2022-12-07 20:19:51
27936文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

異世界であなたとお茶を

公式オフラインイベントにて。
オフで会うことに惑い悩むプレイヤーと、その相方と。世界の選択と、お茶を淹れるということ。

オンラインゲーム「ダンスマカブル」のプレイヤー(オリジナルキャラ・名前無し)視点での仮想メタなエピソードです。
ネットゲーム用語・スラング、ネットミームなどを特に解説なく使用しています。ご注意ください。
シリーズ化していますが、各話は独立しておりますので、単品でも問題なくお読みいただけます。

FOCUS:エーテルネーア、ミゼリコルド、ロイエ
※ミゼリコルドが作中で「いじられキャラ」認定されています。気になる方は閲覧をご遠慮ください。
※一番くじブックレットの掲載内容・SSのネタバレを含みます。

ダンマカWEBオンリーから四ヶ月……どんだけって感じですが、書きたいものを書けるだけ、だらだらと詰め込みました。シリーズで一番の捏造妄想っぷりとなっておりますが、おつきあいいただける方はどうぞよろしくです。



 ステージを照らしていたライトがふっつりと消え、会場がふたたび闇に包まれる。
 完全に引き込まれて観ていた。イベント会場の急ごしらえの舞台上で、何ということもない淡々とした会話が続くだけなのに、所作が、声音が、表情が、異なる世界をつくり出す。彼らは確かにアークに息づくものたちであり、そこはナーヴ教会だった。
 でも、なんだか……尻切れとんぼというか、本当に意味がありそうでなさそうな会話をするだけで、ぷつりと終わってしまった。ブックレットでは一ページのショートショートだったという話なので、これでもかなり膨らませているのだろうけれど。
 ミゼリコルドが退場して、お茶会がおひらきになるところまで、ステージ上でちゃんと〆て欲しかった気がする。幕が下りるわけでもないから、拍手をするタイミングも掴めなかった。まわりの来場者も同様らしく、まばらに手を叩く音が聞こえては、寄る辺なさそうに消えていく。
 と、不意に耳慣れたSEが鳴り、びくりと身体が震えた。ゲーム内で、インフォメーションのテロップが表示されるときに鳴るアナウンス音だ。
 続いて、場内アナウンスが流れる。MCを務めている広報スタッフの声だった。

『特別ミニドラマをご観覧のみなさまへお知らせします。前編の上演が終了しました。この後すぐ上演予定の後編につきましては、リアルタイムでの投票・集計を行い、より多く得票した方の結果を上演いたします。お持ちの端末より連動アプリを起動し、表示中の選択肢のいずれかを制限時間内にお選びください。ぜひ、ご参加をお願いいたします』

 ……なんて?
 会場内がざわめきに包まれる。まだ暗いままのホールに、ちかちかとスマートフォンの明かりが点いていく。
 連動アプリ。そういえば、ギルドメッセを見る気になれなくて、入場時に起動した後は落としたままだった。ライブストリーミング画面のままショルダーに入れていたスマホを慌てて取り出す。
 アプリを起動すると、ギルド「ダンスマカブル・ファンミーティング feat. D-version」を名乗るメッセージが届いていた。アンケートボタン付きだ。終了時刻まであと八分。
 肝心の選択肢は、というと。

