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夜明 奈央
2024-05-05 13:16:10
7963文字
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中太小説
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一歩ずつ
ポトマ時代はただの相棒だった中太が付き合い始め、戸惑いつつ少しずつ距離を縮めていく連作短編
※pixiv掲載時より一部改稿の上、全年齢にしています。
2022年8月15日初出 2024年5月5日改稿
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キスしたい
「お風呂上がったよ」
そう言って太宰が隣に座ったとき、ふわりと石鹸の清潔な香りと太宰の体温を近くに感じて「キスしてぇな」と思った。興味のない振りをして盗み見た太宰はこちらの気持ちを知ってか知らずか。気にした風もなくがしがしとタオルで髪の毛の水気を拭っている。
ほんの少し手を伸ばせば触れ合える距離だったが、伸ばしていいものか悩む。なんせ今まで何度も浮かんできたこの欲求に、素直に従ったことは1度もなかったので。
太宰と所謂恋人という関係になったのは、つい最近のことだった。それまで長い間この気持ちを押し込めたまま相棒として過ごしてきた所為で、距離の詰め方に戸惑っている。お互いに。相棒だった頃にはしたこともなかったようならしくもない気遣いをしあって、いっそ恋仲に収まる前よりぎこちない。それでも、少なくとも中也は以前のような関係に戻る気なんてさらさらなかったし、この甘酸っぱい雰囲気も、照れ臭いが悪くはないかなと思っている。
きっとそれは、太宰も同じだった。3人掛けのソファは広々としていて、端に座った中也から十分な距離を取ることだってできるのに、体温を感じる程近くに座った。相棒だった頃だって、異能力を使ったり、負傷した身体を手当したりと触れ合うことにお互いあまり躊躇いはなかったが、それでも風呂上がりの火照った身体で理由もなく近くに寄ってきたりはしなかった。それを少しだけ居心地悪く感じるが、それ以上に嬉しいと感じている自分が恥ずかしい。
太宰がドライヤーを掛けている様子をちらちらと窺う。太宰が来るまで読んでいた雑誌の内容は途中からちっとも頭に入ってこなくなって、次のページをめくろうとしたまま止まっている。
やがてドライヤーを終えた太宰が、それを片付けながら「なに?」と言った。
「なにが?」
「見すぎ」
「あー、悪い」
罰が悪い気持ちになって顔を逸らした。
「いいけど。なに? 私のあまりの美貌に見惚れちゃってた?」
茶化すようにそう言った太宰は、きっとそうやって有耶無耶にしたかったのだろう。それがわかってしまうと、なんとなく面白くなくて、意趣返しのつもりで本音をぽろりと溢した。
「いや、キスしてぇなと思って」
それを聞いた太宰はドライヤーのコードを弄んでいた指をぴたりと止めた。それで、その部屋の時間が止まったかのように沈黙が落ちた。カチコチと時計の秒針の音だけが響き渡る。あまりにも長い沈黙に、中也が失敗したかなと思い始めた辺りで、太宰の唇がようやく動き出した。
「あのさ、そういうのはいちいち言わないでほしいんだけど」
中也が何かを言う前に、太宰は静かに立ち上がった。それからタオルとドライヤーを持って洗面所に消えていく。片付けに行ったのだろう。
去っていく背中を目で追いながら、太宰の言葉を反芻する。拒否はされなかった。ということは、してもいいのだろう、たぶん。元々初めてではないので、特段拒否されると思っていた訳ではないのだが。
追いかける程ではない気がしてその場で待っていると、シャコシャコと歯磨きをする音が聞こえてきた。微動だにできずにその音に神経を尖らせる。水道の音と、うがいをする音。それからペタペタと近づいてくる裸足の足音。やがて見えた太宰の姿を目で追っていると、先程と同じ位置にすとんと腰を下ろした。
こちらを見ない太宰の横顔を、今度は遠慮なくじっと見つめた。するとほんのりと顔が赤くなってきて、それがなんだか珍しくてそのまま見続けていると、耐えきれなくなったのか赤らんだ顔のままくるりとこちらを向いて声を荒げた。
「なにか言ったらどうなの!?」
「手前が言うなっつったんだろが」
「そういう意味じゃないってわかってるでしょ!」
「可愛いな」
太宰が二の句を告げずに固まって、「可愛いな」と再度同じ感想が脳裏に浮かぶ。2度目は口にしなかったが。
先程は伸ばせなかった手が今度はすんなりと伸びて、太宰の頬に触れた。一瞬びくりと震えたが、それ以上は逃げる素振りもなく、中也が顔を近づけるとそっと瞼を伏せた。それを間近で見て「おぉ、キス待ち顔だ」と謎の感慨を覚えたが、これ以上揶揄うと機嫌を損ねそうだったし、何よりその唇があまりにも美味しそうだったので、止まることもできずに唇同士を重ねた。歯磨き粉の味がしたのがおかしくて思わず笑ってしまったので、結局一発殴られた。
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