処置があって、できるだけ静かには動くけれど、どうしても忙しない作業の気配が強くなる。ナースコールの頻度は昼間とさほど変わらないわりに、スタッフが少ない時間帯なので、出たり入ったり、ばたばたしがちになる。
今は、消灯時間から二時間を経た二十三時。病棟は最もしんとしている。夜勤の看護師として、唯一と言っていい息のつける時間だ。
つかのまの静けさのなか、ナースステーションのパーテーション壁の奥で、パソコンに向かって座り、淡々と看護記録の入力をする。
同僚は休憩と処置で出払っていて、ステーション内には私ひとりだけ。室内には、ごく低く、音楽が流れている。最近流行りのストリーミング型BGMシステムだ。昼は病棟にも流されていて、その時は無難なクラシックが多いけれど、夜の時間帯は職員のいるエリアにしか流さないから、夜勤の者が好きなものをかけて良いことになっていている。
私に選択権があるときに、依頼を出すプレイリストは、決まっていた。
Re:valeのオールタイム・ベスト。
星を巡る物語の主題歌は、五曲目に収録されている。
イントロが流れ出した。ひととき手を休めて、美しく響くアコースティックギターの音色に耳を澄ます。
宇宙飛行士は幼く淡い夢だった。中学生になって、身体的にも成績的にも遠すぎる憧れだと自覚し、まあ宇宙飛行士は難しいとしても、なにか天文か、宇宙関係の仕事に就けたらいいな、とうっすらと思っていた。
中学二年生の秋、映画好きだった父が死んだ。
突然の余命宣告から看取りまで、八か月。働きながら病院に通う母を手伝い、ふたりの妹の面倒を見て、家のことを引き受けた。本当なら、高校受験の準備に本腰を入れるべき時期だった。
家計も半ば預かるようになって、分かってしまった。父がいなくなった後、姉妹全員が大学まで行ける経済的余裕は、うちにはない。
とりあえず手に職をつける。なるべく早めに。そう考えたとき、思いついたのが看護師の道だった。中学から五年一貫校に進学して学び、国家試験に受かれば、二十歳での卒業と同時に働ける。就職に困る可能性も低い。
父の終末期、担当の看護師さんは、本当によくしてくれた。看取りの時にも、父へ、私たち家族へ、真心と敬意を持って接してくれた。
あんなふうに、誰かの人生という物語の最期に、光を掲げることができたなら。
それが星の光でなくても。
――
働き出してみれば、現実はそんなに美しいものではない。
慢性的な人手不足、長時間労働、交代制勤務のハードさ。意地悪な先輩、看護師長の厳しい言葉。五年一貫校卒ゆえのキャリアの壁。
それでもなんとかかんとか、働き続けてきた。そろそろ若手扱いも卒業、どころか、離職率の高い看護師においては、中堅に片足を突っ込んでいる。
今年の春、上の妹が大学を卒業して就職した。入れ替わりで、下の妹が大学に入学した。初年度納付金を払い終えて、肩の荷が下りるとともに、なにかぽっかりと穴の開いたような、がらんとした気持ちになることが増えた。
そんなときは、この曲を聴く。
映画館の暗闇が少し怖くて、父にしがみついて、けれど瞬きもせずに、スクリーンに広がる星空を眺めた日を思い出しながら。
☆ ☆ ☆
トントントン、と控えめに、カウンターを叩く音がした。ごく小さいけれど、夜の病院では、音が通ってとても大きく聞こえる。
あわてて席を立ち、パーテーションのドアを開けて、カウンターに出る。
「こんばんは。こちらのお宅に、うちのひと、お邪魔していないかしら?」
かすれて、やさしい声。真っ白い髪をふんわりと束ね、肩に巻いたショールの合わせを手で押さえて、老婦人が立っていた。
日勤からの申し送りを思い出す。三〇七号室の患者さんだ。昼間はずっと、うつらうつらと眠っていて、夜になると起き出して歩き回りをしてしまう。