【ミゼリコルドを引き留める】
【ロイエのカップに茶を注ぐ】

…………はぁ?」
 お茶を注ぐ? お茶会に引き留める?
 牧歌的な選択肢に気が抜けた。けれど、まわりの喧騒っぷりは牧歌的どころじゃない。
「なんこれ」
「マジ?」
「いやいやいや」
「シークレット企画?」
「どゆこと?」
 騒然となった。参加者たちが一斉に喋り出し、声がぐわんぐわんと響く。どよめきが大きなうねりとなって、ホール全体を揺るがしていた。
 ライブストリーミング画面に切り替えてみると、視聴者コメントもまた滝のように流れている。会場内外で連動アプリを起動して確認した人が居て、検証報告のコメントをしてくれていた。入場手続きを終わらせて会場内にいる者にだけ、ギルドメッセージの機能を用いて、アンケートが送られているらしい。この企画もあっての、連動アプリインストール必須だったのか、と今さら思い当たる。入場時の念入りな端末チェックも。
 それにしても、この演出。選択肢の深刻さには、天と地ほどの隔たりがあるけれども。
「懐かし……
 思わず声が出た。リアルで。
「うわ、こーれ懐かしすぎ」
 隣からも声が出た。リアルで。
 いつのまにか――ステージに見入っているあいだだろうか――すぐ近くに立っている人がいた。
 異口同音の独り言。こんなところまで、あの時のようだ。リアルとゲームが、リアルとリアルになっても、感覚は同じで、それがなんだか不思議だった。
 隣に立つ人を、そっと見る。
 と、相手もちょうどスマートフォンから顔を上げ、首だけを曲げるようにしてこちらを見た。真ん丸に近いくらい丸っこい目。肩から髪がこぼれる。
 じゃらり、と音が鳴る。黒いキャップに、ダンスマカブルくじの景品の缶バッジが鈴なりに付けられていた。ななめに掛けたショルダーバッグのカラビナには、こちらもダンスマカブルくじのラバーチャームが大量にぶら下げられている。
 もしかして。
 もしかして、じゃない。確実に、そうだ。
 急いで目を走らせる。胸に付けられた来場記念のネームプレートには、何度も何度もチャットで呼んだ、タイピングの指が覚え込んだキャラクター名が書かれていた。
「あ、あの」
 とっさに声が出ず、何度も唾を飲みこむ。
「これ……
 手持ちにしていた不織布のショッパーから、急いでトートバッグを取り出す。いや、取り出そうとしたけれど、角が引っかかってなかなか出てこない。必死になって引っ張っていたら、またじゃらり、と音がした。
「いいよいいよ、だいじょうぶ、焦んなくても。わかったから。それ、見えてるし」
 言われて手もとを見ると、ショッパーから、ナーヴ教会のスカーフが覗いていた。力が抜ける。ゆっくりとスカーフを引き抜いて、胸元にあてた。動悸が激しい。
 顔を上げる。相手は、にこにことにやにやの間に少しの照れを混ぜ込んだような笑顔で、軽く頭を下げてアカウントネームを告げ、はじめまして、と言った。
「いや、はじめてじゃないか。でもはじめましてか」
 似通った言葉を並べて肯定と否定に使う言いまわし。口癖というよりチャット癖。リアルでの喋り方も同じとか、笑ってしまう。
 でも、そういうものなのかもしれない。きっと目印なんてなくても、言葉を交わしたらすぐに気づけた。
 私の相方が、そこに立っていた。


 見たところ、同年代か少し上くらいの女性だった。飾り気のない雰囲気に、懐っこい笑顔。頬っぺたが少しだけ赤くて、丸い。二の腕らへんまである髪は、ざっくりとハーフアップにしていて、脱いだキャップの下が少しだけほつれていた。
 顔の前でひらひらと手を振られて、無言のままひたすら見つめてしまっていたことに気づいた。慌てて頭を下げ、こちらもアカウントネームを告げる。
「はじめまして、すみません、あと、ありがとうございます、今日は――今日も、いつも、本当に」
 会ってどうしよう、会ってどうする、と思っていた。
 けれど、実際に顔を合わせてみたら、言いたいこと、伝えたいことがたくさんある。ありすぎて、気が急いて、口がまわらない。だって、同じひとだ。相方と同じひとが、いまここに立っている。
 相方は、うんうんと頷いてから、手に持ったキャップを振って、私の手の中のスマートフォンを指し示した。
「積もる話はございますが、とりあえず時間! 制限時間! 先に決めちゃおう」
「あ」
 そうだ。スマホに目を落とすと、アンケートの残り時間は三分を切っていた。確かにこちらを優先すべき状況だ。
 選択肢を見ながら、さきほどの一問一答コーナーを思い出す。

《ドラマ版で不幸な末路を辿った人物の、運命が変わることはありますか。》
『ある、とも、ない、とも言えます。その答えは、この後に』

 最後の質問から、シームレスに劇へと繋げられた。つまり、劇そのものが、質問への回答になるということだ。
 そしてこの演出。意味するところは、今日の劇のみならずゲームにおいても、ドラマ版「ダンスマカブル」の最終回のように、提示された選択肢によって物語が分岐するということだろう。
 ――ひょっとしたら、この選択が、ゲーム本編のストーリーに連動して反映されたり、影響を与える……なんてこともあるかもしれない。だとしたら。

