日向前主将との再会に花宮もついてきた話

花宮真、日向順平、学園アリス、黒子のバスケ

あいつは天才だ。聞かされる前から知っていた。あいつは天才だ。そう吹聴することもした。あいつは天才だ。疑うべくもない、天才だ。そう、知っていたのだ。あいつは天才だと、いざ〈それ〉だと聞かされる側に回っては、動揺を知ることもしたのだけれど。「あいつは天才やから、な」

クロスオーバーです。複数の作品の世界観を融合しました。


  二

 それから、なりゆきで、日向は後輩四名を自宅へ招いた。近くだからと言っていたのは本当で、歩いて十分もしないうちに到着した。学生寮ではないようだが、ありきたりに集合住宅の一室が彼の住まいらしい。何でもないように先導する日向の後ろで、後輩はどぎまぎする。ありきたりに集合住宅の一室、だけれども、まず一階でエントランスが彼らを待っていた。
 思いのほか立派な住居だと、後輩のひとりは緊張した。先輩の家庭環境どうこうを邪推したわけではなく、単純に彼自身の経験から安アパートなどを想像していたのだ。今は五月といえども高校三年生。家庭でも進路の話題は出て、そこで住居の話もする。彼の家族が言ったことには、進学で私立なら実家から、公立なら寮か安アパートだと。
 男子だからオートロックは不要だとか、間取りはワンルームだとか。それもこれも合格してみないと始まらないことだけれど。彼の前に現れた生身の大学生は、共用のエントランスで暗証番号を入力し、エレベータで五階へ上がり、五〇六号室の扉を開いた。角部屋の1LDKだった。
 靴を脱いで、玄関マットを踏み、スリッパを履き、扉の並ぶ通路を抜ける。と、フローリングにダイニングテーブルと、キッチンと、奥にソファとローテーブルと、それからテレビ。よく片付いた室内だなと思えば、そういえば主将は外で待たせることもなく部屋に上げてくれた。ローテーブルの上には、ディスクが放り出されていたけれども。
 日向は後輩たちをテレビのあたりに通して、彼自身はキッチンで買い物の始末をして、一旦、知らない扉の奥へ姿を隠した。おそらく寝室だろうと想像しつつ、後輩たちはおとなしくローテーブルの周りに腰を下ろす。ちょうど四人分のクッションがあったけれど、それぞれその横に正座した。
 日向はすぐに戻ってきて、五人分のコップをテーブルに並べた。
「クッションあるぞ。ソファも二人は座れる」
 そういうわけで、クッションが二つ空き、その片方に日向が座った。ディスクも回収された。
「大河の録画だよ。たまってんだ。全然見れなかったから」
「やっぱ三年って忙しいんですね」
「まあ、進学するのに冬までやるって言ったら、先生も相当言ってきた」
 このように、まもなくバスケットボールの話になった。
 陽泉もびっくりのセンターが入ったとか、桃井もびっくりのマネージャーが入ったとか、新しい監督がよく黒子を運用してくれるとか。陽泉高校というのはイージスの盾の異名を持つ絶対的な防御力の強豪校で、桃井さつきというのは厄介な支援能力で有名なマネージャーで、そして黒子テツヤは今まさにこの部屋にいる。
 黒子は並外れて支援の得意な選手である。一方で、その支援技術は極めて特殊なありかたをしていた。いっそ特殊能力と称して何らの問題もないような。言い換えれば、並外れて扱いの困難な選手である。
 諸般の事情により、日向たちの引退に伴って監督も交代になった。新しい監督と黒子の関係は、大きな懸念事項のひとつだった。しかし幸いにして新しい監督は、この特殊能力とその能力者を擁するチームに、たいへん真摯に向き合ってくれたということだ。改めて聞いて日向は我がことのように安堵し、またこの監督を紹介してくれた人物に心の中で感謝した。
「キャプテンも、またバスケ部に入ったんですか」
 テレビの台の奥にバスケットボールも転がっていた。それとも、日向の進学先は、スポーツにも力を入れていることで知られている。
 いずれにせよ日向は、後輩たちにうなずいて答えた。ちょうど一週間前、ゴールデンウィークのあたりには大会もあった。日向は試合に出られなかったが、新しいチームメイトとして、共通の知人がコートに立っている。後輩たちが驚いてみせたり訳知り顔でうなずいたりしたことは、日向をおもしろい気持ちにさせた。数週間前にまったく同じ反応をしたものである。
