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夜明 奈央
2024-05-05 13:16:10
7963文字
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中太小説
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一歩ずつ
ポトマ時代はただの相棒だった中太が付き合い始め、戸惑いつつ少しずつ距離を縮めていく連作短編
※pixiv掲載時より一部改稿の上、全年齢にしています。
2022年8月15日初出 2024年5月5日改稿
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会いたい
中也と付き合うことになった。その流れで合鍵を貰った。それが、2週間前の話である。貰った合鍵は、まだ使っていない。
「好きな時に来ていいから」
太宰は合鍵をポケットの中で弄びながら、そう言った中也の顔を脳裏に描く。とはいえ、言葉通りに受け止められる程、単純な性格をしてはいなかった。
中也に会いたくないわけではない。交際は自分の意志で決めたものであるので。けれど、かといって会いたくて仕方ない程の劣情を抱えているわけでもない。残念ながらそんな情熱的な恋愛はしたことがなかったし、双黒として名を馳せていたあの頃と違って、中也と顔を合わせないことにとっくに慣れてしまっていた。
昔はそりゃ「最近顔を見ていないな」と思ってちょっかいを掛けに行くことだってあったけれど、それだって何かしらの口実ぐらいはあった。けれど幹部になって忙しくなってからはそれもほとんどなくなっていた。用事もなく、ただ会いたくて会いに行ったことなんて、なかった。
セックスしたいってのは、用事になるかな。自分が女の子と会う時の用事を思い描く。だが、それは些か気が引ける。したくないわけではないけれど、それではセフレみたいだ。せっかくお互い恥ずかしい思いをしながらもセフレとか腐れ縁とか元相棒みたいな曖昧で不確実な関係ではなく“恋人“に漕ぎ着けたというのに、そういう関係に落ち着くのは避けたい。最初に失敗すると軌道修正が難しくなる。
だから、もっと穏便で、当たり障りのない口実が欲しい。だが、あの頃と違って“仕事“という大きな口実がなくなってしまった今、これといって都合のいいものが思いつかない。そうこうしているうちに2週間が経過してしまって、なおさら行きづらくなってしまった。
それと、行くに行けないでいる理由がもう1つ。あの日以来、中也からの連絡が一切ない。「おはよう」とか「おやすみ」とか送ってこられた日には鳥肌立てて着信拒否に設定する自分が容易に想像がつくのだが、それにしたって熟年カップルでもあるまいし仮にも交際相手に2週間でメールの1通もないとはいかがなものか。いや、これは完全に自分へのブーメランにもなるのだが。
むしろ、翌日あたりにふらっと訪ねておくべきだったんだろうな、と今なら思う。あれから何度目かわからないため息がそっと溢れ落ちた。だって、中也相手にこんなに気を遣うなんて自分でも予想外だったのだ。
太宰が仕事を終えて家に帰ると、中に何者かの気配があった。玄関に自分のではないけれど見覚えのある靴が1足、行儀良く並んでいる。それでほとんど確信していた侵入者が誰だか確定して、中に入ることに躊躇いが生じた。自分の家だというのに。
太宰が玄関で立ち尽くしていると、不法侵入者は自分の家であるかのように堂々と出迎えに現れた。
「手前、この部屋汚すぎんだろ。ゴミぐらい捨てろよ」
「いきなり来といてその言種はないんじゃない?」
太宰はげんなりと返事をするが、不法侵入者改め恋人である中原中也は気にした風もなく奥へ引っ込んだ。一応付き合うことに決めてから初の対面であるはずなのだが、随分とあっさりしたものである。太宰はその後ろ姿を見送ってから、渋々靴を脱いで部屋に入った。
「え、めちゃくちゃ綺麗になってるじゃん」
「手前がなかなか帰って来ねぇから暇だったんだよ」
傍らにはそこかしこに散らばっていた空き瓶や弁当のカスが綺麗に分別されて詰め込まれたゴミ袋が並んでいて、脱ぎ散らかした服は洗面所の洗濯籠に集められていた。卓袱台に乱立していた食器類は洗い籠で清潔な水を滴らせていて、そこら中に積み上がっていた本は本棚に突っ込まれている。順番どころか上下もぐちゃぐちゃなのが気になるが、そこまで多くは求めるまい。
「うちの掃除しに来てくれたの?」
「んなわけあるか」
それはそうだろうが。
「手前飯は?」
「まだだけど」
「なら一緒に食おうぜ」
中也が冷蔵庫を開けると、酒しか入っていなかったはずのそこには弁当が2つ。いそいそと電子レンジに突っ込む姿を見ながら、自分が既に夕食を済ませていたらどうするつもりだったのかと思う。太宰が呆然と見つめている間に中也は薬缶を火にかけ、急須と湯呑み、座布団をセッティングした。2個目の弁当も電子レンジにかけ、急須に茶葉を入れるのを眺めながら、あの茶葉いつのかわからないけど飲んでも大丈夫かな、とぼんやり考えていると、箸と温まった弁当を持って中也が戻ってきた。
促されるままに座布団に座り、中也に倣って弁当に口をつけた。可もなく不可もなく。太宰もよく世話になっているこの近所の弁当屋のものであったので、取り立てて物珍しいものでもない。そのまま2人して無言で食べ進め、程よく湯の温度が下がったところで中也が急須に湯を注いで茶葉を蒸らしながら、ようやく口を開いた。
「なあ、なんでうち来ねぇの?」
「なんでって
……
」
もしかして聞かれるかな、と思っていたことを聞かれて、口籠る。誤魔化す言い訳ならいくらでも思いつくけれど、それらを今言うのは違う気がした。だって、会ってない間、会いたいと思わなかったわけでも、会いに行く時間がなかったわけでもない。
「用事、ないし」
「用事?」
「だって、行って何するの?」
「何って、好きに寛いでればいいだろ」
言外に「何を今更」という言葉が聞こえてくるようで居た堪れない。確かに、昔はよく中也の部屋に上がり込んで寛いでいたりもしたけれど。でもあの頃だって、嫌がらせとか、仕事とか、くだらなかろうとなんだろうと何かしらの用事があって、それで中也を待っていたのだ。中也に会うことだけが目的で行ったことなんてない。
通じたのか通じていないのか、中也は黙って湯呑に茶を注ぎ、ゆっくりとそれを飲んだ。太宰も差し出されたものを同じように口に含んだ。古い茶葉は酸化しているようでやや味は落ちるが、飲めない程ではなかった。
「じゃあ飯食いに来いよ」
太宰がきょとんとして中也を見つめると、なんでもないことのように付け足した。
「用事がほしいんだろ? なら飯用意してやるから食いに来いよ。それならいいだろ?」
「まあ
……
」
特に断る理由もないので曖昧に肯く。
「だから、来れる日はなるべく来いよ。疲れてる日とか気分乗らねぇ日とかは無理しなくていいけどさ」
それって、中也も会いたいってことなのかな。つい頬が緩みそうになるのを茶を啜ることで誤魔化す。だが、それではどうにも中也にばかり負担がかかりそうな気がしてしまう。
「それって、毎日でもいいの」
「手前が来たいと思うなら。俺も毎日帰るとは限らねぇけど」
それもそうか。仕事が午前様のことだって珍しくないだろうし、出張だってある。他に少なくとも2つは家を持っているのを知っているから、太宰に会いたくない日はそちらに帰ったっていいだろう。
それでも、会おうとしなければ2週間どころかもっと長い間
――
最長で4年
――
会わずに過ごしていたのだから、歩み寄りは必要だ。
「『好きな時に来ていい』っつっただろ?」
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