 彼の運命を変えたい。
 贖いきれない罪を負って生きる彼の、その先にある物語が見たい。

 それには、どちらを選べば良いのだろう。
 配信当時からの考察で度々言われているのは、もしも最終回以外にもルート分岐が存在するとしたら、ロイエの動向が鍵となっていただろう、ということだ。
 ドラマ本編を見る限り、ナーヴ教会に相対するロイエには隔意しか感じられなかったので、正直ピンと来ていなかったのだけれど、ブックレットのショートストーリーに書かれた――そしてさきほど演じられた――奇妙なお茶会で、彼らの関係性のなんらかの進展が示唆されていることの意味を問えば、そういう推論に辿り着くのは理解できる。
 であれば、歴史を変えるにはきっと、ロイエとの親交を深めるであろう二番目の選択肢を選ぶべき、と思えた。
 しかし、ミゼリコルドとエーテルネーアが、ロイエというイレギュラーを介在させつつ理解を深める機会もまた、このお茶会にあったのだとしたら。引き留めて、会話を続けさせるべきなのかもしれない。
 ……それとはレイヤーの違う話になるけれど、この二択では、おそらく上段の選択肢を選ぶ者が圧倒的に多いだろう。
 なにしろミゼリコルドは(歪んだかたちながら)ダンマカきっての人気を誇っている。他方のロイエも、飄々とした性格と、爪を隠し持つ鷹であったこと、またシャオとの関わりにより明かされた人間味の深さで、男女ともに人気が有りはする。が、こういったお祭り騒ぎであれば、きっとミゼリコルドを選ぶ者の方が多い。
 可能性があるとすれば、ゲーマーのゲーマーたる探求心、攻略精神、そういったものだろうか。前述のとおり、ロイエはキーパーソンとして立つことをずっと期待されていた。存在感を増すところを見たい、と思う者も、それなりに多数ではあるかもしれない。
 ミゼリコルドの人気か。ifへの探求心か。
 いずれにせよ時間はもう無い。私が選ぶのはひとつに決まっていた。

 ロイエのカップに茶を注ぐ。

 指先で触れると、選択したボタンが淡く発光し、画面上に「集計中」と書かれたポップアップが表示された。
 横に立つ相方も、選択を終えたらしい。ちらと見えたスマホの画面には、同じく集計中と表示されている。
 ふたり顔を見合わせて、どちらからともなくため息をつき、そして笑った。緊張がほぐれたことと、ため息まで揃ってしまうことに。
……これも、正史と偽史の分かれ目になったりするのかな」
「どうだろ? っていうか実は、トラップっぽいなーって思ったりしてる」
「トラップ?」
 世界は二分されるかもしれないし、されないかもしれない。
 相方はそう言って、ショルダーバッグを足もとに降ろし、中からファイルケースを取り出した。納められていたのは、大判のパンフレットのような冊子。重厚で美しいイラストに LA DANSE MACABRE のロゴが載っている。うわさのダンスマカブルくじのブックレットだ。
「選択肢の、ミゼリコルドを引き留めるってやつ。ブックレットではここ、ふつうに立ち去っているんだよね。そんで、その後でロイエはお茶を飲み干してるけど、注ぎ足す描写はない」
 言われた意味をかみ砕くのに、数秒かかった。
「ええと。じゃあ、もとからのストーリー……正史に繋がる選択肢はなかったってこと?」
「そうそう。だから正史と偽史じゃなくて偽史と偽史」
 つまり、どちらの結果もif展開で、配信されたドラマとは違うストーリーになるのは確定なのか。いずれもプレイヤーの知らない未来だとしたら、自分の選択した結果と、選択しなかった結果の違いは、どうやって判別すれば良いのだろう。なんとなく理不尽なような気がする。
「まあ、わからんものはわからんし! おとなしく結果を待ちますかぁ」
 会場内は、いっときのうねるようなざわめきは収まっていたけれど、かわりに熱っぽく小声で喋る声がたくさん集まって、低く立ちこめていた。誰も彼もが、ギルメンやフレンド同士、あるいは見知らぬ隣の人と、興奮しつつ語らっている。「ダンスマカブル」のドラマが配信されていた頃の、オープンチャットの飛び交うメインフィールドみたいだった。
「そういえば、ギルドのステージ観覧オフ会は終わったの?」
「ああ、うん。劇が終わったら移動が始まって混雑するかと思ってさー。トイレにも行きたかったから、ひとあし先に抜けてきちゃった」
 ステージ前に移動する? と問われた、ちょうどそのタイミングを狙ったかのように、ステージ近くは密集していて危険なので、上演が終了するまでは出来るだけその場を動かないように、というアナウンスが流れた。会場内の照明はまだ落とされたままだ。安全上の問題があるのだろう。
「しゃーない。おとなしくしてよっか」
「それさっきも言った。おとなしくってほど、おとなしくしてなくない?」
「それはそう。それもそう」
 雑で適当な会話。気後れも躊躇いも、気がつけばどこかに飛んでいた。なにしろ、会話のテンポが完全に日々慣れ親しんだチャットと同じなのだ。数年来の友人のように、ごく自然に会話ができてしまう。いや、ゲーム内で出逢ってからは数年経っているのだから、正しく数年来の友人……なのだろうか。友人ではなく、相方だけど。
 数年来の相方だ。一緒に居るだけで当たり前に楽しく、頼っても頼られても心は強くなる。
 世界の分岐をともに見守っていく。