 しばらく大学のバスケットボールのことを話して、また高校のバスケットボールの話もして、といったところでキッチンから電子音が聞こえてきて、日向がそちらへ引っ込んだ。後輩たちは、いよいよくるぞと、つばを飲んだ。なりゆきで先輩の家にお邪魔した。何かというと、高校時代に料理をしなかった大学生の自炊に、彼らが興味を示したことが発端だった。
 興味を示したといっても、自炊をされるんですねと言ったばかりだが。言われた大学生は、少しのやりとりの後に、俺は飯をつくるぞと宣言した。いや後輩たちも魔が差して、炊きつけたり炊きつけなかったりした。結果、今、俺はやってやるぞとぶつぶつ意気込む先輩を、後輩四名が心配して覗き見たり、顔を見合わせたり。
 ——大丈夫だ。俺たちは恐るべき事態を体験したことがある。そしてキャプテンも。まさか合宿の二の舞は演じまいて。
 まあ、諸般の事情に、よる。四名と一名は、とある悪夢を共有した、はずである。それによると、この悪夢は絶対確実に今晩の日向に影響を与えている。ええと、それはそれとして、これは特に関連するわけでもない話題だが、今年の新人マネージャーはレシピのとおりに調理を進めることができ、また別の新入部員は自分で弁当を用意しているという。終わり。
 そういうわけで、後輩たちは耳を澄ませてキッチンのできごとを見守った。無礼は承知で、あの悪夢よりひどいことは起こりませんようにと祈っていた。
 おそらく祈られていることに気づいていないだろう先輩、元主将、日向は、手を洗い始めた。そして冷蔵庫を開けて、たいした音も立てずに扉を閉めた。さらに物音のしない一分間。後輩たちの祈りは、プロテインの量の計算じゃありませんように、だ。何を計算したかしなかったか、日向はついに材料を取り出し、水を流す。
 そのときだった。
 玄関から音がした。いや鍵の開く音がした。後輩たちは、ぎょっとして音に顔を向けて、また誰からともなくキッチンを見た。家主は食材を洗い始めたところだった。再び、さっと顔を見合わせて、玄関に目を向ける。今や玄関は扉の閉まる音をさせていた。黒子は二人掛けのソファを見下ろして、ダイニングに目をくれた。テーブルを挟んで、椅子が向かい合って二脚。
 もしかして。
 観察をしなくたって、後輩の胸はどきどきと膨らんでやまない。もしかして。
 先輩はまだ気づかない。いよいよ足音は部屋までやってくる。もしかして。
 しかし黒子だけは、おや、と思って、
「おい順平」
 確信と同時に、チームメイトの胸がしぼむ。もしかしても、もしかしない。ぶっきらぼうで低い声音、現れ出でたる百八十センチ。男性であった。後輩の頭は一回転。キャプテンは異性愛者だったし、と、男を見上げて、また一回転、二回転。
 後輩の頭は忙しく、回って、回って、回って、回る。
 百八十センチが、高校生の頭をじっと見下ろした。
「よりにもよって、こいつらかよ」
 キュッと、小気味よく蛇口が閉まって、水の音がやんだ。——日向はようやく顔を上げた。おかえりの「お」の口は、現状を認識しては、まったく別の言葉をひねり出すしかなかった。
「おっまえ、な、——明日まで仕事って!」
「不倫女みたいな言い訳してんじゃねえよキメェ」
「ふっ——
「ま、恨むんなら間男連れ込んだテメェを恨むんだな」
——ダァホ! 監視してんなら先言え!」
「ンなことするわけねえだろ、バァカ!」
 黒子の脳みそは、チームメイトに呼吸一つか二つかばかり先んじて、冷却を終える。もしかしなくても、もしかしない。小憎たらしい低音と、決して低いわけではない百八十センチ。その男の名前を、黒子はよくよく知っていた。二年前の霧崎第一高校バスケットボール部主将兼監督、花宮真である。
 ところで、この人たちは何の話をしているのかと、黒子の頭は再び回転。彼の目は二人掛けのソファを映して、ダイニングテーブルを探しにいく。椅子がテーブルを挟んで、向かい合って二脚。
 時刻は間もなく午後七時を迎えようとしている。