少し前までは、この病院でも徘徊と呼ばれていた行動。今は歩き回りと呼ぶ。
徘徊という言葉は、あてどもなくうろうろと歩き回ることを意味している。けれど、彼ら彼女らは、そうではない。
目的があり、行きたい場所、やりたいことがあって、自然と足が動いてしまう。だから、徘徊という言葉は使わないように、と先輩に教えてもらった。
このひとの歩き回りは、一度や二度ではない。ほとんど毎晩、ベッドを脱け出しては、ナースステーションを訪ねてくる。
いつも、探している。
先に旅立ってしまった夫を。
こちらにはいらしていないようです、と言うと、彼女はとても淋しげな顔をした。
「そう
……
いったい、どこに行っちゃったのかしら」
頼りなげに呟いた声のかぼそさに、胸を衝かれる。なんとか笑顔を作って、ゆっくりと答えた。
「きっともうすぐ帰ってきますよ。そのとき、お部屋にいらっしゃらなかったら、心配させてしまうかもしれません。ベッドに戻りませんか?」
「でもねえ、迎えに行ってあげたいの」
「すれちがいになっちゃったら困ると思いますよ。ね、戻りましょう」
口先で言いくるめるような言葉に、いくらかの自己嫌悪を抱く。
開かれたドアから、かすかに歌が漏れ聞こえてきた。サビにさしかかっている。
こんなに美しいハーモニーを聴きながら、私は、嘘をつく。
「
……
あら、この歌、知ってるわ」
ショールの端を握りしめていた手を離し、耳もとにあてて、彼女が呟いた。
思わず目を見張る。彼女が、探し人のこと以外を口にするのは、初めてだ。
「あのね、この歌が主題歌になっていた映画を見に行ったの。孫にせがまれて連れていったんだけど、あの、白い龍さん? が出てきたところで、孫がわんわん泣いちゃってね。きっと怖かったのね。あわてて映画館の外に連れ出して、最後まで見られなかったのよ」
整然として滑らかな語り口に圧倒される。堰を切ったように、記憶が溢れだしたようだった。
「あのふたり、どうなってしまったのかしら。ねえ、あなた、知ってる? あの男の子は故郷に帰れたの? 探していたひとに会えたの?」
熱のこもった言葉から一転、ふっと表情が翳る。
目を伏せて、ちいさな声で、彼女は言った。
「私も、帰りたい。あのひとに、会いたい」
夜のしじま、雫のようにぽつりと落ちた声。
もういちど会いたい。
毎夜、その気持ちだけを抱いて、暗いベッドを脱け出し、光のほうへと歩いてくる彼女。二度と会えない人を探して。愛おしんだ時間に帰りたくて。
脆い細枝のように華奢な手を取り、柔らかく握りしめる。声が震えてしまわないように、そっと、囁くように言った。
「男の子と龍は、会えました。会えたんです。男の子は、故郷の星で、立派な王様になりました。白い龍は人間になって、男の子と、ふたり一緒に幸せに暮らしました」
「ふたり一緒に、幸せに暮らしました」
うたうように繰り返す。
そして、にっこりと笑った。
「すてきねぇ」
☆ ☆ ☆
病室に送り届けて、ベッドに入るまで見守る。
ずっと繋いでいた手を名残り惜しそうに離して、だけど頬には嬉しそうな微笑みを浮かべたまま、彼女は目を瞑った。
しばしの後、呼吸音は低く落ち着き、胸が穏やかに上下し始めた。巡回用のライトでそっと照らし、眠りに落ちたことを確認する。ライトの光がリノリウムの床に反射して、ちかちかと瞬いた。
星の光みたいだな、と思った。
宇宙飛行士には、なれなかった。
けれど、この地上で、このちっぽけな光を灯して、生きていく。
誰かの為に、生きていく。
それは、そんなに悪いことではないような気がした。
(feat.『星屑マジック』)
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