 ゲームの話、ドラマの話、ギルドの話、この後の展開の予想。尽きせぬ雑談をしながら、待つことしばし。
 馴染んだSEとともに、アナウンスが流れた。
『アンケートの集計が終了いたしました。参加者のみなさまは、お持ちの端末にて、結果をご確認ください。ライブストリーミングをご視聴中のみなさまには、これより配信画面上に表示されます』
 急いで連動アプリを開く。集計結果が出ていた。
 選ばれたのは――
「えっ、そっち?」
 相方と、いつもの異口同音。

 僅差だった。僅差で、ロイエに二杯目の茶が淹れられた。

「ぜったいミゼリコルドだと思ってた」
「同じく! でも、そうか、同じだけど違うかも。違うけど同じかも」
 独り言のように呟く相方に、続きを促す。
「何が同じって?」
「ミゼリコルド。ミゼリコルドってさ……引き留めてもさ、留められなさそうじゃない。そうするとブックレットと同じ展開になっちゃうかもなーって。ぶっちゃけ、選びがいが無いっつうか」
「それだと選択肢がトラップっていうより詐欺にならない?」
「だってミゼリコルドだよもん。ミゼリコルドはすべての常識と良識を越えてしまう。かもしれない」
「いいこと言ってる風で、実はすごい適当に喋ってるでしょ」
「身も蓋も中身もないこと言わないの!」
「せめて中身は在って?」
 なんて、テンションだけで話をしていたら、再度アナウンスが入る。
『お待たせいたしました! 舞台の準備が整いました。これより、選択肢の結果として、特別ミニドラマの後編を上演いたします』
 ざわざわと語らっていた来場者たちが、一斉にステージを向く。けれど、そこは暗闇に閉ざされていた。端のほうでマイクを手に立つ、MCの広報スタッフの姿がうっすらと浮かび上がっているのみ。期待のざわめきが、次第に戸惑いへと変わっていく。
 ――不意に、投光器の光が会場を揺らめかせた。
 毒の潜む夜のような、青紫色の光。その先端が照らしたのは、入場口の女神像のオブジェだった。光に揺らめく女神の、伸ばした指先が導いたかのように入り口のモニタが灯り、映像が映し出される。
 ずっと流していたPVではない。さきほどの、アークの街並みでもない。冷たい石の壁を、重たいカーテンが囲んでいる映像だった。
 と、暗かったメインステージのスクリーンに光が入り、中継らしき映像が投影された。青紫の光で煙るように照らされた、女神像のオブジェだった。
 スクリーンの女神像の背景には、石の壁――入り口のモニタの映像――が映し出されている。女神像とモニタをひとつのフレームに入れることで、多重構造の映像の層となり、スクリーン上に存在感のある舞台装置がつくりだされていた。

 そして、組み合わされた映像を見て初めて分かった。
 これは、ナーヴ教会の深奥の一室――エーテルネーアの部屋。
 ミゼリコルドがエーテルネーアを弑した、あの部屋だ。